第17話 森の住人

『はじめっからこうすればよかったんじゃない?』


『すまんすまん、すっかり忘れておったのじゃ。

 それに物音を立ててはならぬという制約があるのでな』


『まあ、ボク達には念話があるから問題ないけど』


『タツロウには、少しの間我慢してもらわんとならんがな』


『いいかげんほーちゃんのこときちんと説明したら?』


『なんとなくタイミングをつかみ損ねてのう』


『いやだよ、ボク。

 まだタツロウのこと認めたわけじゃないから』


『と、言っておるしのう』


『いずれは、タツロウが聖剣を譲り受けなきゃならないのに』


『ボクはアズマがずっと一緒にいてくれたほうがいい』


『そういうわけにもいかんとは思うんじゃがのう……』




 森の中を歩く3人と一振りの剣。


 自分達のレベル――はともかく、現状の戦力ではなかなかに危険な森であるが、それほど緊迫感はない。


 アズマの持つスキル、『隠密行動』を使用して魔物から気配を絶っているのである。

 よほどのことがないかぎりは魔物から発見されず、移動だけを考えると安心安全に進めるのである。


 当のアズマも取得したもののすっかり忘れていたスキルであった。

 スキルの効果の対象となるのは魔物だけであり、しかも高レベルの魔物には通用しにくい――、とはいえ、この森レヴェルであれば十分ではある――ので、以前魔王を倒した時、終盤の冒険ではほとんど使用できなかった。使用する意味が無かったともいう。


 アズマは聖剣の加護により戦闘経験がレベルアップに繋がっていく。そんな事情もあってそもそも魔物から身を隠す必要性、必然性がほとんどなかったために、あまり使用されなかった不遇スキルである。


 アズマも特別な理由がなければこういったスキルでこそこそ動くよりも、正々堂々と戦って道を切り開くことを好んだという性格的な背景もあった。




 というわけで、大きな物音や話し声などまでは遮蔽できないために、こっそりと地味に移動しているのである。

 念話であれば気を使う必要はないのが、ほーちゃんの居るメリットだ。


 万一のために、タツロウとは簡単なハンドサインでのやりとりを取り決めてあるが、今のところはそれを使う必要もなく、問題なく進めている。


 不都合があるとすれば、一人取り残されて黙々と黙って歩かなければならないタツロウであるが、本人は取り残されているとは知らない、知らされていないために、文句も言わずに黙ってついていっていた。


『ぬ、なにやら近づいてくるの。

 方向を変えるか……』


 アズマが、ミリアに伝えた。


 といっても、アズマ、タツロウ、ミリアの順で歩いているので、アズマが方向を変えればおのずと三人とも行先が変わるのではあるが。


 そうして、何者かの気配から逃れるように方向を変えたのであるが……。


『まずいかもしれん。

 こちらの進む方向を塞ぐように近づいてくるようじゃ』


 アズマが立ち止まる。

 それは何度目かの方向転換を繰り返した後であった。


『魔物? なんだったら一旦引き返す?』


『ここまできて戻るの?

 一匹ぐらいならあたしが倒しちゃうわよ』


『それで他の魔物に感づかれてしまえば元の木阿弥じゃ。

 儂とて数匹であれば相手をできようが、戦闘が長引けば魔物を集めてしまうことになってしまうじゃろう』


『どうしよう……』


 アズマが気配に気をこらす。

 すでに距離は近く、ある程度判別可能となっていた。


『この気配……、魔物ではないようじゃな』


 アズマがさらに集中する。すでに距離はかなり近い。


『ヒノっちが迎えに来てくれたとか?』


『うむ。儂もそれを考えておった。

 ……のようにも思えるが……。

 少しばかり違って思える。

 とはいえ、久しぶりじゃからのう』


『ヒノさんだったら、ボクだって感覚でわかるけど……。

 うん、似てるようだけどなんか違うね』


『どういうこと?』


『とりあえず、どうするかを決めないとな』


 と、アズマはタツロウに顔を向ける。


 タツロウがおや? っという顔をする。


「少しぐらいの声なら大丈夫じゃろう。

 辺りに魔物はおらんようじゃしな」


「どうしたんだ?」


 声を潜めて、タツロウが聞き返す。

 タツロウとしては何が起こったかさっぱり告げられていないために、素直に静かにしていてようやく口を開く機会が得られてそれでも慎重に声を潜めていた。


「何者かがこっちに向っておる」


「魔物か? なら、今まで通りこのままやりすごせば……」


「こちらの存在に気付いておるようなのじゃ」


「まずいんじゃねーのか?」


「でも、魔物じゃないみたいなのよね」


「幸い今は周囲に魔物はおらん。

 邪悪な気配でもないからのう。

 一度、姿を確認してから考えることにしようか」


「仮に、襲ってきたらどうするんだよ?」


「その時は儂が」

「その時はあたしが」


 アズマとミリアが声をそろえる。

 二人とも、一戦ぐらいであればなんとかなるのであった。


 それにそもそも、――おそらくであるが、こちらに来るものは敵対勢力ではないと感じている。


 そして、その謎の気配の主が姿を現した。


「ねこ……?」


 タツロウがその姿を見て、表情を崩しかけた。


 確かに、邪悪な存在ではないように思える。

 愛らしい……というには少々目鼻立ちがくっきりしているが。


 サイズ的にもごく一般的な家猫サイズで、普通の猫とは異なるのはその毛並。

 燃えるような真っ赤な色をしている。


「僕の縄張りでなにしてやがるだぜ!?」


「猫が喋った!?」


「猫ではない、精霊じゃ」


 アズマがタツロウに向けて補足するが、それを無視して赤猫は毛を逆立てた。


「さっさと出ていかないと熱い目にあうぜ!」


 猫の周りに、いくつもの火球が生じた。


「魔法か?」


 威嚇なのであろう。火球はゆらゆらとゆらめき宙に浮いている。

 そのうちのひとつが、タツロウの足元へと急にスピードを上げて飛んでくる。


「アブねえ!」


 タツロウはその火球を跳躍してやり過ごした。

 もっとも、タツロウが微動だにしなかったところで、その火球はタツロウには命中しなかったであろうギリギリの線にコントロールされていた。


「待つのじゃ。その姿?

 お主精霊なのじゃろう?」


「もちろん、僕は精霊なんだぜ。

 だから、僕の縄張りに近寄るんじゃないんだぜ!」


「ちょっと、ヒノさん……じゃないわよね?」


『同じ火属性の精霊だけど……。

 ヒノさんほどの力は感じないね』


「じゃが、まったく関係ないわけはないじゃろう。

 儂はアズマ。かつて勇者として魔王を討伐したものじゃ。

 そしてその際に火の大精霊であるヒノ殿の力を借りたのじゃ。

 先日、またもや魔王がこの世界に現れた。

 それを倒すべく力になって欲しいと、ヒノ殿を尋ようとしているのじゃ」


「勇者? アズマ?

 アズマのことなら聞いてるぜ。

 だけど、アズマってのはもっと若々しくて、かっこいい勇者だってって話だぜ。

 かっこよくはないが、そっちの奴が勇者じゃないのか?」


「かっこよくないってどういうことだよ」


「あれからもう何十年も経ってるからね」


「そうなのじゃ。ヒノ殿と旅をしたのはかなり前なのじゃ。

 お主が何者なのか知らぬが、ヒノ殿に取りついてくれぬか?

 儂には大精霊の力が必要なのじゃ」


「へん! 馬鹿にするなよ。

 僕が大精霊なんだぜ。

 それでもって、僕の力を貸すか貸さないかは僕が決めることだぜ。

 お前らが勇者で魔王を倒すなんてことを目的にしているのなら、その力を試させてもらうぜ」


「穏便に話しあうわけにはいかんかのう?

 それに、ヒノ殿のことが心配じゃ。

 ヒノ殿の現在の様子だけでも先に聞かせてくれんか?」


「問答無用なんだぜ! 手加減無しなんだぜ!」


 言うがはやいか、赤い猫は、自らの周囲に浮遊する火球をタツロウ、アズマ、ミリアにそれぞれ向けて撃ち放った。


『ほーちゃん!』


『任せて!』


「せい!」


 アズマがそれを聖剣で弾き飛ばす。


 ミリアが、魔法障壁を繰り出して火球を無効化する。


 そしてタツロウは、


「熱っち!」


 まともに攻撃を食らっていた。


「おいおい、俺のフォローはなしかよ!」


「すまぬな。そこまで気が回らんかったわい。

 儂の後ろに下がっておれ」


「あたしの後ろでもいいわよ」


「どんどん行くぜ!」


 赤猫はさらに火球を……、数十個出現させる。


「これだけの量をまともに躱せたら認めてやるんだぜ!」


「さすがにあれはきつそうじゃな。

 ミリア、頼めるか?」


「しょうがないわねえ」


 ミリアが一歩前に出て、アズマを、そしてその後ろにいるタツロウを庇うようにする。


「食らいやがれだぜ!」


 火球は一旦、四方八方に散らばり、そこから一気にアズマ達に向って襲い掛かる。


聖なる光の穹窿ホーリー・ドーム!!」


 ミリアが光のドームを創り出し、アズマ達を取り囲んだ。


 赤猫の放った火球はドームに弾かれてすべて一瞬で消滅する。


「なかなかやるようなんだぜ!

 第一段階はクリアなんだぜ。

 次は本気で行くんだぜ!」


 赤猫の前に、炎の壁が出現する。

 それは、徐々に螺旋を描き、炎の奔流、竜巻のようになって、ミリアに一直線に向かってくる。


「アズマ! タッチ!」


「なんじゃと!」


「今ので魔力使いきっちゃった!」


「仕方ない!」


 アズマが聖剣の気を高めて、竜巻に向けて剣を振る。

 竜巻は左右に分断され、後方の木々を燃やす。


「第二段階も合格にしてやるんだぜ!

 だけど、次はこうはいかないぜ!

 僕の本気を見せてやるんだぜ!」


 赤猫は、四足で大地を踏みしめると、ふうぅぅと息を吐きながら気を高めていく。

 毛皮であったはずのその体表が、燃え盛る炎へと転じていく。


「いかん、ヒノ殿の最強の攻撃、豪炎肉弾撃じゃ!」


『さすがにあれは無理かも』


「おい、じじい、なんとかなりそうか?」


「きびしそうじゃ、ミリア?」


「だからもう魔力が残ってないんだって!」


「じゃあどうすんだよ!」


「受けに回っていてはやられる。

 差し違える覚悟で特攻してみるわい」


 アズマは剣を構え、炎の塊となった赤猫へと駆けだした。


『ボクもそんなに力は残ってないよ!』


『わかっておる。一撃にすべてをかける!』


『殺しちゃわないでよ!』


『いちおう加減はしてみるが……、保証はできん!』


 ミリアとタツロウが見守る中、アズマは赤猫へと走り、赤猫は炎の弾丸となってアズマに迫っていく。

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