第15話 敗走

「でりゃあ!」


 という大きなかけ声が響く。


 タツロウの気合いである。

 とりあえず聖剣の使い方がわからないため力任せに振ってみたのである。


「くそ! 効果なしかよ!」


 タツロウが毒づく。

 それもそのはず、銀色の輝く聖剣ホシクダキはその雰囲気だけを見れば、なんだって――それこそ岩であろうが鉄塊であろうが、金剛石であろうが――両断しそうな切れ味を備えていそうなのであった。


 しかし、実際にはアズマが指摘した通り、ただの打撃攻撃にしかなっていない。

 ジュエルゴーレムの体表にこれっぽっちも傷はつかなかったようにタツロウからは感じられた。

 加えて、その衝撃はタツロウの腕に伝わり、じんじんとした痺れが生じているのである。


 実際のところ、さすがは聖剣といったところで、鍛えた鋼の剣がぽきりと折れてしまったほどの堅いゴーレムの体であるが、わずかな傷をつけることには成功していた。

 ゲームなどでいえばダメージ1といったところか。

 アホの一念なんとやら、水滴が長い年月をかけて岩を穿うがつように、同じ個所を何度も何度も攻撃すれば倒すことは不可能ではないのであるが、それは時間的に現実的にはほぼほぼ不可能である。

 また、タツロウも自身の攻撃が無効化されてしまっているというように認識していたために、攻撃手段を切り替えることを選択チョイスした。


「ならば、スキル!

 アーマーブレイク!」


 ガキンと派手な音は響くものの、ジュエルゴーレムはぴんぴんしている。


「なるほどな……」


 タツロウは少し距離を置き、安全圏まで身を引いた。


『もう、無茶くちゃだよ、こいつ……。

 乱暴すぎるよ』


 ほーちゃんは文句を垂れるが、残念ながらタツロウの耳には届いていない。


『どうじゃ、やはりタツロウにはほーちゃんを操れんか?』


接続リンクも確立してないし、そもそもボクはこいつ嫌いだし』


 ジュエルゴーレムは、動きが鈍く、3体に囲まれたところで気を付けて上手く立ち回れれば、今のタツロウであれば攻撃を食らうことはなかった。

 ヒットアンドアウェイが容易く通じる相手である。


 そのおかげで、作戦を練るための時間や、あまり意味のない会話のやりとりをする時間も生じる。


「ミリア!」


「なによ!」


「魔力は回復してないか!?」


「そんなすぐに回復するわけないじゃない」


「だろうな。聞いてみただけだ。

 じじいは、じじいで剣もなけりゃあほんとの役立たずのじじいだしな」


「悪かったのう」


『タツロウだって、同じなのわかってないのかなあ』


『打撃スキルがあるといっておったからの。

 そこに活路を見出しているのじゃろう』


 アズマは冷静に分析する。


『もう、こっちの身としては溜まったもんじゃないよ。

 スライム相手ぐらいだったらまだしも、こんな堅い相手に無策で挑むなんて』


『少しだけ付き合ってやってくれぬか?

 あのタツロウの攻撃スキルというやつ。

 不思議な力じゃ。それこそ工夫次第ではなにか通用する可能性があるやもしれん』


『今回だけだからね!』


 そんなやりとりが行われている中。

 タツロウは繰り出すべき技を吟味していた。そしてそのうちのひとつに絞る。

 剣技と違って、家でこっそり練習していたわけではないので、いまいち不安ではあった。

 が、タツロウが使用しようとしているのは棍棒などの武器の固有スキルでおおむね力任せにぶっ叩くモーションであるので、ぶっつけ本番でも通じるだろうという見込みもある。


「じゃ、行くぜ」


 タツロウは再びジュエルゴーレムの一体に狙いを絞り、他の二体から狙われぬように大回りして間合いに飛び込んだ。


「ハード……」


 そして気合を溜める。そのほうが威力が発揮できると考えたからだ。


「ヒットォ!!」


 叫びとともに繰り出された斬撃、もとい打撃はジュエルゴーレムを捉えた。

 胸部に見事に命中し……、命中はしたのであるが……、


「ノーダメージかよ!!」


「うむ……、ダメのようじゃな」


「そうね、剣でのスキル? みたいに威力が上がってる感じがしないわね」


『どうじゃ、ほーちゃん?』


『うん、二人の言うとおりみたい。

 ただ力任せに殴ってるだけだね』


「タツロウ、どういう理屈かわからんが、その技は発動できておらぬようじゃぞ?」


「なら!

 かぶと割り!!」


 タツロウは跳躍して、ゴーレムの頭部に聖剣を叩きつける。

 相変わらず、まともなダメージが通っている感触は得られない。


「おっと危ねえ!」


 そこで、反撃の気配を察知したタツロウは再びゴーレムの間合いの外へと距離を取る。

 愚直に力任せに、殴りつけるだけのゴーレムの攻撃ではあるが、それこそテレフォンパンチ――相手に事前にパンチしますよと電話をかけて知らせるようなわかりやすい攻撃――なのではあるが。

 喰らってしまえばかなりのダメージを負いそうな迫力はある。

 タツロウはちょっとビビる。


 アズマ達と合流し、じわじわと、のそのそと歩いてくるゴーレムに視線を投げながら、


「武器が異なるとスキルが発動しないってことか。

 まあ、ありがちだな。想定の範囲だ」


 とうそぶくと、


「じじい、聖剣の力の使い方を教えてくれ」


「無理じゃ。すぐに身に付くものではない。

 それよりなにより、聖剣自体が今は力を発揮できる状態にないのじゃ」


『ごめんね。まだまだしばらくは無理っぽい』


「となれば、やっぱりとれる手段は一つかしら?」


「じゃな……」


「それってつまり……」


「三十六計逃げるにかず……じゃ」


 ということで、アズマは走り出す。

 その前にタツロウの手から聖剣を奪うことを忘れなかった。

 スキルが通じないタツロウに比べるとまだ自分が聖剣を手にしていたほうが万一の時に役立つと考えていたのだ。

 さすがにジュエルゴーレムには通用しないであろうが、アズマ自身の気を剣に込めて多少なりとも相手をひるませるぐらいの攻撃は繰り出せるはずなのである。


「ちい、かっこ悪いな……」


 言いながらもタツロウは、痺れの残る手をさすりながら、アズマについていく。


「こっちじゃ!」


 さすがはアズマであり元勇者である。魔物感知スキルを最大限にしようして周囲を検分しながら、安全な退避ルートを選んでいく。


 そうこうしているうちに、一行は森の外までたどり着いた。

 そもそも深入りするまえにジュエルゴーレムと出くわしたためにそう時間はかからなかった。


「はあ、はあ。

 良く考えればジュエルゴーレムごときに追いつかれることもなかったし、他の魔物とも距離があったんじゃから、何も全力で逃げることはなかったのう……」


「あれが全力か? 軽いジョギング程度だと思ったぜ」


「タツロウだって息を切らしているではないか?

 ついてくるのがやっとのようじゃったぞ」


「伊達にニートやってなかったからな。

 瞬発力はともかく、持久力の無さはこないだのスライムとの戦闘や騎士団との稽古で実証済みだ」


「自慢にならんわい……。

 ん? どうした? ミリア?」


 ふと見るとミリアもついてきたことはついてきたのであるが――逃走中もアズマが二人には気を配っていた――、しゃがみこんで顔をうずめて両手で顔を覆っている。


「ミリアも俺と同じくニートだからな。

 久々の運動がこたえたんだろ。

 なあ、大丈夫か?

 とりあえず水でも飲んで落ち着く……」


 とタツロウがミリアに歩み寄り、肩に手を触れようとした時。


「いや! こないで! 近寄らないで!

 みないで!」


 とミリアがわめきだした。


「どうしたんじゃ?」


「なんだよ?」


『どうしたの?』


しわが……皺が……」


 ぶつぶつとミリアは呟いている。皺を崇める宗教があれば、その宗教にお経があれば、そんな呪文になるのではないか? というような、ローテンションでなんとも痛ましい呟きである。


「皺?」「皺じゃと?」『皺ってあの皺?』


 と三人が異口同音――ほーちゃんには口はないが――に疑問符を浮かべる。


「なにやら事情がありそうじゃな……」


 とアズマはミリアに問いただしたい気持ちを抱くが、さきほどタツロウが猛烈な拒否に会ったところである。


 落ち着くまではしばらくゆっくりしようということで、コテージを出し、するとミリアが一人でそれに入って籠ってしまったのであった。


「なんか、ニートに逆戻り? って感じ?」


「うむむむむ……」


「心当たりはないのか? ミリアのあの動揺。

 ちょっと尋常じゃないぞ?」


「わからんわい」


『ほーちゃんはどうじゃ?』


『うーん、関係があるかどうかわからないけど……』


 と前置きしたところで、


『ずっとミーちゃんから放出されてた魔力が今はピタッと止まってるね。

 ひょっとしたらすぐに魔力切れを起こしたのも、今の状況もそれと関わっているのかも』


「なるほど……、考えられんことではないか……」


「どうした?」


「いや、ミリアからの魔力の流れがのう。

 ちと不自然じゃったからのう。

 いずれにしても、落ち着いた頃合いを見計らって話を聞くしかないじゃろう」


 ということで、タツロウとアズマは予備のコテージを引っ張り出して、そこでしばし時を待つことにしたのであった。




「ごめんなさいね。もう大丈夫だから……」


 アズマとタツロウが過ごすコテージの外からミリアの声がかかる。

 それを受け、二人はコテージの外でミリアと顔を会わせた。


 もうミリアは顔を覆ってもいないし、しゃがみこんでもいないし、ぶつぶつと皺皺と唱えてもいない。


『魔力の流れが戻ってるようだね。それが本来のあるべき状況なのかどうかわからないけど』


「ふむ、ミリア。

 おぬしから放出されている不自然とも言える魔力。

 それと先ほどの件、加えて言えばジュエルゴーレム戦で魔力が無くなったというのと関係あるのかのう?」


「…………」


 ミリアはすぐには答えず黙り込む。


「ちゃんと説明してくれよ。

 大魔法使いってふれこみで仲間になったんだ。

 それが、一発で魔力は尽きるは、精神錯乱に陥るわ。

 腰痛持ちのじじいもそうだが、期待はずれも甚だしい。

 ひょっとしてじじいと一緒で歳による老化による能力低下なのか?」


 ずけずけと物を言うタツロウである。

 それにはミリアが反論する。


「エルフを舐めんじゃないわよ!

 200を超えたとはいえ、人間でいうとまだまだ20代になったかならないかってとこなんだから!」


 そのミリアの言いようは実は多少の誇張があり、実際には20代は20代でも20代の後半に差し掛かろうとしてるお年頃であった。


「じゃあ、能力的には衰えておらんのじゃな?

 まさか、魔王なりなんなりから呪いのようなもの受けておるとか?」


「そんなこともないわよ……。

 ただ……。

 ただ……」


 ミリアは言いにくそうにうつむく。


 その時に、ミリアの胸のペンダントが光り、ミツオカさんが現れた。


「ミリアに変わって説明しますぅ」


「ちょっと、勝手に出てこないでよ」


「でもでもぉ。隠し続けることはできないですよぉ」


「わかったから、わかったから。

 自分で言うから……」


 というわけで、アズマとタツロウ、それにほーちゃんはミリアからの説明を聞くことになったのであった。

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