第4話 悪

 ローライダム王国の王都近辺でアズマ、タツロウが地道な魔王討伐へと歩み出した。


 そのローライダム王国の国境、つまりは人類管理下区域の最西端のさらに西方には荒野が広がっている。

 そこは魔物の跋扈ばっこする危険地帯である。


 魔王存命時には、魔物が活発化し、腕に覚えのある者でも侵入を躊躇するほどである。 また、魔王不在時には、特に資源も用事もなく、訪れる者はほとんどいない。


 つまりは、何時の時代もわりと寂れた地域なのである。


 その荒野をさらに進んでいくと、古びれた大きな城が存在する。


 それこそが、魔王の居城。

 タナキアキングダムキャッスルなのである。


 そのキングダムキャッスルの最奥に構えるのは魔王の玉座。


 公私で言えば公務の時に利用する、魔王タナキアの職務室兼謁見の間であった。


「集ったか、四悪柱よ」


 タナキアが、玉座に向って立つ3人の悪魔を見やって声をかける。


 最左に位置するのは風のボーネルド。曰く『暴風の伯爵』


 実際には魔王側勢力で爵位制などは敷いていないため、伯爵でもなんでもないのであるが、吸血鬼を思わせる白いシャツに黒いスリムなスラックス。

 そして何より仰々しい黒いマントが、なんとなく伯爵然としていて、その二つ名を受け入れてしまえるだけの素養は十分であった。

 マントには背中の部分に二本のスリットが入っており、そこから黒く大きな翼――現在は小さく折りたたまれている――が露出している。


 顔は青白く、銀髪の短髪。知的、理性的を思わせる落ち着いた美青年。

 口には牙はない。別に血を吸うわけではないのである。


 その隣、中央に位置するのは、曰く『濁流の堅鱗』

 リザードマンの亜種である、水のダイタルニア。

 2メートルを超す長躯は、隣のボーネルドと比べても頭一つ近く勝っている。

 全身を青いうろこで覆われており、さらにはプレートアーマーを着込んでいる。

 余談ではあるが、プレートアーマーなぞの素材より、本人の鱗のほうがより堅く、本来であれば防御力の観点からいえば裸で問題ないのであった。


 蜥蜴とかげというよりもワニに近いその顔は、どことなく竜の要素も含まれており、見るからに強そうだと初見の相手を威圧するに十分である。


 さらにその隣、最右で佇むのは、土のグアッドルフである。

 緑がかった茶色の筋肉質の単眼の巨人である。2メートル50はあろう巨体の持ち主だが、猫背でガニ股であるため、頭の位置はダイタルニアとそう変わらない。


 本来ならばこれに、『妖艶の業火』、火のエンキーネを加えて魔王四悪柱なる四天王的な軍団の勢揃いである。


 いうなれば、魔王の側近中の側近であり、能力、忠誠心ともに魔王軍の中で破格の位置を誇る、幹部中の幹部である。


「集ったか、言うても、3人しかおらんし、毎朝の定例ミーティングですやんか」


 蜥蜴人間リザードマンのダイタルニアが、ひっそりと呟く。


「こういうのは雰囲気が大事じゃといったろう」


 魔王は、顔を軽くひきつらせながら、部下を叱咤するが、


「俺、朝弱い。定例、夜やる、俺、喜ぶ」


「確かにな」


 と、グアッドルフとボーネルドからも非難の声が飛ぶ。


「夜はわらわが眠くなるからダメじゃ。

 にしても、お前達……。

 一応はわらわに従ってくれているのはありがたいといえばありがたいし、当たり前といえば当たりまえなのじゃが……。

 それにしては、わらわの扱いが軽くないか?」


「またその話でっか? 結局そうなりますのん?」


 ダイタルニアが呆れたように漏らす。


「エンキーネ、連絡、ない。進捗、ない。ミーティング、議題、ない」


 グアッドルフが、現在の状況を自分なりに言い表す。


「確かにな」


 ボーネルドが、同意する。


「いや、わかっておるのじゃぞ。

 わかっておるのだが……」


 魔王の言を受けて、ダイタルニアがやれやれと言った表情で口を開いた。


「わしら、四悪柱はエンキーネの姉さんも含めて、魔王であるあんさんの魔力に比例して力が付くっちゅう縛りがありますよってな。

 ついでに忠誠心もあんさんの魔力にある程度は比例しまんがな。

 本来なら、数百年の魔力の蓄積が必要なところを、ギリギリ復活が可能となる数十年に短縮しようと言い出したんはあんさんでっせ。

 そりゃ、わしらも誠心誠意平伏するまでの威厳も持たない魔王相手にそこまで律儀に尽くせませんがな」


「とはいえ、これは前回の勇者との決戦前に皆で話し合ったことじゃろう?

 こちらが時間をかけて復活すれば、相手にも時間を与えることになってしまう。

 ならばいっそのこと復活を早めて、あのにっくき聖剣が力を蓄える前に、世界を征服してしまおうと」


「せやかて、なあ。

 まさか、こんなちびっこの姿で現れるなんて思ってなかったきに」


 そうなのである。


 王国で行われたイレギュラーな聖剣の継剣。

 その発端は魔王軍の策略にあった。


 復活しては倒されるのが魔王の宿命……ではないにしろ。

 これまで幾たびも魔王は、勇者によってその野望を打ち砕かれてきた。


 そしてそれは、勇者というよりも聖剣の力によるところが大きい。

 幾度も破れてさすがに魔王もそれを知る。やられっぱなしでは済ませない。


 聖剣は力を使い果たすと、長き眠りを必要とするという情報を小耳に挟んだ魔王タナキアは一計を案じた。


 本来であれば自身も復活には相応の時間をかけて、魔力を蓄えなければならないのであるが、それを早めたのである。


 あわよくば、聖剣はその眠りから覚めることが叶わず、勇者は聖剣の加護無しに戦わなければならないという状況を作り出すために。


 よしんば、聖剣自体が使用可能となっても、その力は十分でなく、脅威ではないであろうという希望的観測を期待して。


 なのであるが……。


「わらわだって、復活を早めてしまうのがこんな影響を与えるなんて知らなかったのじゃからな。

 魔力が多少劣るのは織り込みずみじゃったのじゃが」


 そう呟いて肩を落とすタナキアは、立派な玉座にちょこんと座っている。

 まさにチョコンというのが適切な。

 豪華な装飾と一般成人用に作られたサイズには不釣り合いな。


 見た目でいえば、年の頃にして10を超えたかどうかというところ。

 魔王の権威も威厳もまったくその姿から滲みでてこない。

 黒いストレートヘアーが、似合うどこぞのお嬢様のような。

 ありていにいえば幼女と言われてもおかしくないぐらいの見た目年齢なのである。


 実際には何百年などという単位では測れないほどの長命ではあるが、魔力不足の影響からか、その内面もそこはかとなく幼児化してしまっていたりする。


「そやかて、はよ起こせゆうたんは、ほかならぬあんさんですさかいな。

 わしらは、言われてとおりにやっただけよってに。

 それかて、あんさんの寝起き悪うて、起こすのにごっつう苦労したんやで」


「……。

 と、とにかく定例ミーティングを始めるのじゃ。

 ボーネルド、報告を頼む」


「御意……」


 元々の性格上、忠誠心が下がろうともボーネルドの態度はそれほど変わらない。

 たまに慇懃無礼だったりするのだが、場の空気を厳格に保つためには――あるいは、もっぱら下落中である自らの威厳を取り戻すには――という思惑も含ませながらタナキアは魔族の紳士に促した。


「とはいえ、エンキーネからの連絡はございませぬ。

 先ほどグアッドルフも申しておりましたが」


「あれは一種の暴走やからな」


「タナキア、褒める。エンキーネ、喜ぶ。エンキーネ、褒められたい」


「じゃが、悪い案ではなかろうて」


「確かに。

 新たな勇者が聖剣を手にしようがしまいが。

 この段階であれば、勇者もそれほどの力を手に入れていますまい」


「そうじゃろう?

 だから、今から勇者の討伐に行ってくるというエンキーネを送りだしたのじゃ」


「褒美、ほっぺにチュー。エンキーネ、チュー大好き」


「そ、それは話の流れ上、仕方なしにじゃな……」


 タナキアはほっぺを赤く染めた。


 事の成り行きはこうだった。


 とにかく、魔王の常識を覆す、早期復活という、考えようによっては抜群のアイデアを携えて。


 タナキアは、数十年の眠りから目覚めた。


 それを為したのは側近であるところの四悪柱である。


 思っていた以上に先代の勇者――アズマ――が強大な敵であったために。

 本来ならば対勇者の、勇者対魔王の最終決戦前に四天王というべき四悪柱が勇者とそれぞれ対決して破れつつの勇者の力をそぐ。

 あるいは、魔王であるタナキアとともに戦い、5対4という数的有利――その時の勇者一行は四人パーティだった――を持って最終決戦に臨むというのがセオリティカルなのだが、タナキアはそれを選択しなかった。


 どうせ戦っても破れる。……のであろう。

 それが覆しがたい事実なのであれば。

 

 ボーネルド、ダイタルニア、グアッドルフ、エンキーネの最強四幹部は温存し、勇者と戦うのは自分だけ。

 どうせ、破れるだろうが、その後に。

 身を潜めた四悪柱に、早い段階で覚醒させてもらい、スピード勝負で次回の世界征服に乗り出すという小ズルい方法を編み出したのである。

 何度でも復活できるという特技を持った魔王ならではの作戦である。


 首尾よく目覚めることはできたものの。復活を早めることはできたものの。

 想定外だったのは、自分の姿が子供であり、威厳もへったくれもないという現状。


 幼き姿の魔王と再会を果たしたボーネルドらは呆れたり、ある意味で達観したりはしたが、エンキーネだけは違ったのである。


 幼女に近いルックスがエンキーネの保護欲やら母性本能やらいろいろこじらした彼女の性的嗜好を刺激し、あたしが、いっちょ大手柄を上げてやる! と自ら作戦を立案して勇者討伐へと繰り出して行ったのであった。


「首尾よくね、うまくいったらね、タナキアちゃん。

 ほっぺ、ほっぺたでいいから、軽くね、軽くでいいから。

 チュっとチューしてちょうだいね」


 と言い残し、タナキアの返事も待たぬまま。




 かくして。

 単独で行動しているエンキーネの動きがわからぬ以上、あまり派手に動くこともできず。

 そもそもにして、魔王タナキアの現在の力はそこらの魔物にすら劣るぐらいであり、配下に居るボーネルドらも、似たり寄ったりという戦力では、戦闘経験すくなかろう勇者ならまだしも、そこらの冒険者に後れをとりかねない。


 なので、朗報を待ちつつ、日夜だらだらと過ごしながら、毎朝のミーティングだけはしっかりとこなし――それすらただの雑談会に成り下がっているのであるが――というのが現在の魔王軍の日常である。


「せめて……、魔物らが言うこと聞いてくれたらなあ。

 なんぼでもやりようはあるんやけどな」


「それ、言わない約束。タナキア、へこむ」


「確かに……」

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