第23話 暴走
「タ、タ、タ、タナキアちゃーん!!」
上空でエンキーネが叫びだした。
「な、なんじゃ? わらわはここにいるぞい!?」
その勢いにさすがの魔王であるタナキアも気圧されている。
「お風呂入りましょ~!!」
エンキーネは、翼を広げて滑空すると、タナキアを抱え込んだ。
抱きしめるというよりは、腕を組んで寄り添った格好だ。
幼女体型のタナキアと、一般成人女性ごくごく平均身長のエンキーネではそれは親子のようであり、いろいろ歪んだ危ないカップルのようでもあり。
とにかく、ひとつ言えるのは、タナキアが自由を奪われてしまったということである。
「な、なんじゃいきなり!
じゃから、それは首尾よくアズマ達を倒せたらのことじゃと言っておろう」
「だって、だって! あの時言ったじゃないの! タナキアちゃんが!
魔脈との融合に成功したら、タナキアちゃんとお風呂に入ってくれるって!
見て! この溢れんばかりの魔力。
「なんか要らないのが混じってるな」
とタツロウは呑気に呟くが、
「おおっ!」
と慌てて飛びのいた。
タツロウの足元に、巨大な火の玉が着弾したのである。
それは、魔力が足りない頃のエンキーネの放った
見た目は、バレーボールぐらいであったが、魔力が凝縮されているのか、地面に深い穴を穿った。
「ほらほら!
こーんなに力が沸いてきちゃって。
もう、この世界の火の魔力は全てあたしのものだわ!
……っていうか、タナキアちゃんも頼りなくって、アズマたちも雑魚キャラなんだから……。
この中で一番強いのって……、もしかして、あたし?」
と、エンキーネは考え込む。
「なんか、悪い予感がするのじゃ……」
タナキアが頭を抱え込む。
エンキーネに脇を抱え込まれたままであるので身動きはできない。
「まさか、エンキーネ。
魔王様に背くつもりか!?」
「あきまへんで。なんぼ力を得たからいうて、それは魔族道に反する行為や!」
「裏切り、良くない。but、強いもの、牛耳る、摂理」
ボーネルドとダイタルニアとグアッドルフが、嗜めるが――グアッドルフに関しては別の意見もあるようだったが――、エンキーネの耳には届かなかった。
『やばい流れじゃねーか?』
『じゃが、エンキーネの言うとおりじゃ。
今のあやつを止められる力を持つものはこの中にはいない』
アズマの指摘はもっともであった。
この場には一応、場合が場合であれば、世界の命運を握るだけの実力者がそろっている。
聖剣の所有者、元勇者アズマ。
だが、彼は腰痛に悩まされ、また睡眠不足の聖剣は本来の力を取り戻してはいない。
ヒノジローの力を得たとはいえ、魔脈を抑えられてしまっては魔法も使えるかどうかわからないという険しい状況である。
自称のみならず、実質的にも世界最高の魔法使い、極光の魔女ミリア。
だが彼女は、その小じわをカモフラージュするために、魔力を浪費しまくって本来の力が発揮できない。
新たなる聖剣の所有者となるべきタツロウ。
成長不足なのは否めない。
魔王、そして魔王の四悪柱。
小細工を弄して復活を早めた見返りに本来の力を失い、騎士団の団員一人にも劣るほどの能力しか備えていない。
『うん、だめっぽいね』
それらを鑑みて、ほーちゃんがそんな結論に至る。
『ホシクダキだか、ほーちゃんだか知らないけど、聖剣なんだろう?
なんとかできないのかよ!?』
『だって、ボクだって本調子じゃないし。
あのさっきのエンキーネの魔法。
軽く放ったみたいだったけど……』
『うむ、あれを止めるだけのことはできんな。
ミリアはどうじゃ?』
『い、一発だけなら……、なんとなく、受け止められる気がするわ。
い、一発だけならね!
もっとも、グアッドルフがあたしを解放してくれたらだけど……』
『無理ゲーっぽい気がするのは気のせいか? いや、気のせいではないな』
タツロウはもはや諦めモードである。
『だから、さっさと俺に聖剣を譲渡して、ヒノジローの力も寄越せって言ってたんだ!』
と、逆切れ気味に、責任を転嫁する。
『それをすれば余計にヒノジローの負担が増え、魔脈の管理がおろそかになっていたことじゃろう。
まあ、儂も結果として同じことにしてしまったがのう』
アズマは、それだけを伝えると相変わらず
ヒノジローの不調が原因であるか、あるいはエンキーネが魔脈を抑えてしまったのが原因であるかは判明しないが、魔法が使えそうにないという事実を肌で感じてしまっている。
もっとも、火の魔脈の力を一手に握るエンキーネ相手に火魔法が通じるかといえば、無理であろうが。
「くそ! 打つ手なしかよ!」
タツロウが悔しまぎれに吐き捨てる。
そんな勇者一行を
「うーん、
そうよ!
みんなでお風呂に入りましょう!
えっと、ダイタルニアとグアッドルフはパス!
タナキアちゃんと……、アズマと……」
と、エンキーネは指折り数えはじめた。
「ミリアも入れてあげるわ、タツロウちゃんも。それにネコちゃんもいいわね~。
ボーネルドもどうぞ。
おっきなお風呂をつくりましょう!
それ!」
エンキーネが、円盤状の炎を放つ。
その直径は、10メートルほどはあろうか。
それがゆっくりと、地面に降下していき、大きな穴をあけた。
それはもう、深さ60センチほどの、大自然の浴槽そのものである。
「露天風呂のできあがり~!!
ダイタルニア、お水出して!」
「なんや! ここを風呂にするっちゅうんか!?」
「思い立ったら仏滅っていうでしょう!
ほら! 早く!」
「せやかて、わての今の魔力やったらこれだけいっぱいにするのはけっこうな時間がかかるで?」
「なるはやでお願い!」
ダイタルニアは、タナキアの顔を伺う。判断を上役に投げつけるという処世術だ。
「エンキーネ!
馬鹿なことをいっておるでない!
おぬしの役割は、わらわの、魔王の守護であろうが!
それだけの力があるのじゃ、一気にアズマ達を倒してしまえ!
風呂はそれからでもよかろう!」
「それじゃあ、みんなで一緒に入れないじゃない!
ちゃんと倒すわよ! でもお風呂に入ってからじゃないと!」
「あ……頭が痛いわい……。
…………。
ダイタルニア、言うとおりにしてやってくれ」
「ほな……」
と、ダイタルニアは浴槽に水を溜め始めた。
エンキーネが意識してそうしたのかはわからないが、彼女の放った炎は高熱過ぎて、土を溶かし、それが再び固まったために水が濁るようなことはなかった。
それはそれは、とてもよい感じのお風呂が出来上がっていたのである。
「タナキア様、よろしいので?」
ボーネルドが控えめに尋ねるが、
「今は言うとおりにするしかなかろう。
幸いにして叛意はないようじゃからな。
風呂に入って、落ち着けば、アズマ達を葬ってくれる……と信じようではないか……」
もはや、タナキアも奔放なエンキーネに打つ手なしであった。自身で言ったように、裏切ってもよいだけの力を得たエンキーネが裏切りの意思を持っていないようであるだけでも僥倖である。
一方、アズマ達は。
『おい、どうする? 逃げるか?』
『ちょ、わたしを置いてかないでよ!』
相変わらずグアッドルフに押さえつけられたままのミリアが慌てふためく。
『逃げるといっても、エンキーネのあの魔力を見たじゃろう。
逃げおおせるもんではないわい』
『だね』
『なんか、便利なスキルとかないのかよ! 転移とか! テレポート的な!』
『ふむ、そういえば使っておらぬが……』
『あるのかよ!』
『じゃが、スキルレベルを上げておらぬから、王城と儂の自宅へしか行けんがの』
『お前もバカか! そんな便利なスキルがあるならもっと使いこなせよ!
魔王城とか登録しとけば、こんなことになる前に辿り着けたんじゃねーか!』
『あの時は強行軍じゃったからのう。
戦闘スキル優先でそこまでのことは考えたおらんかったわい。
そもそも、再び魔王城に訪れることなど考えておらんかったし』
と、アズマは回想にふける。
以前に魔王を倒した時には、とにかく四大精霊へとたどり着き、力を得て、そして魔王を倒すというほぼ一本道のルートを通ったのである。後戻りの必要は無かったので転移地点の登録もなおざりにしていた。
『じゃあ、じじいの家でいいからよ! 逃げちまおうぜ!』
『じゃが……』
と、アズマはミリアを見る。
『敵に捕らわれた状態ではミリアを連れていくことはできん』
『あいつは俺がなんとかする!』
と、タツロウは、一歩、グアッドルフに向けて歩こうとしたのだが。
「ちょっと! 変な動きはしないでよね!」
とエンキーネに制される。
その手には火球が。魔法の速度を考えればタツロウがグアッドルフに辿り着くより早く、タツロウの身をその炎が焼き尽くすだろう。
「くそ! じっとしていればいいんだろう! 風呂が溜まるまでな!」
「エンキーネよ」
「なによ! アズマ!」
「ひとつだけ許しを請いたいのじゃが」
「内容によるわね」
「ヒノジローの様子がさきほどからおかしいのじゃ。
ずっと苦しみ続けておる」
「そりゃあそうなるわよね。
魔脈の力があっての大精霊なんだから。
そこからの魔力の供給が絶たれたら、情緒不安定になっても仕方ないわ」
「情緒不安定はお前だろう!」
とタツロウは突っ込むが、
『刺激するでない』
『なんだ、びびってんのか。じじいらしくもない』
『でも、ヒノジローも心配だよ。
っていうか、アズマ気付いてる?』
『ああ……。もしかしたら活路が拓けるかもしれん』
念話を簡単に切り上げると、アズマは再びエンキーネに向かって語りかける。
「じゃったら、ヒノジローの様子を見るぐらいは許してくれるとありがたい。
なに、下手な気を起こすつもりもないし、そのそぶりが見えたら遠慮なくその炎を放てばよいじゃろう?」
「まあね。ネコちゃんとも一緒にお風呂に入りたいし」
「すまぬ」
そう言って、アズマはヒノジローの元へと近づいていく。
「大丈夫か、ヒノジロー?」
「う……がるるぅるぅ……」
「やはり、意識を失いかけているようじゃ。いや、もはや正気は残ってないというべきか」
「そうなの? なんとかしてあげられないの!?
一緒にお風呂に入れないじゃない?」
「それはお主が、魔脈の力を解放すればよい。簡単なことじゃ」
「それはできない相談ねえ」
「じゃろうな」
と、言ってはみたものの、思ったとおり要求は通らず、アズマはヒノジローを抱きかかえた。
エンキーネはそれを興味無さそうに見ている。
『ヒノジロー、ヒノジロー、聞こえるか?』
『う、うぅぅぅぅ』
『おいおい、念話もだめなのかよ。そうとうだな。ってか大丈夫か?
死んだりしねーか?』
『このままじゃと危ないじゃろうな』
『それを正直に伝えてみたらどうだ? さすがにあいつも手心を加えてくれるかも?』
『多分無理でしょうね。魔脈の一部を手放すなんて器用なことできないだろうし。
全部手放したら、またエンキーネは元の力の無い状態に戻っちゃうから。
だけど……』
『?』
『ヒノさんだよね?』
ほーちゃんが、念話の対象を広げた。
『あいや、すまぬ。ヒノジローが未熟ゆえ、ご迷惑をおかけした』
『なんだ!? ヒノジローの親父か? どこに居る?』
タツロウが辺りを見回すも、周囲にヒノさんの姿はない。
『念話ってそんだけ離れてても通じるもんなのか?』
タツロウは、ヒノさんが居るであろう、シンプローブの森との距離を思い浮かべた。
『そういうわけじゃないんだよ』
『そのとおり。ホシクダキ殿の言うとおりである』
『じゃあ、どうして?』
『魔脈の魔力を断たれ、ヒノジローはまさに消滅の危機にある。
いわば、我の本体が失われる段になって、我とて黙って見ておることはできん。
我の体を捨て、残った魔力を持ってヒノジローの体を支える力となりに来た。
我の精神は今、ヒノジローの体に宿っておるのである』
『ってことは?』
タツロウが期待の眼差しを(ヒノさんの意識と融合した)ヒノジローに向ける。
『ふむ、枯れても腐っても火の大精霊である。
エンキーネの魔法の一発ぐらいは相殺できるのである』
『それだけかよ!』
『じゃが、その隙があれば……』
『あたしを助けて逃げられる!?』
『それしかないのである』
『でも……、それをしちゃうと……』
『ヒノジローも、もちろん我も消滅し、火の魔脈の力は未来永劫、エンキーネのものとなるのである』
『やばくねえか?』
『じゃが、それしかなかろう。
儂らは一旦逃げ延びて、他の大精霊の力を借りに行くしかなかろうて。
エンキーネを倒し、新たな大精霊が生れるのを待つのじゃ。
魔脈の乱れがこの世界にどのような影響を与えるかはわからんが、そこは今考えるべきときではないじゃろう』
『彼らに会えばよろしく伝えて欲しいのである。特に水の大精霊、ミズタニ殿はエンキーネを打ち破る力となってくれるのである』
『というわけじゃ、タツロウ』
『俺か!?』
『ああ、年老いた儂よりもタツロウのほうが動きは素早いであろう。
グアッドルフの注意を一瞬そらせばよいだけじゃ。
聖剣はなくともお主の剣技であれば、そらすどころか一撃のもとに斬り伏せることもかのうじゃろうて』
『俺達……、そんな弱い奴らと戦ってたんだな……』
なんともいたたまれない気持ちになってタツロウは目をつぶる。
『ほんとに? ヒノさん。あいつの魔法を無効化できるんだな!?』
『そこは信頼するのである』
『タツロウ、任せたのじゃ』
『チャンスは一度だからね!』
『それに、あたしが解放されたら、もう一撃ぐらいは防げるから。
その隙に逃げましょう』
と、話がまとまる。
「お風呂お風呂~」
エンキーネは、タナキアと腕を組み、浴槽の外周をぐるぐるしている。スキップしている。
「ちょっと、休ませてんか?」
「ええ~、もう~? まだ半分も溜まってないじゃない?」
「そろそろ魔力が限界や。ちいと休んだら回復するよってに」
「しょうがないわねぇ」
『今ならエンキーネの気も緩んでおる。チャンスじゃ』
アズマからGoサインが出る。
勇者――元勇者と、次期勇者――一行は、窮地を脱する賭けに出る。
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