第9話 セシロナ

「俺が手こずったスライムを一瞬で……」


 タツロウが驚嘆を口にする。


「あれくらい、ごく普通の冒険者や騎士であれば当たり前のことじゃ」


 アズマはそれくらいは言い返せるだけの元気さは取り戻していた。


「悪かったな。弱くて。

 だけど、じじいも同じだろう」


 タツロウにそう言われては、アズマも「うるさい! 腰さえ完調であれば……」などと反論できない。

 救援がなければ、ほぼ間違いなくやられていたのである。

 数は多いとはいえスライムごときに。


『あの人、大神殿にもいたよね?』


「ああ、セシロナ殿じゃな」


 アズマはタツロウにもほーちゃんにも伝わるように、彼女の名を口にした。


「セシロナ?」


「近衛騎士団の団員じゃ。

 いまはそう、副団長補佐じゃったかのう」


「あの強さは当然ってことか……」


『なるほどね。たかがスライムとはいえ、あんな一瞬であの数を倒すのは伊達じゃないってことか』


 ぼそぼそと話し合う二人(と一振り)であったが、そこへセシロナが戻ってくる。


「アズマ殿、腰の具合は?」


「助かった。礼を言わせてもらう。

 腰は……、しばらくはどうにもなりそうにないが」


「気休めにしかならないと思いますがこちらをお使いください。

 さて……」


 セシロナは、アズマを介助するタツロウに薬草を渡すと、未だ上空であっけにとられているエンキーネに向き直る。


 ちなみに、薬草も傷や打撲、打ち身には効果があるが、ギックリ腰のような慢性的な症状に対しては、痛みを多少和らげる程度で、大した効果は発揮されない。

 それでも、使うと使わないでは回復までの時間などに違いが出てくる……と、薬草の販売元では言われている。


「配下の魔物は全て倒したぞ。

 どうだ、手合わせしてみるか?」


 セシロナがエンキーネを見上げる。


「き、きゃはは。

 大した自信だこと。

 そうね、軽く捻ってあげてもいいけど……。

 また今度にしておくわ!

 今日は単なる……そう、宣戦布告と様子見に来ただけだからね!

 じゃあ、さよなら!

 この次はこうはいかないから!」


 捨て台詞を残してエンキーネは飛び去って行った。


「追わなくていいのかよ?」


 タツロウが尋ねるが、


「仮にも魔王の配下、四悪柱の一人。

 魔力はなくともその動きに衰えはないようだ。

 下手な魔法は避けられるであろうし、なによりわたしの剣は届かないのでな」


 と、セシロナは興味もないふうに答えながら、アズマに向き直る。


「……。

 面目ない。

 恥ずかしいところを見られてしもうたようじゃ」


「いえ。

 こちらも、救援に駆けつけるのが遅くなり申し訳ございませんでした。

 出来る限り手を出さぬようにという言いつけでしたので」


 アズマとセシロナの間ではある程度の状況の共有が出来ているようだった。

 それを踏まえた上でいろいろと含みのある言い方になる。


 騎士団の人間がこんなところをふらりと一人で歩いていて、そしてタイミング良く通りがかる可能性はほとんどないと言っていいだろう。


 であれば、セシロナはアズマを監視、あるいはこのようにピンチになったら駆けつけるつもりで見守っていたということは簡単に想像がつく。


 さらに、セシロナにそんな役割を与えられるのは誰かといえば、命令を発したのは騎士団長あたりかもしれないが、その発端をさかのぼれば王に行きつくのである。


 だが、その辺の理解力の無いタツロウは、


「どういうことだ?」


 と疑問を発するのである。


「勢い勇んで戦いに向ったとはいえ、儂は高齢じゃし、タツロウもまだひよっこじゃ。

 万一のことがあってはならぬと、隠れて護衛をしてくれていたのじゃよ」


「なるほど。それでその万一が起こりかけたってわけか」


 タツロウは悪びれもせずに言い放った。


 とにかく、それからアズマはタツロウとセシロナに肩を借りて引きずられるように都まで戻り、なんとか自室のベッドで療養できるようになったのである。


 アズマのギックリ腰が収まるまで数日の時を必要とした。


 その間、タツロウは遊んでいたのか? というとそうでもない。




「パリィ! からの!」


「甘い!!」


「くっ!」


 一瞬の攻防だった。


 タツロウと剣を交えるのは、セシロナの部下である、アタリという少年だ。

 彼も騎士であり、特に役職はないとはいえ、騎士団に所属しているだけあって剣の腕は確かである。


 今も、タツロウの攻撃を軽くしなしながら相手をいていた。

 タツロウが隙を見せた瞬間に打ち込み、それを払い技である『パリィ』で払われたものの、一瞬で体制を整えて、タツロウの首筋に剣を突き付けたのである。


「まいった」


「ではもう一本」


 とアタリは、素早く距離を置いて構えなおした。


「まだやんのかよ!」


「セシロナ様からは、午前中いっぱい打ち込むようにと言われていますので。

 お昼ご飯にはまだ早いでしょう?」


「ちっ、しゃーねーな……」


 タツロウはしぶしぶと自らも開始線の位置へと引き返して行った。


「では、始めましょう!」


 アタリの合図で、模擬戦が再開される。




 あの日。

 スライムにやられそうになった日より、タツロウの中で少しの心境の変化があった。

 スライム相手に敵わなかったというのはアズマも同じことだが、その原因が異なる。


 アズマはギックリ腰の再発といういわば突発的な事故が原因で、自分は単なる実力、特に体力不足であった。


 アズマに聞いてもセシロナに聞いても。ついでに稽古の合間にアタリなどに聞いてもタツロウの言うスキルのような剣技は存在しない、耳にしたことはないという。


 だが、タツロウの中ではそれは確実に存在していた。

 そして、それらは実戦で使用できるのである。それは経験済みだ。


 ゲーム中にあったように、習得するのにレベルの下限がある、あるいはスキルの連発はできず、クールタイムが経過するのを待たねばならないなどの制約はない。

 さらには、魔力MPも消費せず、スキルゲージのような特別なエネルギーも消費しないようなのである。

 体が動かせる限り、何度でも使用できる。


 だとすれば。

 現時点でタツロウの剣技は高レベルプレイヤーのそれであるはずだ。防御や耐久力においてはそうとも言えないが、攻撃についてはそういえるはずなのである。


 だがしかし。結果として数は多かったとはいえスライム相手にすら戦い抜くことができなかったのである。

 それは、ひとえに体力不足と集中力不足が原因のようであった。


 折角の剣技が宝の持ち腐れ状態となってしまっているのである。


 勿体ないと思う気持ち。

 歯がゆさ。

 スライムに敗北しそうになった悔しさ。


 そのようなものが綯交ぜになり、アズマが療養中の間だけという期限付きではあったものの、セシロナから持ちかけられた話であったものの。

 タツロウは剣の修行をすることを快諾した。


 強くなれるだけの、可能性を秘めた自分をそのまま終わらせたくなかったのである。

 魔物を倒すのと異なり、模擬戦では経験値も得られずレベルも上がらないが、いわゆる地力とでもいうのだろうか。

 体力も、精神力も少しずつではあるが、鍛えられているのがわかり、その事実がさらにタツロウを訓練に参加する動機となっていた。




「どうだ?」


 様子を見に来たセシロナがアタリに尋ねる。

 タツロウはというと、連戦の疲れから訓練場に大の字になって転がっていた。


「やはり剣筋は目を見張るものがありますね。

 こちらの急所を確実に、それに最短で狙いにきています」


「そうだろう。

 わたしも初めて見た時には驚いたものだった。

 普段の態度からは想像もできない。

 さすがは勇者の後継者ということか」


 セシロナが言うのはスライムを相手にしていた時のタツロウのことである。


「ですが、無駄も多く、また攻撃にムラがあります。それが難といえば難です。

 ここのところの模擬戦で多少は改善されてきましたが。

 それに、最近ではパリィとか叫びながらこちらの剣を受け流すことも多くなりましたね。

 本気で仕留めに行っても、受けられるんですよ。

 まあ、その後隙だらけになるのはあっちだから、実戦向きではない状況ですが」


「おかしなやつだ。

 一流の剣士が、それこそ体力的に衰えたらあのような剣になるのではないか?

 とでも思えてしまう」


「そういえばアズマ殿は?」


「だいぶと症状は落ち着いたようだ。

 そろそろ仕切りなおして再出発の支度をしようと言っているらしい」


「どちらに相応しいんでしょうね」


「ん?」


 アタリの意図を組みかねてセシロナが怪訝な表情を見せる。


「いえ、聖剣ですよ。

 今のところあの力を使えるのはアズマ殿だけということですし、実力的には今はまだ腰の状態が万全であればアズマ殿の方が上なのでしょうけど。

 アズマ殿は、剣の心得もまったくない状態から、短期間で勇者として著しく成長したと聞きます。

 タツロウさんの剣も、我流のようですが、あれはあれで面白いですし、今後に期待してしまいそうになります。

 いずれ聖剣がタツロウさんを認めて正式な勇者となれば」


「あの不真面目な性格、継剣の儀での態度を見ていたわたしとしては、あまり期待したくはないがな」


「そういえばあの場におられたんでしたっけ」


「ああ。皆口をそろえて言っている。

 あんな勇者しか呼べなかったなんてもう世界は終わりだとな。

 幸いにして王が理解のある方だからそこまでの命令は下っていないが、ひとつボタンを掛け違えていたらわたしの任務がアズマ殿の護衛ではなく、アズマ殿とタツロウが魔物にやられた後の聖剣の回収係だったかもしれぬのだからな」


「世知辛い世の中ですね」


「まあ、ひとつの可能性だ。

 わたしは会議があるので戻る。

 では、引き続きタツロウの相手、任せたぞ」


 言い残すとセシロナは馬尾毛ポニーテールをひるがえして去って行った。


「セシロナさんも気苦労が多そうだな……」


 アタリは漏らしながらも、さて次はどんな手でタツロウをいたぶってやろうかと意地悪く考えるのであった。



 

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