第10話 会議・懐疑・快技

 まさに円卓である。正円ではなく楕円ではあったが。

 王城の大会議室である。


 王を始め、大臣的な人物や、国教の幹部、宮廷魔術師長、騎士団の団長クラスまで。

 錚錚そうそうたるメンバーが集まっている。


 この中ではセシロナがもっとも地位が低い。近衛騎士団副団長補佐である。

 が、当事者として、”唯一の”目撃者として召喚されていた。


「して、セシロナよ。

 そのたの報告の件であるが、確かなことなんだろうな」


 結構な上座に座る白髪の老人。眼光は厳しく、老いは感じるもののエネルギッシュさはわりと失われていない元気おじいさんだ。

 体格もがっちりとしており、そこらの運動不足の若者――タツロウのような……――など、軽くねじ伏せてしまえそうでもある。


「はっ、何度も申し上げたとおりでございますが……」


 内心のやれやれという心情を隠し、セシロナはそこまで話して相手の反応を伺った。


 相手はセシロナから見ると雲の上……とまではいかなくとも、かなりの上役である。


 その彼――老人――の肩書はローライダム王国の騎士団統括名誉顧問。

 統括という言葉のとおり、第二~第七までに分割されたそれぞれの騎士団と、セシロナも所属する近衛騎士団(第一騎士団に相当する)の相談役である。

 騎士団内においては彼の上位となる役職は、現役の統括騎士団団長ぐらいのものであり、名誉顧問の名の通り実務には携わっていないものの実質的な発言力は騎士団長を凌ぐとも認識されている。

 さらに、現役引退後に政治力も付けた彼は、大臣クラスと張りあうだけの力もつけている。


 もちろんセシロナは、そんな人間に逆らうこともできない。不快感を表面に出すことすら自制せねばならない。

 それでも連日の会議で何度も何度も同じことを話すことを強いられると、やりきれない気持ちになるのである。


「まあ、オグワーズは、心配性だからね。

 もういっかいおさらいしようか。

 もう何度も聞いて覚えちゃったからね。

 もし、間違っているところがあったら指摘してね」


 と、軽く口を挟んだのは、騎士団統括名誉顧問のオグワーズをもってしても雲の上の存在である、この国の絶対的な君主、ジャルク・ローライダム、御年9歳である。


「いえ、そんな……。

 ジャルク様にそのようなお手間を……」


 恐縮を精一杯、体中、表情で表現しながらセシロナがかしずく。

 実のところ、セシロナはジャルクの幼少期からの遊び相手でもあり、ジャルク本人からの希望もあって、普段はなあなあでタメ口で話しているのだが、さすがにこの場ではそんなそぶりを見せない。というか見せられない。


「でも、一応議長は僕だから。

 まあざっくりとまとめると、タツロウはちょっとは強くなってるけど、まだまだ勇者としての力は発揮できてない。

 アズマのほうは、それなりの強さを保ってるはず。聖剣の力もあるだろうし。

 だけど、持病を抱えているから信頼性に欠ける。

 じゃあ、タツロウが成長して聖剣を受け継ぐのを待つしかないか? といえばそうではないかもしれない。

 妖艶の業火だっけ?」


「はい」


「エンキーネ、これは先の大戦でもかなり苦しめられた魔王四悪柱のうちのひとり。

 だけど、聖剣が力を失っているのと一緒で、エンキーネもどうやらかつての力を失っているようだと。

 邪悪なる火イヴィル・ファイア数発で魔力が尽きるぐらいだからね。

 それに、従えている魔物もスライムばっかりだった。

 ってことは、その親玉である魔王自体も復活を早めた代償に、その力は全然大したことないということが推測できる。

 ってことは、なにもアズマ達の力を借りなくても、今の段階でなら倒しきることが出来る可能性が高い。

 ってわけなんだけど……。

 だいたいあってるよね?」


「はっ」


 セシロナは短く一礼する。


「ですが、ジャルク様。

 相手は魔王ですぞ。

 エンキーネが実力を隠していた可能性も考えられますし、それ以外にも四悪柱はおります。本来の実力が発揮されてしまえば、それこそ聖剣の力なしには到底戦えないほどの相手。

 その誰もが同様に力を失っているという保証はありますまい」


 オグワーズはそれでも慎重論を唱えた。

 頷くものも居れば、視線を逸らすものもいる。さすがに明らかに不快を表す者が居ないのは、オグワーズの地位とかつての実績――元統括騎士団長――をおもんばかってのものだろう。


 同意しないまでも、反対意見を述べる者が現れないのを見やって、ジャルクがその視線を一人の騎士に向ける。


「フェスバルは、さっさと行ってやっつけちゃいたいんだよね?」


 王に名指しで指名された青年は、すっと立ち上がった。

 赤みがかった髪は短髪ともいえず、無造作にとっちらかっている。

 年のころは20代半ば。みようによっては美青年である。


「なんども言ってますけどね。

 どうせうちは落ちこぼれ集団、はみだし集団。

 王都の厄介者……とまでは言われてませんが、まああってもなくてもいいようなもんで、逆に言うと全滅したところで酒の肴になるのがせいぜいで、悲しむものもいないっていう特殊な属性持ちの部隊ですからね。

 こういう任務にはもってこいだということです。使いべりしても補充が簡単ですから。

 討伐というのが大げさなら偵察でいい。

 様子をとりあえず見に行って倒せそうなら倒してくる。

 そこら辺りは作戦立案書にまとめて提出してるでしょ」


「おい、フェスバル。

 口のきき方……」


 そう言って立ち上がりかけたのは、フェスバルとは対照的にこれぞ騎士という明るい金髪の青年であった。腰近くある長髪が揺れる。


「いいよ、いいよ。

 第七騎士団の団長が、しゃちほこばってたら調子狂うから」


「しかし……」


「俺らは、ジャルク様の直接のご指名で結成された部隊ですからね。

 そりゃあ、団長であるラン=ギスさんの命令も聞きますが、王さまの命令優先ですよ。

 そのへんはご承知でしょう」


「ってわけだから」


 ジャルク王に言われて、ラン=ギスはこうべを垂れた。


 ラン=ギス・ガテトラは、王属騎士団の統括団長である。名目上は七つの騎士団を率いる身分だ。

 いわば、軍事面の実戦部隊でトップの地位を誇る。


 ひるがえって、先ほどから軽い口調で王に話しかけているのは第七騎士団団長のフェスバル・ライクンザ。


 組織図の上では、ラン=ギスがもちろんフェスバルの上位に位置し、上司ではあるのだが、そこには第七騎士団の特殊な設立経緯が絡み、お互いの従属関係がややこしくなっている。


 元々第五までしかなかった騎士団であったが、ジャルク王の代になって新たに第六、第七騎士団が新設された。


 近衛騎士団である第一~第五が正当な由緒正しい歴史ある騎士団であるのと対照的に、第六、第七騎士団はいうなれば、ジャルク王の私設部隊である。


 第六騎士団の全貌は一般には明らかにされておらず、特殊部隊だと認識されている。

 その認識はそれほど誤ってはいないが、ではどんなメンバーが居て、どんな規模なのか? を知る者といえば、第六騎士団の団員と王を除いてはほとんど存在しない。

 特殊部隊であり、秘密部隊なのである。


 フェスバルの指揮する第七騎士団は、オープンではあるものの、元冒険者やごろつきあがりの団員が数多く所属し、騎士なのか? と問われれば、十中八九で否との答えが返るほどの組織である。


 フェスバル自身も元々は冒険者をやっていて、たまたまその活躍がジャルクの目に留まってスカウトされたくちである。

 騎士団入団の条件として、そんなにガチガチに礼儀とか気にしなくていいよ、だけど僕の言うことはちゃんと聞いてね、そんなに無茶はいわないからという王直々の言葉があったために入団したのであり、たとえ相手が上役のラン=ギスであっても必要以上にへりくだる意味を見出していない。

 文句があるなら止めてやるといつでも言い出せる立場なのである。事実フェスバル自身も騎士団というものに執着もなければ誇りを感じていない。


「じゃあ、話を戻すよ」


 発散しかけた議題を、ジャルク王がまとめにかかる。

 彼自身は9歳という年齢に見合わずかなり聡明で、将来有望どころか現時点においても大人たちと対等に渡り合えるほどの知識、先見性をもった少年である。

 欠点といえば、自身の年齢を気にしていて、一応年長者を立てるという部分があるということ。

 それは、本来であれば長所になろうものでもあるが、年寄りの長話に苦も無く付き合ってしまい、話をなかなか纏めれらないという難点もちょくちょくと発生する。


 今回もまさに。

 ほとんど同じ議題で会議が数日に渡って行われているのも、それが原因であるが、さすがにそのままずるずると同じことを繰り返すほど愚かでもないジャルク少年はぼちぼちと結論を出そうと今日の会議に臨んでいた。


「フェスバルが行きたいって言って、僕が了承すれば、それを反対する権利は誰にもない。

 ってことは、とりあえず、第七騎士団の派遣は決定ってことで」


「はっ!」


 あえてフェスバルは騎士風に――実際に身分は騎士なのであるが――、胸に手を当て敬礼の姿勢をとる。


 ラン=ギスなどからすれば、――あと、第七騎士団を当然良く思っていないオグワーズなどの古参なども――それはあてつけのようにも見えたが、咎めるだけの理由はもちろん存在しない。


 そんなラン=ギス達の想いを知ってか知らずか、知ってあえてか、フェスバルは素に戻ってだらりとした姿勢で、ジャルク王に向い、


「手はずは立案書どおりでいいんでしょ?

 第七騎士団の総力を挙げて、魔王の現状を暴く。あわよくば叩き潰す」


「うん、予算は通しとくから。

 あと、全滅した時のために、もっかい、遺族恩給の受け取り先だけ確認しといてね」


「了解。まあ俺も含めて恩給を受け取ってくれる遺族なんていないんですがね。

 ほとんどが、飲み屋のねーちゃんか……」


「フェスバル!」


 さすがに、ラン=ギスが、その後の言葉を刈り取る。

 フェスバルが口にしようとしていたのは、荒くれものだらけの第七騎士団の団員なぞは、恩給を飲み屋のおねーさん、あるは春を売る店のおねーさんに渡す手続きをとっておねーさんのご機嫌取りに使うのが常識だ、まったくもって税金の、国庫の無駄遣いだ……というような話なのだが、さすがに9歳の子供に聞かせるのはどうなのか? という面からの配慮である。


「いいよ、いいよ。

 僕だってそれくらいはわかってるから」


「今度いい店紹介しましょうか?」


「まあ、それは遠慮しとくけどね。向こうも恐縮するだろうし」


「そんなことはありませんよ。

 身分なんて気にしない気のいい女ばかりですから」


「…………」


 さすがにそこまであけすけな話になるとラン=ギスのみならず、周囲一同が絶句する。

 ラン=ギスなどは頭を抱えている。


「よろしいですか?」


 フェスバルの与太話に付き合いきれないと、さっと気持ちを切り替えたのはセシロナである。身分の違いはあれど、王との親密度で言えば、彼女はかなりの上位――五本の指に入るくらい――。

 位的には自分より↑であるフェスバルを敬う気持ちも皆無なため、わりと自由に口を挟めた。


「なに、セシロナ? なにか問題ある?」


「いえ、第七騎士団が魔王城を偵察に行くことには特に意見はないのですが、アズマ殿、タツロウ殿はどういたしますか?」


「タツロウは修行中で、アズマの腰はもう癒えたんだよね」


「はい。

 アズマ殿は旅支度を始めており、タツロウ殿を伴って明日にでも出発するとのことです」


「行先は聞いてる?」


「本人の口からきいたわけではございませんが、おそらくはかつての仲間の元を訪ねるのであろうと」


「そうだね。僕がアズマでもそうするからね。

 となれば、一番近いのは、極光さんとこか……」


『極光』の通り名が出たところで室内にどよめきが軽く生じる。


 かつての勇者――今もなんとなく勇者だが――、アズマと共に魔王を討伐した大魔道師の存在は、その名のとおり大きな希望の光となりうる。


「隠居の身とは聞いておりますが……」


「うん、僕も何度か使者を送ったんだけど、門前払いだったからね。

 実際に家の外で追い返されたよ。

 だけど、アズマが行ったら力を貸してくれるかな」


「アズマ殿もそれを考えていることでしょう」


「じゃあ、悪いけど、セシロナはこれまでどおりアズマ達をみていてやってね」


「御意」


「フェスバルの方は、別にアズマも極光さんも居なくて大丈夫だよね?

 なんだったら、一緒に行ってもらってもいいけど」


「うちはうちだけで動いた方が身軽ですから。

 自由にさせてもらいますよ」


「じゃあ、そういうことで。

 他に意見のある人~」


 結局、己の意見を言えるような人間はその場にはラン=ギス、フェスバル、セシロナぐらいしかないので誰からも手が上がらない。

 彼ら以外は自分で意見でも言おうものなら、それが採用された時に責任を負わされるのが道理で、それを避けたいという保身に走っているのである。

 なかなかに、腐ったとまでとはいえないが、澱んだおじい様方が多いのである。


 ラン=ギスはラン=ギスで、王都を守護し、人々の安寧を保つという役割を最重要視しているために、自身の部下を動かしがたい。

 となれば、挟める意見は限られてくる。


 よって、あっさりと会議は集結した。


 ジャルクにとってはこれを初日にやってもよかったのだが、まわりの老人たちの面子を保つために、あるいは、会議という馬鹿馬鹿しいシステムに耐えることで暴君となることや独裁を防ぐという自らへの戒めのためにあえて時間をかけたりしたのであった。


「ふんふんんふーん」


 と鼻歌を口ずさみながら、フェスバルが退席し、セシロナもそれに続く。


 ラン=ギスは、周囲に気取られないように小さくため息を吐くのだった。

 

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