第83話 魔城の入り口

 七天山に近付いて行く礼次郎らは、すすき野を抜け、雑木帯に入った。


 幻狼衆本拠地である七天山が大きく見える。かなり近くまで来た証拠だ。

 暗くなり始めた空を背景にした七天山は、不気味な佇まいを見せていた。


「馬の音が響くと見張りの兵にばれてしまう。この辺で馬から下りて近づこう」


 との咲の言葉で、礼次郎らは馬から下りて馬を木に繋ぎ、慎重に徒歩で進み始めた。

 やがて木々の間の先に七天山を覆う草木が見え、その手前に幅の広い川が流れているのが見え始めた。


「止まって」


 咲が足を止めた。


「七天山の前には川があるのか?」


 と言う礼次郎に、


「前、じゃない。七天山の周りを取り囲むようにぐるっと川が流れてる」

「うん? それってつまり……」

「そう、七天山は川の中の島」

「川の中の島……しかも山か」

「その上その川は幅があり底も深い。まさに天然の堀になっている。そしてあの山肌の急斜面。七天山は自然の堅城なのよ」

「天然の要害と謳われるわけか……うん? 小船があるな。あれで山に入ればいいのか」


 礼次郎が、岸辺に上げられている小船に気付いた。


「そう。だけどあっちを見て」


 咲はもっと見えやすい別の場所に移動する。そして指差した方向の岸辺に建物が建っていた。


「あれは見張り小屋、常時十人ほどの見張りが詰めていて侵入者に備えている。そして同じような小屋が七天山をぐるっと囲むようにいくつかある」

「そうか。十人ほどなら大した数ではない、オレたちで何とか打ち倒せるだろう。だがオレたちに気がつけばすぐに山に連絡が行く仕組みができているだろうな」

「多分ね」


 礼次郎は咲を見て、


「他に七天山に入る方法は無いのか?」

「あるにはある」


 そう言うと、咲はまた雑木帯の中を別の方向へ歩き出した。

 礼次郎らがついて行くと、


「あれを」


 と咲が指差した方向、七天山の高さ十間(約18メートル)ほどの山肌と、こちら側の少し小高くなっているところとにかかっている木の橋があった。


「あれが唯一の山と外とを結ぶ橋」


 だが、こちら側の橋の入り口には十数人もの兵が立って鋭い目を周囲に光らせており、また七天山側の橋の先にも、同じように屈強そうな兵達十人ばかりが一言も発さずに警固している上、その後ろには入口らしき大きく頑丈そうな金属の門が固く閉じられていた。


 壮之介は目を凝らして言った。


「あれは上田城の大手門どころではないな。あそこにいる者どもら全員を討ち倒したところで門の中には入れぬであろう。大筒でも使わぬ限りは」

「その通り。でも戦の時はこの橋は外してしまうらしいから大筒を使ったところで意味は無い」


 すると、順五郎が、


「じゃあ、何とかしてあいつらの服を奪ってあいつらになりすまして忍び込むってのはどうだ?」


 と提案すると、千蔵が即座に言った。


「それは通用しないかと」

「何でだ?」

「それは忍びの常套手段。恐らくこれまでにあの山に潜入しようとした忍びの者は皆その方法を使ったでしょう。だがあの山に入り込もうとして帰って来れた者は一人もいないのです。と言うことは奴らは必ずその方法を見破ると言うことです」


 千蔵はじっと門の方を見つめたまま言った。


「なるほどな。そうか……」


 礼次郎は腕を組んで橋を見上げ、黙然と考え込んだ。


「どうするよ、若」


 順五郎の問いに、礼次郎は口を開いた。


「奴らになりすますのもダメ、あの橋を正面から行っても門は突破できない。となるとやれることは一つだ。あの見張り小屋を襲い、小船に乗って山に入る」


 壮之介は頷き、


「やはりそれしかないでしょうな」


 しかし咲は冷静な顔で、


「だけど、さっきあんた自身で言ったように、奴らはすぐに私たちに気付いて他の番小屋や山の本城に連絡をするだろう。」

「その時はその時だ、すぐに撤退すればいい。もし奴らが他に連絡をしなかったら儲けもの、そのつもりでやろう」


 礼次郎が言うと、千蔵が、


「では、他に気付かれにくいように、なるべく他の見張り小屋との距離がある小屋を襲いましょう。そして他に連絡させぬよう、できる限り静かに、短時間で全員を討ち取るのです」

「よし」


 礼次郎らは川の方を注視しながら、息を殺して雑木帯の中を移動した。

 やがて、他の見張り小屋が見えないぐらいに他と距離がある小屋を見つけた。見張り"小屋"と言っても十数人が詰められる程の大きさなので、ちょっとした屋敷に近い。小屋の外には三人の見張りの兵があくびなどして退屈そうにたむろしている。陽が暗くなり始め、また空腹も手伝って気が緩んでいるようだった。


「あれだな」


 と、礼次郎は静かに抜刀すると、順五郎、壮之介、千蔵、咲の顔を見回した。

 四人もそれぞれの武器を構え、無言で頷いた。


「行くぞ。決して声を出すな」


 礼次郎は木々の間をゆっくりと歩き出した。その後をついて行く四人。

 そして雑木帯を抜けるや、風を切って全速力で走った。

 瞬く間に小屋が目の前に迫る。


 小屋の前にたむろしていた三人、声も発さず突風の如くこちらへ走って来た礼次郎らに気付くと、


「な、なんだてめえらは?」


 動転して咄嗟に槍を構えたが、時すでに遅し。地を蹴って低く飛びかかって来た礼次郎の刃が一人の脇腹を切り裂いた。


「くそっ!」


 もう一人が慌てて応戦しようと槍を突き出すが、さっと腰を落としかわした礼次郎、左手を地につけるとそれを軸に身体を回転させて回し蹴りを食らわせ、相手が転んだところを起き上がりざまに斬り上げた。


「て、敵襲だ!」


 残る一人が青ざめた顔で叫んで小屋の中に駆け込もうとしたが、その背へ飛鳥のように飛びかかった咲の刀が一閃し、血飛沫と共に崩れ落ちた。


「な、何だ?」

「敵襲だと?」


 小屋の中から慌てた声が聞こえ、外に飛び出して来ようとする気配。

 だがそれより速く、順五郎と壮之介が小屋の戸を蹴破って中に飛び込んでいた。


「うわっ!」

「てめえら、何者だ!」


 突然の乱入者の襲撃に仰天した小屋の中の者ども十人ばかり。慌てて刀を抜いたが、順五郎と壮之介の前にはまるで蟷螂の斧、壮之介が轟音唸らせて振った錫杖に吹き飛ばされると、そこへ順五郎が次々と追撃の槍を突いて行く。


「いかん、他の小屋に連絡しろ!」


 敵の一人が絶叫すると、それに応えたもう一人が、片隅の天井から吊り下げてある陣鐘じんがねに向かった。

 だが、後から飛び込んで来た千蔵がそれに気付くと、懐からさっと手裏剣を取り出して放った。手裏剣は宙を滑って飛んでその者の背に突き刺さり、男は悲鳴と共に倒れた。


 そして更に飛び込んで来た礼次郎、咲らも乱戦に刃を繰り出し、小屋の中に詰めていた者ども全てあっと言う間に討ち取った。


 まさに電光石火の瞬間劇であった。

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