第17話 美濃島咲との激闘
咲は小袴に濃い紫の小袖、その上に簡単な胴当て、と言う格好で、腰の革帯には何やら色々と下げられていた。
右手にはやや短めの太刀が握られている。
「あの状況で・・・この私によくも恥をかかせてくれたね」
冷静な口調であったが、咲の目は冷たい憤怒に燃えている。
白い肌に赤みが射していた。
ゆっくりと礼次郎に近付く。
「はっ、もっと恥ずかしい姿にしてやった方が良かったか?」
礼次郎が腰を屈めて刀を抜いた。
「私に落ちなかったばかりか逆にコケにするとは・・・生かしてはおけないよ!」
そう言うや咲が風を吹き上げ鋭く踏み込んだ。
そして剣光が直線を描き、突きが飛んで来た。
「うっ」
その突きは女性であるにも関わらず一流の剣客の鋭さ、礼次郎は間一髪で打ち払った。
「ちっ」
咲が休む間も無く左に薙ぎ払った。
これもまた素早い飛鳥の剣。
だが、礼次郎はすでに飛び退いてよけていた。
「何・・・」
咲は驚愕に目を剥いた。
だがすぐに、
「やるじゃないか」
にやりと笑う。
「てめえこそ女だてらにとんでもない使い手だな」
礼次郎は間合いを取って咲の手元、脚の動きを見、呼吸を計った。
「ふっ・・・私は美濃島衆の頭領として子供の頃から仕込まれている・・・ここの男どもにも負けたことはない」
そう言うと、咲が右脇構えから再び斬りかかった。
礼次郎は太刀を振り下ろして受け止め、逆に斬り返した。
大広間に刃が交わる音が響く。
数合、打ち合いが続いた。
しかし、打ち合ううちに礼次郎が咲の太刀筋を読み切って行き、次第に礼次郎が咲の剣をよける場面が目立って行った。
「おのれっ!」
気合い一閃、咲が渾身の右払いを放った。
だがそれは虚しく空を斬ったのみで、礼次郎の身体は咲の右にいた。
「なっ・・?」
礼次郎の瞳が強く光る。
咲が驚く間もなく礼次郎の太刀が光を描いた。
咲は持ち前の身の軽さでギリギリでかわし、数歩飛び退いて間合いを取った。
咲の首元に汗が滴る。
咲が礼次郎を睨み、憎々しげに言った。
「城戸礼次郎、さっきからのお前の動き、太刀捌き、それは一体何だ」
「真円流剣術」
「真円流?何だそれは?初めて聞いたな」
「じゃあよく見ておくんだな」
礼次郎がじりじりと間合いを詰める。
「ちっ、仕方ないね」
咲は舌打ちすると、左腰から何かを取り出し、宙にしならせた。
先に小さい鉄球がついた鎖の鞭であった。
咲は右手に刀、左手に鎖の鞭を持った。
「何だ・・・?」
礼次郎が驚くと、咲はくくっと笑い、左の鞭を振った。
鞭の先の鉄球が空を走って伸びて来た。
「うっ」
礼次郎はよけきることができず、鞭の先の鉄球が右腕をかすめた。
かすめた箇所から血が滲んだ。
――鉄球に小さい棘がついてやがる・・・
咲の鎖鞭は短めなので、片手でも自由自在に操れるようであった。
続けて咲の鞭が右から弧を描いて飛んでくる。
礼次郎は身を屈めてよけると、同時に咲の懐に飛び込もうと地を蹴った。
すると咲の右手の刀が振り下ろされた。
――まずい!
礼次郎は咄嗟に右に飛んで転がり、素早く起き上がった。
「ふふ・・・私は両利きなんだよ」
「随分器用なことだな」
礼次郎は刀を低く構えて突き出した。間合いを保ち、牽制する為である。
「いいことを教えてやる。さっきお前の荷が置いてある部屋で行燈を外させた・・・あれは行燈を外す事によって外に通じている縄が動き、麓の村にまで伝わる合図になっている。その合図があると麓の村の連中は急いでここに来ると言う手筈になってるのさ」
「何?」
「じきに私の部下達が来る」
咲が嘲るように笑った。
そして再び左の鎖鞭を虚空にしならせた。
鎖の鞭は突き出していた礼次郎の刀にくるくると巻きついた。
――しまった・・・!
礼次郎は外そうと懸命に刀を振ったが、何重にも巻き付いた鞭は簡単には外れない。
「ふっ、甘かったね、これは元々攻撃の為じゃない、こうやって使う為のものなんだよ」
「くそっ・・・」
咲は鞭で礼次郎の刀を絡め取りその動きを封じたまま、右手の刀で斬り込んできた。
礼次郎は右に飛んでよける。
だが、追って再び咲が斬りこんでくる。
たまらず礼次郎は手を放して後方に飛んだ。
「ふふ」
咲が鞭を自身の手元に素早く引き寄せ、礼次郎の刀をほどいて落とした。
「終わりだね」
勝利を確信した咲が地を蹴って斬り込んだ。
刀の無い礼次郎は身をかわすしかない。
礼次郎は脇差を差していなかった。
背の荷の中に小刀があるが、取り出している暇もないし小刀では到底太刀打ちできない。
――刀さえ取り戻せれば・・・
礼次郎の視界に、床に落ちている刀が入る。
しかし咲の攻撃を交わしながらでは中々そこにはたどり着けそうにない。
礼次郎は必死の目を剥き、咲の鞭と刀の攻撃をかわし続けた。
ドンッと、背中に何かが当たった。
礼次郎は壁際に追い詰められていた。
咲はにやりと笑った。
そして咲が鋭い突きを繰り出して来た。
瞬間、礼次郎の目が光る。
礼次郎の身体が上に跳ね、壁を蹴って飛んだ。
「何・・・!?」
咲が驚いた時には、すでに礼次郎の身体は咲の後方に着地していた。
「しまった・・・!」
礼次郎が走り、落ちていた刀を拾った。
咲は悔しげな表情で礼次郎を睨んだが、
「ふん、同じことよ」
左手の鞭を構え、間合いを詰めて行く。
――どうすればいい・・・?左で鞭を、右で刀を使える相手に・・・?
礼次郎は呼吸を落ち着かせ、咲の鎖鞭を見つめた。
――そうか!
彼は何かに閃いた。
咲が再び礼次郎の刀を絡め取ろうと鎖鞭を鋭くしならせた。
礼次郎の目がカッと見開いた。
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