第20話 ねっせん

「こいつら、手ごわいにゃ!」


 ミクスが戦場を駆けまわる。


 帝国幻獣の虫人の一人のあごに肘を打ち込み入れたかと思うと、膝をついたその虫人の膝、ももをを踏み台にして顎に更なる連撃、膝蹴ひざげりをみまう。

 俗にいうノーモーションでのシャイニングウィザードという派手さに定評のある廚二的な技だ。


 さらに、ミクスはその体勢から後方宙返り。別の相手へと向き直る。

 アクロバティックな動きは、ミクスの好むところである。若干非効率だが、それくらいの遊びを入れる余裕もあるということだろう。


 昆虫型亜人幻獣のほとんどは魔法への耐性があり、飛竜のドラちゃんのブレスでは確たるダメージを与えられない。

 すばしっこく動きまわる亜人たちへドラちゃんは、噛みつきや前足の爪での薙ぎ払いで戦う。


 隙があればその翼を活かして急上昇。急下降しながらの頭突きなど。


 多数の敵と良く戦っているといえる一人と一匹――ミクスとドラちゃん――だったが、さすがに相手は帝国の精鋭部隊。

 一撃いちげき一殺いっさつと言うわけにもいかず、時間ばかりが流れていく。


「ミクスっ! あんたちょっと離れ過ぎよっ。

 シュンタ達からかなり遠ざかっちゃってるじゃないっ」


「そんなこと言われてもにゃ!」


 ミクスの不満はもっともである。

 ネスラムに使役している昆虫型亜人のジャグを筆頭に、高度に連携された昆虫亜人軍団は、そもそもこの戦いで勝つことを目的としていない。

 アリーチェとナルミアをその幻獣もろとも帝国軍の本隊の待ち構えるその場所へといざなうのが本来の任務なのだ。

 基本的には命令無視もなんのその、自由奔放でその行動に計算しづらいところの多々あるハルキとの共闘ということで、部隊としての連携が不安視されていたが、ハルキはガイスト一対一を演じている。

 ならば、元々日々の過酷な訓練を修めている帝国の幻獣達。その任務を全うするために一糸乱れぬ集団行動をとることなど容易いことだった。

 防御に徹し、相手を誘い込む。


 今まさに、ミクスとドラちゃんはじりじりとその戦闘区域の移動を強いられているのだった。

 とはいえ、簡単に相手の思惑に乗ってしまうスクエリアの精鋭たちではない。


「キャオウウウ!!」


 ドラちゃんが亜人の一人を噛みしだく。噛まれたほうは溜まったものではない。

 竜のあぎと。その噛力は、常識外の力である。

 召喚主の魔力の限界を感じ、噛まれた幻獣は退却――つまりはこの世界から肉体を消滅させること――に転じる。


「これで! 二人目にゃ!」


 ミクスも、気を込めた拳で亜人のこめかみへ渾身の一撃を放つ。


 一体一体確実に。

 昆虫系亜人ライダー軍団が、その数を失うのが早いのか。ミクス達が帝国軍の罠に誘い込まれるのが早いのか。

 戦況は我慢比べのようのでもあった。


「ジャグ! 部下たちの指揮はもうよい!

 ミクスに狙いを定めろ! 他の者も!

 囲め! 集中攻撃だ!」


 ネスラムがジャグに指令を飛ばす。彼女の状況判断は的確であった。

 巨体ゆえに小回りが利かない飛竜は、同時に数人を相手にするのが精々だ。多方向からの攻めに対応しきれていない。

 が、それを補って立ち回っているのがミクスである。人間同様のサイズと圧倒的な身体能力を活かし、自軍を翻弄しているのだった。

 飛竜はその間隙をぬって、攻撃の機会を得ているに過ぎない。

 であれば、ミクスの足を止め、叶うことならその戦闘力を奪う。悪くない策だ。

 

 加えて言うのなら、十数人居た虫亜人たちも、一人、また一人と倒されて徐々に数を減らしている。このままの戦いを続けても、帝国本隊へと誘い込むのは困難に思えた。

 ジリ貧という結果が見えつつある。

 余裕ができればミクス達はガイアスの元を離れないように配慮するだろう。

 断じてスクエリアのペースにはさせない。

 そのためにはまだ戦力が減じきっていないこのタイミングこそが、作戦変更の機である。

 そこまで考えたネスラムの立案である。


「皆の者! 聞いた通りだ!」


 叫びながらジャグが、ミクスに突撃していく。一人ではない。その後方には5人ほどの昆虫亜人。残りはドラちゃんと戦っている。


「女のコには優しくしろって習わなかったのにゃ!」


 一旦退却し、距離を取るミクス。念のためだが、幻獣として生を受けた彼女。

 戦いはもはや彼女にとって宿命であり、日常茶飯事。男女の区別など不要であることはわきまえている。

 ただ、多対一の戦いを強いられ、さらには狙いを自分に絞られて、愚痴のひとつも吐きたくなったのだ。


「我が奥義! 受けてみよ!」


 仲間にミクスの足止めをさせておいて、ジャグが跳躍する。

 魔法の力など何も借りない。ただ、跳躍力にまかせた飛び蹴りである。

 ジャグの必殺技は、言うに事欠いてライダーキックのようなものだ。


「いつもの倍の跳躍、そして三倍の回転!

 さらに、両足で蹴ることによって二倍の威力!!

 しめて12倍! 1200万パワーである!!」


 物理学的な妥当性やその効果のほどはともかく、ジャグのきりもみ式のドロップキックはミクスに命中する。


「ミクスっ!」


 吹き飛ばされるミクスに、ナルミアがいたたまれなくなって声を高める。


「だ、大丈夫だにゃん。

 それは、ご主人たまが一番良くわかっておられるでしょう……」


「ミクスっ! あんた地が出かかってるわよ?」


「……はっ! それは失礼しただにゃん。

 こんな奴ら相手に、我が封じられた力を目覚めさせるまでもないにゃん!」


「ミクスの秘められた力!

 それを使わざるを得ないほどこの相手は強敵だというの!?」


 アリーチェがおののくが、


「そんなわけないってっ」


 とナルミアが軽くいなす。


「でもっ。確かに、敵の攻撃は組織立っていて戦い慣れているわねっ。

 ドラちゃんとミクスにとって攻めづらいフォーメーションだわっ。

 研究されてるのかもっ」


「シュンタは大丈夫かしら。

 ずいぶんと離されたようだけど……」


「ほらっ! ミクスっ!

 アリーチェからご依頼よっ。

 さっさと片付けてシュンタのところに戻りましょうっ」


「それは追加報酬ネコカンの発生と捉えてよいのかにゃん?」


「ええ、猫缶はわたしからプレゼントするわ。

 ドラちゃんも! あともうちょっとだから頑張って!」


 召喚士というのは戦争――戦いの最中――でも幻獣を喚び出した後は特にすることがなく、かといって喚びだした幻獣と距離を取ることもできず。

 巻き込まれないように微妙な安全圏に避難しつつ戦いを観戦するという微妙な立場にある。

 見通しがよく安全な場所というのは限られているものであり、また、両軍とも召喚士自体を攻撃するというのがタブーとなっており、両軍の召喚士が一所に終結してしまうというのもこの世界の戦争風景として良くみられる光景だ。


 この時も、アリーチェのすぐ脇にはネスラムや他の帝国召喚士たちが集まりつつあった。


「ジャグ! とにかく一撃だ! 一撃ずつ!

 それを重ねてゆけ!」


 とネスラムが檄を飛ばせば、


「ジャグとか言うやつの攻撃は重いわっ。

 できたら、避けるのよっ。

 弱そうな奴から叩いてっ!」


「ドラちゃん! 吐息ブレスは陽動に使えるわ!

 ミクスのサポートをお願いね!」


 と、ナルミア、アリーチェも自分たちの幻獣に声援を送る。

 野次馬であるようで運命共同体。この異世界ならではの戦闘模様だった。




◇◆◇◆◇




「ええい! ハルキ達はまだガイアスを連れて来れんのか!」


 ロムズール要塞に作られた指令室。

 隊長クラスは第一種戦闘配備のため、出払っている。

 中に残っているのは、総司令官であるライオールとその側近とも言える帝国軍の双璧の三人だった。


 周囲の視線を気にする必要も無くなったライオールが苛立ちをあらわにする。

 彼は、多くの部下達といるときは、その冷静な態度を崩すことは珍しいが、気心の知れたゼッレやアクエスの前だとまた違った一面を表に出すのだ。


「いくらハルキと、今作戦のために選りすぐって結成した昆虫亜人隊とはいえ。

 相手は、ガイアス。それにミクスと飛竜です。

 簡単におびき寄せられたら拍子抜けというものですよ」


 と、ゼッレがなだめにかかる。


「しかしだな……」


 ライオールは納得がいかないようであった。


「ハルキの奴め。随員の数が増えたら逆に闘いづらくなるなどとエラそうな口を叩いたわりには……不甲斐ない。

 もう少し大部隊を遣わせればよかったか」


 それを受けてアクエスは、


「ひとつ考えられるのは、ハルキがそもそも本当にライオール様の命令に従う気があるのかということですわ。

 ネスラムは良い将ですが、ハルキを御することまでは不可能でないでしょうか。

 とわたしは考えます」


「ふむ。アクエスは何か俺に言いたいことがあるようだな」


 ふうっと息を吐いてアクエスは続ける。


「差し出がましいことを口にすることをお許しください。

 今回の戦略、絶対不敗の陣を敷き、そこにガイアス達をおびき寄せるのは勝率を高める上では必要な措置だというところは同感ですわ。

 ですが、なにもそのためにこちらの戦力を遊ばせておくこともないのではなでしょうか?

 と思い始めてきましたわ」


「アクエス……」


 ゼッレがアクエスの言わんとするところを察して表情を曇らせる。

 それはもちろんライオールの知る所であった。


「言いたいことはわかる。

 それは何度もゼッレに反対されたのだがな。

 アクエスの思うところというのは、こういうことだろう?

 今現在、ハルキとネスラム達が担っている任。

 ガイアスやアリーチェ達をおびき寄せるための戦力にマーキュスとファイスも加わると。いやより積極的に加えろと具申しているわけだな?」


「僭越ではありますが……」


 アクエスは芝居がかった口調と態度で応じる。


 それに異を唱えたのはもちろんゼッレである。


「ですが! ライオール様。

 幾ら大数の帝国軍がこの地で待機しているとはいえ。

 僕らがここを離れるということは。

 帝国軍の主力と言える戦力はライオール様だけになってしまいます。

 万一、何者かの奇襲を受けた場合には……」


 が、ゼッレは最期まで言わせてもらえない。

 それをライオールが遮った。


「俺が簡単に破れるとでもいうのか?」


「それは……」


「それに、今現在スクエリアに動きは無いと聞いている。

 奇襲を仕掛けてくるだけの余剰戦力も、気概もないだろう」


「…………」


 そうまで言われてはゼッレは押し黙るしかない。


 アクエスがここが機とばかりに自らの意見を強調する。


「では、こうしてはどうでしょうか?

 行くのはわたし一人。ファイスはここに残し、マーキュスだけを向かわせるようご命令ください。

 必ずや、ガイアス達をここへおびき寄せてみせましょう」


「いや、それも俺の基本理念に反する行為だ。

 その場しのぎの戦力の逐次投入ほど愚かな戦術は存在しない。

 臨機応変は必要措置だが、なし崩し的に増援を行って各個撃破の対象となるのは具の骨頂。

 初志を貫徹する。あるいは……。

 やるのであれば、出来る限り全力で」


 ライオールは言うと、顎に手をやって考え始めた。


 そして決意の籠った表情を作り、指示を出す。


「そもそもにして、待ち受けなどという消極的な戦術がどうも気に入っていなかった。

 その結果がこの現状であるならば。

 ここは、一気に形勢を勝利へと向かわせるために、新たな策を講じよう。

 ゼッレ、アクエス。両名に命じる。

 ハルキ達の交戦地域に赴いてこれを支援せよ!

 が、あくまでも目的は奴らをこの場におびき寄せること。それを忘れるなよ」


「「はっ」」


 アクエスは、己の案が通ったということから素直に。

 ゼッレは多少苦々しいものを感じながらその指令を受けた。


 部屋を出ていくゼッレにライオールが小さく声を掛ける。


「ゼッレ。俺の力なしではファイスは未だ第参武装が使えないのだから、くれぐれも無理はするな。

 状況によってはマーキュスの支援に専念しろ」


「わかりました。ライオール様。

 無理は……しません……」


 ゼッレは、その言葉の暖かさを心地よくも感じながら、一方で未熟な自分の力に微かな嫌悪を抱くのだった。




◇◆◇◆◇




「食らうにゃ! 鉄拳ネコパンチ!」


 ミクスのコークスクリューブローが、ジャグを捉える。ライダーパンチのカウンターとして見事に機能したのだった。


「ぐふぅ。ネスラム様。まことに申し訳ありません。

 このジャグ、どうやらここまでの模様……」


「いや、良くやってくれた。今一歩というところだったが……」


「無念……」


 言い残すと、ジャグは光の粒子となってその姿を霧散させた。別に死んだわけではない。召喚主のネスラムの魔力が尽きたのだ。

 一晩寝ればまた魔力は回復し召喚が可能となる。だが、この戦闘については二度と参加することはできない。


 残りの帝国側の昆虫型亜人もたった二人となっていた。

 一人はドラちゃんの前足による横薙ぎの打ち払いでとどめを刺されたところだった。


「くそう! 後は俺だけか!?

 デンリュー!! 最後の最後まで死力を尽くして戦え!」


「御意なり!!」


 帝国軍最後の一人となった幻獣とその召喚士はまだまだ諦めずに最後のあがきを企てようとしているようだったが、


「もうよい、ナスターク。

 もはや趨勢すうせいは決した。

 アリーチェ、ナルミア。我が隊は潔く負けを認める」


 とネスラムからの指示を受けて矛を収めた。


「いっちょあがりだにゃん!」


「ふうっ。なんとか片がついたわねっ」


「お疲れ! さあ、シュンタがどうなっているか見に行かなくっちゃ」


 帝国軍の思惑どおりロムズール要塞までは引きずりこまれなかったものの。

 元居た場所。シュンタとハルキの交戦地帯からは遠く離されてしまった二人である。


 帝国の攻撃を退しりぞけたのなら、行くべきところは決まっている。

 しかし戻ってシュンタと合流しようとした二人に対して、新たな敵が現れてそれを阻止する。


「そういうわけにはいきませんよ」


「そういうことですわ」


 ゼッレとアクエスの乗る二体の甲機精霊マキナ・エレメドが立ちふさがる。


「にゃ! ガイアス居ないにょに!」


「まさかっ!」


「これは、地味にピンチね」


 かくして、アリーチェとナルミアはファイス、マーキュスという強大な敵と戦うことになってしまった。


「ガイアスが居ないのは残念ですけど。

 悪く思わないでくださいまし」


「そういうこと。いわばこれは遭遇戦。

 甲機精霊マキナ・エレメドの底力を見せてあげよう」


 アクエスとゼッレはもはや勝ちを確信していているようであった。

 ミクスと飛竜を片づけて、ゆっくりとガイアスを料理する。


 一方のアリーチェとナルミアと言えば……。


「まずいわね。なんとかシュンタのところに合流しないと……」


「ハルキならっ、なんとかミクス達でも相手出来そうだけど、さすがに甲機精霊マキナ・エレメドはねっ。しかも二体ってっ」


 と若干及び腰であった。


 戦いは過酷さを増してゆく。

 第一次ロムズール会戦はようやくその半分ほどの時を経たところであった。

 

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