第3話 vs スライム

「は~、スライムねえ。スライムスライム」


 タツロウはぶつくさと呟いている。

 アズマがかつて冒険に出た時も最初の敵はスライムだった。

 その時は時間をかけて力を付けていくということで、ギルドの討伐クエストとして受けた最初の依頼でもあった。ゲームでの最初の敵はスライムなのが定番で、そこから徐々に強い魔物へと対抗する力を得られるという期待感で高揚しながら索敵していたという思い出がよみがえる。

 が、タツロウはまったくそうではないらしい。


『全然やる気がないよね』


『まあそう言ってやるな。魔物を倒して経験値を得る喜びに触れれば少しはあやつの態度も変わるかもしれんからのう』


「ほれ、タツロウ、スライムじゃ。

 知ってのとおり、体当たりぐらいしか攻撃手段を持たず、それすら致命傷には程遠い。

 お前の持つ鋼の剣であれば上手くすれば一撃で倒せるじゃろうて」


「お手本とか見せてくれないのかよ?」


「お手本?」


「その背中の剣は飾りじゃないんだろ?」


「それはそうじゃ。この世界で最強の武器なんじゃからな」


 一瞬背に背負う聖剣ホシクダキほーちゃんに手を伸ばしかけたアズマであったがすぐに思いとどまった。

 こんな雑魚を倒していい気になったところで意味はないのである。

 それに、昨夜久しぶりに剣を手に取って素振りをしていて腰を痛めたために、あまり無理はしたくなかった。加えて、ほーちゃんの力はまだ完全ではなく、無駄な力を使いたくないという理由もある。


『ボクなら大丈夫だけど? スライム相手にそんなに力を使うもんでもないし。ていうかアズマの力だけで倒せるでしょ?』


『いや、ここで調子に乗っても意味はない。どうせタツロウでもすぐに一撃で倒せるようになる相手じゃしな』


「スライムごときで儂が出るまでも――聖剣を使うまでもない。お前がやれ」


「命令口調かよ。まあ、言われたとおりにするけどさ」


 だらだらとタツロウはスライムに向って歩いていく。


「そらよ!」


「ほう……」


 思わずアズマは感嘆かんたんの声を漏らした。歩調のやる気の無さとは裏腹に、タツロウの剣筋は理に適った綺麗なものであったのである。

 スライムを一刀両断に切り捨てた。


「タツロウ、おぬし、武術の心得などあるのか?」


「剣は体育で剣道やったぐらいだな。だけど、こんなもん常識だぜ?

 伊達にネトゲの攻撃モーションを真似て部屋で棒切れ振り回しているわけじゃない」


 その一言でアズマは理解した。そういえば、タツロウは何時いつ異世界から召喚されてもいいように準備はしていたと言っていた。そのうちのひとつが攻撃スキルを自分でやってみるという役に立つのか立たないのかよくわからない修行なのであろう。それは暇を持て余したニートだからこそなせるわざであった。


「一匹じゃものたんねーな。連続技も試してみたい。

 もう少し頑丈な奴か、こいつが数いるところに案内してくれ」


 俄然がぜんやる気になっているタツロウである。アズマとしては、もう少し――せめてレベルが上がるくらいまでは――スライム一匹を相手に様子を見たいところではあったが、せっかくの気合いに水を差すのもはばかられ。


「そうじゃな……」


 と周囲の気配を伺う。スキル『魔物探知』である。スキルレベルがMAXであるので、効果範囲は広く、相手の種族や数までも詳細に見とおせるのである。


「すぐあっちに、3匹集まったスライムがおるが?」


「じゃあそこ行こうぜ」


「儂は戦闘には加わらんぞ? 反撃を食らうことになると思うが……」


「致命傷にはならないっていったのはじじいだぜ?

 攻撃されてダメージ食らうのも立派な経験だろ」


 すっかり主導権を握ったタツロウに促されて、アズマは案内することになった。


 それからしばらく、タツロウによるスライム狩りが続いた。


 タツロウは自らの力を確かめるべく、地道にスライムを倒し、レベルアップも果たし、順調な滑り出しを見せたように思えたのだったが……。


「飽きたっ!」


「なん……なんじゃと!?」


「さっきから狩り続けてようやくレベルがひとつ上がっただけじゃねーか!」


「そうは言ってものう……」


 確かに、既に数十匹のスライムをタツロウ一人で仕留めていた。

 とはいえ、スライムから得られる経験値などはたかがしれている。

 加えて、聖剣の加護による取得経験値アップなどのスキルを持っていたアズマと違い、タツロウは素の経験値しか得られないのだ。


 たった数時間でレベルが上がるというのが実はかなり恵まれた状況であるのであるが、タツロウはお気に召さないようだ。

 確かにこれがゲームであれば、数時間プレイしてレベルが1しかあがらないなどという事態に遭遇すれば飽きがくるのもうなずける。が、しかしこれはゲームでなどない。


「スライムよりもう少し強い魔物はいないのかよ」


「お前のレベルでは厳しいかもしれんぞ?」


 とはいえ、アズマは初歩ではあるが回復魔法も使える。体が老いた分、魔力の総量なども減少しているが、この辺りの雑魚を相手に、レベル2のタツロウに使う分には十分だとは言えた。


「効率よくいこーぜ! 効率良く」


「とはいえのう……」


 アズマは考え込んだ。この辺りに生息していてスライムよりも若干強い魔物といえばキノコ的なモンスターが一種いるだけである。

 が、経験値はスライムの倍ほど得られるとはいえ、討伐効率の点から言えば、スライムを相手にするのとそう変わりはない。今のタツロウには一撃で倒すことができない可能性が高いのだ。

 上手くいって対スライムに比べて経験値取得効率は1.2倍程度のものである。加えて反撃を喰うなどのロスを考えればよくてトントン。悪くすればマイナスである。

 しかもキノコ的なモンスターは群れていることが多く、一匹だけのものを見つけるのは時間的にもロスが多い。


 アズマはそれをタツロウに説明したが、


「一撃で倒せば問題ないんだろ? スライムなんて軽く倒せるんだから、そいつだって一撃だろうよ。とにかく案内してくれ」


 とあくまでも上位の敵――といってもまだ雑魚の域を一歩も出ていないが――に相対する気が十分のようだ。




「マジックマッシュルームとはまた、脱法感の強いネーミングだな!」


 まだ距離はあるがアズマが指し示した方向には、寸胴の茸が群れていた。といっても水玉模様のオレンジの傘で、手足も生えたそれは一見して魔物とわかる。

 マジックという言葉が含まれているが魔法が使えるわけではなく、魔素の力を得て魔物化した程度の意味合いだろう。


 ちなみに、アズマの時代にはマジックマッシュルームなどという単語はまだ浸透していなかったためタツロウの言う脱法感というのが良く理解できなかった。そもそも脱法という言葉すら耳馴染がない。


 とにかく、タツロウのたっての希望で会敵させたのである。

 いざという時には自分がフォローすることも可能であるために、高みの見物を決め込もうと考えていた。


「なら、儂は見ているからな。

 己の力がどこまで通用するか試してみるがよい」


「言われなくてもな。

 どうせ、スライムとは違うとはいえ、雑魚の中の雑魚には違いない」


 タツロウはすっと足を進めると、3匹居るマジックマッシュルームの一匹に向って剣を振るった。


「そりゃ! ってな!」


 大きな裂け目が茸の胴体に入るが、致命傷までには至らなかったようだ。


「ほれ、反撃がくるぞ!」


「わかってるさ! せいや!」


 タツロウの動きは素早く、腕を振り上げて攻撃の意思を見せた茸がその腕を振り下ろす前に二撃目が炸裂する。


「なるほど。一撃では倒せないっと……」


 といいながら、一匹を軽々仕留めたタツロウは次の茸へと向き直った。


「ほう……」


 その動きにアズマは一瞬ではあるが目を奪われた。


『口だけかと思ってたら……』


『ふむ……、意外にやるようじゃな……』


 聖剣ホシクダキほーちゃんにしても同様である。


 タツロウが繰り出したのは、彼の中ではスラッシュというブラウザゲームで良くあるタイプの斬撃技で、片手剣においては初歩の初歩という技である。


「じゃあ、こっちはどうだ。

 せいっ……せやっ!!」


「なにっ!」


 タツロウは見事な連撃で二匹めの茸を仕留めた。一瞬の出来事である。

 これにはアズマも想定外で思わず声を上げてしまった。


「ほう、レベル2でもキャンセルからの連続発動ができるのか。

 なら、こいつら相手だと楽勝しかないな」


 と瞬く間に3匹の茸を仕留めた。ノーダメージである。


「ほんとうに……、お主、剣の修行をしておらぬのか?」


「ああ? 基本技を使っただけだぜ?」


 タツロウは軽く言い放つ。

 彼の使ったのはスラッシュの連発。

 スラッシュは、スキルゲージの使用量が少なく、威力はそれほどではないもののモーションキャンセルしての連続攻撃に向くいわば雑魚的相手には必須ともいえるスキルである。

 彼のプレイしていたゲームではさすがにレベル1や2そこらでは連続で発動できなかったものの、やってみたらできたということであった。

 もちろん、この世界は彼の思うゲームとは異なっておりスキルゲージなどというものは存在していないし、スラッシュ自体も勝手に彼がモーションを真似てそれっぽく使用しているだけなのではあるが。


「剣に闘気を纏わせて……みたいな技の使い方はわからないが、スラッシュだけならスキルゲージの続く限り何発でも繰り出せるからな。

 大抵の雑魚は反撃する機会もないまま沈むさ。

 ってかスキルゲージがあるのかないのかもよくわかんないんだけど」


 いい気になってタツロウは自らの技術を解説しだした。


「たしかに魔法もスキルも無制限に使用できるというわけではないがの。

 じゃが明確に数値としてMPのようなものが存在しているわけではなく、そうじゃのう、使いすぎると精神の集中ができずに使用制限がかかるという感じかの。

 それよりなにより、武器による攻撃などというのは儂の知る限りスキルとしては存在はしておらぬが?」


「そうなの?」


『のう? ほーちゃん』


『そうだね。ただ、タツロウの技の威力を見る限り、なんらかの力が上乗せされているような気はする』


『それは、儂には無かった力がこやつには与えられているということか?』


『そうかもしれないし、たまたまタツロウに剣の才能があるだけかもしれない。ボクにもよくわかならないよ』


『あまり過信するのも……、というかタツロウに過信させるのもよくないということか』


『うん、しばらくはこれくらいかちょっと強いぐらいの魔物相手に様子を見た方がいいだろうね』


「どうした? 黙り込んで? 急に」


「いや、すまん。考え事をしておったのでな」


「で? わかっただろう? 俺の実力が」


「ああ、思った以上ではあった。が、急ぐことはあるまい。

 これ以上の敵となれば、場所をだいぶと移動せねばならぬし、そうなると王都に戻るのも一苦労じゃ。野営の準備もしておらぬしな。

 今日はこのままこの辺りで魔物を狩るとしよう」


「結局そうなるのかよ。面倒だな」


「なに、千里の道も一歩からとよく言うじゃろう」


 なんだかんだと、順調な滑り出しを見せつつあるアズマとタツロウのコンビ――ほーちゃんを加えるとトリオ――なのであった。

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