第8話 腰
「そろそろ本領を発揮するところが見れると思っていたのにな」
「やはり、年には勝てぬということでございますか。
で、どうしたします?」
「放置するわけにもいないだろう。
こんな時のためにわざわざ出向いておるのだからな」
「御意」
木陰に身を隠し、なにやらこそこそと話し合う二人。
一人は白銀の鎧に身を包んだ騎士である。
金髪を頭の後ろ、いわゆるポニーテールで結んだ妙齢の女性。
溌剌とした表情、顔つきからは、スポーツ――例えばバレーボールとか――に打ち込む、わりと人気が出るタイプの綺麗なアスリートという印象を受けるが、こちらの世界にはそのようなスポーツの習慣はない。
であれば、騎士というのは彼女の身の置き場として相応しいところなのかもしれない。可愛いというよりも、綺麗、美しいという表現が似合いそうである。
もう一人は黒装束に身を固めた、小柄な――体格を見るにこれも女性であろう――人物である。
黒い頭巾をかぶり、口元も隠しているため、これといった特徴が見いだせない。
わずかに頭巾からはみ出した前髪で彼女の頭髪が赤毛であることがうかがえる程度である。
唯一、露出した部分、彼女の瞳は丸く大きく、童顔、あるいは騎士に比べて幾分か年下であろうと思われた。若く見られがちな17~18歳、あるいは見た目そのままに14~5歳なのかも知れない。
「ああ、待て、アスカ」
アスカと呼ばれた黒装束は、立ち上がるや否や、騎士に制止される。
「なんでございましょう。セシロナ様」
「わざわざ二人で行くこともない。
となれば、この場に相応しいのはわたしだ」
「なるほど。
ではお任せしてよろしいので?」
「ああ、まだ何が起こるかわからない。
引き続き警戒だけはしておいてくれ。
不測の事態が生じた時の救援のタイミングは任せる」
「御意」
短く言うとアスカは素早く跳躍し、すぐ前方にあった木の上に飛び乗った。
「さてと。
そう急ぐこともあるまいが……」
ゆっくりと、セシロナが歩きだす。
もったいぶっているわけではないのだが、どんな顔で現れてやればよいのか思案しているのである。
ついでに言えば、第一声をなんと吐くか、についてもだ。
「きゃはは!
なに? 動けないの?
ギックリ腰ってやつ? 話には聞いたことあるけどほんとにそんなになるんだ。
ちょっと、ウケルんですけど?
肝心な時に、身動きとれなくなるなんて。
大変よね。人間は、すぐに歳をとるんだから。衰えるんだから。
そんなおじいちゃんになって無理するからよ。
ああ、いい言葉思い出したわ。
年寄りの冷や水?
冷たいお水用意してあげましょうか?
それでぎっくり腰が治るってわけじゃないでしょうけど。
きゃはは!」
「う……、うるさ……うぅ……」
アズマは、エンキーネの兆発? からかいにそれだけを言い返すのがやっとだった。
「おいおい、力見せつけてくれるんじゃなかったのかよ!?」
まだまだ数の減らないスライムの相手をしながらタツロウがアズマを見やる。
「す、すまん……、じゃが……」
「ちぃ! まあなっちまったもんは仕方ねえ。
初めからそれほど期待してなかったしな。
それよりじいさん、回復魔法はまだ使えるか?
こっちも魔力が切れたとかということなら、ちょっとやばいかもしれねえ」
タツロウもようやく対スライム戦のペース、完全殲滅までの見通しが立ってきたようである。
当初の予定のように、楽勝、完勝というは難しく、だからといって不可能ではなく――エンキーネによる魔法の援護があれば危なかったが――、しかしそれには、アズマの援護も必要なのだった。
「魔力……には問題はなかろうが……。
立っているのもやっとでのう。
じゅ、呪文を唱えることはできてもタツロウに向けて発動はできそうにない……」
それを聞いたタツロウの表情が沈む。
「残りを、回復なしでか……。
それはちょっと……厳しいかもな……」
既に蓄積した疲労の影響でスライム1~2匹倒すのに、1撃は確実に反撃を食らっているタツロウである。
この先、攻撃を食らう頻度はさらに増えよう。
そうすれば、タツロウの体の動きはさらに悪くなり、さらに反撃回数が増えてしまうという悪循環に突入する。
そして残りのスライムの数を考えれば。
絶望とまではいかないが、かなりそれに近い、お寒い未来予想が簡単に想像できてしまった。
「少し時間が経てば……、多少は動けるようになるやも知らんが……」
「期待はしねーよ。
というか、本気でヤバくなったらじいさんを置いて逃げるからな」
「止むおえん。
じゃが、その際は……」
『ちょっと、いやだよ、アズマ!』
「聖剣……、ホシクダキを頼む。
タツロウと共に連れていってやってくれ」
「いや、それがなかったら立つこともできないんじゃないか?」
今のアズマは聖剣を杖代わりにして体重を乗せ、なんとか直立の姿勢――腰は変な感じ曲がっているが――を保っているのであった。
ささえがなくなれば倒れるのは道理である。
「それでも、これを敵の手に渡すわけにはいかん」
「なら、俺の剣を代りに渡しておく。
ってか、もう、そうと決まればのんびりするだけ時間の無駄だな。
これだけの数、倒しきれるとは思えないから」
意外とタツロウは切り換えが早かった。
わりとシビアなゲームをプレイしていた影響だろうか。
退くべき時は退く。それも、適切なタイミングで。
残酷と言われようが、非道と言われようが。
退き際を間違えて、いたずらに戦力を減少させてしまったり、退却に機を逃すという過ちを起こさないぐらいには兵法をわきまえていたのであった。
どうせ、スライム相手に消耗するのなら、逃げたい時が逃げだし時なのである。
『なんて薄情な奴!』
『仕方あるまい。儂はお荷物じゃ。
護りきるだけの力も無ければそうするよりほかに道はあるまいて。
それこそ、ほーちゃんをエンキーネに連れ去られでもしたら、世界は終わりじゃ』
『それはそうだけど……』
「じゃあ、退路を切り開くとするか。
アーク……スラッシュ!!」
最後の気合いを振り絞り、タツロウは――彼の中ではれっきとした――スキル技、アークスラッシュを放って、近場のスライムの殲滅する。
囲まれているわけではなかったし、スライムの移動速度を考えれば、逃げ出すに十分の隙は作れたといえよう。
『あいつ、ほんとにアズマを置いてっちゃう気だよ!』
『そうでもせんと、ほーちゃんを守りきれんのは確かじゃ。
それとも……』
『なに?』
『ほーちゃんがタツロウに力を貸してやれば、話は変わってくると思うが』
それはアズマにとって最後の希望であった。
かたくなに、タツロウへの助力を拒むほーちゃんだったが、それはアズマへの想いがあればこその心情。
では、アズマが危機に陥っており、それを打破するためには、新勇者であるタツロウへの力の継承が必要なのだとしたら……。
さすがに、そんな二択を突き付けられたらほーちゃんも自分の好き嫌いで拒否はできないだろう。
『…………。
でも……。ダメなんだよ。
できることならそうするよ。
寂しいけど、アズマとお別れするのは辛いけど、アズマを助けるためだったら……。
タツロウの所有物に成り下がるんだよ、ボクだって。
でも、今のボクはタツロウとの間になんの
『やはり、儂が死んでからということになるのかのう……』
『…………』
「ほれ、じいさん。
これを使ってくれ」
アズマの元まで駆けつけたタツロウが、アズマの手に、自らの鋼の剣を取らせた。
「うっ……」
呻きながらも、アズマはなんとか己の体重を移し替えて、聖剣を自由にする。
「じゃあ、後は任せな。
……って!」
「どうしたのじゃ」
「聖剣が……、抜けない」
『ほーちゃん?』
『ううん、ボクなんにもしてないよ。
だけど……』
「これってあれか。
神殿で地面に突き刺さってたのと同じ状況ってことか」
よく見ると――ほんとうによくよくみないとわからないが――、聖剣の剣先がわずかに地面に突き刺さっており、本来ならば、その程度で自立するわけもない質量を備えた
もちろん、アズマも手を離し、タツロウも触れていない状況下でである。
『アズマのボクをタツロウに譲ろうって気持ちが、継剣の時と同じような効果を与えちゃったみたいだね。
なんとなく、地面からボクに力が伝わってくるのがわかるから』
「ならば、儂が一度抜かんといかんということか……。
すまんが、タツロウ、肩を貸してくれるか」
「ああ。
だけど、早くしてくれよ。
スライムがもうそこまで来てる」
タツロウがアズマの脇に手を入れて自らの体に体重を預けさせる。
「くぅ……」
それだけの動作でもアズマにとってはかなりの苦痛であった。
が、気力を振り絞り、聖剣に手をやろうとする。はあはあぜいぜい言いながら。
「年は取りたくないもんだな」
と、タツロウがこぼしたその時。
「お邪魔しちゃおうかしら!」
とエンキーネが滑空してきた。
「くそ!」
と、とっさにタツロウは己の鋼の剣を手にし、エンキーネに向かって振るう。
が、エンキーネはそれを予測していたのか、素早く身をひるがえすとまた上空へと戻っていく。
「ぐわっ!」
タツロウの支えを失ったアズマは悲鳴を上げた。ついでにアズマの腰も悲鳴を上げた。
『大丈夫!?』
『……』
アズマは既に、念話を行うだけの余裕すら失われていた。
「くっそ……、俺に聖剣の力が使えれば……」
タツロウがスライムを打ち払いながら忌々しげに漏らす。
「なんどだって、邪魔しちゃうんだから!」
上空で待機しているエンキーネは自らの言葉通り、アズマが聖剣を抜こうとすればちょっかいをかけてくるのだろう。
「たかがスライムに……」
タツロウはタツロウで、スライム相手に手こずっている。
「じじい! 最後の力を振り絞って剣を抜け!!」
苛立ちがそんな無遠慮な言葉を吐かせた。
『そんな無茶な!』
「その必要はありません」
そこへ颯爽と現れたのは、白銀の騎士である。
「誰だ!」
セシロナはタツロウの問いには答えず、
「さきに、魔物を倒すのが先決でしょう。
あなたは、アズマ様を見てあげてください」
それだけを言い、スライムに向って駆け出した。
一振りで一匹。殲滅効率としては特になんということもない数字である。
が、その移動速度、身のこなし、剣の扱い。
その全てがタツロウのそれを凌駕していた。
敵陣を駆けまわると、一瞬にしてスライムの姿が全て消えてなくなっていたのである。
「じじいの知り合いか?」
「ああ……、すまんな」
タツロウに支えらえて、――絶賛ギックリ腰悪化中の――アズマはようやく窮地を脱した。
とはいえ、腰の痛みはじんじんとうずいており、身じろぎひとつとれない状況には変わりなかった。
「そんな……。
あたしのスライムちゃん達が……、一瞬で……」
エンキーネが、中空であっけにとられていた。
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