第5話 主従契約

「予知能力?」

 春は思わず聞き返す。

「ええ。主に危険予知ですね。血が見えるらしいです」

「血?」

「出血を伴う大怪我をするような場合、それが前もって見える」

 だから、彼女に「血が出ている」と言われた者は、その通りに怪我を負う。そこに予知能力という存在を介在させなければ、彼女がそう言ったせいで怪我をするのだと、周りがそういう誤った認識をしてしまうのも仕方がないことだ。


「成程。状況は分かった。でも、凉城さぁ、お前、援交はまずいと思うよ、僕は」

「はぁっ!?」

…うぇ…まじ?あの凉城がっ…うろたえてる!?…

「馬鹿なこと言わないで下さい。私はただ、あなたの命令で彼女の能力を見極める為にちょっと…」

「ちょっと…何?」

「…いえ…あの…その…」

…何これ。面白すぎなんだけど。うへーこんな凉城初めて見た…


 これは…。

 付け入る隙のなかったこの下僕に、間違いなく確実に、『弱点』が出来た、ということになるのではないか。

「よし、決めた。その子、うちの学校に転校させよう」

「は?」

「学費は特待生ってことで、親父に免除してもらう様に言っとくから、手続きしてやって」

「…いきなりですね」

「だって、その力って、そもそも僕を守るためのシロモノなんだから、そうして当然だろ」

「…分かりました」

「嬉しい?」

「…何の話です」

 凉城の顔は、もう、いつもの澄まし顔だ。

「うん。楽しくなりそうだ」

 春が楽しそうにそう呟いた時には、凉城は一礼してもう部屋を出て行った後だった。



 それからしばらくして、およそ七年ぶりに再会した彼女は、何と言うか、想像していたよりもずっと美人になっていた。

 やっぱり僕には、人を見る目があったんだなと自分を誇らしく思うと同時に、これがすでに下僕のものだということに、少し納得がいかない思いを抱きながら、春は訊いた。

「僕の名前を覚えてるか?」

 もし彼女が、それを覚えていてくれたのなら。自分にもまだ、何と言うか『可能性』があるんじゃないかな、と。そんな淡い期待を抱きながら。

 すると、さっきから、胡散臭いようなものを見る様な目でこちらをみていた彼女が、徐に口を開いた。

「江戸川コナン?」

「へ?」

「じゃなきゃ、背が伸びて、工藤新一か?」

「いや…ていうか、何?その受け方に困っちゃうボケとか。これから真面目な話をしようって時に…」

 そう言うと、剣呑な光を宿した彼女の瞳が、すうっと細くなった。

「…じゃ…ないわよ」

「は?」

「ざけんじゃ、ないって言ってんのよ!このうすらトンカチ!!あんた何様だ、オオトリ様だぁ?どんだけ偉いんだか金持ちなんだか知らないけどね、他人の生活壊しといて、まず謝罪が先だろうがっ」

「…あ、何だ、事情は聞いてんだね。凉城から」

 いきなり怒鳴られたことに関して、春が下僕に恨みがましいような視線を送ると、彼は、何と言うか含み笑いをしていた。

…って、お前、彼女に何言った…

「いや、そこはまあ申し訳なかったと思ってるよ、うん」

「だから?」

「…ごめんなさい」


 何と言うかもう、頭を下げないと収拾がつかない。

 そんな状況で。

 頭を下げてしまった所で、二人の上下関係が確定した。


「ふんっ。分かればいいのよ。ともかくっ、あんたを守る為に、私の力を貸しては上げるけど、金輪際、不届きなマネをしてごらんなさい、タダで済むと思わないことよっ。いい?」

「う…へ?」

「返事っ!」

「はいっ!!」

…何て言うか、今度の下僕は、超こわいんですが…

 ていうか〜。何でこんなに上から目線なんだよ、こいつは〜〜…

 救いを求めるように凉城の方を見ると、奴め、笑いをかみ殺している。

…こいつ、ぜ〜ったい何かしたよな?…

 春はすぐさま凉城をそばに呼んで、釈明を求めた。


 そして――

 ひそひそ声で返された凉城の説明曰く、


「凛子さんという人は、もう長い間、自分の感情というものを押し殺して来たのです。そして今、それを解放してもいいのだと言われて、どうやらタガが外れてしまったみたいで。それで感情が剥き出しのまま表に出てしまう様なのです」

「それはつまり、感情が上手くコントロール出来ないということなのか」

「少しずつ落ちついていくとは思いますけどね」

「それでも、そんな風なんだったら、こっちの学校にも上手く馴染めないんじゃぁ…」

「それは、心配いりません。感情が暴走しそうになったら、遠慮なくあなたをその捌け口にすればいいと、そう言ってありますので」

「はっ?」

「お陰で、他の方たちとは何の問題もなく、ごく普通に接することができているみたいですから」

「お前…謀ったな」

「何のことでしょう」

 凉城はそう言って涼しい顔をする。

「道具の管理は所有者の責任ですから。くれぐれも」

 何だってこう、僕の下僕たちは、ご主人様より偉そうなのだろう。


――この日から、僕の、凛子の罵詈雑言に耐える日々が始まった。


 それでも、僕の中で凛子に対する甘酸っぱい思いは消えることはなくて。

 僕って、Mなんじゃないかしらと、時々真剣に悩みながら…

…いつか。

 もう一度、キミに僕の本当の名前を言える日が来ればいいなと。

 そんな事を考えていたんだったけなぁ……とか。

 その純情さ加減は、今思うと我ながら泣けてくる話で…。



「で、あんたの名前、何て言うのよ」

「へ?」

「名前口にすべからずの奴を、何て呼べばいいのかって訊いてんのよ」

小鳥春日オドリハルヒ…」


その時、そんなやりとりがあった様な気もする。

だがしかし…

それからのち、彼女が僕の『名前』を口にすることは、ついぞ無かった。





【 箱入りお坊っちゃまの傲慢な戯言たわごと 完 】

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