第16話 蒟蒻の意思

「何してるのっ?」


 数日前から滞在している帝国領最果ての街、アルテリア。

 街の外れでお手製の木刀を振り続ける俺を目ざとく見つけて声を掛けてきたのはナルミアだった。

 気の向くままに様々な種類の素振りを始めて小一時間。滲む汗をぬぐいながら、


「いや……、何ってわけでもないけど……」


 そう……。何……ってわけでもない。

 明確な意思をもってやっている行為ではない。


 この世界は……いろんな意味でゆるい。気がする。街の人は優しいし、アリーチェ達も出会ってすぐなのに良くしてくれるし。まあアリーチェは俺の喚び出し元だから保護責任があるといえばあるのだが。

 それに帝国のアクエスってコもいいコだったし。ヒラリスだってそうだ。


 だけど……。ぬるさにどっぷり浸っているのにちょっと危機感を覚えたというか……。

説明はしにくいのだが、なんとなくぼおっと過ごすってのが居心地悪く感じてしまって。

 それで体を鍛える真似事をしてみようと思いついた。


 あっちの世界で様々な小説や漫画を読んで一応格闘技全般についてはそこそこ詳しかったりする。頭でっかちでどちらかと言うと体が付いてこないタイプなのだが。

 そんな漠然とした考えを抱いてふと思いついたのが、とある漫画で描かれていた――おそらくは作者の創作であろう――ある流派の剣術だった。


 ガイアスの<HRSS>――俺が考えたとおりに勝手にサポートされてガイアスを動作に反映させる機能――は便利だが、それに甘んじているというのもなんとなく情けない。だから、ついつい自分自身の強さっていうのも身に付けておきたくなった。


 普通、異世界へ転生や召喚された場合ってのはチートが付くことがほとんどだ。と思う。強い能力が得られることのほうが圧倒的多数。それは生身の状態でも力が発揮できるものが多い。

 驚異的な身体能力だったり魔力だったり。

 でも俺に与えられたのはそれとは少しばかり毛色が違う。魔力の量は人よりも恵まれているらしいのだが、この世界では人間には魔法のような便利な技術は使えない。

 いくら僕がガイアスを一番うまく使えるんだ! と自意識過剰になったとしても。

 それって俺自身の強さとは直結しないような気がしてしまう。承認要求が満たされにくい。

 この世界の人間がほとんど幻獣に頼らずに生身で戦うことが少ないと言っても。ガイアスの性能に頼り切りという状況に覚えた不安。


 それで、ふと思い立って剣術の基礎の真似事をやっているのだ。

 ガイアスには未だ武器は無いが、おそらく反り返った片刃の剣、つまりはKATANAとかそんな感じの武器が似合う風貌をしている。

 とっさにいろんな剣技が放てるように。漫画で読んだ記憶を辿りながら体に浸み込ませる。

 それは決して無駄なことじゃない……はず。

 役に立つことが来る……はず。


 俺の記憶にある漫画では修行風景も細かく描写していた。だから基礎からみっちりやれるのだ。架空の剣術だけど。


 そんな考えと、実を言うと暇を持て余してのこと。

 アリーチェ達は結局ヒラリスから言われるままに数日の滞在を決めてしまった。

 特に何をするでもなく、街をぶらぶらしたりおしゃべりをしたり。ご飯を食べたり。

 なんか緊張感に欠けている。


「じゃあっ。ミクス喚んだげようかっ!」


 ナルミアの提案。俺の剣術の練習相手になってもらおうという。

 幻獣である猫耳ミクスの身体能力は人間とは比べ物にならない。

 素振りに飽きたらそれをお願いすることにすると俺はやんわり辞退した。

 運動不足の体で実はほどほどに疲れもたまっているし、俺本来の反射神経で超人? 的な動きを見せる獣人猫娘の相手をする自信なんてほとほとなかったからだ。

 例え手加減はしてくれるのだろうとしても。ちょっと荷が重く気分が乗らない。


 例え幻獣の力を借りてでもミクスと渡りあっているようなハルキとは違うから。

 ハルキは……、あっちの世界でも運動神経は良かったからな……。スライムなんて最弱種族しか喚び出せないのによくやっている。言動は褒められたものじゃないけど。


「で? 用でもあってきた?」


 と俺は聞いた。そろそろ体力的にきつい。これで疲れを溜めてしまったら元も子もないから。マメとかできたり。

 用があるならちょうどいい切り上げ時だと思った。


「えっとっ。お昼でしょっ? お弁当もってきたのっ!

 じゃじゃ~んっ」


 とナルミアが風呂敷づつみを取りだした。


「お刺身っ!」


 と中を開いてみせるが……。どう考えても刺身には見えない。ドロドロとしたゲル状の……かろうじて固形物であるような……食べ物か? とすら疑わしい物体。


「これは、あたしが作ったのっ。こっちの付けだれはアリーチェが前に作った奴を貰ってきたんだけどっ」


 なるほど、この毒物未満、手料理以上の物質を食えと言うことか。アリーチェのメシマズは日の丸弁当で存じ上げていたが、ナルミアも同類だったとは……。

 ナルミア作の刺身? とアリーチェ作の付けだれという絶妙なコラボレーション……。

 道理でミクスが猫缶にこだわるだけだ。

 不変で安定感のある大量生産食品万歳。

 とはいえ、作られて持ってこられたものを食べないわけにもいかない。女子からの供物を無駄にできるほど俺は冷淡でも愛想無しでもない。


「ミクスも喚ぶからっ。その辺で三人でお弁当にしましょっ」




「じゃあ……い……ただきます」


 ミクスはかたくなに猫缶を欲したので、ナルミアの手料理は俺達二人で食べることになった。


「お魚は好きにゃけど、生はちょっとダメにゃから」


 まあ……刺身というのは生モノなんだけど。

 この正体不明の物質は……。

 意を決して箸でつまんで口に入れる。もちろん提供されている付けだれとやらにちょこっと端を浸すのも忘れない。


 口の中に、微妙な触感と微妙な質感とこれまた微妙な風味が広がる……。


「どうっ?」


「どうかと言われても……。

 こっちの料理は何度も食べたけど……。

 そのどれとも違うし……」


 正解がわからないから感想を述べにくい。俺の口に合わないだけでこれは異世界でのスタンダードな味なのかもしれないのだから。


「これっ、シュンタの世界の料理のはずだよっ」


「えっ?」「うそ?」


 思わず二度聞きしてしまう。記憶を辿るも同じような料理は出てこない。


「だってっ……。地方によって違うのかなっ。

 ハルキに教えてもらったんだけどっ。

 お刺身食べたいって言ってたけど、生のお魚なんて食べる習慣無いからその代用品ってことでっ」


「ちょっと、ナルミアが作ったこの料理名教えてくれる?

 ハルキから聞いた名前。

 あと、アリーチェの付けだれの正体も」


「蒟蒻のお刺身っ。酢味噌で食べるのが美味しいんだってっ」


 蒟蒻……こんにゃく……コンニャク……。表記はいろいろあれど……。

 俺の知識にある蒟蒻と言えば。その原材料は蒟蒻芋。

 コンニャクマンナンという成分を抽出してアルカリ溶液と反応して凝固するという性質を生かして作る伝統食品。

 

 酢味噌。酢と味噌の混合調味料。好みは人それぞれだが、何にでもよく合う。


「いや……。

 何に一番近いかって言われたら確かに蒟蒻と酢味噌だけど……」


 確かに。蒟蒻と言えば蒟蒻だし。ゼリー状といえばゼリー状だけど。蒟蒻ゼリーなんてのもあるから……。グミみたいな固さはないし。

 それに、酢味噌(風)のどろりとした茶色い液体も酸っぱいことは酸っぱいわけだから酢味噌の味噌の部分は不適切でもビネガー的な要素は満たしている……。


 かといって美味いかと聞かれたら即答できる。

 言葉に詰まり沈黙が流れる。


「あ~猫缶美味しいにゃん」


 とミクスの呑気な言葉が挟まる。


「それ専用のお芋はないのっ。

 あと味噌っていうのも、よくわからないってっ。

 腐っちゃだめだけど、腐らせるんでしょっ?」


 なるほど。マンナンの含有量が少ない代替品で精製もほどほどで。ならばこんな出来損ないの蒟蒻が出来上がるわけだ。決して食えないほどってわけではないけれど。

 あと、異世界にある数少ない発酵食品の酵母を代用して無理やりに作ったらこんなものが味噌という表現になるわけだ。決して食えないほどってわけではないけれど。


 お世辞にも美味くはない。おっかしいなあ。ヒラリスなんかはこっちの世界にある代用品でそこそこそれっぽい料理を作ってくれてるんだけど。

 やっぱり料理ってセンスの問題なのか。それともナルミアもアリーチェもよほどの馬鹿舌なのか……。


「あとこれ……。

 すっごいダイエット食で、お腹は膨れるけど栄養分はほとんどないよ」


「そうでしょうねっ。ほとんどお水だもんっ。

 沢山食べてっ」


「いや……、沢山食べたらね、病気になるんだって……」


「そうなのっ! それでハルキが怒ったのかなっ」


「二人とも……、ミクスの猫缶あげようかにゃん?」


 結局、出された蒟蒻は少し御残しして。

 食事は別に食べることにした。もちろん猫缶ではない。




◇◆◇◆◇




 帝国軍は既にその陣営をロムズール要塞に移動していた。

 開戦に向けて、各々がそれぞれの準備を行っている。


「どうだ? ファイスの新しい武装の使い心地は……」


 ライオールが聞く。


「さすが……、第参段階だけはありますね。でも、これならガイアスをあと一歩というところまで追いつめたマーキュスの大洋のオーシャンズ・囁きウィスパーにも引けを取らない。

 決まれば一撃で墜とせるかもしれません。何度も煮え湯を飲まされたガイアスを」


「あとは精度の問題だな。まあ、それはいましばらくの訓練でなんとでもなろう。

 報告によるとアリーチェ達スクエリアの連中は未だにアルテリアでのんびりとしているということだ」


 のんびりしているもなにも、それってライオール様がそうなるように手を打ったって言ってたんじゃなかったっけ。この人は他人に対してもどこかドライというか冷たいところがあるが自分のやることにも距離を置いている。冷静沈着とはこのことだろう。


 とファイスの中でゼッレは考える。


 ライオール・フリオミュラ。若干19歳にして、帝国軍の頂点に立つ人物。

 ゼッレは、数年前、ようやく召喚士としての才能を開花させつつあった頃のライオールと出会った。


 彼にとってあの時の事を思い出さない日はないと言っても過言ではない。

 貧しい孤児院で無気力な生活を送っていたゼッレの才能を見出して保護と育成を買って出てくれたのがライオールである。

 それ以降、ゼッレの暮らしは一変した。召喚士として成長するための修行や訓練は楽なものではなかったが、この人の言うとおりに努力してこの人についていけばやがて自分も。幼い頃は思ってもいなかった立場に立てるのでは? そう思わせる風格、オーラが当時のライオールにもあった。

 そして、たった数年でそれは現実となりつつある。

 ライオールの実力、そして実績に裏打ちされた野心は帝国で並ぶものが居ないまでになっている。


(この人は僕を引き上げてくれる。僕の力を伸ばしてくれる)


 ライオールは常にゼッレの上に居る。役職の上でもそして実力の上でも。


 ファイスの操縦や武装の召喚に関してもそうだった。

 一度はライオールが搭乗したファイスではあったが、ライオール自身は自分の乗機をガイアスと定め、ファイスはゼッレのものであるという姿勢を崩さない。


 ゼッレは、未だファイスの第壱段階の武装、燃えるバーニング紅槍ランサーを操るのがやっとであった。

 召喚できるという点では、第弐段階の陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノンも使用はできる。

 が、ゼッレの魔力と精神力では、エネルギーのチャージに時間がかかりとてもライオールがガイアスと戦った時のほどの有用な武装としては使いづらい。

 ライオールはあの時、不慣れな武器をぶっつけ本番で使いこなしてみせた。さも当然であるかのごとく。

 そのあたりがゼッレがライオールを尊敬してやまない理由のひとつでもある。


 自分には同じことはできない、とゼッレは悟っている。

 が、それはゼッレの実力不足ということよりも、武装とゼッレの持つ召喚士としての相性の問題が大きいようであった。


 それを解決したのがライオールである。

 相性に難のある陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノンの習得は後々の課題として置いておき、更なる段階の武装を試してみる。

 そのもくろみは成功した。

 ゼッレは次なる武装を自身では喚びだすことはできなかったが、ライオールに用意してもらったそれを実戦レベルで扱ってみせたのである。

 それはやはりゼッレの非凡さを物語っている事実なのだろう。


「ほんとは僕一人の力で出来たら一番いいんですけど。

 ライオール様に負担をかけることになってしまって」


「なに、機械獣を何体も召喚するそのついでだと思ってくれたらいい。

 いずれはゼッレ自身の手で召喚できるようになるだろう」


 ファイスの第参段階の武装。本来であればファイスの搭乗者であるゼッレ自身が召喚すべきであり、それ以外の方法で召喚することはほぼ不可能なはずである。

 が、ライオールはファイスに乗って同調レベルを瞬く間に引き上げると、武装の召喚陣を解析して、自分の魔法陣でそれを召喚する方法を編み出した。

 それによって未だにファイスとの同調レベルが低く、第弐段階の陽光のヒートヘイズ・収束砲バスターキャノンを召喚するのがやっとのゼッレがファイスに乗っていてもこの第参段階の武装の使用が可能になった。

 そして、幸運だったのはその武装の特性がゼッレの才能にマッチしていたことである。

 召喚するという負担を自らで負わないですむということも大きいのかも知れない。

 

 どちらにせよ、帝国の甲機精霊マキナ・エレメドは確実にその能力を上昇させている。

 アクエスも、マーキュスを自分のものとするために訓練を積んでいる。

 未だになんの武装も持たないガイアスを討つのは、ひどく容易なことに思えてくるぐらいだ。

 さらには、今作戦ではライオールの複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークルから喚びだしうる多数の機械獣たちの支援もある。

 スクエリアの他の召喚士、幻獣の手出しは気にする必要はない。ゼッレとアクエスは対ガイアス戦に集中できるはずである。


 広く薄い石から、徐々に勝利への布石を積み上げてもはや盤石の態勢を取りつつある帝国軍。

 その全てを指揮し担い支えるライオール。

 尊敬する金髪の先輩の自信に満ちた顔を見ながらゼッレは思うのだった。赤い瞳に燃え上がる何かを灯しながら。


(僕は二番手でいい。

 いずれ、ライオール様はこの大陸を統一し、新たな国の皇帝となるべきお方だ。

 その実力も覇気も十分にある。

 そう、いつだってライオール様はトップを走る。

 だけど、僕はその横で。絶対の信頼をおいてもらえる右腕として。

 常にライオール様に認めてもらえるように。

 そのためには、アクエスにだって負けてはいられない。

 ナンバーツーのポジションを保持しないと。

 恩を返すなんてことじゃないけど。

 ライオール様の往く覇道を近くで見届け、少しでも後押しするために。

 力を付けないといけない……)




 かくして、第一次ロムズール会戦の幕開けの足音は着々と近づいて来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る