第15話 インターミッション2

「そうなのかよ!? ヒラリスってアリーチェ達の知り合いなんだ?」


「そうなのよ」

「そうなのです」

「そうなのっ」

「そうにゃのら」


 一斉に女子たち返答する。

 一見するとハーレムだ。ハーレムだったらハーレムだ。


「知り合いというよりも、お友達という感覚で居させてもらってますが」


 ピンクツインテール麗しいアリーチェ。(眼つきはたまに鋭い)

 大人しく知的で清楚な白髪ショートカットのヒラリス。(メガネこそしていないが)

 口調と見た目がアンバランスなナルミア。(特記事項特になし)

 ケモナーが泣いて喜びそうなミクス。(猫要素の度合いは好き嫌いは分かれそうだが)

 女の子四人(三人と一匹?)に囲まれての夕食風景。女の中に男が一人。


 場所は、ヒラリスの父親が所有するという例の空家だ。そこで俺達に振る舞われたのはヒラリスの手料理。

 ヒラリスとこの街で出会ってなんだかんだあって、結局この家に泊まることにさせてもらって、翌日にはアリーチェ達がやってきた。

 どうやらそういうことのようなのだ。


「シュンタをこっちに喚びだすために、ガイアスの召喚陣に細工したって言ったでしょう?」


 アリーチェの言葉に、ヒラリスが言いにくそうに、


「あれは実はわたしがやったのです……」


 と漏らす。


 ヒラリスは……スパイというと大層だが。完全にスクエリアに与しているとはいえないもののアリーチェ達の協力者であるらしい。

 双方の戦力バランスを保つためにとか、平和を護るため、できるだけそれに近い状況に導くためにという大義名分のもとヒラリスはある時は自らの所属する帝国を裏切るという行為に及んでいるらしい。このあいだも危うい橋を渡ったばかりなのだ。


「内緒だからねっ!」


 とは、ナルミアの台詞。


「それにしても、俺の口に合わせたんじゃない完全な異世界風料理ってのも何度も食べたけど。出来立ての手作りだとまた全然違うな」


 話が少し重い雰囲気に流れそうだったので、潤滑油としてヒラリスの料理の腕を褒めてみた。


「それほどでも……」と照れを見せるヒラリス。


 うってかわって、


「あたしの料理に何か問題があるとでも?」


 とアリーチェが鋭い視線をぶつけてくる。


「アリーチェも大概にゃけど、ナルミアのお料理もオリジナリティあふれてて困ったもんなのにゃ」


「あんたはっ! 猫缶食べとけば十分なんでしょっ!」


「猫缶はパーフェクトな糧食にゃのらけど、そればっかりでは飽きるのにゃ。

 ミクスは舌が肥えてるのにゃから」


「じゃあ、あんたにはこれからアッツアツに温めた猫缶を用意しておいてあげるわっ」


「ご主人たま、それは殺生にゃ~!!

 猫舌にあつあつはご無体にゃ~!!」


 まあ、下らん話で場は盛り上がったよな。the・和気藹々。


「そもそも戦争といっても、ハルキやシュンタの世界とわたしたちがやっているは少し違うようなのです」


 ヒラリスは言う。


「死人どころか怪我人も出ないことがほとんどにゃから」


「そうなのっ!

 幻獣と人間の戦闘力に差がありすぎてっ。

 幻獣で人間を襲うのもタブーッ。

 幻獣だって、やられたら即死ぬわけじゃなくって元の世界へ還るだけってことがほとんどだしっ」


「ミクスはいつまでも、ナルミアと一緒だにゃ。

 ミクスは強い猫ちゃんにゃから」


「あんたは猫缶食べたいだけでしょっ」


 なるほどなあ。この世界の構造が、戦争の中身というかそのあたりが少しわかってきた気がする。

 俺の居た世界での常識では戦争というのは人と人が争うことだ。

 時に武器や兵器を使うけど。無人攻撃機なんてのもできつつあるけれど。

 そもそもにして、それを使うのは人間。攻撃対象も人間。


 ところが……こっちの世界では。

 人間同士が仮に争ってたって。そこに幻獣が割って入った場合には瞬殺といってもいいレベルでやられてしまう。人間対幻獣では勝負にならない。

 ならばと自然に互いに幻獣同士を戦わせるようになる。

 幻獣で人間を襲わせるのは後味が悪いからみんなやらなくなる。それが常識というか道徳として定着する。


 幻獣はごくまれにオーバーキルみたいな感じで、自分の許容量を大きく超えるダメージを受けて死んでしまうこともあるらしいが。たいていはその前に魔力が無くなって自分から還っていくか、危機を感じて逃げ出す。

 

 戦争だ、決闘だといいながらもなんとなくほんわかとした雰囲気が漂っているその理由が理解できた。


 ふと疑問が沸いてくる。

 人間が(幻獣に比べて)弱い生き物だというのはわかった。

 で、その幻獣にも強さのランクがあるってのも教えてもらった。

 高ランクの幻獣とタメを張るライオールの機械幻獣という謎めいた種族や、甲機精霊マキナ・エレメドのような超つよい幻獣の亜種のような存在がいるのも実際に知っている。


 ならば、ハルキは? あいつとは何度か戦ったが……。

 あいつの場合は、召喚士ではなく魔法使いというか異能力の使い手みたいな戦いっぷりをしていたような。

 召喚戦争の中で異質な異能バトルの雰囲気が醸し出されているのだ。良く言って魔法。そうでなければ超能力のような。そういった闘い方をしていた。

 あいつ自身が召喚獣、つまり幻獣扱いとして存在しているということなのだろうか?

 だから、魔法のようなものが使える?


「ハルキは幻獣をおならとも思ってないのにゃ!」


 問いかけに対する答えになっていないようだったから……あるいは真相を知らない俺には伝わりにくい表現だったから。

 ミクスの言葉をアリーチェが補足する。


「ハルキが幻獣そのものってわけじゃないの。

 あの人は立派……じゃないけどれっきとした召喚士よ。

 幻獣を喚びだして使役させるだけ。他の人がやっていることと一緒。

 ただ、その特性というか扱い方がちょっと特殊なの。

 普通は召喚士が一度に制御できる幻獣は一体のみなのね。

 それに喚ぶ時にも魔力がいるし、幻獣がこっちの世界で具現化しているだけでも相当な魔力を消費していくわ」


「そうなのっ。美味しいご飯が食べられる機会だからってわざわざ喚んであげたんだから感謝しなさいねっ。ミクスっ。

 こうしている間にもわたしの魔力はどんどん減っていっちゃうんだからっ」


「そういうこと。普通の召喚士は幻獣を一体喚だすのが精いっぱいで、その時間も限られている。

 ナルミアやわたし、それに帝国のライオールとかゼッレとかアクエスぐらいになるとかなりの魔力量だから、ずいぶんと勝手がきくんだけどね」


「話が見えないな……。

 なんか、ハルキって魔法みたいなのを一杯使ってたじゃん?

 弾丸みたいなのを打ち出したり、でっかい……重い塊を……あれは召喚といえば召喚か……?」


 その問いにヒラリスが答えた。徐々にいろんなことが明らかになってくる。


「ハルキさんは、特殊な才能を得てこの世界に転生してきました。

 それは、無限召喚能力と無尽蔵の魔力です。

 ハルキさんはチートだチートだと言ってますが」


「どういうこと?」


 俺はヒラリスを見ながら尋ねたが、先に口を開いたのはアリーチェだった。


「ハルキが戦いに使っているのは一応は幻獣、スライムなのよ。

 もっとも弱い幻獣で、それこそ人間と同じぐらいの強さしかないんだけど」


 スライム?


「そう。同時に何体でも。魔力の続く限り。ハルキはスライムを召喚し続けられる。

 それ以外の幻獣を召喚することはできないみたいだけど。

 いろんな大きさや硬さを持ったスライムを召喚できるようなの。

 そのスライムを弾丸のように相手にぶつけたり、大きな圧縮したスライムをこの間みたいに重し代わりにつかったり。防壁にしたり。

 そうやって相手にダメージを与えたりして魔力を奪っていくのよ。

 幻獣を……、スライムを使い捨てにしているのよ。何千何万と言う数のスライムを」


「そうにゃのら。世界で一番幻獣に優しくない召喚士にゃのら」


 それで、イレギュラーというかトリッキーな戦い方をするわけだ。

 その部分では納得する。

 が、その前のヒラリスの言葉で少し引っかかる表現があった。もやもやしたまま先を促すために質問を続ける。


「ハルキは……チートを得たって言ってるのか?」


 チート。俺も結構な量の魔力とガイアスという途方もない力を得たが。

 それには何のきっかけもなかった。ガイアスはともかく魔力量は召喚特権なのだと勝手に解釈しているが。


「複数の召喚獣を同時に制御できる召喚士。

 現在確認できているのはライオール様とハルキさんだけです。

 でもライオール様がせいぜい数体同時召喚ができるくらいなのに対して、ハルキさんはそれこそ無限に近いスライムを同時に喚びだして使役させることができるようです。

 本人はそれを転生特権だと」


 ヒラリスの説明に先ほどひっかかっていたのが何かが具体的に形を取り始める。


「転生……?」


 言葉の定義はそれぞれだろうが。転生とは生まれ変わりじゃないのか?

 まあ、同じ歳恰好のまま転生することもあるから俺も転生と言えなくもないのかもしれないが。

 でも、俺自身は召喚、あるいはトリッパーなんだと信じている。

 転生と召喚……。その違いは大きい。元の世界での命があるか、無いか……。


「ハルキはちょうど……。

 一年ぐらい前ね。わたしが召喚したその直前に。

 元の世界で命を落としているわ。

 だから、ハルキの場合は転生。命あるままに召喚されたシュンタとは違うの」


 アリーチェの言葉に目の前が真っ暗になる。


「それって、あいつが……。

 あいつ自身は知ってるのか? 一度死んだってことを?」


「それはそうよ。神様みたいな人に会ったかどうかまでは聞いてないけど。

 死ぬ寸前の記憶は持ってたみたいよ。鉄の馬車みたいなのに轢かれそうになったって。

 死んだせいで記憶喪失というか、前世の記憶は一旦あやふやになっちゃったみたいだけど」


 俺はこの前……。ハルキに言ってしまった。

 一緒に……元の世界に帰ろうと。

 でも……俺はまだ一度も死んでいないが、ハルキは一回死んでいる?

 元の世界に帰る方法がわかったとして、元の世界にはハルキを受け入れる体が存在しない? そんなこともありうるわけだ。大いに考えられる。


 ハルキは……もうこの世界で生きていくことしかできない……?


 考え込んでしまった俺を尻目に、他のみんなは食事を続ける。会話も砕けたものに変わっていく。


「ミクスっ、もういいでしょっ。さすがに疲れてきたわっ。

 召喚解除するから還りなさいっ」


「で、デザートはまだにゃのに?」


「だってっ、魔力がもったいないじゃないっ?

 ないとは思うけど、帝国軍がここを見つけて攻めてくるかもしれないし」


「この場所は多分安全だとは思いますけど。

 ミクスさん。ナルミアさんもああ言ってることですし。

 明日もまたわたしが料理をお作りしますから」


「でもヒラリス。わたしたちはそんなにゆっくりはしてられないの。

 シュンタを連れてスクエリアに帰らないといけないから」


「でも……。

 食材を沢山買い込んできちゃったんですよ。

 2~3日分はあるんです。

 みなさんに食べていただこうと明日と明後日のメニューも考えてるんです」


「数日ぐらいゆっくりしたらいいんじゃないっ?

 スクエリアが逃げるってわけでもないでしょうしっ。

 帝国軍だって、今は要塞の建築に忙しいから、スクエリアに攻め込むことなんてないでしょうっ?

 それに、シュンタのガイアスにやられてライオールたちもしばらくは大人しくしてるわよっ」


「そうです。そうなんです。きっとそうですよ。

 だから、折角の機会ですから。

 是非ゆっくりと。明日と明後日ぐらいだけでもいいですから」


「じゃあ、ミクスはおいとまして明日に備えるのにゃ。

 でも、明々後日からは猫缶を用意しておくのにゃよ。

 御主人たま」


「あっ、ミクスさん。デザートは?」


「今日は実はもうお腹が一杯にゃ。

 明日の三時のおやつに食べるにゃん」


「おやつ食べるためにわざわざ喚び出せってことっ?」


「ミクスとご主人たまの間がらにゃにゃいか」


「わかったわよっ」




 ミクスほど自己主張の強い、そして人間とこうまで打ち解けてしまう幻獣も珍しいらしいが。

 ただ戦うためだけの甲機精霊マキナ・エレメド

 ライオールのみが喚びだせる機械幻獣というやつ。

 ある意味ペットのような、それでいて強力なアリーチェの飛龍、ドラちゃん。

 それに、ハルキが使い捨てにしているスライム達。

 召喚初日に神殿から逃げる時に見た魔物のような幻獣。


 この世界にはいろんな種類の幻獣が存在しているようだ。

 おしなべて人間よりも強く――例外はスライムぐらいなもの――、魔物と戦う力として利用されてきた。

 が、その力は今戦争へと向けられている。たとえ俺が居た世界よりも、若干やさしめの、ぬるい雰囲気に溢れた戦争だったとしても。


 争う必要なんて本当にあるのか?

 ヒラリスのように帝国にもいいやつは一杯いるんだ。アクエスだってそうだったし。

 ライオールもゼッレも実はそんなに悪い奴じゃないかもしれない。もちろんハルキだって。

 という、戦争に対する懐疑心。

 そして、ハルキが置かれている現状。一旦死んでしまったという事実。


 いろんなことが頭でぐるぐる回り。


 それらを整理するために。ヒラリスが言うようにここでしばらく滞在させて貰うのもいいのかもしれない。


 スクエリアへ着いてしまったら、もう後には引き返せない。帝国軍と戦うことから逃れれられなくなる。そんな気がする。

 だから、答えを出すまではいかなくとも。自分なりの考えを得たい。持ちたい。

 いろんな人のいろんな意見を聞いたりしながら。

 ちょうどヒラリスという帝国がわの人間が居る今の状況はそれにふさわしいと思えた。

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