第20話 第一回魔王争奪水泳大会

「はぁ~」

 カポーン、なんて音は全く聞こえないけど、食後俺は、その場から逃げるように風呂場へとやって来た。

 結局、吸血鬼の幼女、ゴスロリのロリルージュは、ここ、城に住むこととなった。

 ……なったのはいいんだけど、これはちょっとやばくないだろうか。

 ただでさえ騒がしい毎日なのに、心休まる場所が少ないって言うのに。

 一番心休まりそうな、風呂とベッドの中が、一番落ち着かない。

 俺はこの先一体どこで心を癒せばいいのか。

 何だ、幼女の白黒ニーソとスカートの間の、俗に絶対領域と呼ばれるあの小さなオアシスで癒せとでも言うのか。

 あ、それで十分か。

 ま、何にしろ。


「後の祭りだなぁ~」

 俺は目を閉じ、グーッと伸びをする。


「それはどんな祭りじゃ」

「……」

 ふう、俺はもう驚かない。

 突然横から人の声がしたって、全然驚かない。

 目を開けると隣には、当たり前のように俺と並んで湯に浸かる、深紅の頭。

 ルージュだ。


「後の祭りって言うのは祭りの名前じゃなくて、手遅れとかそう言う意味のことわざだよ」

「ほう、そうか。まあ確かに祭りの後と言うのは、何とも言えん虚無感に襲われるのう」

 そうだね、そうだけどもね、そう言うことではないんだよ。

 そう指摘しようと思った矢先、目の前のお湯が、突然盛り上がる。

 だが俺はそんな状況にも、もはや驚かない。

 ザブーンと音を立てて出てきたのは、もちろんネネネ。

 彼女の前ではり上がるもさかり上がるだ。


「まあ、どうしてここにババアがいるんですの!?」

「お前もだ!」

 言っておくが、ここは男湯だ。


「おいおい年増、風呂ぐらい静かに入らんか」

「フンッ、そうですわね」

 言って、俺の横に座るネネネ。

 ネネネとルージュに挟まれる俺。

 つまり俺は今、なぶられているならぬ、女男女ぶなられている状態だ。

 男湯で、男より女の数が多いって、どうなんだ……。


「まおーさま、今夜こそネネネを受粉させてくださいな」

「させないよ!? 受粉はお前じゃなくて、作物にさせるよ!」

 ネネネに種を植えている場合じゃないんだよ、ただでさえ実りが悪いのに。

 このままじゃ餓えるよ?

 大体受粉って……。

 何? ネネネ産むの?

 野菜。

 産地直送ならぬ妊地直送ってか?

 俺は野菜の子供なんて認知しないからな!


「おい年増、ワシの寝ている横でズコバコするでないぞ」

「どうしてババア、あなたが横に寝ている前提ですの?」

「当たり前じゃろうが、ワシはアスタのリップクリームじゃ。使いたいときに使えんでどうする」

 リップクリームって、さっきはルージュって言ってたじゃないか。

 まあ俺は男だから口紅は塗らないけども。

 そうなると君の名前は、ブラッドレッド・ボルドー・リップクリームになるからね?


「そんなものは必要ありませんの。まおーさまの唇は常にネネネがねっとりと潤いを与えますから」

「やめろ!」

 いったい俺の唇に何をしてるんだ!


「では、今夜どちらがアスタの世話をするのか、勝負で決めようではないか」

「望むところですわ」

 いや、俺、別に世話されなくとも寝れるんですけど……。

 と言うか、風呂でくらい静かにしろと言ったのはどこのどいつだ。


「幸いここには、あつらえたようにただっ広い風呂があるでのう」

 ただっ広いって、だだっ広いだろ。

 でも確かに……ただ広いだけで何にもない風呂だからな、言いえて妙といえばそうだな。

 うん、ただっ広い。


「水泳勝負といこう」

 風呂で?


「ルールは簡単じゃ、端から二人が一斉にスタートして、早く反対側にたどり着いた方の勝利」

「分かりましたわ」


「おいおい二人とも、風呂で暴れるのはやめろよ。怪我でもしたらどうするんだ」

「何を言っとるアスタ、おぬし保険に入っておらんのか?」

 保険? そんな制度がこの世界に存在するのか。


「あれはよいぞ。風呂の事故により発生する金銭面のあれやこれを保障してくれるらしい」

「それは不慮の事故だ!」

 風呂の事故を保障するなんて、そんなピンポイントな保険に入ってたまるか。


「不慮の自己?」

 不意に見つけた己か?


「違う事故だ」

 とかなんとか言ってる間に、結局水泳勝負をすることになった。






 パ~パパパ~パパパ~、ジャジャジャジャン、チャラララ~ン、ジャジャジャジャン、チャラララ~ン。


「間もなく開催されます、第一回魔王争奪水泳大会。司会は四天王素早さ担当、ゲイル・サンダークラップが務めさせていただきます」

「解説はその妻、ウメコ・サンダークラップがやらせていただきますぅ」


「えぇウメコさん、今日はどうもぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそぉ」


「それでは早速ですが、この勝負、どういった展開になると予想されますか?」

「そうですねぇ、全く予想がつかないというのが私の素直な感想でしてぇ、えぇ」


「はっはっは、そうですか。ではどっちが勝ってもおかしくないと」

「そういうことになりますわねぇ」


「そうですか、見ごたえのある勝負になりそうですね。はい、では次に選手の紹介に移りたいと思います」

「はいぃ」


「第一レーン――」

「っておい! お前らどこからわいて出てきた!」

 どいつもこいつも好き勝手しやがって。


「まおーさま、わざと負けてもいいんですのよ?」

 いやそれだとネネネに世話をして欲しいみたいだし……かと言って本気出すと、ルージュとロリロリな夜を過ごしたがってるみたいだし。


「と言うか、どうして俺の奪い合いに俺が出ないといけないんだよ!」

 そう、勝負するのはネネネとルージュではなく、なぜか俺とネネネ。


「何じゃアスタ、自身がないのか」

「あるわ!」

 自分自身を見失ってる奴が、こんな所で水泳なんかするか。

 いや、自分自身をなくしたからこそ、こんな所でわけのわからないことをしてるのか?


「ワシと年増では、体格に差があり過ぎるでの。じゃからワシの代わりとして、おぬしに出てもらう」

 これは勝負の形になっているのか……?



「ではいくぞ! 位置についてよーいドンッ」

 ルージュの掛け声で俺とネネネは風呂の縁を蹴り、一斉にスタートする。


「さあ各馬一斉にスタートしました!」

 馬じゃないんだよ……。

 俺はクロールはしない、かといって平泳ぎでもバタフライでもない。

 蹴伸びだ!!


「ウメコ、僕もう我慢できないよ」

「あぁんゲイル、ダメよこんな所で」

「ウメコ」

「ゲイルゥ~ン」

 超スピードで蹴伸びする俺の耳に聞こえてきたのは、ゲイルとウメコのそんな声。

 お前らは何をしてるんだ!

 とんでもない司会者と解説だ!

 本当に救いようのないバカだよ!

 まったくもうまったくもう。


 しかし何だ、バカで思い出したけど。

 『カバは逆立ちをすると何になるでしょうか?』『答え.バカ』みたいななぞなぞ。

 果たしてあのなぞなぞの答えは、本当にバカなのだろうか。

 正直、逆立ちの出来るカバなんて、天才以外の何者でもないと思うんだけど。

 大体それなら、バカが逆立ちをすればカバになるのかって話だ。

 なるわけがない。バカは逆立ちしたってバカのまま。むしろ余計バカだと言われるだろう。

 カバは逆立ちすれば拍手されるし、バカは逆立ちをすれば拍車がかかる。

 と言うことはカバとバカはイコールではない、つまり!

 っていや、なぞなぞに本気でツッコミを入れるほどバカなこともないか。


 と言うか、そもそも俺は今そんなことを考えている場合じゃないじゃないか。

 何せお湯の上、水面を滑っているのだから……。

 そう、さながら水切りで、水の上を飛び跳ねる石の如く。

 気をつけの状態で、腹でピョンピョンと。

 どうやら、また勝手に魔法を発動させてしまったみたいだけど。

 陸から突然暗い川の中に投げ込まれた石は、こんな気分なんだろうか。

 お先真っ暗だよ。

 何をしたって俺の体は止まりそうにない。

 で、目の前には壁があって、更にその先には女湯があって。

 その女湯にはラヴがいて……。


「とぉぉぉぉまぁぁぁぁれぇぇぇぇ!!」

 一体どうすればこうなるんだ!

 一体どんな魔法なんだよ!

 もちろん抵抗虚しく、壁を突き抜け女湯へダイブ。


「魔王、アンタまた――ってちょっとこっちこないでよ!」

「止まれないんだよ!」

 女湯に突っ込んでも、俺の勢いはおさまることなくことなく、滑り続ける。


「キャー! この変態! アホ! バカァ!」

「グヘヘヘヘッ」

「まお~さま~」

「はっはっはっは、この勝負ワシの勝ちじゃ!」

「ウメコ~」

「ゲイルゥ~」


 今日も魔王城は騒がしい。

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