第14話 アンビション

 シュンタと別れてから一人歩くこと数時間。

 昨日から飲まず食わずでたどり着いたヴェストラッドでアクエスはライオールに温かく迎え入れられた。


 挨拶代りに簡単な報告を済ませただけで、先に食事と入浴する猶予を与えられた。その後、仮眠もとった後に正式に詳しい話を聞くという心遣いまで。

 アクエスは食事と――一晩中森を彷徨った体を清めて着替えを済ますために――入浴だけを受け入れた。仮眠については辞退して、一旦ライオールの前を辞した。


 暖かい湯にかって凝り固まった筋肉や関節をほぐしながら。

 アクエスは昨晩を共に過ごしたシュンタの事を考えずにはいられなかった。


 敵でありながら、悪い人間ではない。それはアリーチェやナルミア、それに他のスクエリアの召喚士たちにも言えることであるのだが、シュンタについてはそれともまた違う感情を抱いている自分に気付く。

 彼はどこか特別な気がした。そもそもこの世界の住人ではなく、道徳や倫理、価値観等も多少なりとも異なっていることもその一因なのだろうが。一言で言えば珍しい。異質というほどではないにせよ。

 ハルキの横暴で縦横無尽な性格を先に知ってしまったからバイアスがかかってしまったという可能性も無きにしもあらずだが。


 そもそもにしてアクエスには……。シュンタに語ったとおり。戦う動機、モチベーションというものがごく薄弱にしか存在していないのだ。

 なんとなく、召喚の才があったから。たまたま父母が召喚士として人の役に立つことを喜びとしてたから。それを身近で感じながら育って来たから。

 自分もその道に入っただけなのだ。

 アクエスがごく普通の召喚士として慎ましく、そして目立たず暮らしていけたのであればそれでも良かったのかもしれない。

 街道や街を警備し、人々を魔物から守るための召喚士。幻獣の使い手。喚びだし手。

 それは所属がどうであれ――帝国に属していようがスクエリアの陣営であろうが――人々の役に立っているという実感が伴う仕事なのだから。


 しかし、アクエスには才能が有りすぎた。魔量の量も、幻獣との相性も。

 彼女が召喚できたのは水の精霊。

 クールで自らの名前はおろか、まったく感情すらも表に出さず、口を開くこともしない美しい姿――妙齢の女性のフォルムをしていた――の幻獣であったが、アクエスの命令には忠実に従い、数々の戦果を挙げてきた。

 アクエスはその幻獣に心の中でミーちゃんと名付け、共にさまざまな任務にあたってきた。

 ミーちゃん――人々は彼女を氷の女王フローズンクイーンと呼び慣わしていたが――の力は帝国でも五指に入ると噂になるのにそれほど時間はかからなかった。

 噂がライオールの目に留まり、帝国の正規軍の隊長格にまで引き立てられるまでになったのにもわずかな時を要しただけだ。


 環境が変われば人は変わるとは良く言われることだが。

 確かに、アクエスは人の上に立ち、戦場で指揮をする立場にはすぐに慣れることに成功した。実戦での指揮能力も彼女が生まれ持った才だったのだろう。

 が、彼女本来の希薄な意思、戦争に対しての思い入れの無さ、心の不安定は責任感の伴う立場に立ったところで克服されなかった。


 甲機精霊マキナ・エレメドの搭乗者となるにあたって、ミーちゃんとの契約を破棄しなければならないという選択にも、積極的な理由ではなく、他に適任者が居ないからというだけの理由で快く応じた。

 ミーちゃんとの別れはアクエスにとって悲しむべきことだったが、そもそもナルミアのミクスなどとは違って、終始無表情でだんまりを決め込んでいた幻獣である。

 戦いの場以外で召喚することもなく、自然とアクエスはそれ――ミーちゃんと会えなくなるということ――を受け入れた。


 そして、彼女にはマーキュスが与えられた。ガイアス、ファイスと並ぶ――ガイアスはスクエリアの手に落ちてしまったが――、帝国で無比となる強大な力の使い手として。


 わたしは何をしているのでしょうか?

 わたしは何をしたいのでしょうか?

 わたしは誰と共に生きたいのでしょうか?


 彼女の自問は尽きない。


 ゼッレのように、盲目にライオールを崇拝して仕えるという生き方は自分にはできそうにない。

 かといってハルキのように馬鹿馬鹿しいまでにも野心を剥き出しにして生きたいように生きるというのも違う気がする。

 ライオールのように大義を自らの原動力として覇道を昇るという生き方も。そういう考えや生き様があること自体は否定はしないが、それを自分に置き換えた時にはむなしさを生じさせる。


 アリーチェやナルミアのように幻獣と仲良く、共存していくなどという理念も既に捨て去った自分だ。


 ただ、状況に流されて、ライオールの命令に従う。

 いっそミーちゃんみたいに氷の心があればよかったのですわ。それならこんなに悩むことなんてなかったですのに……。

 それでも……。

 シュンタのようなある意味素直な人間なら、わたしの心を溶かしてくれたのかもしれません。

 わたしを導いてくれたのかも知れません……。


 のぼせそうになる寸前で、湯から上がったアクエスのみずみずしい肌を無数の水滴が伝って零れ落ちた。






「あらためて、ご苦労であった」


 ライオールの言葉はよどみない。


「いえ、心配……ご迷惑をおかけしました」


「迷惑などとは思わぬことだ。

 仮にもこの俺、ファイスを一度は退けた相手。

 それをよもや打倒と言う寸前まで追い詰めたのだから」


 ライオールの言葉には皮肉の成分は含まれていなかった。

 脇に立つゼッレにしても同じだ。


 ガイアスを相手に、死力を尽くしながらもあえなく敗れた二人である。

 客観的に見て自分達よりも善戦したアクエス相手に厳しい言葉を掛けられるはずもない。

 また、ガイアスの力を脅威と感じるだけの経験を共に積んだ同士という奇妙な一体感も生まれつつあった。それは敗者たちの同盟という言葉にすればいたく苦いものになるのだが。


「ですけど、肝心なところでマーキュスの制御に失敗してしまいましたわ」


 アクエスが語るのは、ガイアスを苦しめた技、第弐段階へと達したアクエスが解放したマーキュスの大洋のオーシャンズ・囁きウィスパーについてである。


 武装という枠を超えた力。

 ファイスの場合は第壱、第弐ともに見た目にわかりやすい武器を召喚する能力だった。未だ見ぬファイスの第参段階がはたまた同じような武装なのか大きくベクトルの異なる力であるのかは、今は知ることはできない。

 そのファイスと違いマーキュスはいうなれば早熟型の機体である。第壱段階の飛び苦無くないはいわば児戯のようなもの。

 第弐段階にして、甲機精霊マキナ・エレメドの本領を発揮する力を与えられている。

 それがすなわち魔力と魔法陣を介して自然を操る能力。

 マーキュスの制御核を通して、地下水脈に干渉し、その水流を刃――それも対象の魔力を奪い続ける魔性の水刃――とする力だったのだ。

 自然を操る魔法というのは一部の幻獣にも可能な技ではあるが、甲機精霊マキナ・エレメドを介して行うことで、一般の幻獣とは一線を画すほどの莫大な威力を得ることが可能となる。


 アクエスにとって不運だったのは、その技を試しに使ってみるという機会が得られなかったこと。

 そのために、ガイアスを今一歩というところまで追い詰めつつも、地下水脈を流れる水の量に押されて制御コントロールを失ってしまった。そのために起こった悲劇。


「なに。マーキュスが失われたわけでも、アクエス自身が傷ついたわけでもない。

 挽回のチャンスはいくらでもあろう」


「御意に」


 アクエスは素直に頭を下げた。心の中では葛藤が渦巻いていようが、表面上には決して出さない。

 自分の立ち位置は帝国軍の双璧の一角であり、またマーキュスの搭乗者として能力をライオールは求めているのだから。


「それで、スクエリアの召喚者の話なのですが……」


 アクエスは自身の義務としてシュンタの話を持ち出した。言わねばならないことなのだから。


「ああ、魔の森を共に脱出したということだな。

 良い判断だった。敵方とはいえ、あの場ではそうするより仕方がなかっただろう」


 ライオールはそれ以上問い詰めることはしなかった。

 魔の森を脱出した後、アクエスがシュンタを捕えるなどの行為に及んでいれば次の二点で非難を浴びることになっただろう。

 すなわち、恩を仇で返すという道徳についての欠損。加えて、ガイアスの力を知りながらその行為に及ぶと言う浅はかさ。


 ライオールはアクエスのとった行動を認めている。もちろんクッキーのやり取りやそこで交された会話の内容については知らざることなので関与しようも無い。また、それを聞いたところで笑って許しただろう。


 会話の終局をもってゼッレが待ち構えていたように言葉を繋いだ。


「それで、ライオール様。

 次の作戦なんですけど。

 アクエスも帰ってきたことですから、このまま作戦会議なんていうのもどうでしょう?

 時間的に余裕があるってわけでも無いんですし」


「そうだな……」


 少し考えてライオールは続ける。


「もちろん、アクエスには十分な休養を取ってもらう。

 魔力の回復と既に身に付けている武装、技の練度の向上に使う時間も必要だろう。

 が、その後に再びガイアスと戦ってもらうことになる。

 ガイアスをこのまま見過ごすわけにはいかないという事情もあるのでな。

 ファイスは次の戦いでは俺が乗るのではなくゼッレに任せるということになるが、ひとりでガイアスを相手にするのは今の段階では少々荷が勝つだろう」


「そうなんですよ、僕のファイスとアクエスのマーキュス。

 二体で攻めるのがより効果的ってのは考えるまでもないことですから。

 そりゃ一対一で勝てたらそれにこしたことはないですけど、勝率を高めるためには仕方ないですよね。

 それは僕がもうすこしファイスを乗りこなせるようになった段階までおあずけで。

 その前にガイアスを取り戻せちゃうかもしれませんけど。僕とアクエスの活躍で」


 ゼッレの口ぶりからは彼は既に次の戦いの場所や作戦内容をライオールから聞いているようにアクエスには感じられた。

 アクエスにも想像はついている。が、実際に言葉で聞くのとぼんやりと想像するのでは異なる。

 アクエスはライオールを見つめ、彼の口から詳細が語られるのを待った。

 

 ゼッレが帝国軍の主だった召喚士たちを呼びに行く。


 小隊長格を含めて十数人が、部屋に続々と現れる。


 時は満ちた。

 集まった全員に向けてライオールは説明を始める。


「アリーチェ達を、特にガイアスをスクエリアへとたどり着かせるわけにはいかない。

 現状では搭乗者のセンスのみで戦っている武装召喚すらできないガイアスではあるが。

 スクエリアの召喚士たちの解析にかかれば、武装の召喚も可能となり、第弐、第参と順を追ってその力を増していくことになる公算が高い。

 あのシュンタとか言う若者よりも……、よりガイアスを効果的に操れる搭乗者を見つけ出してくるかもしれない。

 そうなれば、いかにこちらに二体の甲機精霊マキナ・エレメドがあるとはいえ。

 戦いはますます過酷なものになる。

 そこでだ。

 奴らがスクエリアに向かうために避けて通れない場所。

 ロムズール要塞でガイアスを待ち受ける。

 かねてより計画していた案を実行に移すのだ」


「ですが……」


 アクエスはゼッレやライオールの顔色をうかがいながら。自分の述べようとしてることが意味のないことなのだというのを感じながらも言う。


 シュンタ達がロムズール要塞へと向かうのは必然。いわば既に今の段階で決定事項だ。

 その場所で交戦の準備を整えるというのは誤ったことではない。

 が、二つばかり問題がある。

 ひとつは、ロムズール要塞が未だ建設中であるということ。

 現時点では要塞としてのていを為していない。建築中の要塞では帝国の利にはなりがたい。

 そしてもう一つの問題。どちらかというとこちらが主題である。

 時間的な問題。制約。

 シュンタは、既にアルテリアへと到達しているだろう。それは自分たちが居るヴェストラッドよりもロムズール――スクエリアへと距離的には近い。

 ならば、今から帝国軍が、ライオールやゼッレとともにロムズール要塞に到着するよりも前にシュンタ達はそこを通りすぎてしまうのではないか?


 それをライオールへと問う。

 答えは決まっているのだろう。ライオールのことだ。事前に策は練ってある。そのはずだ。

 が、それをあえて問いただし、言葉として受け取るのも、周知させるのもまた自分の役割であるとアクエスは考えている。

 誰かが聞くことで、ライオールの思慮が明らかになる。

 これまでもそうしてライオールは自らの聡明さを、戦略、戦術に対する知謀を部下に示してきたのだから。


「要塞が建築中だということは、この際問題にはならない。

 皆も知ってのとおり、あそこは召喚不能地帯。

 幻獣の召喚のためには召喚陣を地面に描かなければならない。

 本来であれば完成した要塞の中に、描く予定ではあったが。

 俺が先にロムズール要塞に赴いて『複数マルチプル共用シェアード召喚陣サモンサークル』を敷こう」


「複数共用召喚陣……?」


 一同のあちこちで疑問の声があがる。その名を、その存在を知っていたのはこの場ではゼッレのみである。


 初めて聞く名に戸惑いを生じさせている部下たち――アクエスも含めて――にライオールは語る。


「機械幻獣や甲機精霊マキナ・エレメドと同じく古来の技術を復活させたものだ。

 本来、召喚陣とは召喚者自身が描き、幻獣一体を召喚するためのもの。

 が、『複数共用召喚陣』は、ひとつの召喚陣で誰――どの召喚士であろうとも、そして何体でも幻獣を呼びだせるのだ。

 設置にあたってはそれなりの準備がかかるが、このサークルが優れているのはそこから呼びだせる幻獣が、陣を敷いた召喚士の能力によって決まるということ」


 その言葉の意味を理解し始めた者たちから顔中に期待の色が浮かぶ。


「つまりは!

 俺がその陣を描くことによって、帝国のあらゆる召喚士が機械幻獣を召喚することが可能になるということを意味する」


 それはつまり、帝国軍の軍力の大幅な増大を意味することだった。

 甲機精霊マキナ・エレメドは特別視するとして、一般には召喚士によって喚びだされる幻獣には強さに応じてランクが付けられている。

 最底辺に位置するFランクのスライムから、アリーチェの飛龍や、ナルミアのミクス、アクエスがかつて支配していたミーちゃんなどのAランク幻獣。


 Aランクの幻獣を喚びだせるものは限られている。

 帝国、スクエリアの両陣営を合わせても数人しかない。

 また、B~Cランクに至ってもそれを使える召喚者の数はしれている。


 ほとんどの召喚士はC~Dランクの幻獣しか扱えない。

 が、ライオールだけが喚びだすことができる特別な幻獣、機械幻獣の戦闘力は種族にもよるが少なくともCランクの上位には位置するのだ。

 召喚士の魔力を過剰に消費するために一般の召喚士には短時間しか召喚できないだろうが、Bランクや場合によってはAランクに匹敵する機械幻獣を大量に配備できるということは。

 同じく、C~Dランクの幻獣が主な戦力であるスクエリアを大きく圧倒する。


 数にものを言わせて、甲機精霊マキナ・エレメドの一体ぐらいを足止めするのに足るかもしれないとまで思わせる戦力なのだ。


 なんということなんでしょう。甲機精霊マキナ・エレメドばかりか、そのような知識まで呼び覚ましているなんて……。

 アクエスは、ライオールの底力とそのあくなき探究心、目的のためにあらゆる方策を取ると言う姿勢に薄ら寒いものを覚えつつも、表情は変えずに、もうひとつの懸案事項を問いただした。


「その、『複数共用召喚陣』で、こちらの戦力が倍増することはわかりました。

 であれば、要塞が建築中であれ、スクエリアに後れを取ることはないでしょう。

 ですが、もう一点……」


 ライオールはアクエスに最後まで言わせることなく言葉を引き継いだ。


「時間的な問題ということだな。

 それについては、簡単なことだ。

 ガイアスやアリーチェ達が立ち寄るであろうアルテリアで奴らの足を止めるだけの手立てはすでに打ってあるのだから。

 首尾よく時間を稼いでくれることだろう。

 その間に我々はロムズール要塞へ先回りだ。

 ガイアスを奪取し、スクエリアの主力召喚士たちを捕える。

 皆の力を貸してもらおう!!」


 こうして、後に新第一次ロムズール会戦と名付けられた戦いへの大きな動きは流れ始めた。


 それは、決して何物にも止めがたい奔流となって、フラットラントの召喚士たちを巻き込んでゆくのだった。


 帝国軍ではライオールを筆頭に、ゼッレ、アクエス、ハルキ。

 スクエリアのアリーチェ、ナルミア、そしてシュンタ。

 それに今はまだ歴史の表舞台に出ていない多数の名もなき召喚者たちを……。

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