第21話 はくねつ

「異世界圏に魂を縛られてちゃ……、人は進化できない!」


「何を偉そうに! お前に異世界の何がわかってるっていうんだ!」


「人は……。

 簡単には分かり合えないかもしれない。

 だけど……いつかきっと通じ合える世界がやってくるはずだ!」


「エゴだよ! それは!」


「エゴだろうが! 微笑みに満ちた世界が訪れるならば!」


 ダークガイアスと格闘を演じながら、俺は叫び、ハルキも叫び返す。


 なんだかそれっぽいことを言い合っているが、特に内容は無かったりする。

 ロボットアニメの戦闘中にありがちな台詞の応酬で場の空気を盛り上げようとしてみたが、所詮誰も聞いていないことに気付きむなしくなった。

 実のある会話をしようと思いなおす。


 この時点でガイアスの残りエネルギー――俺の魔力――は三分の二ほどに減っていた。

 一方のハルキ――ダークガイアス――があとどれくらい活動限界まで余力を残しているのは俺にとっては未知数だ。


「とにかく! ハルキの野望が!

 この世界で覇者となることならそれでもいい。

 だけど!」


「『俺を敵に回すな』と言いたいのか!

 甘ったれたことを!」


 ダークガイアスに裏拳を打ち込ませながらのハルキ。


「どうして! どうしてわかってくれない!」


 言いながらも俺はバックブローを受け止め、ボディへのパンチを試みる。


「自分の胸に聞きいてみろ!」


 ダークガイアスは素早く後方に飛びずさりながらガトリングを打ち込んでくる。

 至近ではなくともこれを食らえばダメージは微量では済まない。

 短い間の経験でそれを学んだ俺は、ガイアスの体を捻りつつ、射線から逃れるべく奮闘する。


 たまたまなのだろうとは思うが、ガイアスとダークガイアスの運動性能はほぼ互角のようだった。

 格闘能力で言えば若干ガイアスに分があるようにも思えたがその優位性は、ダークガイアスのガトリングガンという遠距離攻撃性能を持つ武器によって無きものとされている。


「俺と一緒にスクエリアに行くんだ! ハルキ!

 アリーチェ達の話を聞け! ナルミアだって!

 お前だって知らない相手じゃないだろう!

 いいコ達なんだ! 戦うべき相手じゃない!」


「そうやって!

 いつもお前はそうだ!

 女子を見ればデレデレと!」


 その間にも、ガイアスのアクロバティックな胴回し回転蹴りをダークガイアスが盾で受け止めて弾き返すという、映像映えのする攻防が行われている。


「俺がいつデレデレしたよ!

 それに、お前に関係あるのかよ!

 聞いたぞ!?

 彼女たちの作る飯がまずいからお前は帝国に寝返ったって!

 そんなバカな理由があるか?」


 俺の言葉に、ダークガイアスは攻め手を休ませて動きを止めた。


「シュンタの……。

 シュンタの馬鹿野郎!」


 ダークガイアスが扇状にガトリングの弾幕を張る。

 一発一発が、高濃度に凝縮されたスライムだ。

 躱しきれない。と悟った俺は、ダメージを覚悟でダークガイアスへの距離をゼロにすべく突っ走る。


 ガトリングを構える右腕を掴み、そのままねじりあげる。

 ついでに足払いを敢行して、ダークガイアスを横倒しにする。そのままマウントポジションへ。


 馬乗りになったガイアスに動きを封じられたハルキは悔しげに思いを吐露する。


「いつだってそうだ。

 お前は……。シュンタは人の気も知らないで」


「俺がいつお前の気持ちを踏みにじったよ!?」


「小学生の時の……。

 学芸会……。

 主役は俺のはずだった……」


「は?」


 古い話を持ち出されたものだ。が、話を振られたら応じなければならない。


「あの時は……。

 仕方ないだろう!?

 ヒロイン役にめぼしい候補がいなかったんだから。

 あれはキャスティング上仕方なかったはずだ」


「クラスの女子たちにチョコレートを渡されたことがあっただろう?」


 あった。確か。義理チョコ配布キャンペーンが行われて、何故だか大量の義理チョコを貰ったことが。

 それが今なんの関係があるのか?


「それぞれにお礼はしたのか?」


 とハルキが聞く。


「礼はいったさ!」


「それだけか?」


 ハルキの言わんとしていることがわからない。


「手紙……ついてなかったか……」


 手紙……。そういえば……。義理チョコの中にひとつだけやけに気合の入ったチョコレートがあって手紙がついていた。

『好きな奴がいるのか?』みたいなことが書かれたメッセージカードが添えられていた。

 結局、差出人の名前もわからず、意図もわからなかったから無視したんだっけ。


「お前は……。

 あっちの世界ではアニメやゲームのヒロインにうつつをぬかし……」


 それは否定せん。


「いざ、異世界に召喚されてみれば。

 甲機精霊マキナ・エレメドなんてものを早々に手に入れて、我が物顔でのさばって」


「別に我が物顔なんてしてねえよ!

 巻き込まれて止む無く戦っているだけだ」


「それにしったって……。

 俺が、この世界で最強という称号を手に入れるのにどれだけの苦労をしたか……」


「ハルキ……。

 まさか……嫉妬ってやつか?

 それで素直になれないのか?」


 ならば、落としようはあるはずだ。俺は会話の主導権を取ろうと画策する。


「わかった。

 ハルキが、異世界で活躍したいんなら。

 ガイアスを貸してやる。交代で乗ればいいだろう?

 ライオールたちだってやってたんだ。出来るはずだ。

 それに、俺にも召喚術ってのを教えてくれ。

 それなら俺だってガイアスなしでも戦えるだろう?

 二人で協力しよう。それでこの異世界に平和を作るんだ!」


 我ながら名案、名演説だ。

 ダークガイアスの胸の奥でハルキが何か言いたそうな表情をしながら顔をそむける。


 あと一歩の予感。


「なっ! ハルキ。

 みんなで仲良くなったらいいじゃないか!

 帝国もスクエリアも。戦争なんてやめさせて……」


 最後の一押しとして選んだ台詞だったはずだ。

 が、それがハルキの逆鱗に触れてしまったようだ。


「そんで、美少女ハーレム作ろうってのか!

 お前は! アクエスにも手を出したんだってな!」


「いや、あれは事故だし! 遭難しただけだし! 何もやってない!

 手なんて出してない!」


「あれ以来、アクエスの調子がおかしいんだってよ!

 物思いにふけるようになったとか……。

 お前があいつを惑わすようなことを言ったんじゃないのか!」


「知らん! それは俺のせいじゃない! 断固として!」


「とにかく!

 俺は、異世界でのシュンタの生き様が気に入らない!

 なにが、ピンクのツインテールだ!」


「!!!?

 それを馬鹿にする奴は俺が許さん!

 ツインテールは……。

 俺の至宝なんだ!」


 逆上とまでは行かないが、ツインテールを愚弄されて冷静さを少し失った俺は不用意にダークガイアスに拳を打ち付けようと腕を振り上げてしまった。

 それが仇になり、ダークガイアスは自由になった右腕のガトリングの照準をガイアスに合わせる。時を置かずスライムの弾丸が斉射され、俺が怯んだすきに器用にマウントから抜け出した。


 再び立ち上がって、にらみ合いとなるガイアスとダークガイアス。


「そんなに……」


 ハルキの声だ。いつになくか細い。

 が、声を大にして言い直す。


「そんなにツインテールが大事かよ!

 それならこれでどうだ!」


 何が起こったのか?

 ひどく単純なことだった。

 ダークガイアスは見た目はロボットで甲機精霊マキナ・エレメドであるガイアスを模しているが、その実はスライムの集合体である。

 つまりは見た目を自由に変えられる。ハルキのさじ加減で。


 で、ハルキは有ろうことか、ダークガイアスの頭部に二つの長いしっぽ。

 つまりはツインテールを具現化したのだった。


「どうだ! お前の好きなツインテールだぞ!

 これでもはや、ダークガイアスを攻められまい!」


 勝ち誇ったようにハルキが言う。

 さらに……。


「お前が望むのなら……。

 まあ、なんだ、その……。

 俺だって……」


 ハルキはもじもじと何かを言っているようだが、茶番に付き合っているのが馬鹿らしくなった。


 俺は叫ぶ。


「あほか!」


 と。ふざけた格好をしたダークガイアスをぶちのめしたい。その想いが頂点に達した時だった。

 ガイアスの右手が輝き、光はひとつの武器へと姿を変えていく。


「馬鹿な! 召喚法則も知らないシュンタが!?

 武装を解放するなんて!」


 良くわからないが、常識的には召喚法則というのを理解しない俺がガイアスの武装を喚びだすことはありえないのだろう。

 だが、そんな状況を跳ね除けるだけの力が俺にはあるようだった。


「解説ご苦労よ!」


 言いながら、俺はガイアスの手に握られた武器を見た。

 これはあれだ。棘の生えた鉄球に鎖が付いてる奴だ。

 振り回して、相手にぶつけるやつだ。

 ファンタジーだとモーニングスターとか言われてたりする奴だ。フレイルタイプのそれ。


 が、やけに鎖が長く取り回しがしづらい。

 仕方なく俺はガイアスに鉄球を抱えさせる。


「これで形勢逆転だな!」


 なんとなく勝利フラグが立った気配を感じて、別にさして逆境でもなかった俺はそんな台詞を口にした。


甲機精霊マキナ・エレメドの固有武装。

 それは、機体の戦闘能力を数倍にも引き上げるという……。

 だが、それは使いこなせたらの話だ!」


 と、ダークガイアスがガトリングを撃ってくるが、俺は鉄球を盾としてその弾丸を受け止める。


 これであればダメージは受けずに済む。武器の使い方として間違っているような気はするが深く考えない。


「ならば!」


 とハルキはダークガイアスに新たな武器を持たせるべく、スライムの召喚を始めた。


「モーニングスターにはモーニングスター!

 ただし、こっちはファンタジーもので良く使われている使い回しがしづらい鎖付のフレイルタイプではなく、メイスタイプだ!」


 棘の付いた鉄球の付いた棍棒で殴りかかってくるダークガイアス。


「なるほど!」


 俺は深く納得した。

 鎖付きの鉄球というのは酷く使い回しにくい。打撃武器に対して防御に回ろうとしても予備動作が多く、対処しきれない。

 こういうのは中距離で自由に振り回せてなんぼの武器なのだ。


 顔面にダークガイアスの鉄球棍棒を受けたガイアス。

 痛みが俺にも伝わり、魔力が大量に消費されていくのを感じた。

 ライフゲージが、残り半分を切る。


「習うより慣れろ! だ!」


 俺は、左手でじゃらじゃらと無駄に長い鎖を持ち、この鉄球を活かす方法が無いか試行錯誤する。


 が、ツインテールを揺らしながら、殴りかかってくるダークガイアスに対応しきれずに何度もダメージを食らう。じりじりとライフゲージが減っていく。


「シュンタ! 賭けをしよう!」


 ハルキが殴りながら叫ぶ。


「この……状況で……」


 鎖を鉄球を使い、なんとか攻撃を凌ぎながら俺はそれだけを言い返す。


「この戦い! 勝った方が負けたほうの言うことを何でも聞くというのはどうだ!」


「明らかに自分の優位が決まってから言うんじゃねえ!」


 悔しいが、このままいけばダークガイアスがガイアスの――俺の――魔力を全て奪い尽くす未来へと進んでいく可能性が高い。


「男のくせに! 受けないのか!」


 売り言葉に買い言葉という奴か。


「おもしれえ! やってやろうじゃないか!」


 と俺はその条件を飲むことを宣言する。ついでに言えば、ダークガイアスにしたたかなダメージを与える方法がひとつだけ見つかったのだ。


「俺が勝ったら!」


 勝利時の条件を言おうとするハルキだったが、俺にはそんなに時間が残されていない。

 無駄な時間を使わずに勝利への道を歩むために出来る行動をとる。


「馬鹿な! 防御を捨て、一撃にすべてを賭けるだと!」


 そう、俺は、いたって取り回しのしにくい、使う前には準備にべらぼうな隙を作ってしまう鉄球をなんの遠慮も無く振り回し始めた。


 一回転、二回転。と鉄球は加速していく。


「うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 混乱に陥ったハルキがガトリングガンを乱射してくるが気にしない。

 エネルギーはまだ3割ほど残っている。すべてを失くしてしまう前に、この鉄球を打ち込めば勝てる。


「その威力! 遠心力×鉄球の重さ!


 食らえ!


 ガイアスTDハンマー!!」




◇◆◇◆◇




「こいつら! 遊んでるにゃ!」


 防戦一方のミクスが叫ぶ。


「違うわ! シュンタと引き離そうとしているのかと思ったけれど」


「そうねっ!

 このままじゃロムズール要塞にっ!

 帝国軍の本陣へと誘い込まれるわっ!」


 アリーチェとナルミアは帝国軍、ファイスをマーキュスをそれぞれ駆るゼッレとアクエスの狙いに気が付いたようだったが、それを知ったところで打てる手立てがないことに絶望を覚えつつあった。


甲機精霊マキナ・エレメド相手は労働基準法違反だにゃ!」


「そうねっ!

 アリーチェっ! ここは一旦諦めましょうっ!」


 ナルミアが臆面もなくそんな言葉を吐く。


「でも……」


「ドラちゃんだってっ!

 限界よっ!

 幻獣に無茶はさせちゃいけないっ」


 そんな二人のやりとりを聞いてマーキュスが攻めの手を休める。


「大人しくしているのであれば、これ以上の攻撃は控えましょう」


「アクエス!?

 勝手に……そんな……」


 ゼッレが反発するが、


「わたしたちの目的はガイアスです。

 ここでいたずらに時を浪費するよりも、いち早く本命と交戦しそれを討つ。

 それはあなたの望むことでもありましょう? ゼッレ」


「まあ、そう言われればそうなんだけど……」


「ほらっ! ああいってくれてることだしっ。

 ねっ! アリーチェっ!」


「でも……、このままじゃあ。

 シュンタが……ファイスとマーキュス、それにハルキの相手をすることに……」


 アリーチェが決めあぐねている間に。

 ミクスが覚悟を決めていた。

 このまま破れるのは規定事項なのだろう。

 だが、それでは自分の気持ちがおさまらない。


「爪痕ぐらいは残してやるにゃ!」


 この時のミクスは彼女にしては珍しく、本能のままに戦うのではなくひとつの秘策を練っていた。

 ミクスの攻撃力がどれだけ優れていようとも、甲機精霊マキナ・エレメドの外装にダメージを与えるまでには至らない。

 だが、その武装はどうか?


 威力としても申し分のない、ファイスの構えるライフル――陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノン――へと意識を向けていた。

 あれを破壊できればあるいは……。今後のファイス戦を優位に運べるかもしれない。


 もちろん、甲機精霊マキナ・エレメドの武装は自由に召喚できるために、単純に破壊したところでゼッレは困らないだろう。

 再召喚すれば済むだけの話である。

 だが、ライフルをミクスの住む幻獣界へと持ち去ることができれば。

 そこで封印してしまえば、次なるライフルを構えることはできなくなるという可能性に賭けようと考えたのだ。


「猫缶の数はじっくり検討して決めてくれにゃ!」


 ミクスが駆ける。魔力もほとんど残っていない。逃げ回りつつもマーキュスの苦無やファイスのライフルの余波を浴びて徐々に消耗させられたのだ。

 まさしくこれが最後の一撃になるだろう。


「ミクスっ!」


「ゼッレ!」


 いち早くミクスの意図を察したアクエスがマーキュスに苦無を投擲させる。

 一本ではなく、召喚限度に迫る5本。

 ミクスの足が止まる。


「おのれ!」


 ゼッレが陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノンの銃口をミクスに向ける。


「駄目! 直撃なんかしたら!」


 ミクスの残り魔力は少ない。甲機精霊マキナ・エレメドの武装の直撃などを食らえばオーバーキル……。

 つまりは、二度とこの世界へと喚び出されることが出来なくなってしまう。


 ファイスが構えたライフルの銃口にエネルギーが収束していく……。

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