第7話 ラストリゾート
「さて……どうしたものかしらね……」
エンキーネは空中から、折角、
彼女には遠隔攻撃の術があり、
「
そもそも、タナキアたんの弱体化の影響であたしも魔力量ががくんと落ちちゃってるもんだから……」
エンキーネが
その両方が単なる魔力不足である。
「まあ、こうやって飛んでるだけでも牽制にはなるのかも知れないし。
エンキーネが魔法発動の構えを見せる。
『くるみたい!』
「おうよ!」
それを察知したほーちゃんがアズマに伝え、アズマが迎撃の構えを取る。
「なんちゃって!」
が、エンキーネは手を下ろしてあかんべーでアズマを挑発する。
「くっ! あやつに気を取られているとスライムどもから攻撃を食らってしまうではないか!」
『さすがに、タツロウにそこまで期待するのもね』
「はあ……、はあ……。
アーク……スラッシュ!!」
「大丈夫か? だいぶと疲れてきているようじゃが」
「疲労の蓄積の影響か、スキルのクールタイムが長くなってきてやがる!
くそ!」
毒づきながらタツロウはただ力任せに剣を振るった。
さすがにスライム相手であれば、それでも一撃で倒せるのではあるが、通常攻撃であるために、対象は一匹のみ。
周囲を囲む他のスライムから、攻撃を食らってしまう。
「ジリ貧じゃな……。
これを楽しむ気でいるのか。エンキーネの奴め……」
「まさに、高みの見物てか?
巧いこと言ってる場合じゃねーな。
アーク……スラッシュ!!」
「きゃははは!!
ジリ貧とはよく言ったものね。
これなら、あたしが手を下すまでもないわよね~。
高みの見物としゃれ込もうかしら!」
「俺の言った事そのまんまじゃねーか!」
「しかし、これにあやつの攻撃が加わると状況はさらに悪くなるじゃろう。
今は、どういう意図があってか、様子を見てくれているのはありがたい。
せい!」
アズマは一旦、エンキーネの動向を無視してスライムたちに向き合おうと決心する。
元々タツロウ一人でいい感じに戦えていたスライム戦だが、疲労のためか、タツロウは戦闘開始時のキレを失っている。
劣勢といえば劣勢である。
が、そこにアズマが加われば、またいい感じに戦えるようになる見込みはあった。
「そうはさせないわよ!
「くそ!」
魔法の発動準備をするアズマが毒づきながらも、エンキーネからの魔法攻撃身構えるが。
「もうしばらく様子を見ようかしら?」
とエンキーネはモーションを解く。
そうこうしているうちにも、また地味にアズマはスライムから攻撃を食らうのであった。
そんな状況がしばらく続くかと思われたが……。
『ひょっとして……』
突破口を開いたのはほーちゃんである。
亀の甲より年の功とはよく言ったものである。
なにげにほーちゃんは聖剣として数々の勇者と戦いをともにしており、戦闘経験値はお高い。
なにより、魔王軍との対戦も豊富である。
『なにか気付いたのか?』
『うん、推測なんだけど……。
そもそも王都を攻めこむのに、スライムだけっておかしいよね』
『それは確かにそうじゃ』
『それに、最初に使おうとした
あの時なんか変だと思ったんだ。
呪文を口にしたはずなのに発動しなかった。
ってことは、使わなかったんじゃなくって使えなかった。
今だってそう。
ひょっとしたら、ボクが本来の力を取り戻せていないのと同じで、魔王も弱体化しているのかもしれない。
だとしたら、その配下であるエンキーネも影響を受けて、弱くなっている可能性も十分考えられる』
『なるほど。
であれば、スライムしか従わせられないというのも、魔力切れで魔法を使えないというのも納得じゃな』
『あくまで推測だけどね。
それに、まだ一発二発撃つ分の魔力ぐらいは残ってるかもしれない』
『それぐらいならば、賭けに出てみるのも悪くないかもしれん』
『それより、エンキーネの性格なら……』
と、しばしほーちゃんは考え込む。
『…………』
「アーク……スラッシュ!!」
相変わらずタツロウはスライム相手に奮闘している。
念話をしながらアズマも手伝ってはいるが、矢面に立たされているのはタツロウなのである。
「疲労は回復せんが、そろそろダメージも蓄積してきたころじゃろう。
アズマがそれを慮って、タツロウへと回復魔法を唱える。
現在のアズマが使える魔法はこれだけなのだが、スライム相手に戦っている分には十分である。
「ありがとうな。
確かに痛みは消えたよ。
それより……くそ!」
アズマの言うとおり、傷は癒えても――相手がスライムのため傷というより打撲がメインだったが――、疲れはとれない。
かなりの頻度で使用していた『アークスラッシュ』なる技も、もはや構えを取ることすら困難になり、一撃でスライムを打ち倒すことができないほど、タツロウは消耗してきていた。
そうなればおのずと敵からの攻撃を受ける機会も増える。
アズマも腰を気遣って、あまり派手な動きはとれない。
さすがに歴戦の勇者であり、直撃を食らうようなことはなかったが、ダメージはそこそこ受けてしまっている。
『数が多いとはいえスライムなどに苦戦するとはな……』
『それよりアズマ。さっきの続き』
『ああ、なにか巧い策でも見つかったか?』
『うん。確証はないけど相手があのエンキーネなんだったら、こっちの兆発に乗ってくるかもしれない。
魔力が残ってるかどうかだけでも確かめておいて損はないだろうから』
『なるほど、それでこちらの動き方も変わってくるじゃろうな』
『でしょ』
『うまくいくかどうかわからんが、試してみることにしようか』
「タツロウ、しばらくスライムの相手は任せたぞ」
「ああ!? しばらくってどれくらいだ?」
「しばらくはしばらくじゃ。
のう、エンキーネ」
「なによ!
降参するっていうの?
残念でした~。
あたしの役割は勇者を捕まえるんじゃなくって殺すことだからね。
せめて一思いにとどめを刺してくれっていうんなら、相談には乗るけど……」
「ならば、武士の情け。
お主の魔法で
今の儂にはもう力は残っておらぬ。
おそらはく、お主の
「ちょっと……。
そんな寂しいこと言わないでよ。
折角久しぶりに会えたっていうのに。
でも……そういうんなら仕方がないわね。
……とでも言うと思った?」
「どうして儂の願いを聞き入れてくれんのじゃ」
「どうもなんか裏がありそうなのよね……」
「ならばこうしよう。
儂は剣を置く。
無防備な状態を晒す。
それならば憂いは少ないじゃろう」
「うーん。
でもやっぱりだめよ。だめだめ。
あたしは、スライムにいびられて苦しむ姿が見たいのよ。
そう、きっとそう」
「性格の悪い奴じゃのう」
「なんとでもおっしゃい!」
「魔力が切れて魔法が使えないわけでもなかろうに。
ケチな奴じゃ」
その言葉を聞いたエンキーネの表情が一瞬固まる。
「ほ……ほほほほほ……。
そうよ! 決して魔力が切れて魔法が使えないわけじゃないのよ!
さっきも言ったように、あなたたちがスライムにいびられて苦しみ姿を一刻でも長く見ていたいだけなんだから!」
『バレバレだね』
『ああ、こうも上手くいくとは思っておらんかったがのう』
『とりあえず、エンキーネを警戒する必要はなくなったと』
『ならば、少しはタツロウの負担を軽くしてやるかのう』
『うん! 見せてやろうよ!
ボクの力。その片鱗だけでも』
『スライム相手にはちと勿体ないがの』
「タツロウ、すまんかった。
回復は必要か?」
「いや、まだ大丈夫……、いや回復しておいてもらおうかな……」
「遠慮はいらんぞ。
ほれ、
「すまんな、じいさん」
「殊勝なことを言うようになったじゃないか」
「さすがに、これだけの数。
やっと半分近く。
同じことをもう一回やれって言われてもなかなか……」
ようやくタツロウにも現実が見えてきたようである。
その表情はさえない。
「ちょっと、なにあたしを無視してごちゃごちゃやってんの!
ほら、魔法撃つわよ!
イーヴィールー……」
「あれは無視していいんだな?」
「ああ、そういうことじゃ。
となれば、別に力を温存する必要もない。
儂の真の力を見せてやろう」
――聖剣ホシクダキ
その名称の意味するところは、すなわち星を砕く。プラネットブレイカー。
全盛期のアズマと聖剣であれば、さすがに星を砕くまでは言い過ぎとはいえ、それに近いだけの衝撃のある攻撃力を誇っていた。
岩を砕き、地を割るぐらいは難なくやってのけていたのである。
聖剣の力が衰えたとはいえ。
その力を存分に発揮すれば。
衝撃波のみでスライムの軍勢を葬り去るぐらいは可能なのである。
エンキーネの実力が未知数であったために。
今の力でエンキーネに通じるとは考えていなかったために。
温存していたとっておきの攻撃ではあるが、まさに切り札なのではあるが。
カードを切るタイミングは今なのである。
『いくぞ! ほーちゃん!』
『見せつけてやろう! ボクらの力を!』
「はあぁぁぁぁ」
アズマが気合を溜める。それすなわち聖剣に聖なる力が満ちていくのと同意。
そして、必殺の一撃のためにアズマは剣を引き絞った……。
のであるが……。
「うぅ……」
「どうしたじいさん!」
『アズマ!?』
「こ、腰が……」
アズマの気合いは彼の体に年齢不相応な動きを強いて、結果として持病のギックリ腰が再発したのである。
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