第24話 集結

 そろりそろりと、タツロウはグアッドルフに向けて移動する。目的はミリアの救出。

 エンキーネの気配、視線を伺いながら、ゆっくりと足を進める。


 一気に駆け出してもよいのだが、ヒノさんが受けられる魔法は一発のみ。

 それに賭けるには、あらかじめできるだけ距離を詰めておきたいところである。


「ちょっと! タツロウ!」


 エンキーネの声が飛ぶ。


「気付かれたか!」


「何するつもり! そうはさせないわ!」


 魔脈の力を手にしたエンキーネにはもはや、魔法の詠唱、集中すら不要である。

 火を自在に操ることのできる彼女は、ノータイムで食らえばタツロウが死ぬか生きるかギリギリ――多少の手加減はしているから死ぬことはないだろうと本人的には思っている――の火球をタツロウに放つ。


「かまわず行くのである!」


 ヒノジローの体を借りたヒノさんが、火球に飛び込んだ。


「ちょっと! ヒノジローちゃん!?

 動けなかったんじゃなかったの?

 っていうか……」


「ぐわっ!」


 火球を食らい、ヒノさんが、苦痛を漏らす。

 幾ら火の大精霊とはいえど。炎の盟友といえど。

 魔脈からの魔力の供給を断たれ、それ以前に世代交代のために大きく力を落している状態では、その熱量に深刻なダメージを受ける。


「来る? 防ぐ!」


 グアッドルフが、ミリアを盾にするように、構えた。

 そのまま剣を振るえば、ミリアを巻き込んでしまう。


「くそ! だけどな!」


 タツロウはとっさに横に飛びずさり、ミリアを避けて。


「食らえ! トラスト!」


 それは、普段使っているスラッシュではなく、突くことを目的としたスキル技。

 使用機会は少ないが、突くという動作の格好良さから、日頃から修練を積んでいた技である。


 グアッドルフの腕に剣が突き刺さり、ミリアが自由の身となる。


「今じゃ! 集まるのじゃ!」


 言いながら、アズマもヒノジローを回収してタツロウ達の元へ走る。

 タツロウとミリアもアズマへ向かって走るのだが……。


「逃げんじゃないわよ!」


 エンキーネは、アズマ達の意図を看破していたわけではない。

 ただ、アズマの『集まる』というワードに反応しただけである。


 それをさせじと、咄嗟的に取った対抗手段。

 それは、炎の壁で輪を作り、タツロウ達を取り囲むという方法だった。


 壁の高さは数メートルにも及び、アズマの接近を許さない。


「何するつもりだったか知らないけど。

 ご苦労様。

 水が溜まるまでそこで待ってなさい」


『アズマ?』


『だめじゃ。この距離ではまとめて転移することはできん』


『ミリア? 魔法でなんとかできないのかよ?』


『この炎、恐ろしいほどの勢いだわ。

 ちょっと、今の魔力ではどうしようもないみたい。

 水系が使えればなんとかなるかもだけど、あたしのは光だから』


『ここまで来て手詰まりかよ』


『ヒノさんは!?』


 その声にアズマが、ヒノジローを見やる。

 毛がちりちりと焼け焦げているところはあるが、まだ消滅もしていない。


『動いてはおらぬが……』


「もう! 今度動いたらほんっとうに焼き殺すからね!」


「いっそ、焼き殺してくれたらいいのじゃが。さっさと」


「なんか言った!? タナキアちゃん!」


「なんでもないのじゃ」


 結果としてアズマ達の策は砕け散り、エンキーネの天下が続いている。


 グアッドルフは、ミリアを束縛する必要もなくなったため、ボーネルドとともにタナキアの傍らに佇み。


 ダイタルニアがせっせと浴槽に水を張っている。


 タツロウたちを囲む炎の輪は勢いを絶やすことなく、燃え盛っている。


「ふむ。まだ命に別状はないようじゃな」


 アズマが、あらためてヒノジローの様子を伺う。


「すまぬ。我にはあれが限界であったのである」


「ほんっとに。みんな死にたがりなの?

 あたしの魔法に飛び込むなんて。

 殺しちゃったら寝ざめが悪いじゃないの」


「安心せい。もう一度同じことをする力はもう残っておらん」


「ほんとに? じゃあいいけど。

 下手なことすると……」


 とエンキーネが威嚇の言葉を放とうとした時に。

 エンキーネの視界の端に、こちらに向かっている一団が捉えられた。


「あれは……」


 その反応に、炎の壁に視界をさえぎられているタツロウ、ミリア以外が視線を向ける。


「城を襲った騎士団じゃな」


「ケルベエが倒されたのでしょうか?」


 ボーネルドの問いにタナキアは、


「それはないじゃろう。おそらく逃げ帰って来たはずじゃ。

 でなければこんなに早く戻ってくるはずはない」


「なるほど」


 と話している間にも第七騎士団はタナキア達に近づいてくる。

 声の届く距離となり、


「アズマさん! それに魔王の幹部連中か?」


 とフェスバルが叫ぶ。


「魔王もいる」


「え? どこに? そっちのマントの奴か?

 いや、魔王は女だったって話だな。

 ってことは、そのいやらしい恰好のねーちゃんか?」


 アズマの答えに、フェスバルを含めた第七騎士団は、ボーネルドとエンキーネにそれぞれ視線を投げる。


「失礼な。

 ここにおるじゃろう。

 わらわが魔王じゃ」


「はあ? がきんちょじゃねーか!」


「力を失ったということは、年齢も退行させたということらしいのじゃ」


「なるほどな。

 まあ、探す手間が省けたってことだ。

 城の探索を後回しにして正解だったぜ」


「城、ケルベエ居た。お前ら、逃げた」


「ぐ……。

 まあ、実際その通りっちゃあその通りなんだがな」


 痛いところを突かれたフェスバルは一瞬だけ恥じらいの感情を抱いたが、そこは元々愚連隊の隊長。

 プライドや矜持などはそれほど持ち合わせていない。

 結果が全てのその日暮らしなのである。

 軽く流してしまった。


「とにかく!

 アズマさん、助太刀するぜ!

 さっさと魔王を倒しちまおう!」


「うーん、あんまりハンサムなのがいないわねえ。

 いっそ、こっちは焼き殺しちゃおうかしら?

 精々そのおしゃべりなあなたぐらいよね。

 混浴候補は」


 とエンキーネが品定めするように騎士団員を見渡してその視線をフェスバルに固定した。


「混浴? 何言ってんだ?

 めんどくせえ!

 手分けしてやっちまいな!」


 およそ騎士団としてあるまじき号令により、第何騎士団はそれぞれ思い思いに――特に指示されたわけでもなく、そもそも細かな指令は出ない集団なのである――、倒すべき相手を定めて、襲いかかろうとするが。


「はい、決めた!

 目障りな不細工さん達は、ばいばいね!」


 と、エンキーネが巨大な火球を出現させた。


「おい! 魔法攻撃だ!

 障壁を張れ!」


 フェスバルが魔導部隊に指示を飛ばす。これくらいの隊長らしさは備えているのである。


「無茶ですぜ! あのデカさ! あの魔力!」


「障壁なんて一瞬でかき消されるのがオチだ!」


「なら散会!」


 フェスバルの号令で騎士団はちりじりになる。

 もはや、魔王やその側近を倒すという方向ではなく、自分の命を守るための行動である。


「良いわよ。ちょっとずつ仕留めていけばいいんだから。

 お風呂が溜まるまでの時間つぶしにちょうどいいわ」


 エンキーネは構わず、手近の騎士に向けて火球を放った。


 が、それは、光の障壁によって阻まれた。


「誰よ! 光の魔法障壁……。

 あんたね!」


 エンキーネの想像どおり、その障壁を創りだしたのはミリアであった。


「助かるぜ! おい、魔法は通じねえ!

 ミリアの姉さんがついている。

 気にせず魔王を倒しちまうぞ!」


 再び、騎士団は秩序――といってもそれほどはないのだが――を取り戻し、タナキア達へと向かうのであったが。


「ちょっと待って!

 正直に言うけど今のでもう魔力切れなの!

 今度あったら防げないから!」


 ミリアの叫びに騎士団の動きが止まる。


「そうそう、いいこにしていなさい。

 今すぐに焼いちゃってもいいけど」


「それは困る!」


 フェスバルが即座に叫ぶ。


「あんたの都合なんて知らないわよ!?」


「にしてもアズマさん?

 魔王たちはその力を取り戻していないって話じゃなかったのか?」


 フェスバルがアズマに話を振った。

 事実として気になっていることでもあり、話の途中であればエンキーネも攻撃をしてこないだろうという算段もあった。

 いわば時間稼ぎである。


「ふむ。確かに魔王やそのほかの四悪柱はおそらくお主らでも勝てるレベルじゃろう。

 じゃが、そのエンキーネだけは、炎を自在に操る力を手にしてしまったのじゃ。

 説明すれば長くなるがのう」


「あと風呂ってのは?」


 それもなんとなく気になっていたことであった。

 地面にぽっかりと穴が開き、ダイタルニアが水の注入を再開している浴槽――というかただの穴ではあるが――は、どうしても目についてしまうのだ。


「そのエンキーネの希望じゃ。

 儂らを焼き殺す前に、一緒に風呂に入りたいんじゃそうじゃ」


「話が見えねーな」


「ああ、説明するのもバカバカしいわい。

 それよりも城にはケルベロスがおったのか?」


「アズマさん、知ってるのか?」


「ああ、かつて儂の前に立ちふさがったことがる。

 逃げよったから止めはさせなんだが。

 魔王を倒す際に、一番苦労させられた相手じゃったわい」


 アズマが言うのは事実である。

 四悪柱の力を温存していた当時の魔王軍にあって、もっとも脅威であったのはケルベロスのケルベエであった。

 アズマ達もかなりの苦戦を強いられ、追い詰めながらも、あえて逃げるのを放置したほどの強さだったのである。

 止めを刺そうとすれば、自分たちの戦力も削られることは必至であったのだ。


「アズマさんでもそうだったんなら、逃げて正解だったな」


 フェスバルの言葉に騎士団員もうんうんと頷く。


 とにかくなんだかんだあって、さらに人数が集結した。

 魔王軍に、勇者一行、そして第七騎士団。


 役者はそろっているのだが、現実はエンキーネの一人舞台である。


『これだけ人数が居て、打つ手なしとはな。

 なんかねーのかよ!』


 タツロウが念話で、アズマ達に語りかけた。


『うーん、範囲を広げて騎士団の団長さんに相談を持ちかけてもいいけど』


『無茶は承知で試してみるか?』


『でも打開策が見つかる気はしないね。

 エンキーネの力はそれほどだから。

 それに、騎士団とかに話すんだったらボクも芝居しないといけないから面倒なんだよね』


『いや、そこ気にするところか?』


『聖剣としての威厳とかもあるから』


『じゃが、それをしたところでなにか案が閃く可能性は低いじゃろうな』


『結局風呂に入って、その後まざまざとやられるのを待つしかねーってか?』


『いや、チャンスがあるとしたらその時じゃ。

 それまでにないか良いアイデアを……』


 と、言いかけたアズマの魔物感知にある気配がひっかかる。

 何者かが近づいてくるのである。


『ん? どうしたじいさん』


『この気配……。この強大な魔力……。

 覚えがある。

 儂の記憶に間違いがなければ……』


 それは城に閉じ込められた反動から。

 自由を得られた喜びから。

 大量の食糧を摂取して、満足した結果として。


 ふらりと城を出て、ちょっと縄張りでも広げるかと思っていたのかどうかは定かではないが。

 なにやら人の集まる気配を感じて様子を見に来た地獄の番犬ケルベロス、ケルベエであった。





 

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