第4話 黒 対 赤

 俺は野山を――まさしく野山としかいいようのない風景に囲まれたところを――歩いていた。

 神殿も街も遙か後方だ。

 アリーチェの乗っていた飛竜はどこかへ消えてしまい、今はアリーチェの歩く速度に合わせてゆっくり――人間の三倍もの身長を持つ俺の体は歩幅もでかく、かなりゆっくり歩かないとアリーチェと歩調を合わせられない――歩いている。


「どこまで行くんだよ!?」


「疲れた?」


 アリーチェが聞く。


「いや、疲れちゃいないが……」


「さすが、わたしが選んだだけのことはある。

 魔力の量は相当なものね」


「魔力ねえ……」


 なんとなく異世界に召喚された気がして、なんとなく状況に流されて今に至るのだが、実際のところ俺が知る情報は限りなく少ない。


 ただ逃げることに集中して何も聞かなかった自分も悪いが、アリーチェも不親切といえば不親切だ。

 ツインテール少女が俺の絶対守護神であることを疑いはしないが、そろそろ情報開示を迫っても罰は当たらないだろう。


「フラットラント」


 アリーチェがぼそっと呟いた。


「この大陸の名前……」


 そうして、アリーチェはこの世界の歴史から説明してくれた。


 大陸の名はフラットラント。

 この世界で唯一と考えられている大陸だ。

 三分の二は未だ人類未踏の地。それは魔物の棲息地だということを意味している。


 魔物を排した残りの三分の一近くを占めるのがフラットラント帝国。

 アリーチェ達は帝国と敵対するスクエリアというコミュニティーに属している。


 フラットラント帝国が大陸の三分の一を支配しているといってもそれは、全領域を網羅しているわけではないらしい。

 先にも言ったが大陸には魔物が跋扈する。その侵入を防ぐ防壁を備えた街が十数個存在する。

 それを、街道でつなぎ、街道には魔物から旅人や街と街を往来する商人たちを護るべく召喚士が配備されているという。


 なるほど、さっきまで居たフォルポリスとかいう街も確かに高い壁に囲まれていた。

 それの一部を破壊して、街の外に出たわけだが。

 修復作業は新たな雇用を生む。俺は既に、異世界の経済に貢献したと胸を張ったり、虚勢だったり。


 ともかく。

 街を街を結ぶ街道は召喚士に護られて比較的安全。

 とはいえ魔物の侵入を防ぐことはできず、滅多なことでは街街の行き来は行われづらい。いわば街それぞれが独立した国のような体制を取っている。

 が、そもそもその街――街を護る防壁を――を作ったのは帝国だというわけで、全ての街は一応は帝国の傘下にあるという状況。

 いやはや、ファンタジーの匂いが濃くなってきた。


「で、スクエリアってのは? もう一つの国なのか?」


「スクエリアは国じゃない。いわば共同体ね。

 召喚士同盟って呼ぶ人も多い。

 帝国でいいように使われるだけの召喚士たちが逃げ込んだ、いわば召喚士たちにとってのユートピアになるはずだった」


「はずだった?」


「今は全ての召喚士の真なる解放を求めて帝国にちょっかいをかけてるのよ。

 幻獣たちが負う犠牲を承知でね」


「幻獣……」


「そう、幻獣。人が召喚せしもの。

 別の世界から呼び寄せた力のある存在。

 魔物に近い形をしているものも居れば、ほとんど人間と変わらない姿のも居る」


「じゃあ、俺もこっちの世界じゃ幻獣扱いってことなのか?」


 タイトルが決まりそうだ。

『異世界に召喚されたと思ったら実は幻獣でした』

 あるいは召喚主が何の力も持ってないという設定にして、

『ゼロの召喚獣』とか?


「幻獣は召喚主に逆らうことはできない。

 契約でそう決められているの」


 それが俺に適用されているのか適用されていないのかを聞くことは何故かできなかった。俺を喚びだしたのは、アリーチェだ。

 俺は、アリーチェをご主人様として服従しなければいけないのだろうか?


 再びとにかく。


 帝国と同盟は戦争状態にある。

 少し前に和平への道が紡がれようとしていたらしいが、帝国側がそれを裏切る行為を行った。

 甲機精霊マキナ・エレメドという、とんでもない召喚獣。

 今の俺が同化してしまっているのがそのうちの一体であるガイアスって奴らしい。

 タイトル案その3『甲機精霊マキナ・エレメドガイアス』。

 うん、アニメならこっちだな。


 それはさておき。

 帝国にいる内通者からその情報――甲機精霊マキナ・エレメドの召喚儀式――を得たアリーチェはそれを防ぐ手立てを練った。

 甲機精霊マキナ・エレメドを召喚するタイミングは数百年に一度とかいう途方もない期間で一度あるかないかということらしい。

 そのタイミングで攻撃を仕掛けて、召喚自体を行わせないようにするというのが一つ目の策。

 それは、成就しなかった。数々の妨害に阻まれて。

 で、そこから先がいまいち理解不能なのだが……。


「情報を操作して甲機精霊マキナ・エレメドの召喚陣にトラップを仕掛けたのよ。

 こっちの意図する召喚陣としても作用するように。

 そのわたしが用意した召喚陣ってのが甲機精霊マキナ・エレメドに相応しい搭乗者を喚びだすものだったのよ。

 こっちで喚びだした人間が乗ってしまえば、相手に利用されることだけは防ぐことができるから」


「で、俺は召喚されてこの中ガイアスに入ったってわけか?」


「そう」


「あのさ、ひとつ聞いてもいいか?」


「なによ?」


「召喚陣にトラップしかけるぐらいなら、いっそ嘘の情報を流すことはできなかったのだろうか?

 召喚が失敗するような?」


 俺の言葉にアリーチェは目を大きく見開き、口をぽかんと開けた。

 ……2、3、4……


 五秒ほどして、


「それは! それはできない事情があったのよ。

 あの時に取れる策は、あれしかなかったのよ!」


 嘘だ。こいつは嘘を言っている。

 とんだとばっちりだ。


 異世界召喚……。まさか実際にわが身に起こるとは思っても居なかったし、未だに信じられないが……。

 そんなことが、頻繁にではなくても起こる確率がわずかにでも存在するのなら。

 あいつもこの世界に来てたりしないのかな……。行方不明扱いになっているあいつも……。



 ◇◆◇◆◇



「これはどういうことだ!!」


 叩きつけられたグラスからこぼれ出た液体がカーペットを赤く染める。


「まことに申し訳ありません」


 ライオールは素直に謝罪を口にする。心の内では何を思っていようとも。


 彼を叱責しているのは、フラットラント帝国の次期皇帝となるペンギューム・フラットラントその人である。身分で言えば皇太子。


 帝国の未来を変えうる力を持つと言われる甲機精霊マキナ・エレメドを一目見ようとはるばる帝都からやってきたのだ。

 危険が伴う儀式には決して顔を出そうとしなかったが。


「ですが……、少なくとも二体、ファイスとマーキュスは手中にあります」


 オーベルがライオールを庇うように言う。皇太子に向って歯に衣を着せぬ物言いの出来る帝国で数少ない人物だった。もちろん、十分に敬意を払って接してはいるが。


「ならば、すぐにその姿を見せてみよ!」


「それは……」


 オーベルが口ごもる。


「現在、逃亡中の甲機精霊マキナ・エレメド、ガイアスを追う任務中であるが故」


 代ってライオールが、事実を端的に述べた。


「誰の判断だ!?

 せっかく、新しい兵器が見れると期待しておったのに……」


 ペンギューム皇太子の言葉を耳にした瞬間にライオールの顔に怒りが広がる。

 ライオールはそれを悟られるぬように、顔を伏せなければならなかった。


(馬鹿王子め。甲機精霊マキナ・エレメドの強奪うんぬんより自らの好奇心が満たされなかったことに腹を立てるか)


 ライオールの怒りはもっともである。

 派手さや過剰な装飾を好むこの皇太子の口出しで自分が過去にどれだけの苦労を強いられたか。

 いや、自分だけではない。多くの犠牲を生んだのもまた事実。

 さらに言えば、スクエリアとの間で結ぼうとしている和平もペンギュームが言いだしたことである。


 和平それ自体は、忌避されるものでは決してない。

 多くの国民にとって戦乱より平和が尊重されるのはこの世界でも同じだ。

 問題は、その知恵アイデアがおそらくはスクエリアから派遣された工作員の手によってペンギュームの耳に入ったことである。

 巨大な権力を持ちながら、目先の金銭や色欲に惑わされ帝国を混乱に陥らせる。

 現皇帝が、軍事面への口出しを控えているのを良いことに、己の権力をかざして好き放題に振る舞う。


 ペンギュームという存在はライオールだけでなく、帝国の将兵たちのほとんどすべてにとっての憎悪の対象であった。

 オーベルでさえ、憎しみこそはせぬものの、考え方や生き方を改めて欲しいと思い続けている。


 が、ペンギュームが抗いがたい権力を持っているのもまた事実。


「現場に居合わせたライオールの指揮の元。

 あれに対抗できるファイスとマーキュスを追撃の任に据えたのは、妥当な判断だと考えます。

 事後ではありますがわたくしもそれを承認しました」


 オーベルは短く答えた。己に責任があると暗に表現したのだ。

 が、それを理解できる皇太子ではなかった。

 それが、影で馬鹿王子と揶揄されている原因でもある。


「ならば、さっさと捕えて三体ともを我の前に揃えて見せよ!」


 お前の前にひざまずいているのは今の内だけだぞ――と心では思えどそれを表面に出すライオールではない。

 その場はただ頷き、自らも追撃に加わると言い残して会見を終えた。



 ◇◆◇◆◇



 しばらく歩き、森の中で拓けた平坦な場所に出た。


「ちょっと休憩しましょうか?」


 アリーチェが切り出した。


「お、おう……」


 アリーチェの言葉に従って、俺の乗るガイアスからの離脱のキーワードを口にする。

 五体が解放され久しぶりに肌で風を感じる。


 振り返り仰ぐと、改めてガイアスの格好よさ、強さの片鱗を秘めた外観が心に響く。鐘を鳴らす。警鐘ではなく、期待の音色を。


 これが、俺の……、愛機。

 シンデレラストーリー(英雄譚か?)への足掛かり。




「お弁当作ってきたのよ」


 アリーチェが、四角い箱を取りだした。

 既に、アリーチェがピクニックシート的な布を敷いて、休息モードに突入している。

 お弁当箱はすぐには渡してくれない。


「びっくりするわよ。

 こっちの世界にきて初めての食事がこんなものなんて。

 ホームシックも吹き飛ぶんだから!」


 いや、まだ異世界に来て数時間で、ホームシックなんて毛ほども感じていないのだがと心で思いつつも黙って話を聞く。


「びっくりしないでね。

 大げさなリアクションは要らないからね」


 これは、あれだろうか?

 熱湯風呂を前にして押すな押すなというあれと同じ前ふり的な奴だろうか?


 とにかく期待が膨らむ。


「前に、多分あなたと同じ世界から来た人に教えてもらったの。

 伝統料理なんでしょ?」


 そう言われても、実物を目にしないことにはそれこそなんのリアクションも取れない。 アリーチェの取りだした箱にはまだ蓋がかぶったままだ。


 が、


「それは楽しみだなあ」


 と精一杯の感情を込めた社交辞令を口にした。


「遠慮なく食べてね。

 はい、お箸」


 お箸まで渡されて、異世界だということを忘れそうになる。

 あれからの話で、世界の情勢の詳細や今後の目的などのシリアスな状況を聞いた。

 やはり、俺に待ち受けているのは戦いの日々。

 その中で、ほっこりするパートもあってもいいよねっっていうアリーチェの心遣いが、お弁当を食べるというイベントに直結したらしい。


 蓋を開ける。


「……」


 絶句。


「どう? 美味しそうでしょ?」


 いや……、美味そうも何も……。

 開けてびっくり日の丸弁当だ。

 よくよく思い出そうとしても、日本人でありながら、そういえば一度も食べたことが無い。

 ご飯と、その中央に配された赤い果実。

 まごうことなき日の丸弁当だった。


「いただきます」


 ご飯はべちょべちょ。まあ、白米があったというのがわかっただけで収穫だ。

 ちゃんと、料理の出来る人間が炊いたらそれなりに美味しくなりそうな予感。

 梅干しのようで梅干しではない赤い果実については、表現しづらい味だった。

 酸っぱいような気はするが、俺の知っている梅干しとベクトルが違う。


「どう?」


 期待の眼差しで俺の顔を覗き込むアリーチェ。

 おそらくは絶賛を、求めているのだろう。


「お、おいしいよ。

 ありがとう……」


 心にもないことを口にした。ここで亀裂を生じさせてもいいことなんてないからな。


「おかわりは無いけど、また落ち着いたらいろいろ作ってあげるからね」


 ピンクの髪も、ツインテールも。

 それは確かに俺の中でメインヒロインとしての絶対条件に近いものがあるが。

 メシマズ属性は、不要だった。ありがちな設定とはいえ、先が思いやられる。


 それでも、元が白米。コシヒカリには遠く及ばないが、食べられないことはない。

 焦げてないだけ、儲けものだ。

 火加減やらなんやらは、今後俺が教えてやればよいだろう。赤子泣いてもなんとやらとかね。


 弁当を平らげ、その間に、異世界事情をさらに聴きつつ、まったりとしていたが、まったりタイムは長くは続かなかった。


「みつけたぞ! ガイアス!」


 赤い機体が木々を踏み倒して姿を現す。俺の乗るガイアスと同じく甲機精霊マキナ・エレメドという、召喚機械。最強兵器の一体のファイス。搭乗しているのは、帝国でも有数の召喚士、ゼッレなにがしという男だと聞いた。


「まさか! 追いつかれるなんて!」


 驚愕するアリーチェは、途中から自分の徒歩のペースに合わせてゆっくり進んだことや、呑気に弁当を食べて休憩していたという自らの愚行とも言える行動をまったくもって鑑みていないようだった。


 戦闘フラグ勃発。

 見せ場が来たようだな。俺の心中を不安ではなく、期待が占めていくのをここちよく感じた。

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