第2話  勇者君達との遭遇

 嘘でしょー。だーれも来ない僕の理想郷が、たったの数年で破れたりー。


「クソッ、マーレが気絶してる!」


「なっ、どうするんだ!」


「撤退しかないだろう!?」


「無理だ!  囲まれてるんだぞ?」


 あーあー、ピンチだというのに、こんな時まで口論か。これだから下界の人間は。どうせこいつらの目当ては僕……

 いや、待て。僕は誰にも告げずに完全透明化して気配を消してここに来た。誰かに足取りを追われたりしないように、僕がいた痕跡は全て消してきた。そりゃ、人の口に戸は立てられないけれど、そもそも見つかってないんだから、場所がばれることなどないはず。


「確かめないとな……僕をこんなところに探しに来た理由を!」


「ウォン?」


「そうだポチ。あの声がする方に、急いで行くんだ。気配からしてタマが遊んでいるんだろう」


「ウォン!」


 ポチの種族の正式名称、『黒風狼』。成体になれば体長二十メートルを越す、かなりの強さの魔物だ。

 その大きさも脅威だが、大きいだけならただの的になる。少なくとも、それだけなら『過去に人間を滅ぼしかけた』なんて伝説は『黒風狼』に存在しないだろう。『黒風狼』が伝説と呼ばれるようになった一番の理由が、音速を越したスピードで戦えるということだろう。人間の弓矢や魔法など、見てから避けられるわけだ。しかもその特性により、「障害物は関係ない」。木が生い茂ったこの樹海のなかでも、一直線に走り抜けることができる。


 ぐぉっ、と襲い来る慣性から来る重力に魔法で耐えつつ、人間たちの声がした地点まで走ってもらう。


「ぐっ……こりゃあ、無茶しすぎたな。勇者、お前は逃げろ。ここは俺が引き受ける。なに、後でちゃんと寝ちまったマーレとユリィは連れてくる」


「嫌だ、二年も一緒に旅してきて、今更見捨てられる訳ないだろう!?  この程度の困難を乗り越えられなくてーー」


 数メートル手前で、ポチから降りた僕は、衝撃の言葉を聞いた。


「魔王を倒す事なんて、無理だろう!?」


 ああ、そうか。この子もーー。


「ああ、無理だな」


 僕はついさっきまでかけていた透明化の魔術を解除し、この、『二つ目の魔界』に訪れた客人の前に姿を現す。


「こんな所でつまづいているような男に、魔王は倒せない」


「ゴルゥァァァァッ!」


 背後からタマが飛びかかってくる。『金王虎』。体長三十メートルを越す虎が、鈍重さなんておくびにも出さず跳躍したそれを、僕は片手で受け止めた。まあ、それを為すのに魔術を三十と少しの数を重ねがけしているんだけど。


「なぁ、教会の犬?」


 僕は笑いながら、昔の僕と同じことをしようとしている勇者君に話しかけた。


「あ、あなたは?」


 戸惑いを露わに、震える手で僕に剣先を向けながらーーいや、向けているのは、背後のタマにか。


「さぁ、誰だろう?  君は僕のことを知っていると思うんだけど」


 それにしてもこの勇者君、かなり優れた容姿をしている。ムカッ。


「さ、『災厄の賢者』。アラン・ギルバーツ」


「その通り。で、僕の理想郷に何の用かな?」


 僕は、やはりこの勇者君が僕を探しにここに来たことを悟り、用心する。


「いや、それより先に背後の化け物を……」


「ん、ああ、そうだった。この子はタマっていうんだ。大丈夫。この程度なら、片手間で追い払えるよ。ほらタマ、『向こうに行ってろ』」


 このクラスの魔物になるととても魔術抵抗が高いので、一気に数十個の魔術を重ねがけでようやく精神操作をすることができる。けど、それも僕なら造作もないこと。


「ガル」


 喉を鳴らして、森の奥に帰っていくタマ。それにしても、こんなに深いところまで、よくこの人たちは入ってくることができたな。運が良かったのかな?


「さて、これでいいだろう。もう一度聞くよ?  なんのために、こんな所まで?」


「それは……うっ」


 急にふらついて、勇者君は倒れた。


「あれ、力尽きちゃった?  じゃあそこの戦士君に……って、君も気絶してるのかよ、くそ。あーあ、こんな所に女の子もいるし、置いていけないな。家に連れて帰るか」


 と、誰が聞いてる訳でもないのに独り言を呟きながら、僕は指を鳴らした。魔術が発動し、僕の背後を浮かびながら、四人の体がついてくる。


「さて、この子たちと別れたら、また理想郷を探しに行こうかな」


 折角の安らげる場所を壊された気分で、僕は自分の家まで急いだ。ポチは彼らを嫌がり、乗せてくれなかった、

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