第34話 昌幸の企み

「え・・・?」


 礼次郎が昌幸の方を振り返った。


 信幸はすぐに、


「何を言いますか、何をお考えですか父上!そんなことはいけませぬ!」


 と言うと、壮之介も立ち上がり、


「ならん、それはなりませんぞ!」


 と声を荒げた。


 昌幸は笑って、


「いや、真円流がそれ程の妙技であるならば、真剣でやった方が迫力があって面白いであろう。昔は真剣で稽古をすることもあった。その昔と同じように寸止めや峰打ちにすればいいだけではないか」


「しかし失敗すれば取り返しがつきません、それはいけません!」


 信幸が叫ぶと、

 当の礼次郎本人は、


「いや、構いません、そういうことであれば真剣でやりましょう」


 落ち着いた声で言った。


「うむ、流石じゃ」


 昌幸は満足げに笑った。


「順五郎、オレの刀を」


 礼次郎が言うと、順五郎は刀を手渡した。


「若、大丈夫なのか?」


 順五郎は心配そうに言うが、礼次郎は、


「真剣でやった方が感覚を研ぎ澄ましやすい・・・それに安房守様が言うように、昔は皆真剣で稽古してたんだ、寸止めや峰打ちでやれば大丈夫だよ」


 と、刀を抜き、状態を確かめるように刀身の表裏を見た。


 改めて礼次郎と対戦相手の小杉が向き合った。

 両者共に真剣を構えている。


 見守る壮之介は、その小杉の落ち着き方が気になった。

 小杉は、先程昌幸が真剣でやってくれ、と言った時にも特に動揺した様子は無かった。


 ――最初から真剣でやることを教えられていたとしか思えん。だとすれば真田昌幸の狙いは・・・


 額に汗が滲んだ。

 壮之介はいつでもすぐに飛び出せるよう少し腰を浮かせた。

 脇には壮之介の鉄の錫杖がある。


 だが、その壮之介の心配は杞憂に終わることとなった。


「始めい!」


 合図の声が飛んだ。


 礼次郎はまず一歩後ろに下がった。


 全意識を己の精神内部へと向かわせた。


 ひりつくような剣気が立ち上る。


 瞳の色がみるみるうちに変わって行った。


 小杉はすり足で前に出る。

 そして気合いと共に右斜め上段から打ち込むと、礼次郎は下からガキンと受け止めた。

 礼次郎は小杉の刀を打ち払うと、後方数段飛び退いて、小杉の腕の動き、指の動き、視線の動きに集中した。


 小杉はじりじりと間合いを詰める。


 観戦する真田家中の者たちが息を飲む。


 見る限り、礼次郎の腕力も太刀筋の速さも並である。この試合は小杉の方に歩がある――


 と、昌幸は思った。


 しかし。


 間合いを詰めた小杉が再び風を切って右上段から斬り込んだ。

 

 同時だった。


 いつの間にか小杉の右にいた礼次郎の刀の峰が小杉の脇腹を軽く打った。


「あ・・・」


 昌幸、信幸を始め、真田家中の者たちは一様に驚いた。


 打たれた小杉自身も信じられぬと言った表情で立ち尽くした。


 一瞬の静寂が稽古場を包んだが、


「見事!」


 と我に返った信幸が手を叩いた。

 釣られて他の者たちも拍手をした。


「ううむ、見事じゃ・・・もっと見たいものだ、もう一試合してくれぬか?」


 昌幸が呻いて言った。


 しかし、結果は同様であった。


 次に立ち会った者は小杉よりも腕が立つと評判の者であったが、同様に礼次郎に一本取られた。


「これでよろしいでしょうか?真円流は脳の疲労が激しい、あまり長くは使えませんので」


 礼次郎が言うと、


「そうか、わかった。それにしても見事なものであった」


 昌幸が拍手をした。


 他の真田家中の者たちも驚嘆の声を上げて拍手をした。


 昌幸は礼次郎を讃えながらも複雑そうな表情をしていた。


 

 ――何と言う技よ・・・これでは討ち取るのは容易ではあるまい。いくら徳川家康とは言え・・・

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