最終話 そして……○○へ

「で!? どうやって、あいつをその小屋に放り込むんだ!?」


「ボーネルドにあやつの好物を取りに行かせておる!

 とっておきの魔界肉じゃから、それをタイミングよく放り込めば、釣られて小屋に入るじゃろう!」


「タナキア様! 持って参りました!」


 ちょうどボーネルドが合流してくる。


「あの扉じゃ! タイミングを合わせて左右に散るのじゃ!」


「ケルベエ!」


 ボーネルドが地獄犬小屋に餌を投げ込む。


「今じゃ!」


 そして、それぞれが左右に飛びずさり、ケルベエはそのまま一直線に餌に向うかと思われたのだが……。


「入らねーじゃねーか!」


「あそこに入ると閉じ込められるとわかっているのでしょうな」


「毎度のことじゃから、あやつも学んだか。

 さすが、わらわに似て利口な犬じゃ」


「どうすんだよ!?」


「だけど、興味はあるみたいだな」


 アズマを背負ったフェスバルがケルベエの様子を伺う。


 ケルベエは足を止め、涎を垂らしながら小屋の奥に投げ込まれた肉をじっと眺めている。

 小屋には入りたくないが、肉は食べたい。そんな葛藤を繰り広げているのだろう。

 タナキア達、魔王一行はもちろんのこと、タツロウや残り少ない騎士団も目に入っていないようだった。


「儂がおとりになろう。降ろしてくれ」


『アズマ!?』


「タツロウ、すまぬが付き合ってくれるか?」


「何をするつもりだ?」


「儂とタツロウであれば転移で逃げることができるからのう。

 餌を目の前にちらつかせれば、あの様子なら、小屋まで誘導することはできるじゃろう。

 タツロウは何かあった時に少しでも時間を稼ぐ役目を担ってくれ。

 行くぞ」


 そっとアズマは犬小屋に向って歩き出す。

 それにタツロウも続く。


「タツロウはここで待っていてくれ。もしもの時は頼んだぞ」


 とアズマは、肉を手に取り、犬小屋の入り口まで歩み出た。


「ほれ、これが欲しいんじゃろう?」


 ケルベエの目の前に肉をちらつかせる。

 ケルベエはまだ警戒しているのか、動こうとしない。


 逆にアズマが一歩一歩前に出て、ケルベエとの距離を詰めていく。


 美味しい餌がすぐそこに……。

 ケルベエの我慢が限界を超え、食欲が警戒心を上回る。

 ケルベエがアズマに向ってとびかかる。


『「「「「「アズマ!」」」」」』


 アズマはさっと振り返ると、犬小屋に向って一直線に走り出す。

 犬小屋に飛び込んだ瞬間に、肉を小屋の奥に放り投げた。


 ケルベエはそれに釣られて、走っていくが、状況に気付いたのかふと立ち止まる。


 が、既にその体は小屋の中である。


「今じゃ! 扉を閉めろ!」


 タナキアの掛け声で、重い扉が閉ざされる。

 が、ケルベエはそれに気付き、小屋を出ようと跳躍した。


「そうはさせねえ!

 ブレイドガード!!」


 タツロウが防御スキルを発動させ、ケルベエの突進を食い止めた。

 その背後でゆっくりと扉が閉まる。


「逃げるぞ! 転移!」


 そして、アズマはタツロウを連れ、小屋から一瞬で離脱した。



 ◇◆ ◇◆ ◇◆


「なんでここなんだよ」


 タツロウの視界に写ったのは焼け野原である。


 そう、あそこである。

 なんだかんだで主要人物が一堂に会したあの露天風呂の周辺だった。

 燃え盛っていた炎もさすがに勢いを弱め、ちりちりとくすぶっているだけになっていた。


「いやまあ……」


 アズマが頭をかく。


「じじいの転移って王城と自宅しか登録してなかったんじゃねーのか?」


「今はこんなふうじゃがの。

 こうなる前は景色がよかったし、水の大精霊の力を得ればちょっとした湯治の場所として使えるかもしれんと登録しておいたのじゃ」


「あの状況でよくそんな呑気なことができたな?」


 タツロウが呆れて言うのとほとんど同時に背後から声がかかる。


「あら? おかえりなさい」


「エンキーネ?」


 振り返るとエンキーネの姿があった。

 いろいろあって、いろいろ問題を生んだが本人は至って元気なようである。


「何してるんだ?」


「ちょうどお風呂が溜まったのよ。どう? 一緒に入らない?

 なんだか魔脈の力が使えなくなっちゃって、お湯を沸かすのに苦労するかなって思ったけど、あれだけ周りでぼうぼう燃えてたでしょ?

 火の玉も幾つか中に入ったみたいだし、ちょうどいい温度なのよ」


「一緒に……って……」


「じゃあ、年寄りの特権で一番風呂は儂が貰おうか」


 などと言いつつアズマはアイテムボックスから大量のタオルを取り出した。


「あら、用意がいいわね。一枚借りてもいいかしら?

 タオルどうしようかなって思ってたのよ」


「もちろんじゃ。さすがに裸で入るわけにもいかんじゃろう」


 そして、タツロウが温泉に目を向けるとそこにはぐったりとしているダイタルニアの姿もある。


「あいつ、逃げてなかったのかよ」


「ゆうてもわては、水の属性使いやからな。

 あれしきの炎ぐらいではそうそうへこたれへん。

 それに、水を溜めるには休んでる暇なんてなかったんやし」


「あの騒ぎの中……、ずっと水を張ってた……だと?」


 それには、タツロウもあきれ果てた。


「お手柄じゃわい。おかげで、こうやって温泉気分を味わえるのじゃからな」


「っていうか! じじい! いいのかよ!

 相手は魔王の側近だぞ!?」


「といっても、儂はもちろんタツロウももう戦う力は残っておらんじゃろう?」


「まあ、それはそうなんだが……」


「ね、いいじゃない。アズマもこういってることだし、一時休戦ということで」


「これだけの事態が一応丸く収まったんじゃ。

 骨休めも必要じゃわい」


『いいのかよ!?』


『まあ、いいんじゃない?

 じゃあ、ボクも失礼して……』


 と、タツロウの手から聖剣がするりと離れていく。


「?」


 聖剣が一瞬まばゆい輝きを見せると、聖剣の姿は消え、白いローブに身を包んだ一人のショートカットの少女が佇んでいた。


「なに? どういうことだ?」


「ああ、タツロウには言ってなかったけどね。

 これが、ボクのこの世界での活動用の姿なんだよ。

 たまにお買いものしたり、美味しいモノ食べたりしたいから。

 それにやっぱり、剣のままお風呂にはいるのって無粋だからね」


 と、ほーちゃんは穏やかな笑みを浮かべる。


「おーい!!」


 と、遠くから呼ぶ声がする。


「あ、タナキアちゃんたちだわ!」


「ミリアも、騎士団の連中もおるな」


「あいつらも呉越同舟かよ!」


「みんなでお風呂に入れるじゃない!

 いろいろあったけど……。

 夢が叶うっていいことね!」


「っんとにいいのかよ……これで……」


「我らも、ご一緒してよろしいか?」


 タツロウがその声に振り返ると総勢数十名の忍者部隊の姿があった。

 それぞれ手拭いを手にしている。ちゃっかりものの秘密部隊たちである。


「いいわよ、折角の温泉だからね。

 一緒に入りましょう!

 そのために大きな浴槽を作ったんだから!」


 エンキーネがひときわ大きな笑みを浮かべた。


 そしてそれぞれが、温泉に入って疲れを癒すことになる。


「ふう、生き返るとはこのことじゃ」


 ~ fin ~










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シルバーブレイブ ~元勇者の後継育成物語~ 東利音(たまにエタらない ☆彡 @grankoyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ