第16話 皺
「
「皺じゃと?」
『皺~?』
と三人(アズマとタツロウとほーちゃん)があんぐりと口を開ける。
ほーちゃんには今のところは口はないが。
「しょ、皺じゃないって、こ、小じわよ、小じわ。
あんまりしわしわ言わないで、気分がめげるから」
ミリアが慌てて否定するが、それはどうでもよいことだった。
アズマはもう顔中しわくちゃで、老人であるからしてそれはあたりまえのことであり、いちいち気にするようなことでもない。
タツロウの若さでは、皺など気にする必要もない。
ほーちゃんに至ってはいわずもがなである。
「そうなの……。
小じわが目立ってきちゃって……。
恥ずかしくって外なんて歩けないわよ。
まだまだうら若きエルフの乙女が顔に皺作って出歩くなんて、恥よ! 恥!」
「それで引きこもってたのか?」
「じゃが……、今は普通に顔を見せておるし……。
しわもあるようには見えんがのう?」
「だ、大丈夫だとは思うけどそんなにまじまじと見ないでよ!」
「どうなんだ、じじい。ミリアは以前と比べて老けてるのか?」
「変わりないように見えるがのう?」
『そうだよね。あんまり老けたようには見えないよね。
ボクの場合、つい最近の出来事みたいな感じだから、違和感全然感じないよ』
「失礼ね! 別に老けたわけじゃないんだってば!
ただちょっと小じわがでてきただけで!
だから、まじまじと見ないでってば!」
「じゃが、エルフとはいえ、ミリアの歳ともなると小じわのひとつぐらい……」
「許されません! そんなの許されませんから!
それに歳のことは言わないで!」
「うん。小じわはわかったが話が見えない」
タツロウの言うことももっともである。
「そうじゃのう、顔を隠したりぶつぶつ呟いていた理由はそうなのじゃろうが、それと魔力の枯渇とどういう関係があるのじゃ?」
「だからあ、あたしもいつまでも引きこもっているわけにはいかないし、いろいろと考えたわけよ。
で、長年の年月をかけて開発したのよ。
光を操って小じわを隠すという魔法を!」
「そのためにわたしが生み出されたのですぅ」
とミツオカさんが会話に入る。
「普段はペンダントの中で、ミリアの気にしている小じわに向けてスポットライトを当ててるですぅ」
それは、年を取り始めた女優が下からライトを当てて皺隠しをしているのと同じ考えを元にした対策なのであろう。
もちろんミリアは、テレビも皺隠しスポットもない世界に住んでいるために、自分で考えて自分で対策を練ったのであるが。
「お日様の下ではそれほど魔力は消費しませんん。
元々光はあるので、多少こちらで光を操作しても目立ちませんからぁ。
ですが、暗い場所などでは、強い光を当ててしまうとそこだけ目立ってしまいますしぃ。
かといって、弱い光では小じわが隠しきれませんので、角度や光量の調節がとても難しく、かなりの魔力を消費してしまうのですぅ」
「話が……」
「繋がったのう」
『なんともまあ……』
三人が再び口をあんぐりと開ける。呆れたのである。
もっともほーちゃんに口は――以下略。
「今もその小じわ隠しの魔法は使い続けているわけなんだ?」
タツロウがミツオカさんに尋ねた。
「はいぃ、寝る時や一人でいる時以外は常に発動しましょうねぇ。
っていうお約束ですからぁ」
「ちょっと試しに止めてみてくんない?
意外と変わらないかもよ?」
タツロウがミツオカさんに頼んでみる。
「だめよ! 絶対! ぜーったいだめ!
恥ずかしいから。すっぴんみせるよりも恥ずかしいんだから」
ミリアが拒む。それはもう手をぶんぶん振って体全体で拒否を示してた。
「なるほどな。しっかしそれだけのために魔法を開発するとはすごいんだかなんなんだか」
タツロウがうんうんと頷いた。
それも数十年という年月である。エルフは長寿とはいえ、明らかに異常である。
「じゃが……、それで魔力を使い果たしてしまうとは……。
ようやく引きこもりから解放されたとはいえ、魔法を使えんようになっては……本末転倒じゃの」
「大丈夫よ。そこは大丈夫。
魔法がついこないだ完成したところだから、まだ消費魔力が多いってだけで。
それに、こないだまでは一日持たずに魔力が尽きちゃったんだから。
ちゃんと日々魔法を改良して徐々に燃費はよくなってるから、しばらくすれば元通り戦えるようになるわ!」
「わたしもだいぶと光加減の調整に慣れもしてきましたぁ」
「じゃが、あまり時間をかけられないのも事実なんじゃがの。
一体どれくらいの時間を待てばよさそうじゃ?」
「えっとぉ、まあこの分でいけば、早くて一週間とか半月とか……、ひとつきとか数か月とか……」
「わかんねえのかよ! 数か月とかスパン
「だって、今だって集中してないと魔力が乱れて魔法が効果を発揮しなくなるのよ!
みっちゃんに任せてるとはいえ、そのみっちゃんに魔力を供給しているのはあたしなんだから。
さっきだってあんな速度で走っただけで、魔法を使う余裕がなくなっちゃったんだから」
「じゃあわたしはこのへんでぇ」
とミツオカさんは何の脈絡もなくペンダントに戻って行った。
語りたいことは語り終えたということなのだろう。
「ふむ……」
アズマが顎に手を当てて考え込む。
「ふむじゃねーよ。数か月も待ってられるかよ。
俺はさっさと魔法を使えるようになりたいし、聖剣だって譲ってほしい。
あんな魔物相手に戦えないみたいな歯がゆい思いはしたくない」
ニートだったときは考えられないような発言である。
それはそれで調子に乗ってるだけでもあり、ある意味では成長である。
アズマはそんなタツロウが嬉しく思うのだが、今後のことを考えると不安しかない。
それでも幾つかのアイデアを口にする。
「ひとつは……、そうじゃの。
他人と居る時はともかく、儂らの仲じゃ。
せめて森に入っている時ぐらい……、その時が魔力を喰うんじゃろ?
儂らもそうまじまじとミリアの顔をみることはせんから、その魔法を使うのを中断してはくれんか?」
「いや! 絶対いや! そんなことするくらいなら帰って家に引きこもっていたほうがまし!」
別にアズマの力になりたくないわけではないミリアであるが、それと皺とは話が別のようである。
「聖剣をアズマに譲るのも不安が大きいしのう。
森で魔物を避け続けるというのも、無理がある」
「そうなのか?」
「ああ、奥に行けばいくほど魔物の数は増えるのじゃ。
しかもこの森にはジュエルゴーレムなんぞのような、鈍足の魔物だけではなくかなり動きの速い魔物もおるからのう。
儂らの足ではすぐに捕捉されてしまうじゃろう。
となれば、儂と……、儂が聖剣でだましだまし戦うしかないのかのう……」
「あたしだって、使える限りは魔法で……」
とミリアが言いかけるが、
「それが出来なかったから逃げ帰ってくることになったんだろ!」
とタツロウに突っ込まれる。
『でもアズマ。
さっきの感じだと、ボクだって加減して力を小出しにしていっても魔物の数が多かったら同じことになっちゃうよ』
「うーむ……」
アズマが唸る。
結局最速で目的を達成するには、アズマからタツロウに聖剣を継承して最低限使いこなせるようになってもらうか。
あるいは、ミリアが小じわ隠しの魔法を改善して魔力消費が抑えられるようになるのを待つか。
あるいは、タツロウを鍛えて自力でこの森の魔物と戦えるだけのレベルに仕立て上げるか。
どれもこれも、一朝一夕では実行できそうになりプロセスである。
魔王のほうも今のところは弱体化しているはずで、時間が経てば力を取り戻し、手強くなる。
時間が惜しいアズマにとっては悩ましい問題であった。
◆◇ ◆◇ ◆◇
(魔力が少ないってのは、こういうことが出来るから便利といえば便利よね……)
内心でつぶやきながら、エンキーネは王都を散策していた。
本来であれば、エンキーネほどの魔力があれば、それを隠すのは困難。
なんとか隠しても、魔族であるがゆえ、邪悪なる気配が増大すぎて、わかる人にはわかってしまうのである。
が、その邪悪なる気配すら薄れていて、よほどの使い手がよほどの集中を見せねば気づかれないぐらいの存在感であった。
本来であれば、ごく普通の一般人など、エンキーネに睨まれると、睨まれなくともその傍にいるだけで鳥肌が立ち、身動きができないぐらいの邪悪なる存在なのである。さすがは四悪柱がひとり、エンキーネというところである。
もっとも、その姿は――顔までは知られていないとはいえ――、明らかにあくまであるために、どこぞで仕入れたマントを羽織って、目立たぬようにしていた。
なぜ、エンキーネが王都を散策しているか? といえば土産探しであった。
土産といっても物質的な土産――結果として物品になるのかも知れないが――、ではない。
勇者を倒すと大手を振って魔王城から出てきたエンキーネである。
それが、まさかの敗戦。アズマ、タツロウはいいところまで追いつめたが、自慢の? スライム軍団がセシロナにこてんぱんにやられたのである。
手ぶらで帰るわけにもいかず、情報としては聖剣の今、新勇者の現状など多少は土産になるものを仕入れはしていたが、それだけでは物足りず、他の情報がないかと聞き耳を立てながら街を歩いていたのであった。
あえていうなら、せっかくの機会ということで、観光気分であったりもする。
その証拠に、情報が多そうなギルドなどは訪れず、繁華街をうろうろしているのである。
もっとも、ギルドや王城、大神殿などに行けば手練れの冒険者や騎士、神官などが居て、自分の存在を気取られるのでは? という不安もあったためなのであるが。
犬も歩けばなんとやら。
そんな、おのぼりさんのエンキーネでも有力な情報に辿り着いた。
それは、食料品を扱う商店の人たちの会話だった。
「こっちはまあ儲かるんだから文句はねーけどな。
だけど、騎士団からの発注があるなんて思ってもいなかったぜ」
「騎士団ゆうっても、第七やろ? あのはみだしものの。
あんな奴らがどこに何しに行くっちゅーんや?」
「ほんとかどーかしらねーが、王さまからの直々の遠征命令がでたらしいぜ。
これは秘密らしいが、なんでも魔王城の状況を見に行くらしいぜ」
「魔王? ああ、噂にはなっとるな。復活したとかしてないとか。
まあ、俺達みたいなのには、真偽のほどはわからんけども」
「それを飲み屋の席で漏らしちまうんだから、愚連隊の第七騎士団員っぽいっちゃぽいわな」
「うちで納品するのも、酒のつまみみたいなものばっかりやしな。
まあ、行先はどうであれ、遠征に行くのは本当なんやろう。
あんな連中が行くんやったら、魔王城なんかよりも花見の場所取りのほうがお似合いっちゃあお似合い……」
「ちょっと! その話本当なの!」
思わずエンキーネはその商人たちに声をかける。
「なんや! ねーちゃん? いきなり」
「その騎士団が、魔王城に行くって話」
「行先までははっきりしねーが、遠征に行くのは間違いないらしいぜ。
現にあちこちの店に食品やらなんやらが発注されているからな」
商人は親切にも見ず知らずの怪しい人間に教える。女性のなりをしていたのが良かったのかもしれない。
「なんや? 騎士団に知り合いでもいるっちゅーんか?
第七ってことは、どこぞの飲み屋で働いとって知りおうてんやろ。
直接聞いてみたらええやんか」
「あの……その、そういうのあんまり教えてくれるタイプの人じゃなくって……」
「そういう奴もいるのか。
まあ、どうせあの第七騎士団だ。
そんな大層な命令を受けるような集団じゃない。
魔王不在の魔王城ぐらいならあってもおかしな話じゃないかもしれないが」
(魔王不在……、ああそうか……。タナキアちゃんの復活はまだ一般には知られていないわけね……。
いや、あの騎士やアズマには知られちゃってるから……。隠しているのかしら。
でも……。
この話が本当なら……)
一大事である。
第七騎士団というのは、それほど期待されているようには思えず、あのセシロナような手練れがいるとは限らないが、それでも王属のれっきとした騎士団なのである。
それが魔王城に攻め込んでくるとなると……。
「こうしちゃいられないわ!」
エンキーネは王都の外に向って走り出した。
「おい! ねーちゃん。どっかの店で働いてるんならよ。
今度飲みに行くからって、おい!」
と背後から掛けられた声は置き去りである。
一刻も早く王都を出て、変身を解いて、魔王の元へとこの情報を届けなければならない。
土産としては十分なものが手に入った、これならタナキアに褒められると危機感の中にも期待まじりでご褒美を想像するエンキーネだった。
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