第18話 じょそう

「まあ、こっちのほうが結果として良かったかもね。

 帝国の奇襲にも対応できるし」


 無魔むま小径こみちから外れて、魔物の救う地域エリアをスクエリアに向けて進む俺たち。

 日も高くなり腹も減った。

 ちょっと小休止をということで早めのお昼ごはんタイムとなった。


 メインの異世界料理(ヒラリスが作ってくれた保存食+アルファ)を堪能し、そのアトの奇妙奇天烈摩訶不思議デザートタイムに突入している。

 メニューはもちろん蒟蒻こんにゃくだ。これがデザートのメイン食材なのであった。

 お汁粉風というか善哉風の甘味。もちろんモチなど入りようがなく、その代りを務めているのが蒟蒻である。

 意外と食えたのが驚きだ。

 アリーチェ渾身の料理として今後も大活躍するだろう。甘さですべてを誤魔化してしまっているとはいえ。

 どろどろの餡に、どろどろの蒟蒻という見た目には気持ち悪さしか感じないパンチの効いたビジュアルの料理だとはいえ。




 それはそうと、無魔の小径を外れて歩き出してから、すでに何匹か魔物に遭遇している。

 が、俺がガイアスを起動させるまでもなく、飛龍orミクスで撃退している。


 無魔の小径を含む『無魔の輪』と呼ばれるエリアでは、幻獣の召喚というのがとてもしづらい。というか基本的には不可能である。

 絶対召喚という特殊能力――それを備えているのはほんの一握りの召喚士だけだという――が無い限りは、無魔の輪内では幻獣をするためには、召喚陣をどこかに描かなければならない。

 それ以外の場所では頭の中に思い描くだけで幻獣の召喚が可能であるのに対して、地面などの魔力を備えた場所に物理的に描くという手順が必要になるのであって、幻獣召喚のハードルが異様に高くなる。

 簡単な召喚陣でも描くのには数分はかかるのだから。


 そして、幻獣の活動範囲もその描いた魔方陣の周囲数メートル~数十メートル――その距離は召喚者や幻獣の能力によって異なる――に限られてしまう。

 つまりは、あらかじめ待ち伏せしておくなどの場合は、準備しておいた召喚陣を使って幻獣召喚ができるが、ふいに敵と遭遇した場合などに対応しきれないのだ。無魔の輪という厄介な場所では。

 魔物が出ないという特性上、無魔の輪で即座に幻獣の召喚ができないという事実は対魔物で考えると脅威でもなんでもない。

 が、いざ人間同士の戦闘になると話が変わる。遭遇戦などはいつも大混乱を起こすという。先を争って地面にお絵かきを始めるのだから。


 そんな事情によって……。

 基本的に、無魔の小径では防御側が絶対の有利を得るという状況が続いている。

 ロムズール要塞はそういう意味で、完成すれば不落はともかく難攻を約束された施設である。


 なら、いっそいつでも幻獣を召喚できるそのエリア外を移動するというのは、ある意味では戦術的に優れた作戦であるとアリーチェは考えた。

 最大に警戒をしながら、無魔の小径を進むのなら、召喚陣を地面に描いて、その有効範囲を出たところでまた陣を描い直しという亀の歩みになるのだから。


 なんて説明や解説を受けた。

 それは、理路整然とした立派なお話で、アリーチェの先ほどの言葉も納得はできるのだが、あまりにもプラス思考な気がしてならない。

 きっと、アリーチェの頭の中にはお花畑が広がっているだろう。

 ナルミアも同類だ。ドラちゃんがどんな考えを持っているのかははた目にはわからないが、ミクスもおそらくは仲間。

 ポジティブでうかつなパーティなのだ。俺たちは。

 俺がしっかりしなければ……、と考えてしまいがちになるが、彼女らにはうかつさを跳ね返すだけの、強さがまた内在しており、一概に頼りない仲間とも言い切れずに微妙な状態でもあったりする。


 まあ、どっちにしろ……。

 このパーティでの最強の戦力はドラちゃんでもミクスでもなく、ガイアスなのだ。

 それをしっかりと胸に刻む。




◇◆◇◆◇




「この俺が作戦指揮とはねえ」


 ハルキが舌なめずりしながらつぶやく。その手には小ぶりなナイフが握られていた。

 フルーツでも皮を剥いて食べようかと考えているわけではない。もちろんのこと。

 いざというときに自害するために……ではない。ナイフにはさすがに毒は塗られていない。

 ハルキは転生時のチートで、無魔の輪内の召喚不能地域でも幻獣――スライムに限定されているが――の召喚が可能な絶対召喚能力を得ている。

 それでもその召喚量――一度に喚び出せる数――に制限を受けてしまうことを確認済みだ。

 ハルキが追っているアリーチェ達は、その戦いづらいエリアを離れて、召喚可能地域を移動しているはずだが、それをロムズール要塞まで引きずり出すのがハルキの部隊の目的である。

 ならば、必ずしもその戦いの場は無魔の小径へと移行する。いや、させねばならないのだ。

 その時に、万一の場合に備えて召喚士の肉体を物理的に傷つけるための武器として用意されたもの。

 どこにでもある果物ナイフのような殺傷力も低い武器であるが、それが人体に与えるダメージは少なくない。


 そんなハルキの様子を見ながらネスラムが、顔をしかめる。


 ネスラムは帝国軍の召喚士。十人を超える召喚士をたばねる中隊長格の女性である。年の頃は20を少し超えたあたりか。

 召喚士道――騎士道のような精神論――にあつく、この世界の人間同様に卑怯な戦略を嫌う性格だ。

 いくら戦いに勝つためとはいえ、召喚士に対する物理攻撃をいとわない――それも幻獣をけしかけるのではなく、状況によっては刃物を持ち出すという不埒な真似をする準備を整えている――ハルキの態度に嫌悪感を抱いていた。

 が、こん作戦では、ハルキの命令に従うようにとライオール直々に命令を下されている。

 現時点ではハルキは彼女の上官にあたってしまっているために、それに従うことは絶対だ。


 ハルキを見て同じように不快感を表す彼女の部下たちは、『なんとかなりませんか? 隊長?』のような視線をネスラムに投げつけてくる。

 が、彼女にもどうしようもない。

 中間管理職のつらさ。


 せいぜいハルキに対して、


「我々の目的はあくまで敵をロムズールへと誘い出すこと。

 それを第一優先として動きますぞ? わたくしも、部下たちも」


 と、決意を表しつつも、若干の皮肉を込めた視線をぶつけるのが精いっぱいだった。

 口調からお分かりの通り、ネスラムは妙齢でうるわしい見た目とはうらはらに、どこか年寄りめいた――しかも男性的な――話し方をする。態度もそうだ。

 彼女は才ある召喚士にもっと若い少年少女が多い現在の帝国軍ではベテランの域に足を突っ込みつつあるといわれうるだけの戦闘経験を積んでいる。

 堅実な用兵と卓越した召喚能力、それに疑いようのない忠義心でライオールのみならず、帝国軍の各将軍から信望を集めつつある人物だった。


 一見相性が悪いハルキとネスラム――とその部下――ではあったが、互いに無いもの、不足する箇所を補完しあえばその集団としての能力はたちどころに向上するはずで、ライオールの人事や部下の掌握術の妙を物語ってるたとかいなかったとかの細かな話は後世の歴史家が記述するところである。


 とにかくこの時、この場でハルキとネスラムのお互いの思惑はこのようなものであったろう。

 ハルキとしては、辛気臭い待ち伏せを行うよりも。

 相手のいる場所を探し出しさっさと戦端を開く。なにも、ライオールたちが万全の陣を敷いているロムズール要塞へと導く必要はない。

 自分の力で敵をすべて打ち滅ぼし、手柄を独り占めにする。そのための力も持っているという自負もあった。

 つまりは遊撃部隊として敵をおびき寄せる重要な役目を拝命しつつも、個人の利や戦果を重要視している。命令違反など毛ほどにも気にしない。

 一概に使いやすいとは言えないのがハルキである。


 一方のネスラムは、彼女のもって生まれた生真面目さと聡明さゆえに、ライオールよりハルキのお目付け役という重役を押し付けられていることも理解してしまっている。

 とかく、独断専行がちなハルキを押しとどめ、それに不快感を示す部下たちをなだめ、ライオールの描いた作戦が執行されるように慎重に事を運ばねばならない。

 出世欲が皆無というわけではないネスラムだったが、今回ばかりは、与えられた任務の厄介さに髪をかき上げつつため息の一つもつきたくなるのが今の彼女の心境だった。


 二者二様。それぞれの思惑が時代を動かす。

 水面下での睨み合い、牽制が発生しているのだろうか。

 ゆっくりと先頭を歩くハルキをじっとみつめたままネスラムは部下に目を配るのも忘れない。

 彼女にとって忠実な部下たちは、かけがえのない宝物だ。もちろん、彼女に使役する幻獣の存在もそうである。

 そこにあるのは愛。

 が、ハルキには……世界にも、仲間にも、幻獣にも、そして自分ハルキ自身に対してさえ愛が感じられない。

 それが転生というイベントを潜り抜けたもの特有の所作なのかは、ネスラムには計りかねるのだった。




「スクエリアの! アリーチェ達と思われる一団を発見しました!」


 偵察に出ていた兵士が帰ってきて、ハルキにではなくネスラムに報告する。こういうところにも部隊のまとまりが無いという実情が表れる。この部隊の指揮官は間違いなくハルキであるのに、それを無視して副官相当の地位でしかないネスラムに報告するというのはややあてつけがましいところである。

 が、ハルキは眉をしかめるだけで、それに対しては文句を述べない。

 代わりに、報告を行った兵士に質問を投げかける。


「で? あいつらは何をしていた?

 歩き続けているのなら、早々に会敵するだろう」


「いえ、それが……。

 ガイアスの搭乗者と思われる少年が一人。

 あとは、アリーチェ、ナルミアがいたと思われます。

 現在休息中のようで、移動はしておりません。

 休息というか、まるでピクニックの食事のような雰囲気でしたが……」


 本来報告など不要であった兵士が付け加えた一言でハルキの目に怒りの炎がともる。


「あいつ……。戦いの準備でもしてるのかと思えば。

 ヒロイン二人とピクニックだと!?

 敵が待ち構えるこの危険地帯で?

 異世界を舐めてんのかっ!」


 激高するハルキを見て、その理由が思い当たらずにネスラムは狼狽する。

 が、彼女も歴戦の勇者。己のなすべきことを必要なだけ実行するだけだ。


「休息中であれば。

 さすがに警戒は怠っていないだろうとは思いますが、攻め込む好機でしょう。

 進軍のスピードを上げますか?」


 とハルキに進言する。


「お前に言われるまでもねえ!

 行くぞ! 遅れた奴はおいていく。

 どうせ戦力はあてにしてない。

 ついてこれるだけついてこい!

 くれぐれも、足手まといにだけはなるなよ!

 おもりはしてやらねえからな!」


 と長めに叫びながらハルキは駆け出した。


 それをみやってネスラムは片手を振り上げて部下に合図する。

 帝国の遊撃部隊が、獲物を求めて速度を上げた。




◇◆◇◆◇




「そういえば、ナルミアがスクエリアに入ったきっかけってなんだっけ?」


 食後のデザートも終わり、なんとなく気になっていたことを問いかけた。

 アリーチェの考えはなんとなく知っていたが、なんとなくナルミアからは聞きそびれていたのだ。


「そうねっ。めちゃくちゃ簡単に言うとっ。

 ミクスと仲良くしたいからっ。なのよっ」


 ナルミアはそれだけを言う。あまり語りたがらないようだ。


 代わりにアリーチェが少しづつ説明をし、それにナルミアが補足する形で語られたのはこのような話だった。


 なんでも、ナルミアはこう見えて人見知りが激しく、友達というものがいなかったらしい。そんなナルミアにとってミクスは唯一無二のかけがえのない大親友であった。

 幻獣であるミクスは、召喚主であるナルミアに尽くす、服従するというのがルールであるが、ナルミアは自らそれをやめさせた。

 幻獣と対等であろうとした。そこからナルミアとミクスの友情が始まる。

 幼きナルミアは、淋しさに任せて魔力の続く限りミクスを喚びだし続けた。なんだかんだでその時の経験が今のナルミアの魔力の量やミクスの戦闘能力の高さにつながっているのだが、ナルミア自身はただ友達とできるだけ長い間、ともに過ごしたかっただけなのである。

 帝国軍では、召喚士は徹底した管理が行われる。

 魔力の量に応じて、幻獣を召喚するタイミングやその期間が定められてしまうのだ。ただお茶を飲み、世間話をするために召喚するような行為を認めてくれない。基本的には。

 あくまで便利な道具、魔力もそのエネルギー源としてしか見ていない。

 そんな世界が嫌だから……。

 ってな感じらしい。




「さてと、おなかもいっぱいになったし。

 そろそろ行きましょうか」


 とアリーチェが立ち上がった。

 俺とナルミアもそれに続く。


 その時である。


「こんな状況で、いちゃいちゃとしやがって!」


 突然聞こえてくる叫び声。

 ハルキ!?


 しかもその後ろから、帝国の軍服に身を包んだ召喚士が何人も。


「出たわねっ! 卑怯者っ!」


 真っ先に対応したのはナルミア。


「うっせえ! まとめて相手してやる!

 かかってこいやあ!」


「そうは行かないっ!

 ミクスっ!」


 ナルミアがミクスを召喚する。


「喚ばれましたですにゃ! ご主人たま!!」


「ミクスっ! ハルキと、あと後ろの召喚士たち。

 相手できるわねっ!」


「猫缶五個だけどにゃ!」


「上等よっ!

 って、わけでっ!

 ここはわたしに任せてっ!

 アリーチェとシュンタは先に行って!」


 ナルミアはそんなことを言う。

 それだけならばよかったのだが。加えて……。


「後で絶対追いつくからっ」


 あかん……。

 フラグや。この流れはやばい。

 さらに追い打ちがかかる。


「アリーチェっ、シュンタっ。

 無事に合流できたら、また蒟蒻でパーティしましょうねっ!」


「だめだ! ナルミア!

 そんな……。そんな言い方したら!

 死亡フラグが立っちまう!」


 ただでさえ、ついさっきナルミアの内面に触れて掘り下げたばかりだ。

 そして、物語の流れというか異世界に来てからこれまでのエピソード時間的な枠。

 そろそろ爆弾級の鬱展開が待ち受けている可能性だって捨てきれない。

 そんな、思いを込めて俺は叫んだのだったが……。


「「「「フラグ?」」」」


「何っ?」「何にゃ?」「何それ?」「?」

「こっちの世界のやつらが死亡フラグとかわかるかよ!」


 といまいち緊迫感に水を差す形になってしまった。


 とにもかくにも、挑まれたのだから戦わねばならない。

 これが後に歴史に残る第一次ロムズール会戦の幕開けなのであった。

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