第12話 量子の藁の城

 シエロ達との戦いのさなか、ドラゴンメイドは同じレイドリフト仲間であるワイバーンと再会した。

 そして防衛部隊を無力化すると、中枢ビルへと飛びこむ。

 ドラゴンメイドは軍の指揮所のドアへ案内したはずだった。

 その奥にあるのはブラウン管モニターが並ぶ、情報センター。

 確かに、生徒会が前に見た時はそうだった。


 青い空。

 天の頂点からわずかに南に傾いたところに、黄色い太陽が輝く。

 その太陽に近づく、巨大なベルム山脈。

 真っ白な雪が輝き、雄大な白亜のドレスをなしている。

 今は雪に覆われた、背の低い高山植物の領域が胸元なら、スカートの裾を彩るのは、太く、高く、まっすぐに立つ杉の森。

 緑の枝も豊かに、雪にも負けない生命力を誇っているように見える。


 これを見るたびに、カーリタース・ペンフレットは感嘆の溜息をもらす。

「どうです? 美しいでしょう」

 折れて、吊り下げられた右腕の痛みも関係ない。

 赤いベレー帽に両耳まで入れて、雪山と向き合っていた。

「私の世代では、もう遠い記憶にしかない光景です。

 私は、これから生まれる世代のために、この光景を作りました」

 その様子には捕虜の悲壮感はない。

 まるで王者のようにも見える。


 もう夕方のはずなのに、太陽は煌々と空にある。

 戦火で汚れていた黒い雪も、真っ白に変わっていた。

 酸性雨に打たれ、怪物の牙か角のように朽ち果てた森などどこにもない。

 山肌で急カーブを繰り返して登る道は、魔術学園生徒会がほんの4~5時間前に通った道だ。

 この道を下りれば、フセン市に入る。


「たとえ作り物とあざ笑われようと、これが私の守りたいモノなのです。

 あんなものが、走っているのが残念です……」


 二車線の山岳道路をいっぱいに占有してフセン市から駆けあがるのは、端が見えないほど長大なコンボイだった。

 6輪や8輪、10輪のタイヤを持ち、菱型の装甲をのせた、リトス装甲車シリーズ。

 6輪タイプに機関砲のついた砲塔を構えた兵員輸送車。

 土砂をよけるブルドーザーのようなブレードを前部に持つ車両。

 人間の腕に似た巨大な機械の腕を持つ、双腕重機。

 8輪タイプにはお椀型の砲塔と戦車砲を備えた対戦車型。

 対空バルカン砲と地対空ミサイルを併用した対空型。

 10輪駆動の物もある。

 さらに長距離を狙える大砲を積んだ自走砲型や、クレーンなどを積んだ工作車型だ。

 ともに、けたたましいディーゼル音を響かせている。

 山岳道路は、フセン市側へ向かうため何本もある。

 その道1本1本にコンボイが並び、先を争って登っている。


 それを見ると、カーリタースの瞳に涙がにじむ。

 だがそれを拭き、笑顔で振り返った。

「あなた方も、この景色を見れば心洗われるでしょう? 」

 そこにいたのは、怖い顔のレイドリフト・ドラゴンメイド。

「ええそうね。こんな状況でなければ恋人との再会を祝するのにふさわしい場所ね!! 」

 ドラゴンメイドはマスクをしていたが、ゴーグルは割れたまま。

 その怒りの視線だけで、人が殺せそうだ。まさに、夜叉の顔。

 だが、カーリタースは、残念そうに顔を伏せただけだ。

 さっきまで命乞いをし、仲間の首に手までかけた男とは思えない。


 山岳道路を斜めに貫くように、まっすぐな道がある。

 そこを猛スピードで駆けあがるのは、短長さまざまな軍用列車。鉄道なのだ。

 列車たちは、隣の山で停車したが、たいへん目立つ。

 山岳道路には、空地を挟んで横づけできる駅。

 先頭を行くのは、戦車と同等の戦力を持つギュプソス装甲軌道車だった。

 装甲軌道車とは、戦車のように無限軌道を持ちながら、その内側に鉄道用の車輪を持つ車だ。

 鉄道用車輪を引き上げ、鉄の無限軌道で鉄道レールを乱暴に踏み越える。

 そして、空地で続く列車隊の護衛についた。


 カーリタースは、雄大な自然をさししめすと、さらに雄弁になった。

「なぜ美しい物を前にした時、心に鎧をまとう必要があるのです?!

 思う存分、恋人との再会を喜んでください! 

 ……いや、それはあなた方の世界が、美しい物にあふれているから。

 それは、真脇さんも担っている物ですね。

 だからこそ、私の作品の粗い点がわかるのか。

 私もこれからは、さらなる精進を重ね―」

 その時、ドラゴンメイドの手がカーリタースのベレー帽をひったくった。

「うわああああ! 」

 青空にカーリタースの絶叫が響き渡る。


 ギュプソス装甲軌道車に続くのは、流線型の車体を持つラヴァ装甲列車シリーズだった。

 分厚い装甲で守られた汽車で、大小それぞれの大砲を積んだ重砲車、軽砲車。

 対空砲とミサイル、それらを誘導するレーダーを積んだ対空車。


「助けて! 助けて! 殺さないでください! 」

 カーリタースは、先ほどの医療センターの様子そのままに、へたり込み、後づさった。

 ドラゴンメイドは、ベレー帽を人刺し指にひっかけ、くるくる回しながらその様子を眺める。

「達美ちゃん……」

 ドラゴンメイドの隣には、細身の少年が立っていた、

 ドラゴンメイドと同じゴーグルとマスクをつけ、両腕には首の後ろから伸びたパワーアシストをつけている。

 レイドリフト・ワイバーン、鷲矢 武志。

 ドラゴンメイドと同型のサイボーグ・ボディを使う、ネットワーク派のヒーローだ。

 その彼に心持が悪そうに言われて、ドラゴンメイドは。

「斜めに被った方が、大人っぽいと思ったのよ」

 そう言い訳して、カーリタースの右耳だけをかぶせるようにして、ベレー帽を返した。

 返された量子コンピュータの芸術家は、決然とした表情で立ち上がる。

「お気遣いに感謝します」

 そして、ドラゴンメイドに頭を下げた。


 山では、さらに巨大な装甲列車が2台のぼってきた。

 駅の空き地につくと、まず前の車両が屋根を開く。

 そこからせり出したのは、ひときわ巨大な大砲だった。

 アントラスク80センチ列車砲。

 射程は48キロメートルに及び、威力は7メートルのコンクリートを貫通できる。

 後の車両が、強力な油圧によって左右に分解し始めた。

 2台目の車体のほとんどは、80センチ砲を左右から支える重りだ。

 左右に広がり切れば、下されたタイヤの支えによって、たっぷり2分間かけて場所を整え、最後は手動で固定する。


 最後の装甲列車が現れた。

 小ぶりな砲塔しか持たない、流線型を十分生かした汽車は、兵士や戦車など、重量物を積んだ輸送車。

 歩兵は皆、ウールデニムの軍服と、防寒用で牛革のベストをまとっている。

 構えるのは、木と鉄で作られた大ぶりの自動小銃、ボルボロス。

 国旗にも現れる、チェ連の誇り。

 もし後継する銃が生まれたら、それが国旗に書かれるのだろう。

 

 後の屋根のない輸送車から、地球人にもなじみのあるシルエットを持つ戦車が降りてきた。

 無限軌道の上に大砲をのせた砲塔を持つ戦車は、フリソス。

 ただし、自衛隊の持つ10式戦車の全長9.42m。

 フリソス戦車の全長は、それより2回りは大きい。

 その装甲は、お椀をかぶせたような、衝撃を逃がすのに理想的な流形状。

 車体を支えるのは、底全体を動かす4つの無限軌道。


 同じ車体を使い、先端に巨大なドリルを持つのは、岩盤突破戦車と呼ばれている物だ。

 また、土を押しのけるブレードを持ち、さらに円形の動力のこぎり、クレーンなどを積むのは森林突破戦車。

 岩盤突破戦車と自然突破戦車は、真正面から森に突っ込んだ。

 岩盤突破戦車は木や雪、岩であってもドリルで吹き飛ばす。

 森林突破戦車は動力のこぎりで木々を切り倒し、ブレードで押しだしていく。

 それに続いて、兵士たちは森へ進撃する。


 空から新たな轟音が追加された。

 レフコクリソス戦闘ヘリコプター隊。

 機体の左右に1つづつ、プロペラを大きなダクトで守ったダクティッドプロペラを持つ。

 プロペラに挟まれるのは、コクピットとミサイルやロケット砲をしまう部分だけの、卵型の機体。

 コクピットの下には、3つの銃身を回転させるバルカン砲があり、地上部隊の行く手を見守っていた。


 ダクテッドローターを4つ持つのは、シデーロス輸送ヘリコプター。

 機体内に人員や小型車両を積むため、全長は30メートルに及び、太い胴体を持つ。


 これらのヘリより少し上で、剣のような影が山肌をなめるように飛んでいる。

 スフェラVTOL戦闘爆撃機だ。

 VTOLとは、垂直に離着陸できる飛行機の能力のこと。

 2機で1チームを組み、山脈を登る地上部隊を全体的に守っている。


 さらに上空から、音速を超えた速度が生み出す、空間を切り裂く音。

 山脈を飛び越し、また戻ってくる、いく筋もの飛行機雲。

 アルギュロス戦闘機と、カルコス重戦闘爆撃機の大編隊だ。

 戦闘機が3機種とも、片方が壊れても無事に帰還するために、二つのエンジンを持つ双発式となっている。

 アルギュロスが比較的小型で小回りが利く。

 カルコスは超音速からスピードを落とすと、その巨体に寄り添った主翼を左右へ開いた。

 大型な分、航続距離も長く、しかも大量の爆弾を詰める。

 その分低速での機動力が弱くなるが、それを補う可変翼だ。

 チェ連では、陸海空軍での装備の共有化がとても進んでいる。

 この戦闘爆撃機達も、空軍の地上基地から発進した物もあれば、マトリックス海海軍が持つ空母から来たものもある。


 これらのさらに上空、16.700メートル。

 もはや地上から肉眼では小さな点にさえ見えないが、そこには3機の超大型爆撃機がきれいなV字編隊を描いて地のすべてを見下ろしていた。

 モリュヴドス爆撃機。

 翼の端から端まで165メートルあり、3角形の機体に尾翼を持たない全翼機。

 機体後部から見える円筒は、10のターボファン・エンジン。

 それが支えるのは、全長96メートルの胴体だ。

 その腹の中に納まるのは、合計80トンに達する各種爆弾やミサイル。

 機体の上下には、砲塔式の全方位レーザー砲が一つづつ。

 続くのは、空中給油機や、輸送型の編隊。

 これらにも、2問のレーザー砲は標準装備されている。

 チェ連の惑星全領域戦略を支えた、巨人機の群れだ。

 失われたはずの、マトリックス海方面軍。

 長年の宇宙戦争で失われ、魔術学園高等部生徒会により一日で敗北したはずの軍団。

 それが、全盛期の姿で現れた。


 先頭を行くモリュヴドス爆撃機が、取るに足らない不思議でもなんでもない動きを始めた。

 エンジンの噴射方向を無視して、上下左右に動き始めたのだ。

 まるで、特撮映画のCGスタッフが、「この爆撃機はどこに置こうかな? 」といじって悩んでいるような動きだ。

 結局、右後ろの爆撃機と衝突した。

 たちまち巨大な火の玉が生まれる。

 生き残った一機が、左へ傾いた。

 急いで逃げ出そうとしたためか、爆風であおられたのか。

 飛び散る2機分の破片と燃料、そして武器は、最後の一機を飲み込んだ。

 

「リモートハック成功。本当にここは、量子コンピュータの中なんだね。達美ちゃん」

 ワイバーンの脳は、無能力で17歳の男子生徒のそれだ。

 今はいているのは、学ランと略されることの多い、学生服のズボン。

 余談だが、学ランのランとは、洋服を意味する江戸試合の隠語、ランダからきたらしい。

 腰には大きい、たくさんのポケットがついている。

 明らかに学校の制服ではない。

 上着は脱ぎ、代わりに分厚く硬さを追求した黒いボディアーマーを着ている。

 その背中には、ドラドンメイドの背中にあった物より大きなレーザー・ジェット・エンジン。

 周りで折りたたまれているのは、これもドラゴンメイドより大きな翼。

 アーマーも翼も含めて、オプションのジェットパックなのだ。

 そして両手の指は放射線状に5方向に広がっている。アンテナだ。

 手の中から放たれるのは、コンピュータを正規のルートを介さず操るためのプログラム。それがリモートハック。

 今は16.700メートル上空にいる。ことになっているモリュヴドス爆撃機を操ったのだ。

 次は、空中給油型、輸送型を、最初の火が消えないうちに撃墜する。

 手を忙しく動かしながら、少年はちらりと振り返った。


 振り返った先にドラゴンメイドがしゃがんでいる。

 そこは、杉板を使ったログハウス風の部屋だった。

 煤けた鉄のまきストーブからは、空気穴からオレンジの炎が豊かに揺らぎ、乗ったやかんが忙しそうに蒸気を噴き出している。

 彼女らの足元には、それまでの激戦を物語る薬莢と、チェ連兵士たちがモノを言わなくなって転がっていた。

「ええ、タケ君。これを見て」

 足元の兵士の顔を、むき出しのチタンの手でつかむ。

 なんとなしにワイバーンに見せた。

 それは悔しさにゆがんだ血まみれのデスマスク……ではなく、真っ白な、鼻も口も目もない、作り物の顔だった。

 ヘルメットをかぶった下には、髪の毛もない。

「なんでこうなったんだろう。編美、分かる? 」

 ドラゴンメイドに言われ、倒れた兵士の顔をピンク色の猫型ランナフォンが覗き込んだ。

「わたしもそれが気になっていました」

 ディスプレーには、久 編美がオウルロードとして映っている。

 それはピンクの看護師服でも、ドラゴンマニキュア4Pでもなかった。

 銀色の西洋風甲冑。

 大きな目が特徴的なフクロウをかたどった兜は、口元まで覆っていて、表情を見せない。

 膨らんだ胸も、鋭くとがった鎧に包まれ、攻撃的なイメージを抱かせた。

 そして肩から下がったマントには、縁に太い関節が入っているのがわかる。

 マントはVRMMORPG監視システムたる編美が、監視プログラムから気配を隠す文字道理の隠れ蓑、また広げれば電子の大空を自在に飛び回る翼となる。


「おそらく、本物の兵士の精神をダウンロードし、訓練をさせる目的で作られたのでしょう。

 顔も、人間のデータを入れれば本物そっくりに変わるはずです。

 今までは、この世界全体をつかさどるメインプログラムのサポートを受けつつ、簡易な人口知能によって動いていたようですね。

 ただ……破壊されると、背景扱いとなって、メインプログラムへのアクセスが途切れるようです。

 中枢がどこにあるか、調べられなくなります。

 ですが、リモートハックによって動かすことはできますね」

 ピンク色と、もう一匹の黄色い猫型ランナフォンが床に転がるボルボロス自動小銃や肩撃ち式ロケット砲を見つめた。

 2匹の体からオウルロードの量子プログラムを示すピンク色の稲妻が走り、武器に吸収された。

 その武器は隙間からピンク色の光を放ちながら、先ほどの爆撃機と同じようにふわりと浮かびあがる。

 そして一斉に壁へめがけて銃口をそろえた。

「発砲もできます。ただし、」

 兵士たちの懐から予備の弾倉が浮かび上がった。

 それが、銃にもとからついていた弾倉と入れ替わる。

「量子プログラムでない方には、細かい動きや多数の物をバラバラに動かすのは、難しいと思いますよ」

 浮かび上がった銃から、次は壁に向かってピンクの稲妻が走った。


「ところで、ペンフレットさん」

 人工知能である、オウルロードからの質問。

「なんでしょう、編美さん」

 ベレー帽カーリタースは丁寧に答えた。

「あなたは、本当にこの世界を芸術作品として作ったのですね。兵器としてではなく? 」

 自分の誇りを、カーリタースは静かな声で示す。

「はい、マトリックス海を中心に、南北の山脈地帯、外洋の一部。

 チェ連で最も豊かな地域の豊かな時代を、再現したつもりです」

 

 この世界に突入したドラゴンメイドとワイバーン。

 その後に多くの者が続こうとした。

 そんな彼らを止めたのは、最終防壁から漏れ出した謎の粘液だった。

 PP社が持つ、移動式生物剤探知機。 それには危険な細菌は探知できなかった。

 だが、ここは異世界だ。どんな未知の細菌がいるか分からない。

 そこで、涙ながらに「粘液は安全です」と訴えたのが、カーリタースだ。

「だったらお前が入ってみろ! 」と放り込んだのは、意外にもシエロだった。とっさに、赤いベレー帽をかぶせて。

 今この様子は、ランナフォンを通じて、現実世界にも通じている。

 世の中は分からないことだらけだ。と、数えきれない人々は思った。


 今、人形兵士が転がっているのは、高山によくある、登山客向けの山小屋ではない。

 登山客も利用できるのだが、ここは防空要塞なのだ。

 道路沿いに建つ鉄筋コンクリート製、6階建てのビルの3階。そこから下は雪に覆われていた。

 周囲からの攻撃を受け流しやすくするため、要塞の形は円柱形。

 その5階部分には8方にバルカン砲、対空銃座が飛び出している。

 屋上には、10.5センチ高射砲がある。射程は12.000メートル。

 その隣にあるのは、小型の対空ミサイルを8本おさめたコンテナだ。

 これらの対空兵器は、もう一つの防空要塞から送られてくる情報で統制される。

 500メートルほど離れた、屋上にレーダーを収めたレドームを持つ同じサイズのタワーからだ。


 これらの装備が、オウルロードから放たれたピンクの光を放ちながら勝手に動き始めた。

 レフコクリソス戦闘ヘリとシデーロス輸送ヘリが近づいてくる。

 それに対し、まず対空銃座が火を噴いた。

 スフェラVTOL戦闘爆撃機も向かってきた。

 それには対空ミサイルが。

 10.5センチ高射砲は、その射程を生かして遠くの戦車を狙い撃つ。

 砲の後で蓋がひとりでに空き、次の砲弾が浮かんでは装填される。


 ワイバーンの強化された視線は、防空要塞の性能をはるかに超えて、はるかかなたの爆撃機隊をとらえていた。

 アンテナの手を防弾ガラスで守られた窓越しに、視界の山肌をなでるように動かした。

 隣の、最も多くの敵が上がる山を、鋼鉄の雨が薙ぎ払った。

 数秒遅れて、地面への炸裂音がとどく。

 10機近い巨大飛行機から生み出した破片が叩きつけられたのだ。

 同時に、燃え残った爆弾や燃料タンクに火がつく。

 その炎はワイバーンのリモートハックにより、十派一かけらにチェ連軍の地上部隊を覆い尽くす。

 60トンあるフリソス戦車さえ山から突き落とした。

 さらに拡大した衝撃は、雪崩を引き起こす。

 発射準備中だったアントラスク80センチ列車砲は1.600トンあったが、なすすべもなく谷へと押し倒されていく。


 要塞の違う窓からは、ドラゴンメイドがのぞいていた。

 彼女は目標を、向かってくるアルギュロス戦闘爆撃機隊に定めた。

 リモートハックされた3機は、爆弾を落とすこともできない。

 前進以上のスピードでバック、降下させられた。

 木々を叩き折ったのち、彼女らのいる要塞のそばの道路に突っ込んだ。

 ドラゴンメイドは、迫りくるコンボイに狙いを定め、正面から押し込む。

 戦闘爆撃機は、火はすぐ消えたが超音速で飛ぶ無数の破片である。

 あまりに細かくなったあとは、手近な戦車を操って投げた。

 道路をたどってジグザグを繰り返し、コンボイを吹き飛ばす。

 岩に衝突してもスピードは落ちない。

 リモートハックならではの悩みに、ドラゴンメイドは細かい軌道修正をしなければならなかった。

 まさに、糠に釘。


 地球生まれの猫、人間、量子プログラムの3人は、ここに逃げ込んだチェ連人科学者に呆れてしまった。

 自分たちのテリトリーに逃げ込んだつもりなのだろうが、これでは墓穴を掘っただけだ。

 しかも、思わず現れた美しい景色を、自分たちで破壊しなければならない。

 そのジレンマは確かに、胸をうずかせる。

 

「ここからは、私に任せていただけませんか? 」

 オウルロードが言った。

「お二人に直接リクエストを伝えます。それに従って飛んでいただきたいのです」

 2人のサイボーグはうなづいた。

「わたしのことは気になさらず。覚悟はできています」

 カーリタースも、そういった。言い切った。


「そうだ。達美ちゃん、これを」

 ワイバーンは自分のオプションジェットパックを脱いで渡した。

 ドラゴンメイドは、飛行能力を失っているのだ。

 彼自身はYシャツ1枚の姿になる。

「うん、ありがと」

 うけとったジェットパックに肩に通した。

 右わき腹の服をずらし、ボルケーニウム皮膚を液体に変えてチタン装甲をだす。

 装甲はさらにずれ、下からUSBの差込口が現れる。

 そこに、ボディアーマーの裏から伸びたコードを差し込み、前をしめた。


 そとは、次々に包囲が狭まってきた。

 雪崩を起こした後でも、砲撃は飛んでくる。

 高山植物の領域でも、無数の戦車が轍を残し、こちらより高所に陣取ろうとしている。

 ワイバーンは、強化された視力と腕のスピードで、それらの砲弾を撃った相手に送り返していった。


「着たよ」

 ドラゴンメイドはそう言って、ランナフォンを抱きかかえた。

「よし、行くよ! 」

 ワイバーンはそう言うと、窓ガラスを蹴飛ばした。

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