第17話 かいせん

「しっかし、荷物多いな……」


 誰を非難するというつもりも無いが、思わず文句が口をついて出る。


「しょうがないのよ。街までは結構あるから」


「そうなのよっ」




 俺達三人――アリーチェとナルミア――はアルテリアを後にしてスクエリアを目指している。スクエリアといってもそういう街や国が明確に存在しているわけではなく、4つほどの小さな集落とその周辺の地域をそう呼び慣わしているにすぎない。

 そもそもは、土地や街に付けられた名前ではなく、そこに集う人々をよぶために付けられた名前だ。召喚士のコミュニティ、ある意味では理想郷を目指しているスクエリア。

 その領域内にある4つの集落――ものによっては街という規模に近いところもあるらしいが――は、特に名前も付けられず、バーテックス1~バーテックス4と番号で区別しているだけという話を聞かされた。

 今向かっているのは、バーテックス4。帝国領に一番近く、それゆえ良きにつけても悪るきにつけても活気のある所らしい。

 距離的な近さは交易の容易さを表し、そして一方では常に戦闘の緊張感を強いる。


 バーテックス4までは、アルテリアから歩いて三日ほどちょっと。帝国領の都市同士や、スクエリアの各バーテックス同士だと、馬車などの交通手段を選ぶことはできるが、今は戦争状態にある両陣営の都市と街。それを結ぶ移動手段は提供されていない。

 闇馬車というのもあるにはあるが、法外な料金を請求される。

 だから歩くしかないという結論。

 よって、沢山の荷物を背負って歩くわけだ。


 さすがのアリーチェも飛竜のドラちゃんを召喚しっぱなしっていうわけにはいかず、数日分の旅で必要な荷物は全て人間の手によって運搬しなければならない。

 ナルミアを置いてきぼりにするなら、ドラちゃんに乗って飛んで行けるのでは? とも思ったが、あれはあれで二人も乗せると負担が大きいらしく、航続距離は短くなる。前に二人で飛んだようなケースはレアであくまで緊急時のみの運用ということ。


 というわけで、歩くしかないのであった。


「まあ、男の子なんだしっ。シュンタが荷物持つのは当然でしょっ」


 ナルミアの言葉に半ば納得しながらも。

 いや、ナルミアとアリーチェだってそれなりの荷物は持ってくれている。3人で分担してるから。俺の受け持ちは二人の女の子に比べてちょびっと多いくらいだ。

 だが、……その荷物の中に結構な割合で蒟蒻――風の異世界独自の食べ物――が含まれてしまっているのが気に食わない。

 美味くもなければ、栄養価も高くないのに。なぜだかアリーチェとナルミアはあの蒟蒻と呼んでいいのものかどうかすら定かではない物体――彼女らに言わせれば非常食、兼おやつ?――を気に入っているようなのだ。やっぱり馬鹿舌ばかじだなのかもしれない。


「今日はこの辺で、泊まりましょうか?」


 陽がだいぶと傾き、空が茜色に染まり出したところでアリーチェの提案。

 四季はあるようだが比較的穏やかで常春のようなこの大陸。大きさは四国よりも大きくてオーストラリアよりは小さいだろうというところまでは理解したが、それ以上追及していくのはやめている。

 牧歌的雰囲気。魔物が多い世界だが、ほんとに危険で普段は誰も足を踏み入れない『魔の森』――こないだ俺とアクエスが遭難したところ――の周囲の『無魔むまの輪』は、魔物もおらず。かといって、山賊や盗賊のような存在はこの世界では珍しいようで。

 地面の硬さを多少和らげるためとほんの少しの暖を取るための布きれ計2枚がそれぞれに手渡される。


「あっ、そう。このまま寝るってこと?」


「そうっ」


「なんか文句あるの?」


 いや……。無いけど……。

 まあな。テントみたいなものを持ちあるくのは厄介だし、あんな便利なものはまだこの世界では開発されていないみたいだし。

 あまりにも無防備だ。

 ほとんど丸裸に近い状態で一夜を明かすのが平気な若い女の子たち。異世界ならでは。度胸が据わっているというかなんというか。

 まあ、それがこっちの世界の常識なんだったら郷に入ればなんとやらだ。

 とりあえず、食事の準備。寝具である布きれはその間はクッションの代わりとして使用された。なんて、万能。




「じゃあ、ちょっと……」


 食事も終えてひと段落というところで、アリーチェとナルミアがそろって立ち上がる。


「なんだ? お花摘みか?」みたいな無粋なことは聞かない。そもそも『お花摘み』が何を指しているのかアリーチェ達には伝わらないだろうし。隠喩というか、俺の世界、それも俺の国の特定の世代独特の言い方らしい。俺も漫画などではそんな表現を使っているのを見たことはあるが、実際には耳にしたことも口にしたこともない。


「ああ……」


 と行先については触れず、曖昧に頷くと、彼女らは連れだって行ってしまった。


「何かあったら大声出してっ。あと絶対にこっちに来ちゃだめだからねっ」


 ナルミアが去り際に残した言葉でいよいよお花摘みなのだと理解する。

 さすがに、後を付けようなんて思いは沸いてこない。そんな趣味が毛ほども存在しないのと、彼女らに嫌われたらこの異世界で暮らしづらいからだ。


 仮にこの世界に冒険者ギルドでもあれば、ガイアス片手に魔物を狩って無双しながら大金持ちになれるかもしれないが。

 そうではないので選択肢は限られてくる。生きるための。

 帝国に頭を下げて兵士あるいは辺境の警備として雇われるか。後者だと全然立身伝にならないから何のために異世界にやってきたのかがわからない。前者であればアリーチェ達と袂を分かち争うことになる。どっちもどっちで選びにくい。

 状況に流されているのはわかっているが……。


 やっぱり異世界に召喚されたからには何かを為さねばならない。いわゆるひとつのテンプレートというか、お約束っていうやつだ。

 ハルキとともになんとか元の世界に戻る方法を見つけるというのもひとつの案だろう。それを諦めて、こっちの世界でのほほんとやるのも論外というわけではないのだが。

 その道を選ぶにはまだまだ早すぎると思う。

 折角ガイアスがあるのだから。折角、この世界の有名人たち――敵方の勢力も含まれてはいるが――と知りあえたのだから。

 それならば、やっぱり大きなことをやってやろうぜ! という想いがだいぶ前から芽生えている。


 奴隷制度もダンジョンも無さそうなこの世界。ギルドすらないわけだから。スキル制なんてものもないし。魔法もない。

 俺の異世界道中は月が導いてはくれたりなんかしない。

 異世界迷宮で奴隷のハーレムを作ることはできなくても、謙虚堅実をモットーに、ちょっと本気出すってのもいいんじゃない? 転生ではないし、無職でもなかったけど。

 とにかく、爪跡を残す。それから元の世界に帰ってハッピーに暮らす。そんな未来予想図。



 で、予想は外れ、お花摘みではなかったようだ。戻ってきた二人とも肌はうるおい、ほんのりと湯気が。

 髪の毛をタオルで乾かしながらのご入場だった。

 どうみても風呂上りの様相を醸し出している。


「あ~、さっぱりしたっ。

 いつもありがとうねっ」


「どういたしまして。こっちこそ」


 台詞を聞いてもそんな感じ。


「えっ? 何しに行ってたんだ?

 もしかして……」


 近くに温泉でも湧いているのかと興味津々となった。

 こっちの世界でも、入浴という風習はあるようで――もちろんシャワーなんて便利なものはない――、魔法の無い世界なりに、お湯を沢山汲んで来て、かまどで薪で火を焚いてという五右衛門風呂に毛の生えた程度の大層不便な手順を踏んでの行為だったが、暖かい湯にどっぷり浸かるという行為。あれはやっぱり落ち着く。

 可能であるなら俺もその温泉に入って疲れを癒したい。いや、二人の美少女の入浴シーンを拝めなかったのは残念だが、それくらいはいいだろう。混浴なんて望むべくもない。

 とかなんとか思っていると、


「シュンタもどう? だいぶと歩いて汗もかいたでしょうし。

 でもパンツは履いててね」


 アリーチェからのお誘いに一も二も無く返答する。

 てっきり温泉だとばかり思ってた――冷水を浴びるのにはちと肌寒い気候だし、彼女たちの体からはぬくもりの気配が漂ってたから――のだが、実のところ温泉ではなかった。



 かくして俺は、幻獣の能力による簡易シャワーなるものを体験することになる。


 ドラちゃんと、ミクスのコンビプレイだ。

 ドラちゃんが炎を吐き、ミクスが魔法で水――大量の水滴――を出す。

 水滴は炎で温められてお湯となって俺の体に降り注ぐ。というシステム。


「ちょうどいい温度にするのにいろいろ苦労したんだからっ」


「ほんと、ここまで来るのには大変だったわよね。四苦八苦よ。試行錯誤」


「そろそろいいかにゃ? もう十分洗えたにゃ?」


「ああ、ありがとう」


 俺は素直にミクスに礼を言って――もちろんドラちゃんと召喚主であるアリーチェとナルミアにも――、タオルを受け取った。

 確かにさっぱりしたが。シャワーを浴びるのにも一苦労。

 そして、それはフラットラントで五指に数えられる彼女ら二人とその幻獣だからこそ為し得る技で。他の幻獣ではここまでうまく温度調節とかもろもろの細かい制御が出来ないらしいということを知り、なんとも歯がゆい気分になった。

 お湯を出す魔法ってのがあったら便利なのに。

 なんでも、ドラちゃんの出す炎の勢いの加減とか、ミクスが放つ水滴のそれぞれの大きさ――蒸発せず、かといって被浴者に到達した際に冷たくない――を安定させるのが凄いハードル高いらしい。難儀な世界だ。




 そして翌日も、歩き続け、そろそろロムズール要塞に近づいてきたという頃。


「まあ、待ち伏せされてるなんてことはないでしょうけど、ちょっと遠回りしていきましょう。

 無駄な争いはしたくないし」


 この時のアリーチェは完全に帝国を舐めていた。

 ロムズール要塞は建築途中。いくら帝国の人間が数多くいようともそのほとんどは土木作業員。多少の護衛の召喚士が居ようとも、アリーチェとナルミアに掛かればものの数ではないという強気と言うか、緊張感のない態度だった。


 それでも一応の警戒は怠らないようで、


「一応、偵察に行ってくるわ。ドラちゃんと。

 シュンタとナルミアはここで待ってて」


 と飛竜に乗って飛び立った。




 帰ってきたアリーチェの表情は多少強張っていた。


「大変! なんか帝国軍がうじゃうじゃいた! 多分全員召喚士。

 数は数えられないくらい!」


 ああ、そうなんだ。待ち伏せされてんじゃん……。


「で、どうすんだ? ガイアスで強行突破するか?

 まあ、もちろんドラちゃんとミクスにも手伝ってもらうけど」


 と俺は尋ねる。俺もどことなく強気。


「…………」


 アリーチェはしばし考え込む。


「できれば……。

 やっぱり意味も無く戦うのはちょっと……」


 でも、まあ待ち伏せされてたんだから相手にとっては意味があるんだろうとは言えず。

「やっぱりっ。アルテリアでゆっくりしすぎたみたいねっ。

 帝国軍に陣営を整える時間を与えてしまったわっ」


 ナルミアはまるで他人事のように言う。

 そりゃのんびりとくつろいでたからなあ。完全にリラックスモードで時を忘れて。ヒラリスのもてなしをフルに堪能して。

 あの行為をうかつと気づかないというか気づいてもさほど後悔しないアリーチェとナルミアの精神構造を多少疑いながら俺は提案する。


「じゃあ、多少時間はかかっても予定より大回りで行くってのは?

 それなら、発見される可能性は下がるだろう?」


「ナイスアイデアね!

 魔の森側に行くのは無茶だとしても。

『夢魔の小径こみち』の外側へと大きくはみ出して進めば、多少の魔物とは遭遇するにしても、あれだけ大規模に待ち構えてる帝国軍とぶつかるよりは全然マシよね」


「そんなにいたのっ?」


「ええ。かつてないほどの規模の召喚士が動員されていると思うわ」


「じゃあ、ライオールやアクエス……、マーキュスやファイスも?」


「姿を見たわけじゃないけど。おそらくだけど、待ってるでしょう。あの人達の目的はガイアスの奪還だから。

 それに、ガイアスをスクエリアの領域に持ち込まれて、性能分析なんかをされてるのを恐れているわ。

 そう言う意味では、どこかで待ち受けるってのは当然と言えば当然ね。その場所がロムズール要塞ってのも必然といえば必然だし。

 こうなることが予測できたなら一刻も早くアルテリアを出発してたのだけれど……」


 やっぱりアリーチェの台詞にはうかつさが滲みでている。うかつもうかつ。大うかつだ。

 が、アリーチェはあくまでプラス思考。


「でもまあ、遠回りしていけば出会うこともないだろうし。

 そう言う意味ではどっちでもよかったんじゃないかな」


 世紀の一戦を、戦わずに済ませました。なんて展開が許されるのかどうかわからないが、あえて危険に飛び込む必要もない。

 俺達は、ロムズール要塞を避けて、魔物の生息するエリアを進むことになった。


 現時点においては……だが、その代償として支払うのは遠回りによって多少切り詰めなくてはならなくなった食料。

 だがそれは大量に持って来た蒟蒻によって賄えるというどうでもいい注釈がアリーチェから説明された。

 さらに付け加えるならば、最後に蒟蒻だけが残ってしまうとちょっと悲しい。俺は蒟蒻オンリーの食事には耐えられそうになかったので、毎食少しずつ蒟蒻以外の食料を節約して、足りない部分を蒟蒻で補うという作戦を提案した。


 アリーチェは酢味噌のほかに、からし的な香辛料や塩など、刺身蒟蒻のレパートリーを増やして、蒟蒻フルコースというのを密かに考えつつあったようで、少しばかり残念そうだった。

 いや、ほんとにどうでもいい話だな。




◇◆◇◆◇




「ライオール様。アリーチェの飛龍とみられる目撃証言が!」


 作戦本部にひとりの兵士――彼も召喚士だ――が駆け込んでくる。


 ロムズール要塞のすぐそばに建てられた仮設テント。

 その中にはライオールだけでなく、ゼッレやアクエスといった帝国の精鋭、そして部隊長などが作戦を煮詰めながら待機していた。


 さすがに人員の数ではスクエリアを圧倒する帝国軍である。元々ロムズール要塞用にと溜め置かれた建築資材、その他物資も豊富だ。

 何日も待機する帝国軍の兵士たちのために作戦本部用のテントやそれぞれのプライベート――主に寝るためだけだが――スペースも仮設されてた。

 野宿を強いられている――本人達は別に苦にしていなかったようだが――スクエリアのアリーチェ達とは待遇が違う。


 ライオールは落ち着きを保ったまま、兵士を振り仰ぐ。


「おそらくは偵察ということだろうな。

 以前のように、この地が要塞建築のための最小限の護衛しか置いていないのならば奴らはそのまま突っ込んできたかもしれない。

 おそらくは、アリーチェの他にナルミア、それにガイアスの乗り手も居るだろう。

 飛龍とミクスとか言う猫幻獣には下手に手を出すなという指示は向こうにも知れ渡っているだろうしな。

 が、大群が待ち構えてると知れば話は変わる」


「では……?」


 アクエスが控えめに問いかける。

 この場合、質問を具体的にする必要はない。ただライオールが言葉を繋ぐその間を作ってやればいいのだ。

 彼は自分の考えを述べるのが好きなのであるから、放っておいてもというのは言い過ぎかもしれないが、多少のきっかえを与えるだけで、理路整然と説明を口に出すのだ。


「これだけの大規模な召喚士をそろえているのだ。

複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークル』の存在までは感知していようはずもないが、真正面から向かってくるほどの馬鹿でもないだろう。

 我が策により、俺達がここで待ち構える時間を作ってくれるほどにはおろかだったが……」


「ロムズール要塞には来ない? ってことですか?

 ライオール様?」


 ゼッレが聞く。


「当然、迂回するだろう。

 アリーチェはナルミアからすればこの付近の魔物など恐れるに足りない。

『魔の森』へと突入するのは論外として、その反対側を通過するのだろうな。

ある程度の大回りを覚悟の上で」


「では、わたくしたちはそれを迎え入れに行きますか?」


 アクエスは、おそらくそういうことにはならないだろうと思いつつも尋ねる。

 折角作った、『複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークル』である。

 この地を離れてしまうと、その布陣は意味を為さなくなるのだ。

 ライオールは、戦いの舞台をこの場所と決めている。そのはずだ。

 だが、それを実現させるための策が残念ながらアクエスには思いつかないのだ。が、ライオールはそれを用意しているのだろう。表情に余裕が見える。


 案の定、ライオールは小さく首を振る。

 そして声を張り上げる。


「総員! 総員第一種戦闘配置にて待機!

 それほど間をおかずに、奴らはこの地へとやってくるだろう。

 その時をもって開戦とする。叩きのめすのだ!」

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