第22話 そうめつ
「お前はよく戦った。
この戦いは、後世に語り継がれるだろう。
俺達のどちらかが歴史書の編纂に立ちあえばの話だが」
勝者の余裕で俺はハルキに声を掛ける。
見下ろす形になってしまっているのは意図したことではない。
ただ俺が、ガイアスに搭乗したままである。ハルキはもはやダークガイアスの姿をとどめておくだけの魔力を残しておらず、スライム達を元居た世界に還して一人のごく普通の人間の姿に戻っている。
という事情がそうさせているだけだった。
「シュンタ……。
ひとつ聞いていいか?」
戦い終わりの会話。シリアスな展開。なんの質問かと若干びくつきながらも俺はガイアスをうなずかせる。
「最後のあの技……。
ガイアスTDハンマーだっけ?
TDってどういう意味だ?」
ハルキからの質問はどうでもいいことだった。
どうでもいいことにどうでもよく俺は答える。
「ああ、あれか。
やたらと使いづらい武器だからな。
こいつは」
俺は鎖を弄びながら皆までは言わなかった。
が、ハルキには伝わったようだ。
「なるほど。
『
言い得て妙とはこのことだな」
変に納得されてしまう。
そういえば俺にもハルキに聞きたいことがあった。
「答えた代わりに……。
俺からもひとつ聞かせてくれないか?」
「ああ。お前は俺に勝ったんだ。
勝者の権利として、俺をいたぶる権利すらあるんだ」
言いながらハルキは恥ずかしそうに顔を逸らす。
「いや、いたぶりはしないけどな。
俺がツインテールを好きなのは……嫌なのか? 癪に障る?
やけにこだわっているようだが……。
それと、お前が勝った時。俺に何を望もうとしてた」
質問がふたつになってしまったが。それを聞いた理由はひとつだった。
勝負には勝ったが、だからとて命までは奪えない。奪う気もない。身柄を拘束することすらやぶさかだ。
つまりは、ハルキはまた魔力を回復させれば敵として立ちはだかってくる可能性があるっていう懸念を取り払いたい。
可能であるのならばそれは避けたい事象なのだ。
ならば……。
戦いに勝った俺がハルキの要望を一部叶える形で譲歩すれば今後の無駄な戦いは避けようがあるのではないか?
あるいは、ハルキが腹を立てている理由。それを解消すれば仲たがいを続けずに済むのではないか?
結局は俺はハルキと戦いたくなんてないという甘い人間なのだ。
今回は、共に疲弊はすれど傷つくことはない戦いであったが、次もそうだとは限らない。
どちらかが傷つき、それは悲劇へと変わっていく可能性がある。そんな事態は出来ることなら引き起こしたくないと考えて当然だろう。
「シュンタの好みはどうだっていい。
だけどな。何が腹立つかっていうと……」
そこでハルキは言葉を詰まらせた。
若干目がうるんでいるようだ。
ハルキは、手櫛で髪を整えると、リボンで髪を束ねだす。
「ほら、お望みのツインテールだ。
まだ全然長さが足りないから、不恰好だけどな」
「は?」
意味がわからず俺は唖然と聞き返す。
「いや、似合わないのはわかってるさ。
だけど、シュンタは俺に勝ったんだ。
負けたらなんでも言うことを聞く。罰ゲームの約束だろ?」
「で、俺がお前にツインテールを強要するとでも思ったか?」
「違うのか?」
「…………」
違うと言えば違うのだが、何を望むかと言えばまだ思いついておらず言い返せない。
例えば……だが、今後帝国ではなくハルキをアリーチェ達スクエリア側に
ハルキの意思を無視してそんなことを行ったところで、うまくいくとは限らない。何かのきっかけで破綻をきたしそれこそトラブルの種を植えることになりかねない。という未来も想像できてしまう。
仮設のツインテールを生やしたハルキはなんとなく威勢を失い、たおやかさが感じられる。
こいつとはもう10年来の付き合い――家が近所ということプラスアルファの腐れ縁――だが……。
ハルキの、女らしい表情、しぐさなんて数年ぶりだ。
黙っていれば、黒髪ショートカットの似合う美少女だったが。
女子の制服を着ていても女らしさとは無縁の行動を取っていたのがここ数年のハルキだ。
学校以外、つまり私服ではスカートなどはほとんど身に付けなくなったのはいつからだったろう。
おかげで変に恋心を育んだり、異性として意識せずに
「シュンタは俺のこと好きじゃないのか?」
会話が変な方向に向かってないか?
「いや、嫌いじゃないけど……」
「俺……、いや、あたしはシュンタが好きだよ」
「おいおい、急に女っぽい喋り方とかするなよ。
気持ち悪い……」
「…………」
ハルキは俯く。黙る。
えっとお……。こういうときどうすりゃいい?
リアルの恋愛とは無縁の生活を送ってきた俺には戸惑いしか感じられない。
えっとぉ……。ひょっとして、俺って鈍感系? だったりして。
ハルキの好意に気付いていなかったとか……。もう何年と言う時の流れの中で。
いや……まさか……と考えて。誤り、俺自身の変化に気付く。
俺がもてないし、ごく普通のどこにでもいる大量生産の男子高校生だったということは自明の理。そのまま冴えない一生を送る可能性が高かった。
だが……。
異世界に召喚され、ガイアスというロボを駆り、ヒロインたちに囲まれる。
それってば、俺はいわゆるひとつの主人公してますか? 状態なわけだ。
ってことは、モテ期が到来していると言い換えてもいい。あるいは、今まで何とも思っていなかったヒロイン達が、一斉に俺に興味を示したり、秘めたる想いをぶちまけだしたり。
そういう展開へと進んでいくってのもあり得る話だ。いや、そうなってしかるべきなのだ。
確かに。男勝りで、言葉づかいも乱暴。
異世界に来てからは髪もぼっさぼっさで女らしさの欠片もないハルキだったが。まがりなりにも髪を整え、ツインテール絶対至上主義の俺に合わせた髪型へとスタイルチェンジした。
女子力アップした。
これって、明らかにフラグだ。転換点、ターニングポイントだ。
ライバルキャラから、一転。ヒロインへとハルキは生まれ変わったのだ。
ならばとフラグを回収するべく俺は尋ねる。
「ええっと……。ひょっとして……。
ハルキも俺にチョコレートくれてた?」
「当たり前だろ! 代表して俺が渡したんだから。
みんなの分だけを渡して自分の分を入れずにどうする!?」
やっぱりそうだったようだ。
「で、もしかしてあの手紙ってハルキが書いた?」
あのぶっきらぼうで意味不明の手紙。
『好きな相手がいるのかどうかを問う』ということは遠回しな告白だったと解釈しても今の俺――主人公モード継続中――には、なんら自意識過剰ではないわけで。
「……」
どうやら図星だったようで、ハルキは顔を赤らめた。いかん、段々こいつが可愛らしく思えてきた。
見えてきた。裏で展開していたイベントに。さすがの俺でもきづく。
ハルキは……。どうやら俺のことが好きなようだ。
ならば、俺に言えるのは……。勝利の特典としてハルキに望むのは……。
こんな場合はこういう台詞がふさわしいだろう。
俺は迷わずそれをハルキに伝える。
「よし。
ハルキ、なんでも言うことを聞くと言う約束だったな?」
「ああ、シュンタは勝ったんだ。
約束は約束だ。
いや、まああまりに無茶なのは……。
ハードすぎるのはちょっとアレだけど……」
何を想像してしまっているのか、ハルキの頬が一層赤みを増す。
「今は性的な奉仕は望まない。戦時中だからな。
だが、これだけは約束してくれ。
俺がこの異世界でハーレムを築き上げた暁には、幼馴染キャラとしてその一角を担うことを!」
意味も無く、胸を張り高らかに宣言してみたが、もちろんハルキからは不評を買う。
「シュンタの馬鹿野郎!!」
ハルキは残る魔力を総動員して巨大なスライムを召喚するとガイアス目がけてぶつけてきた。
「おうっぷ!」
俺は顔面にスライムをぶつけられて、一瞬怯む。
その隙にハルキは走り去ってしまう。
ああ、やっぱり……。ハルキの俺に対する好感度はMAXに近いとはいえ時期尚早なのだろう。
ハルキを万一、
と恋愛シュミレーション的な妄想に浸りつつ。俺は異世界召喚されたいわゆるひとつのヒーローなのだから、あながちそんな空想も間違いではないのではないだろうかと都合よく考えつつ。
小さくなっていくハルキの背中を見つめながら、こんなことをやっている場合じゃなかったようなと思い出す。
アリーチェとナルミア。ハーレム候補生たちが窮地に陥っているかもしれない。
帝国の昆虫亜人幻獣軍団との戦い。長引いているようならば、颯爽と俺が現れて力でねじ伏せる。
やっぱり俺って主人公体質になったようだと、自我自尊しながら、アリーチェ達の居るであろう方向へとガイアスを歩かせた。
◇◆◇◆◇
ファイスの
その標的、射線上に居るのはミクス。
傷つき、それでも己の――フラットラント最強の一角と自負する幻獣だという――意地でファイスの戦闘力を少しでも減ずるために。後のガイアスの戦いをサポートするために。
今まさに自分に向けられているライフルを封印しようと最後の力を振り絞ったのだが……。
それは、
マーキュスから放たれた数本の
ミクスが万全であれば、それらの全てを躱しながらも突進力を失うことは無かっただろう。
ゼッレの反撃の意思よりも早くファイスを捉えていただろう。
だが、溜まった疲労。失われた魔力がミクスにそれをさせなかった。
ほんの一瞬ではあるが、速度を失った。
そしてその間隙たるや、ファイスに攻撃の機会を与えるに十分だった。
今まさに熱線がミクスを穿とうとしている。
ナルミアは感じた。直撃を受ければミクスとの絆が失われる。
ミクスをこの世界につないでいる自分の魔力が完全に喪失してしまう。
封印とも呼べる状態に陥ってしまうのはミクスのほうなのだ。
それは、この世界における幻獣の死を意味する。それどころかミクスの存在自体が消えてしまう……本当の死さえ訪れかねない。
魔力による防御能力の限界以上の攻撃を受け、この世界へ還って来られなくなった幻獣の境遇には諸説あるのだ。元々暮らしていた世界で生き続けられるという説が有力だが……。
それを頭から信じてしまえるほど、楽観的にはなれない。また、ミクスを二度と喚びだせないのであればそれはナルミアにとっては死と同義ですらある。
短い間で、ナルミアは思考する。それはまさに死の瞬間に脳の活動が最大限に加速されるという現象に似ていた。自身の危機ではなくても、自分と同体、分身とも言えるミクスの窮地がそれを引き起こしていた。
ファイスの構える銃口から光が漏れ出す。それは徐々に線となりミクスに近づいていく。
まるでコマ送りのようにナルミアには感じられた。
悪意の光がミクスに迫る。
が、それをさせじと身をなげうつ存在が動く。
マスターである召喚者の意思を感じ取ったのか。それとも自らの意思で為すべきことを決めたのか。
ファイスとミクスの間に割り込む大きな白い影。
飛竜が、身を盾にしてミクスを庇う。
「ドラちゃん!!!!」
アリーチェがそれを認識した時には既に飛竜の体をライフルの熱線が貫き始めていた。
「 」
音にすらならない呻き声を上げながら……。
飛竜の体がゆっくりと消滅していく。
そして……、自らの魔力を限界まで消費させられてしまったアリーチェが意識を失い倒れていく。
わずかなときの間に、その場に居たそれぞれが。それぞれの想いを抱く。
アクエスは……。
いくらファイスの武装を護るためとはいえ、いくら相手が名高いミクスとはいえ。
無遠慮に
あるいは、ゼッレも恐怖し、攪乱していたのだろうか? そう問えることだけがわずかな救いのひとつではある。
ゼッレは既に後悔していた。
とっさのこととはいえ、敵とはいえ。幻獣の。それも人間と変わらぬ姿で愛らしく振る舞うミクスの命を奪うという行動に出てしまったこと。
それが、ひるがえって飛竜の命を奪ってしまったということ。
事の重大さを徐々に理解して身を震わせた。
ネスラムら、他の帝国軍の召喚士たちも改めて自分たちが行っている戦争の壮絶さを目の当たりにして恐怖を覚えた。
彼ら――彼女――らとて、自分の幻獣に愛着を持っている。
闘いに敗れてもほとんどの場合は、命までは失わずにいわば逃げ去るだけだ。魔力さえ回復すればまた喚びだせる。そういったいわばぬるま湯の中で戦争をしてきた。
だが、それは……あくまで「ほとんど」の場合なのだ。例外は確実に存在するのだ。
そしてその例外が今まさに起こっている。その場に初めて遭遇したのだ。
「おい……?
何があった!?」
戦うことも忘れただ茫然と立ち尽くす二体の
主人とその友をただ見つめるミクス。
シュンタが目にしたのは、凍てついた光景。
横たわるアリーチェに抱きすがりながら必死でその名を喚ぶナルミアだけが、唯一その場で『動』という熱を放っていた。
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