第19話 みんな大好き自己紹介

「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ――」

 魔王城に帰りなんだかんだあって、夕食が出来るまで自室でボーっとしてた俺。

 突如降りだした豪雨、轟く雷鳴。

 稲妻がひと際閃光を放ったその瞬間、俺は窓の外にたたずむ人影を見た。

 そしてその人影は、ガンッガンッと窓を叩く。


「なななな、何だっていうんだよ」

 人影は言う。


「開けて……アケテ……アケテ……」

「ひいっ」

 なんだよ、お、お化けか? 賊か?

 開けるわけないだろ……まじで怖いんだけど。


「開けて、開けて……空けて」

「空けるか! ここは俺の城だ!」

 立ち退きは拒否します!






 イヨ~ォポポポポポポポポポンッ!

 はい、ところ変わって食事の間。

 ながーい机に座って夕飯を食べる俺と、ラヴと、ネネネと……。


「どうしてあなたはそこにいますの!?」

「別にええじゃろうが」

 吸血鬼。

 ロリロリのロリ。

 『開けて、開けて』と言って窓を叩いていた人影は、この子だったのだ。

 まあ紆余紆余ウヨウヨしながら、折れ曲がって、折れ曲がって、した結果。

 一緒にご飯を食べることになった……んだけど……。


「よくないですの!」

 どうもこの吸ちゃん(仮)とネネネは反りが合わないらしく、さっきから喧嘩ばかり。

 同じソリには乗れませんってか?

 何もネネネはこの場にゴスロリ幼女がいることに対して怒っているわけじゃない。

 そんな狭量じゃない。

 ……と、信じたい。

 何に怒っているかというと。


「どうしてまおーさまのひざの上で、ご飯を食べる必要がございますの!?」

 そう、ゴスロリ吸血鬼は俺のひざの上で食事中なのだ、なんとも食べづらい……。


「本当にうっさい奴じゃの、食事のときくらい静かにして居れんのか?」

「何ですって……」

「何じゃ? やるか? ワシが本気を出せばお前なんぞ、ふふんのふんっじゃぞ」

 なんだよふふんのふんって、全部無視されそうだな。


「ぐっ……キィーッ!!」

 まあ実際さっきから声を荒げてるのはネネネだけで、吸ちゃん(仮)にうまくあしらわれてるからな。

 子供みたいに騒ぐネネネに対して、大人な対応をする幼女。

 立場逆転してるよ……どっちが子供かわからない。

 大体子供と大人が喧嘩するときって、大人は事を荒げないようにうまく対応しようとするけど、子供からすればそれが余計腹立つんだよな。


 そんなことよりその『ふふんのふんっ』ってやつ可愛いからもう一回お願いできないかな。

 ……と言おうと思ったけど自重。

 目の前で尚も行われている、火花飛び散る視線の応酬。


「ほらほら二人とも喧嘩はやめて、せっかくのおいしいご飯がまずくなるじゃないか。なあ、ラヴ」

「えっあ、そ、そうね」

 突然ふられて少し驚いた顔をしたラヴは、大口を開けて肉にかぶりつこうとしていたところだった。


「ということで、自己紹介でもしようか」

「またするの?」

 そう、またするの。

 知恵のない俺は何も思いつかないので、浅はかにも、とりあえずということで自己紹介をするんです。


「じゃあラヴからね」

「どうして私からなのよ」

 と、言いつつも、金髪碧眼の彼女は長いポニーテイルを手で触りながら、自己紹介を始める。



「ラヴ・リ・ブレイブリア、勇者よ」

「ほうラヴリン、なかなか可愛い名前じゃの」

「違う! ラヴ・リ・ブレイブリア! リよリ、繋げないで伸ばさないで!」

 やっぱり毎回こうなるんだね。

 このことについてはもうツッコミを入れるのはやめよう、うん。


 てか気にするとこそこなの?

 彼女勇者だよ?

 どうして勇者が魔王城にいるんだとか、気にならないわけ?

 まあいっか。


「じゃあ次はネネネ」

 ネネネは吸血鬼ヴァンパイアを一度睨みつけると、肩に軽くかかった桜色の髪の毛を手で払いながら、フンッとそっぽを向いた。


「ネイドリーム・ネル・ネリッサ、妖精ですの」

 また妖精って……そんな悪魔としか思えないような尻尾を隠さずにいて、よくそんな嘘がつける。


「嘘付け、おぬしどこからどう見ても夢魔じゃろ、妖精じゃなくてどっちかちゅーと妖怪じゃろうが」

「なんですって!?」

 右目元の涙ボクロが歪むかというほど、目を見開くネネネ。


「何じゃ? やるのか? ワシが本気出せばお前なんぞ溶けてなくなってしまうぞ」

「あっ……」

 そこで声を上げたのはまさかのラヴだった。


「妖怪が溶解」

「「「……」」」

 何を急に……しかもくだらないおやじギャクを。

 しーんとなった部屋でみんなの注目を受けたラヴは、顔をまっ赤にして机に突っ伏した。


「あはははは……じゃ、じゃあ次は俺が」

 まあラヴのおかげで、熱くなった二人が一気に冷めたからよしとしよう。

 きっと身を挺してこの場をおさめてくれたんだな。

 この日のことがのちに百年の愛も冷めた夜『愛の冷凍庫事件』として語られることはない。

 でもまあ俺の名前は言ってあるんだけどね、あの熱きバトルの末に。


「はて、おぬしの名前は何じゃったかな……魔王、ア、ア……」

 うんうん、そうそう。

「明後日?」

「一日多いわ!」


「漁った?」

「何を!?」


「あ、吸った」

「やめろ!」


「あ、擦った」

「大丈夫か? どこか痛くないか?」


「のび太?」

「ドーラーえーも~ん」

 おいおい、それは君がやっていいネタなのかい?


「ってなんだよこれ! 俺の名前は昨日でも今日でもない、アスタだ!」

「おおそうじゃ、アスタじゃ」

 ちゃんと覚えといてくれよ、名前聞いたの自分のくせに。

 大体あんな感動のシチュエーションで聞いたくせによく忘れられたな。


「なんやねんもうええわ!」

「「どうもありがとうございました」」

 伝説のお笑いコンビ誕生の瞬間だった……。



「で、あなたのお名前は何ですの、蚊」

「蚊じゃないわい、どっちかちゅーと嫁(か)、嫁(よめ)じゃな」

「まあ図々しい、ネネネはまおーさまの妻ですのよ」

「ツマ? 刺身のか?」

「違いますわよ!」

 本当にダメだなこの二人。


「アスタよ、自己紹介したいところじゃが、名前が思い出せん」

「えっ!?」

 名前が思い出せないって、どんなんだよ。

 もしかしてこの子、あれか? 久しぶりのあれか!?

 ネバネバだったりするのか?


「ずいぶん長い間眠っておったからのう……」

「眠ってた?」

「そうじゃ、眠っておった。じゃが最近大きな力のぶつかり合いがあって、そのせいで目が覚めての」

 大きな力のぶつかり合い?


「あれはおぬし、アスタと、あそこにおる勇者のものであろうな」

 なるほど、魔王と勇者の戦いか。


「で、久々に目覚めたワシはお腹がすいて、あの教会でちーっとばかし食事をしとったんじゃ」

 血だけにか?


「名前のぉ……なんじゃったかのぉ……」

「あらあら物忘れの激しいお年頃ですの?」

「黙れ、そんな年くっとらんわい」

 それにしても名前がわからないとは困ったな……どうしたもんか。


「私、知ってるかもしれない」

 そう言ったのは、恥ずかしさのあまり机に顔をうずめていたラヴ。


「ほうラヴリン、ワシの名前知っとるのか」

「ラヴリンじゃないわよ……私の記憶と勘が正しければだけどね」

 ラヴはロリロリのロリをじっと見つめると、思い出すようにゆっくり話し始めた。


「その紅い髪、幼い体、それと吸血鬼であること。幼い頃に読んだ、童話の絵本に出てきた主人公の女の子にそっくりだわ」

「童話?」


「そう、とある大国の幼いお姫様が、ある日突然やってきた吸血鬼に血を吸われ、自らも吸血鬼になってしまうというお話。

 その子はそれから成長しなくなった。

 これは実話を元に作られたらしいわ。

 それと、私が勇者になるために勉強をしていたときに見聞きした、世界各地の吸血鬼伝承や、数百年前に記された魔物図鑑に載っていた情報なんかをを合わせると……。

 あなたの名前は、ブラッドレッド・ボルドー・ルージュ」


「おお、そうじゃそうじゃ、そんな感じで呼ばれておったわい」

 そんな感じって……ずいぶんアバウトだな。


「どうじゃアスタ、ワシの名前はブラッドレッド・ボルドー・ルージュじゃ、好きなように呼ぶがよい」

 ブラッドレッド・ボルドー・ルージュ。

 長い名前だな……。

 大体どれが名前で、どれが苗字なんだよ、てかこの世界にそういう概念があるのか?

 まあ考えても仕方がない。


「じゃあルージュで」

 単純にこれでいいだろう。

 ネネネみたいに略したりするのは、日本人である俺にはいまいち馴染みがないから、どんな風に略せばいいか分かんないし。


「よかろう、ではこれからワシはアスタのルージュ」

 ルージュは俺のひざに立ち上がると、その小さな指で、俺の唇をなぞる。


「唇が乾いたらワシを呼べ、リップサービスじゃ」

 そして顔に妖艶な笑みを浮かべる。

 ロリロリのロリもいいけど、幼女にこんな危ない笑顔を向けられるっていうのも悪くないな……グヘヘ。


「まあまおーさま、何鼻の下を伸ばしていらっしゃるんですの!」

 おっと危ない、自重自重。

 しかしリップサービスに、あなたの唇にご奉仕しますなんて意味はないからね?

 間違えたのか?

 ……いやそれとも、これはもしかすると、俺の気分を良くするために口先で言ってるんだから、勘違いするなという警告なんだろうか。

 それだったらちょっと、いやかなり辛いな。


「あなたもそろそろそこを降りなさいな!」

 再び俺のひざの上に座ったルージュに、すかさずネネネ。


「うるさいのぉ、この年増は」

「アンタの方がババアではないですの!」

「アホ言え、このロリロリの体のどこがババアなんじゃ」

 ある日突然吸血鬼に襲われた、大国のお姫様か……。

 もしかしてこの物語の主人公、俺じゃなくてルージュなんじゃないかな。


「ん、なんじゃアスタ」

 そんなことを考えながら、ルージュの紅い頭を見つめていた俺の視線を感じたのか、彼女は首を上に向ける。


「あ、いや――」

「なんじゃ、これが欲しいなら早く言わんか」

 ルージュはそう言って、持っていたフォークで皿の端にあったピーマンを突き刺す。

 まあ正確にはピーマンみたいな物だけど、めんどくさいからピーマン。

 そして「ほれ」と手を頭の上に上げ、突き刺したピーマンを俺の口に近づける。


「ん、あむ……モグモグ」

 いや別にピーマンが欲しかったわけじゃないんだけど。


「あ、ああああ、あぁぁぁぁーっ!!」

「なんじゃい年増」

「ま、まおーさまと、か、かか、間接キス!?」

「それくらいのことで騒ぐな、夢魔のくせに」

「夢魔じゃなくて妖精ですの!」

「陽性?」

「妖精! ネネネはまだ妊娠してませんの!」

 なんだって!? 俺の子はどこに行った!?


「おおそうじゃろうな、夢魔のくせして処女とわ……」

「ゲッ……どうしてそのことを」

「とんでもない行き遅れのじゃの」

「遅れてなんていません、あなたの方がとんでもない行き遅れじゃないですの!」

 それにしても、童話になるわ、伝承になるわ、挙句の果てには数百年前の図鑑に載ってるんだろ?

 ルージュっていったい……。


「ルージュっていくつなの?」

 俺は思わず、女性に年齢を聞くという失礼を犯す。

 まあ女性……なのか?


「知りたいか?」

 ルージュは俺を見上げながら、また悪い笑みをこぼす。

 俺は唾をゴクッと飲み込みながら頷いた。


「いいじゃろう、アスタだけ特別に教えてやろう」

 彼女は、いや幼女はそう言うと、再び、ひざの上に立ち耳元で呟いた。



「なっ……!?」

「ワシの秘密を知ったからにはもう逃げられんからなアスタ」

 ルージュは色気たっぷりに尖った歯を舌でペロッと舐めると、ひざの上に腰を下ろした。

 おいおいまじかよ、これは物忘れの激しいお年頃もあながち間違いじゃねえな……。


「なんじゃアスタ、これも欲しいのか?」

 ルージュは今度は端によけてあったニンジンを突き刺し、俺に差し出す。


「ルージュもしかして、それ嫌いだから俺に食わしてるんだろ。好き嫌いは良くないぞ」

「嫌いなものは嫌いじゃ」

「食べないと大きくなれないよ」

 まあ、一生このままの大きさでいてもらいたいんですけどね。


「いらん」

「食べなさい」

「やじゃ」

 駄々っ子かよ。


「アンタたちこうやって見ると、親子みたいね」

 と、既に食事を終えたラヴ。


「まあ、こんなババアな子供、ネネネはいりませんわ」

「誰がアンタの子って言ったのよ」

「では、誰の子供ですの?」

「だ、誰って、ただ魔王と吸血鬼がそう見えたってだけよ!」


 前略

 お父様、お母様、お姉様。

 異世界にて、とうとう子供までできました。

 草々


「ワシも、こんな年増な母親は嫌じゃわい」

「なんですって!」

「なんじゃ? やるか?」

「「ふぬぬぬぬ」」

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