第13話 新たなる再会
「ここまで来ればもう大丈夫ですわ」
陽が昇り始めた頃、俺とアクエスはようやく魔の森を抜けて、『魔の輪』の内縁部分に到達した。
ガイアスを格納――召喚解除して魔法陣へと変化させる――し、久方ぶりの生身での呼吸を
この世界は文明がそれほど発展していないだけあって、地球よりも断然空気が美味い。ような気がする。
自然が自然のままに残っている。スモッグなんて無縁の澄んだ大気だ。
アクエスがう~んと大きな伸びをしながら、
「思っていたよりも、森の奥に落ちてなくて良かったです」
ガイアスの手の上で座りっぱなしだったから、それはそれで疲労がたまっていることだろう。体が凝り固まっていたんだと思う。俺は俺で多少の精神的な疲れがたまった自覚はあるが、肉体的には歩きづめだったにも関わらず元気だった。
「そうだな。魔物にも出くわさなかったし」
と、あたりさわりのない返事をする。
「ずっと護っていただいてありがとうございました」
「いや、こっちこそ。案内してくれてありがとう。
俺だけだったら絶対こんなとこまでは出て来れなかっただろうから。気にしないでくれ。
それより、さすがに腹が減ったよな……」
二人とも昨日から何も食べていないのだ。
「あっ……そうだ」
と、アクエスがなにやらごそごそとしだした。
「よろしければ街まで行く途中でお食べくださいな」
差し出されたのは可愛らしい紙袋に入ったクッキーのようなもの。
「わたしが焼いたのでお口にあうかどうかわかりませんが……」
「こんなの持ち歩いてるってことは相当な甘党?
おやつなしでは生きられないとか?」
と笑って受け取りながら俺は冗談めかす。
「そ、そんなこと……」
若干の恥じらいを見せるアクエスの目の前で俺はクッキーの袋を開封する。
一つつまんで口に入れ、
「おっ、美味い。空腹は最大の調味料っていうのはほんとだな」
皮肉交じりのジョークを言ったつもりだが、アクエスには言葉に込められた意図が伝わらなかったのかきょとんとしている。
かまわず、袋の中から数枚を取り出してポケットに入れた。
残りは袋ごとアクエスへと差し出す。
「腹が減ってるのはアクエスも一緒だろ?
俺に気を使わずに食べたらよかったのに」
「いえ、そんな……。わたしたけ食べるなんて。
それに……、実はもう一袋持ってますから」
と自分のポケットをぽんぽんと叩いて俺が返そうとしたクッキーの袋を受け取ろうとはしない。
「じゃあ遠慮なくいただいとくよ」
一旦ポケットにしまったクッキーを再び袋へと戻す。
「あの……」
と、アクエスは、始めは小声で。それから若干の力を込めて。
「わたしは、これから……。
一旦ヴェストラッドへ戻ってみようと思っています。
そこにライオール様達も留まっているかも知れませんし」
「そうか」
で、俺はどうしたらいいのだろう。このままアクエスについていくとライオールと鉢合わせになる。
つい昨日決闘をした相手であり、俺が奪ったガイアスの元の持ち主だ。トラブルが起きるのは目に見えている。
アクエスとは状況が状況だったために多少なりとも打ち解けたけれど。
できればしばらく……ほとぼりが冷めるまで――いつになるのかわからないが――は、帝国軍の他の人間とは顔を合わせたくない。
かといってこの世界の地理には疎すぎる俺はこれからどこへ向かえばよいのか決めかねる。決めあぐねる。
そんな俺の表情を見て取ったのか、アクエスが、
「おそらく……ですけど…………。
ライオール様たちがヴェストラッドに逗留しているのなら、アリーチェさん達のスクエリアの方々はそこには居れないでしょう。
以前に、ライオール様から聞きました。
おそらく、アリーチェさん達は一旦スクエリアへと戻ろうと考えているだろうと。
そのためには、この先にあるアルテリアという街を中継するはずです。
アリーチェは道の先を指さす。
軍の機密情報にも近いことをわざわざ親切に教えてくれるなんて。なんていいこなんだと思いながら、
「ありがとな。いろいろと……」
「いえ……、こちらこそ…………。
次に会えばまた……、敵同士なのですね……」
「そういうことになるな。
まあ、そんときはそんときで。
アリーチェにも出来るだけ帝国とは戦わないようにしようぜって言っとくよ」
それについてはアクエスはわたしもライオール様に伝えておきますとは言わない。
ただ黙って頷いただけだった。
戦うことを義務付けられた立場であるが、
苛烈だろうが温かろうが戦争には違いないはずなのだが……。
「じゃあ、ありがとう。
クッキー。大事に食べるから」
未練がましく残るのも女々しい感じがして俺はアクエスに手を振って別れを告げた。
「また……。
できれば敵同士ではなく。
違う形で……。
…………。
ありがとうございました」
小さく呟くアクエスの声を背中で聞きながら。
さすがに『無魔の輪』と呼ばれているだけはある。陽も高くなり軽装の旅人達の姿が目立ち始めた。
魔物を警戒する必要もなく、みな気楽な旅を、往来を愉しんでいるようだ。
ヴェストラット、アルテリア、そしてその先のスクエリアを結ぶ地域は『無魔の輪』の中でも特別に『無魔の
そしてそこは、ある意味では最前線。帝国軍とスクエリアが衝突を繰り返す紛争地域であった。
というのも、他の地域では魔物が出没する。戦争をしようにも魔物が邪魔したりと突発的な事案に備えなければならない。人間同士、幻獣同士の戦いに専念しづらいのだ。
それに引き替え夢魔の輪には魔物が出没しない。変な言い方だが戦争に集中できるエリアだということ。
そして、夢魔の輪の中でもスクエリアと帝国領を繋ぐ夢魔の小径と呼ばれる一帯は自然と両軍が鉢合わせする場所となる。あるいは進軍する際に避けては通れない場所となる。
なので、そこが自然と戦略上の重要地域になるという理屈らしい。
とはいえ、現在は小競り合いすら行われていない。
帝国軍は夢魔の小径の中ほどまでその勢力を伸ばし、攻防の拠点の要塞を建築中だということだ。
アルテリアがあるのはそのロムズール要塞よりも手前。帝国側の支配下地域。
帝国領でありながら、スクエリアの人間にも寛大なのは、ヴェストラットと同じ。帝国からすれば、若干腹立たしいことだと思うが、紛争状態にあるとはいえ人間同士貿易や交流は必要だ。いわば、両国の緊張のガス抜きをしているということと、いくばくかの歴史的経緯がそれを許しているとのこと。
とにかく、半日以上歩いて――魔力の残量的には問題はなかったが、人目に付くのをさけるためにガイアスは格納したままだ――、ようやくアルテリアという街に辿り着いた。
ガイアスなしでも俺の生まれ持った黒髪というのはこっちの世界では目立つ属性。かなり人目を集める。通りすがりの人々から奇異な視線を向けられる。
が、それで何か害が加えられるというほどではない。遠巻きにひそひそと噂話が為される程度。気にしてはいられないしその必要も無さそうだ。
なにはともあれ腹ごしらえ。
多少のお金はアリーチェから渡されているので、懐と相談しつつ――といっても物価や貨幣価値がよくわかっていないからその辺も勉強しつつだが――適当な飲食店を物色する。
店に入るか、屋台で売られている物を食べるか。
「あ、あの……」
うろうろしていると後ろから声を掛けられた。
振り返ると多少見覚えのある顔というか髪型というか髪色。
「「ひょっとして……」」
ふたりでハモってしまった。
「あっ、おさきにどうぞ」
と俺はレディーファーストをいかんなく発揮する。
「あ、あの……。
突然お声を掛けてしまってすみません。
わたしのことご存知ですか?」
「なんとなくそうなんだろうなって心当たりはある。
フォルポリスの神殿に居なかった?」
「ではやはり……、ガイアスの……。
シュンタさん?」
「まあそうだね。
君は……」
そう、俺に声を掛けたこの少女。
初めて俺がこっちの世界に来たときに。ガイアスの中から見えた可愛らしい銀髪というか
今は、『the』普段着って感じの服を着ているが。
俺の答えに、白髪少女のグレーの瞳の輝きが増す。
「覚えていてくださったなんて。話が早くて助かりました。
わたしはフラットラント帝国で天文神官をやっているヒラリス・アモリエと申します」
「あっ、ご丁寧にどうも……」
思いもよらない自己紹介につい出た言葉がそれだった。
相手が名乗ってくれたのだから、きちんと返さねばならない。異世界人の地位向上のために。ハルキの尻拭いを買って出るってわけじゃないけど。
「えっと、どこまで知ってんのかな?
俺はイワイ・シュンタ。苗字がイワイで名前がシュンタね。
どっか
「アリーチェさんですね。
ライオール様などより聞いています。そしてあなたが現在のガイアスの
どこか他人事のようにヒラリスは言う。
「あの時神殿に居たんだよな。
よくさあ、俺が読んだ小説とかじゃあ勇者召喚とか救世主召喚って姫さんか神官の女の子がするって相場が決まってるんだけど……」
ヒラリスは何を言っているのかわからないという顔をする。
そりゃそうだ。俺も何を言おうとしていたのかわかっていない。
ほんのりとその成分を分析するのならば、こういうことが言いたいんだけど。
そりゃ、俺はピンクのツインテールに惹かれてアリーチェについて行った。それは事実だ。
だけど、別にこのヒラリスってコが俺を喚びだしたという設定でもなんら不満は無い。それどころか大歓迎してもよいくらいだ。
神官だし、清楚だし。大人しそうだし。銀のような白い髪ってヒロインっぽいし。
フラグの匂いはビンビンに感じる。
ショートカットだって似合っているし。
だがそれは言葉にならなかった。
ヒラリスは、無益な俺のもじもじ状態に付き合ってはくれず、
「実は……。
シュンタさんを探してここまで来たのです。
少しお時間よろしいでしょうか?」
などと逆ナンパを仕掛けてくる。多分ナンパじゃないけれど。
時間があるといえばあるし、ないと言えばない。俺にはアリーチェ達を探すと言う目的があって、でもその前に何か食べたいという気持ちが先にあって。
出た答えが、
「飯でも食いに行くか?」
だった。
連れて来られてのは、料理屋さん……ではなく、古びた小さな家だった。
ヒラリスと二人で買い物――食材などを買い込んだ――をしてからやってきたのだ。
「ここは、父が所有する物件で。今は借り手もいないようなので……。
自由に使わせて貰らえるのです」
と案内されたそこは、空家とは思えないほど綺麗に整頓されていた。
込み入った話になるからと、人目につく外での食事を控えつつ。俺にそんなに時間が無いという事情も考慮にいれてくれつつ。
一つ屋根の下に男女が二人っきりと言う状況に警戒心は醸し出さず。
まあ、俺もそんなにせっかちな人間でも下種の極みな人間でもないので紳士的にヒラリスが料理を作る様を眺めていた。エプロン姿が可愛らしい。というのを堪能しつつ。
「お口に合うかどうかわかりませんが……」
と出された料理は、なんとまあ俺の口にジャストミートした。
「こっちに来てからいろいろ食べたけど、これは全然異世界料理って感じがしないなあ。
なんか懐かしい味がする」
「ハルキさんの好みに合わせるようにいろいろと研究しましたから」
とヒラリスは、はにかむように言う。
「ああ、それでか。
見た目は全然なんだけど、どことなくテイストが和食なんだよな」
ヒラリスが出してくれたメニューは甘辛く煮込んだ魚をメインディッシュに。白米ではなくふわふわのパンだったが、味噌的な風味の漂うスープ。それとなんか葉っぱのお浸し風の小鉢。
と、異世界に来てからこっち、アリーチェの日の丸弁当だったり、アクエスのクッキーにしろ、ヒラリスの料理にしろ、ご飯づいている気がする。
いっそ、食レポ方面に舵を切ろうか? 需要はありそうだし。
と、考えながら料理を食べ進めるうちに、話が本題へとさしかかる。
「シュンタさんを見込んでのお話なのですが……」
とヒラリスから切り出されたのは、今後の俺の運命を大きく左右しかねない話だった。
「お話した通り、わたしの父も帝国で神官をやっているのです。
父と会っていただけませんか?
そのために、可能であるならばフォルポリスへと一旦戻って欲しいのです」
「なんでまた?」
「わたし達、天文神官というのは祭事などのために星々の運行を見極めるのが主な役割です。
また、農作物の種まきや収穫の時期を占うために星詠みということもやります。
そのようなことを続けながら、長い修練の上に未来を見通す力がわずかばかりに芽生えるということがあるのです。
わたしはまだまだその域には達していないのですが父はそうではありません。何年も神官として修行を積んできましたから。
そんな父からすれば、この世界、フラットラントの行く末を占う機会を見過ごしてしまうのが許せないということで。
かといって、立場上フォルポリスを離れるわけにはいきません」
「行く末? フラットラント……この国? いや大陸のか?」
話が大きくなってきた?
「ええ。神話や伝承が伝えるところによると、フラットラントの転換期にはいつも黒い髪をした人物の存在がありました。
時に世界に害を為し、時に益を生む。語られる内容は両極端です。
父はハルキさんとも直接会って、そこから何かを読みとろうとしたようなのですが、視えた未来はひどくぼんやりしていたらしく……。
そこに来て、シュンタさんの召喚です。
おそらく、ハルキさんとシュンタさんはこの先、帝国と同盟の争い……。
いえ、フラットラントの将来にとって鍵となる人物なのではないかと」
もっともらしい理由だが。
罠ではないかと疑う心が萌芽する。ヒラリスの表情からはそれがうかがえないが、ヒラリス自身が嘘を信じ込まされているという可能性もある。
フォルポリスはこのアルテリアと違って帝国の主要都市であり、スクエリアの人間には優しくない。警備もそれなりに固められており、スクエリアの人間が気軽に歩けるような街ではないとも聞いている。
「ちょっとなあ。フォルポリスまで戻るってのは……。
いろいろ問題がありそうなんだよな」
と白髪神官にやぶさかな意を伝える。それにアリーチェ達と再会できずに単独行動を続けるというのも気が引けるし若干の心細さもあるのだ。
いかに、ヒラリスが
「そう……ですよね……」
俯くヒラリス。ちょっと悪いことをしたかなとも思うが、仕方ない。
「ではせめて。
わたしでは力不足なのは重々承知していますが、シュンタさんを
それで、もし万一、この先にも別の機会があれば父とも同じようにいていただくということで」
「それは構わないけどどうすんの?」
「目を閉じてください」
言われるままに俺は目を閉じた。
突然、胸に柔らかいものが当たる。ヒラリスが俺に抱きついて……彼女の細く柔らかい腕を俺の胴体ではなく頭に回してくる。
頭を撫でられている感じだ。
びっくりして目を開けたが、
「大丈夫です。目を閉じて。心を静かに……」
と諭されてしまった。
再度言われたとおりにする。ドキドキと高まりつつある胸を、小憎たらしいハルキの顔などを思い浮かべて鎮める。
そのまま――抱擁を交わしたまま――ヒラリスは唄いはじめた。
聞きなれない言語で――何故か俺が理解できているこの異世界の共通語ではなくもちろん日本語や英語など地球で親しみのある言葉とも違う――あったが、子守唄成分が7割、あとは讃美歌が入り混じったような安らかなメロディ、そして歌声だった。
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