第5話 鼓舞・宙

「ドラちゃん!」


 アリーチェが叫ぶと、飛竜が何処からともなく姿を現した。

 俺もやるべきことは心得ている。ガイアスへと走り、その機体の内に収まる。


「それは、ライオール様の乗るべき機体だっ!。

 無駄な抵抗はせずに大人しく返してもらおう!

 といっても素直には聞かないだろうな」


 お、おう。もちろんその通りだ。


「ならば力づくで、奪い返すのみ!」


 それも規定事項だ!


 ファイスがゆっくりとガイアスに向って歩いてくる。

 二対一、アリーチェの乗る飛龍&ガイアス対ファイスとはいえ、甲機精霊マキナ・エレメドと戦う力を持つのは同じく甲機精霊のみ。

 アリーチェや飛竜のドラちゃんには期待できない。せいぜい攪乱や牽制が関の山だろう。


 覚悟を決める。ここで華々しくデビュー戦を飾る。

 なに、相手も丸腰。格闘戦ならば、相手の動きを見る限り、自在にガイアスを操れる(はずの)俺の敵ではないはずだ。


 が、その未来予想はすぐさま覆った。


「バーニングランサー!!」


 ゼッレが叫ぶと、ファイスの右腕から光が放たれ、赤く巨大な槍が出現した。


「搭乗初日にして、ファイスの武装を自在に召喚する僕の技能。

 なんて素敵なんだ」


 ゼッレは恍惚交じりの自画自賛。

 呆れるぐらいの自分賛美をしつつもファイスはその槍を、遠慮なく突き出してくる。

 射程も長ければ、威力だって相当のものだろう。避けるのに必死。


「何か……こっちにも何か武器はないのか!?」


 アリーチェからは何も聞かされていない。

 アリーチェも、甲機精霊マキナ・エレメドの持つ力の全てを知っていたわけではない。説明しようが無かったのだ。


 ファイスの放つ紅槍バーニングランサーのその全てを躱しきれずに、肩口に食らう。

 身を引き直撃は避けたが、左腕に違和感を感じる。

 痛みではないがしびれるような感覚。


 尚もファイスは、攻撃の手を緩めない。

 突かれることを避け、腕で振り払うようにして避けるが、紅槍が触れるたびに触れた腕にダメージが蓄積していくような感覚を覚えた。


「魔力が! そういうことなの!」


 アリーチェが上空を舞う飛竜から叫ぶ。


「なんだ!? 教えてくれ!」


 猛攻をしのぎつつも、アリーチェの把握力に期待を寄せる。


甲機精霊マキナ・エレメドの動力源は魔力なの!

 普通に動作しているだけでも、常に搭乗者の魔力は消費されていく。

 だけど、攻撃を食らえば、その消費の度合いは著しく増加する。

 やがて、魔力が枯渇すれば、動けなくなるわ!」


「なにをごちゃごちゃと!!」


 ゼッレが叫びながら、なお槍を振るう。

 突くではなく、横に払うように。


 アリーチェとの会話に気をとられていた俺は、それを防ぎきれずに脇腹に衝撃を感じた。

 ガクッとガイアスが膝を折る。


「お前がどれほどの召喚士か知らないけどな!

 武器も持たずに、敵うわけがないだろう!」


 ゼッレの言葉は、ガイアスにではなく、中に居る俺に向けられている。

 召喚士……じゃないんだよな。あいにく。その才能はあるのかもしれないがなんせ異世界に来てから間がない。自分の力を把握しきっていない。

 そして、このガイアスの性能についても同じことが言える。


「こんなことなら、のんびりとお弁当なんて食べずにガイアスの持つ力の分析をしておくべきだったわ」


 悔しそうな口調のアリーチェだったが、こいつのうかつさ・・・・は今さら責めるべきではない。

 俺も同罪といえば同罪だし、今後末永くこのうかつっ娘・・・・・と付き合っていかねばならないんだろうから。

 ともかく、状況はジリ貧。

 青い方の機体は未だに姿を見せないが、遅れてやってこないとも限らない。

 そうなれば、今ですら劣勢な状況がさらに悪化する。

 自慢じゃないが、赤いファイスだけを相手にしている今でさえ。

 情けないことだが、絶賛劣勢中だ。


 アリーチェの乗る飛龍が、ファイスに炎を放つが、まったくダメージを与えられている様子もない。


 これが、コクピットがあって操縦する系のロボットなのなら、それっぽいボタンなんかを適当に押しているうちにアタリを引くことだってありえそうなものだが。

 アタリは大体バルカン砲的な武器で、まずは相手に一矢を報いる。

 その後に、エネルギーの刃を持つ、一撃必殺の武器を探し当ててそのまま相手を両断ってのが理想のパターンなのだが……。

 あいにくと、俺の四肢は機体と同化して、俺の動きがそのまま機体の動きに繋がるというある意味楽なタイプの操縦法だ。

 操縦席なんて見当たらない。操作は楽で、初心者の俺でも自在に操れるっている点ではあり難いのだが。

 それが、機体の性能やそれが持つ武器の所在を不明にしている。


 状況を打破するためには……。

 閃く!


 武器を持たれているから互角以下の戦いしかできていないが、機体の動きで言えばファイスよりも俺の方に分がある。

 つまりは、機体性能――あるいは操縦者のセンス――で上回りつつも、武器の有無で劣勢に回っているのだ。

 それを覆すには……。

 簡単な話。武器を奪ってしまえばいい。


 どうせ、直撃を食らっても致命的なダメージには至らないのだ。

 肉を切らせて何とやら。


 ファイスの突き出す槍を、わずかに体を捻って脇に抱え込む。


「な! 何のつもりだ」


 ファイスから、驚愕が漏れる。その全てを聞き終わる前に、槍を持ったファイスの腕を蹴りあげた。


 思惑は、形を結び、ファイスの手から槍が零れ落ちる。それは俺の手に渡った。


「形成逆転だな!」


 勝者(予定)の余裕が、俺にそんな台詞をのたまわせた。


 が、ファイスに乗るゼッレは、


「馬鹿なのか?」


 と余裕を崩さない。


 どういうことだ? といぶかしがる俺に疑問はすぐに解決された。


 奪って、構えた赤い槍……ガイアスの手に握られていたはずの武器がすうっと消滅していく。

 そして、再び、


「バーニングランサー!!」


 ゼッレが叫ぶと、ファイスが再び赤い槍を手にしていた。


甲機精霊マキナ・エレメドの武装もまた幻獣の一部、いえ、別の幻獣ということなんだわ。

 搭乗する召喚士にさえその能力があれば自在に出し入れができる。

 たとえ奪われてもそれを使用される前に召喚を解除して、再召喚すれば手の内に戻ってくる。

 ゼッレは元々優れた召喚士だから、いともたやすくそれをするけど。

 そもそも、この世界に来て間が無いシュンタには武装を召喚する術も、その知識もないわね!」


 アリーチェの説明口調はわかりやすかったが、この状況を好転させるなんの要素も含んでいなかった。


「じゃあどうすればいいんだよ!」


 ファイスの猛攻を再三しのぎながら俺は叫ぶ。

 アリーチェなんとかしっかりしなさいの心境。


「武器なんて、武装なんてなくたって、甲機精霊マキナ・エレメド同士なら、格闘でもダメージは与えられるけど……」


 アリーチェが言い澱む。


 が!


 それだけ聞けば十分だ。

 武装の性能が戦力の決定差ではないことを教える時が来たようだ。


 事実。ファイスはガイアスを攻め続けているが、ガイアスには致命的どころか、ダメージは少ない。

 攻撃を受けた際に俺の体に多少のしびれを生むぐらい。それもしばらくすれば消える。また、別の場所でそれが生じ、劣勢を感じさせる要因ではあるが。

 そもそもガイアスは守備力に特化した機体であるこも一因だろうが、それとはまた別の要因を俺は想像する。

 いや、期待を信じる。異世界トリッパーの信念はこれまで岩を砕き続けてきた。


 俺の魔力はおそらくは無尽蔵。

 召喚特権チートって奴だ。なんの根拠もなくそれを信じる。

 それに引き換え、ファイスのほうは、ファイスに乗っているゼッレはそうではないだろう。

 常人とは比べ物にならない魔力を持っていて、武装を召喚できる知識と能力まで備えているが、所詮はもとよりこの世界の住人。非チートなはず。


 正式な武術のたしなみも経験も皆無な俺ではあるが、知識だけはある。

 腰を落として拳を引く。


 一撃必殺。

 防御を捨てたガイアスの胴に赤い槍が突き刺さる。

 が、ガイアスの装甲はそれを弾き返す。俺の胸にこれまで以上の衝撃が伝わる。痛みの一歩手前。

 さすがに、無防備に攻撃を受けるのはリスクがでかかったか?

 だが、それは致命撃にならなかった。

 ターンエンド。次は俺の番だ。


 足を踏み出し、ファイスとの距離を詰める。

 そのまま拳を突き出す。


「せいっっ!!」


 掛け声については雰囲気の問題だ。とにかく、最大限に力を込めた拳を相手に叩き込む。それだけを考えて放った攻撃。


「ぐうっ!」


 ゼッレの呻きとともに、ファイスは数歩後ずさった。

 そしてそのまま、倒れ込む。

 槍を杖代わりにしてようやく立ち上がろうとするが、それを黙って見ているほどお人よしな俺ではない。いや、喧嘩の経験なんてほとんどないけどな。

 アドレナリンが分泌されてテンションが上がっているのだろう。


「させるか!」

 

 相手が何をしようとしているか――おそらくは立ち上がろうとしていただけ――理解せぬままそれらしいセリフを叫び、ファイスへと駆けた。


 飛び上がり、両の足でファイスを踏みつける。

 ジャンピングダブルストンピングだ。


「うりゃ! うりや!! おら! おら!!」


 そのまま、ファイスの巨体を蹴りつける。

 右足で。右足が疲れたら左足で。


 我を忘れて蹴り続けた。

 蹴っては蹴って、また蹴って……。




「シュンタ! もういい!

 もういいわ!」


 アリーチェの声が聞こえた。

 いつの間にか飛竜から降りて、俺の傍らに立っていた。

 ファイスの瞳からは光が失われていた。

 装甲に傷は見当たらないが、ピクリとも動かない。


 えっ? 死んだ? 殺した?

 不安が背中をぞくりと震わせる。


 俺の想いが伝わったのか、


「大丈夫。これくらいで中に居る人間が死ぬような機体じゃないと思う。

 でも、度重なるダメージの蓄積で魔力を使い果たしたんじゃないかな。

 多分、気を失ってしまうぐらいに」


 なるほど。で、どうする?

 この機体も、手に入れることはできないのだろうか?


「それには……、乗っている人間を、ゼッレを降ろす必要があるわ。

 でも、彼は気を失っているし」




 結局、アリーチェから示された案は二択。

 ファイスを担いで中のゼッレが目覚めるまで待つか。

 それとも放置して先を急ぐかだ。


 もう一体の青い方の機体――マーキュス――の動向も気になる。

 下手をすれば、回復して覚醒したファイスと二体一という状況にもなりかねない。

 放置プレイが若干リスクが少ないか?


「そうね。

 武装の召喚もせずにここまで戦えたんだから。

 今は、ガイアスの真の力を引き出せるようにするための時間が必要だわ。

 武装の召喚の方法を探ったり、シュンタの魔力量も測っておきたいし」


「放っておいて大丈夫か?」


 この辺りには魔物が出没すると聞く。

 動きを止めてしまったファイスの中の人に対する配慮である。


甲機精霊マキナ・エレメドに乗っている限りは大丈夫でしょう。

 じきに迎えも来るはずよ」


 アリーチェの希望的観測を信じて、俺達は先へと急ぐことにした。


「この先にあるヴェストラッドっていう名前の街。

 そこで仲間と合流することになってるの。

 まずはそこを目指すわ」



 ◇◆◇◆◇




 自分の体が浮いているような感覚を覚えながらファイスの中でゼッレは目覚めた。


「う……うう……」


 体に痛みは無いが、枯渇寸前の魔力が酷い疲労感を訴える。


「気が付きました?」


 アクエスの声。


 ゼッレはファイスに搭乗したまま、アクエスの操るマーキュスに抱えられていた。


「僕は……」


 記憶を辿り、脳内に苦いシーンがよみがえる。


 ガイアスの放った渾身の一撃。それは徒手空拳の単なるパンチだった。

 だが、ゼッレはそれに屈したのだ。その後、執拗なほどに蹴りをみまわれて、徐々に魔力が尽きていくのを為す術もなく感じながらやがて気を失ったのだ。


「ガイアス! ガイアスは!?」


「ゼッレを見つけた時にはもう近くにはいなかったですわ。

 アリーチェももちろん飛竜も見当たらなかったのです。

 きっと、先へと進んだのだと……」


「くそう!」


 ファイスが地面を打ち付ける。その振動を感じながらも、わずかに残った魔力がまたいくばくか消費されていくのをゼッレは感じた。


 甲機精霊マキナ・エレメドの絶大な防御力の源となる魔力。

 魔力がある限りは、甲機精霊マキナ・エレメドに敗北の可能性はごくわずかにしか存在しない。

 が、その魔力は自ら攻撃をする際にも消費される。

 つい、いましがたファイスが拳で地面を打ち付けた時のように。

 ガイアスとて同じ甲機精霊マキナ・エレメドであり、そのシステムは同一のはずだ。

 ガイアスはファイスを殴り蹴り、ファイスが防御に裂く魔力を奪っていったが、その反動としてガイアスの搭乗者もまた、多量の魔力を消費したはずである。

 素手による打ち合いでは共倒れにしかならない。

 それを知るゼッレだったから、武装ランサーを召喚してそれを使用したのだが……。


「僕の……、僕の魔力を凌駕する魔力量を持ったやつなんて……」


 ライオールは別格として、アクエスにすら、魔力量においては凌駕していると自負するゼッレである。

 無策の相手に才能だけで敗れたことが彼のプライドを引き裂いた。


「ゼッレ……」


 アクエスがゼッレを慰めようとしたが、かける言葉がみつからなかった。

 代りに彼女は、


「ライオール様が心配していますわ。

 ファイスもマーキュスも失わなかったのはせめてもの幸運よ。

 とりあえず、フォルポリスに戻りましょう。

 その後で、ライオール様の指示を仰ぐことになるでしょう」


(あなたが受けた屈辱。

 わたしが晴らしてあげますわ。

 このマーキュスの力で……)


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