第6話 インターミッション1
「無事でなによりだった」
ライオールは帰還したゼッレとアクエスを叱咤ではなく
「ライオール様。
面目ありません。僕のせいでガイアスを……」
ゼッレは素直に詫びた。大切な上官でもあり面倒見のいい師匠の機体を取り戻せなかった。深い自己嫌悪に陥っていた。
それは、アクエスも同様だった。ゼッレほどの後悔はなくとも。
「わたしの判断ミスでもありますわ。
ガイアスを見失った際に、二手に別れようと提案したのはわたしですから。
戦力の分散という、初歩的なミスを
自らの非を詫びようとするアクエスに対してライオールが片手をあげてそれを制する。 空いた手で金髪をかきあげながら、ごく優雅にその動作を行った。
「過ぎたことだ。
逃げられたとはいえ、奴らの歩む道のりは限られているだろう。
スクエリアへと向かうのであれば、ヴェストラッドかアルテリアへ立ち寄り、無魔の
「まさか、ロムズール要塞を!?」
「その場で討つのか、一旦やりすごすのかは現時点ではわからんがな。
スクエリアへ向かう安全なルートはその道しか存在しないのだから。
ガイアスが敵の手に落ちた今。
建設途中にあるロムズール要塞の死守こそが我々の、帝国軍の召喚士としての第一優先事項だ」
ライオールの言には、一点の過ちも無い。
スクエリアとフラットラント帝国を結ぶ【無魔の小径】。
両勢力がぶつかり合う戦略上の重要地点。その周辺は強力な魔物が多く生息し、通過するには過酷な困難――魔力の消耗や疲弊――を伴う。
そのため、スクエリアからフラットラント領内へ、あるいはその逆へと移動をするならばどうしても、【無魔の小径】の近辺を通過することになる。
小径は現在、そして未来においても帝国、同盟間の戦略上の重要な地域である。
その【無魔の小径】の中間地点に築かれつつある巨大な要塞。
和平への道を模索し始めた今も、その砦の建設は着々と進んでいる。
万一にも、それがスクエリアの手に落ちれば帝国と同盟の勢力比は、著しく変貌してしまう。
それを防ぐ手立ては必要であり、もっともプライオリティの高い事案だというのは理解できる。まったくもって非の打ちどころのない正論、戦略思想として。
だが……。ゼッレは思う。アクエスも半ば同じ思いだった。
相手に先んじてロムズール要塞へと向かってそこで網を張る。
準備を整えたうえで、待ち受ける。
決して悪い案ではない。が、高ぶった今の気持ちをそれまで押さえつけなければならないのだろうか?
二人の表情を見てライオールが笑う。
「待てぬか?
そうであろう。
雪辱の機会は別に設けよう。
それ以前にな。
だが……」
ライオールは自らの考えを述べた。
それは、ゼッレにとっては自らの自尊心を幾ばくか傷つけるアイデアだったが、尊敬する師匠の案であれば抗う意思は彼にはなかった。
この行く末を知る者があるとすれば、それは神――絶対知見を持ちしモノ――と呼称されうる存在だけだったであろう。
◇◆◇◆◇
俺とアリーチャは次なる目的地へと向かって引き続き歩いていた。
単純に移動速度や安全のことを考えたのなら、ガイアスに搭乗してのんびり歩いて進むよりアリーチェの飛龍に乗って――余裕で二人ぐらいは乗れるぐらいのサイズなのだから――進む方が格段に速い。
それをしないのは、ガイアスは幻獣や
それをアリーチェにそれとなく聞くと、
「えっ? できるわよ。
今のガイアスの
ただそれを唱えれば、ガイアスはあなたの内に収納される」
「収納? 俺の内?」
「そう。普通の幻獣と違って特殊で特別な召喚獣だからね。
元々この世界に存在していたものみたいだから。
それに、喚びだすときと同じで、完全に還そうと思ったらそれこそ何百年かに一度のタイミングを待たないといけなくなる。
かといって、ずっとこんな大きくて燃費も悪いものを存在させ続けとくわけにもいかないしね。
召喚者の魔力も結構な割合で消費するし、第一、それ以前に邪魔だから。
そんな不都合を考えて、なのかどうなのか知らないけど、
それが実際にどこに姿を消すのかはわからないけど。
論より証拠ね。
やってみて」
アリーチェに促されて、俺は『隠蔽』と唱えた。
瞬時にガイアスの姿が消えた。
「ね。
で……」
と、アリーチェが俺の服の裾を引っ張った。
すっかり気にもしていなかったがそういえばパジャマ代わりのジャージ姿だ。
カジュアルを通り越して、リラックスモード。まあ、着の身着のままで異世界へと連れてこられたのだから仕方ない。
どこかで着替えを調達してもらおう。
アリーチェはそんな俺の恰好や思想を気にも止めずに、
「次に喚びだす時のために、あなたの体に魔法陣が描かれる」
と、俺の腹を露出させながら言った。
確かに。俺の腹には、入れ墨のように、奇妙な文様が描かれていた。
複雑怪奇でさっぱり意味がわからないが、なんとなくすごいシステムが背景にほの見える。
「ということは……」
と本題への布石を打つ。
「ということは?」
「さしあたっての目的地がどこだったか忘れたけどさ。
このままガイアスは隠蔽しておいて。
アリーチェの飛龍、ドラちゃんとやらに俺も乗せて貰えたら、さっさと着いちゃわない? 目的地?」
「そ……、そうね。
そういう考え方もないではないわね。
ちゃんと考えてたわよ。もちろん。
でも、まあ始めだし、ガイアスに慣れるのも必要だろうし。
いきなり実戦になった時に、動かすのに慣れてないと大変だし。
と思ってシュンタにはしばらくガイアスに乗ったままで居て貰ったんだけど」
いやまあ……。いきなり実戦になっちゃったけどな。
それを乗り切れたのは、慣れっていうより俺のセンスって奴のおかげだし。と自画自賛。
アリーチェからどことなく漂う思慮の浅さには突っ込むまい。
「まあ、そこまで言うんなら、そうしないでもないわよ。
ドラちゃんなら、二人くらいは乗っても全然平気。
空からの眺めって気持ちいいんだから!」
飛竜は俺達二人を乗せて空高く舞い上がった。
ロボットを操り、空まで飛んで。
異世界って奴の底力――ファンタジー
ついでに言えば、飛竜に振り落とされないようにという口実でぎゅっと抱きしめたアリーチェの細い腰も。
「変なとこ触わったらだめだからね! ふり落とすわよ!」
それは困る。
俺はあくまでも紳士的にアリーチェにしがみつくのだった。
目立たぬように街の近くで竜を降り、しばらく歩いてたどり着いたこの街。
ヴェストラッドと言うらしい。
帝国傘下ではあるが、どちらかというと中立に近いスタンスの商業都市。
さすがに、スクエリアの人間が大手を振って歩くことはできないがよしんばその存在を見られたとしても捕えられることはない。
「有名人なんだな?」
すれ違う多くの街人から視線を投げつけられるアリーチェに半ばあきれ、半ば感心する。
ピンク色の髪っていうのはこの世界ではそれほど珍しいものでもないようだが、アリーチェのピンクはずば抜けて透明感、輝き、艶がすごい。その輝きは遠目からにでもわかる。
加えて、ツインテール。この髪型に関して言えば若干少数派という表現が似合う。
そりゃそうだ。
俺にとっての絶対ヒロインの条件を満たすツインテールという神々しいヘアスタイルが流行しまくってたら、希少価値が薄れて暴落する。
スクエリア髄一の召喚士の容貌は、伝わっているらしく、遠巻きに眺める人々の口からもアリーチェの名が漏れ聞こえてくるような気がする。
「シュンタのほうだって」
と、照れるのではなく事実を伝えるアリーチェ。
俺は俺で、黒髪という属性持ちだった。テンプレ踏襲なのか、この世界で黒髪は珍しいようだ。いぶかしむような、まさに珍しいものを見るような視線が投げかけられている。
「そんなに珍しいのか?」
と、黒髪について聞く。
「まあ、珍しいってのもあるんだけどね。
加えて言うなら……」
とアリーチェが立ち止まる。
「神話や伝説に残る数々の英雄たちの中で少なくない数の黒髪の人物が居たって言うのがひとつ。
もうひとつは、帝国軍でその悪名を広めつつある馬鹿召喚士が黒髪っていうこと。
もっとも、あっちは散髪もせずに伸び放題の無造作ヘアだから、シュンタと間違えられることはないだろうけどね」
無造作ヘアか。俺もそのうちそうなるのかな? 異世界にこのままとどまり続けるのなら床屋も紹介してもらわないといけないっぽい。
とにかく。
アリーチェの飛龍に乗って――文字通り飛んで――やってきた俺達は、情報伝播の最前線のさらに先を行っている。
噂になっているだろう。あの街、フォルポリスでは。事実として三体の
が、その情報はまだこの街までは伝わっていない。はずだ。飛竜の移動速度を超える移動手段、情報伝達の方策はこの世界にはほとんど存在しないらしいのだから。
噂の伝播より早く、同じくフォルポリスからこの街を目指している仲間と合流して次の地点を目指すのが当面の目標。
数日間はゆっくりとこの世界に慣れつつ、知識を仕入れるというのが俺に与えられたミッションだった。
お小遣いも貰った。もっとも、個人行動は許してもらえなかったが。
召喚特権で言葉の不自由はしないが、こっちの世界の常識とかいうのはまだまだ理解しきってないからな。金銭価値とか、俺の口に合う食べ物とそうでない食べ物とか。
「おねえちゃん!」
小さな子供がアリーチェに駆け寄って来る。
「ん? なあに?」
「お姉ちゃん飛竜に乗ってる人でしょ?」
こんな子供にまで知られているのか……。さすがは有名人。アリーチェさん。
「そうよ?」
アリーチェはごく自然に子供に対する。
視線を合わせるためにわざわざ屈みこんで。
「すみません、この子ったら。
アリーチェさんに憧れてるんですよ」
子供の母親だろうか? 不躾とまではいかないが我が子の行動を少しばかり恥じ入っている……というよりはアリーチェの迷惑を考えてその子の行動を
大人の気遣いって奴だ。天真爛漫で自由奔放な子供とはちがって、しがらみだらけの世の中だから。
「ぼく、大きくなったら召喚士になるんだ」
「そう……、でも……」
アリーチェは周囲を見渡す。ちらほらと視線を投げる人々はいるが、会話の内容までは伝わってないだろう。そんな距離感を確認しているようでもあった。
「なんのために召喚士になるのか。
召喚士になって何がしたいのか。
それをちゃんと考えておいてね」
アリーチェは子供に優しく伝える。
「なんのため? 戦争するためじゃないの?」
それを聞いたアリーチェの瞳にうっすらと憂いのかけらが立ち昇る。
「戦争っていうのはね……、
ほんとはよくないことなのよ。出来たらそんなことはしない方がいいもの。
一番立派な召喚士は、魔物から沢山の人達を守るお仕事をしている人。
だから、きみも……」
そこでアリーチェは言い澱んだ。
戦争、戦い、闘争。魔物対人ではなく人対人の。
アリーチェが自身の召喚能力を、召喚した幻獣の力を注いでいるのはまさにそこである。
が、子供の前で自分の生きざまを否定してみせた。
葛藤。心理的な不安定。危ういバランス。
迷えるヒロイン。
「召喚士になるのはいいけれど、誰かの役に立つためにその力を使うこと。
それだけは忘れないでね。
それから、召喚士になれたら、幻獣と仲良くしてあげてね。
それが、いい召喚士になる一番の条件だから」
アリーチェはそう
子供の母親に乞われて、子供と握手をする。
さいごに、子供の頭を優しくなでる。
「ありがとう! ばいばい」
手を振る子供を見送りながら、
「子供たちの未来……」
アリーチェが小さく呟く。
「未来?」
俺もアリーチェの言葉を繰り返す。なんとなくアリーチェが話をしたがっているような気がしたからだ。
「そう、未来。
今は、スクエリアと帝国は戦争状態にある。
でも……、どちらの主張も大きく間違ってはいない。
スクエリアは召喚士の自由を求めて。
帝国は召喚士の持つ力による世界の安全を。そのために召喚士を管理したがっている。
でも……、そのどちらにも……。
幻獣に対する愛が足りない。
だから……わたしは……世界を変えたい。
幻獣を便利な道具として考えてしまいがちなこの世の中を」
アリーチェの、言葉に込められた憂虞。
彼女の闘っている理由や、彼女の属するスクエリアという組織の理念なんてまだこれっぽっちもわかっていないけど。
なんとなく彼女についていけば間違いが無いように思える。
俺がこの世界に来た意義。
俺の存在価値。
ひとつの可能性が頭に浮かぶ。
あの時アリーチェに着いていくことを拒んでいたら……。
帝国軍に属してガイアスに乗ってアリーチェと戦っていたかもしれない未来。
それを選択していたら、世界の表側しか見れなかったかもしれない。
俺は改めてツインテールの偉大さを神的な存在に感謝しつつあった。
ツインテール少女は皆、心が清いのだ。
それは俺の妄想であり、俺の周辺やさして長くもない人生経験に限って言えば真実そのものである。
結局そこかいっ! というツッコミは無しの方向で。
「そうだな。
ドラちゃんだっていかついようでよく見たら可愛いもんな。
幻獣と召喚士が仲良くってのは素晴らしい。
俺も、アリーチェの考えに賛同するよ。協力する。
一緒に、世界を……。
少しずつでもいい。よりよい方向へ変えて行こう」
「シュンタ……ありがとう……」
アリーチェの顔に笑みが戻る。
はあぁ、ツインテール少女の微笑みってやつは癒しの力に溢れている。
結局そこかいっ! という……以下同文。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます