第16話 おっきな蚊!?

「え~では報告いたしま、あっ魔王様それ残しておいてくださいね、私も食べたいんで」

 みんなで昼食をとりながら、ゲイルの報告を聞く。


「全部取ったりしないよ、それより報告」

「はい。では、あっネイドリームあなたそれ取りすぎじゃないですか? みんなのことも考えましょうよ」

「まだたくさんありますわよ、そんなことより報告してくださいな」


「ごっほん、では、あっ勇者様それ私が取りましょうか?」

「いいわよ、それより早く報告して」


「ええ、ではでは、あっやはり食べてから報告にしませんか?」

「さっさと報告しろよ! しないならもう帰ってくれ!」 

 ほんっとうに素直に話が進められないやつだな。

 みんなが食べててそれを言うならまだしも、まだ誰も皿に取ってるだけで食べてないんだよ。


「そんな狂犬を発動されては仕方がないですね」

 やれやれといった顔をするゲイル。


「狂犬病になってしまえ!」

「ゴホン、では報告を」

 全くもう……。


「村の人ですが、食べ物や衣類といった物資が全員行き渡って数日が立ちました。空腹も満たされ、身なりも清潔になり、家の修復も順調です。最近では少しずつ、人々の目に光が戻りつつあります」

 ゲイルにはこうやってちょくちょく村の状況を報告してもらっている。


「しかし、魔物に襲われるかもしれないという恐怖感は依然として強く、魔王様のこの突然の行動に不信感を抱くものもいるようです」

 まあそうだろうな、今まで散々襲われてきたみたいだし。

 突然襲いませんなんて言っても、それまでの記憶がなくなるわけじゃない。

 俺だっていくら安全ですって言われても、ライオンの檻に入れられたら怖いだろうし。

 魔王についてもだ、散々酷い目に合わせておいたのに、急にやさしくなったんだ。

 そりゃおかしいと思うのが当たり前、何をたくらんでるのかわかったもんじゃない。

 ゲイルだって、奥さんの助けがあるからこそ村の情報が集まるわけだし。

 まあそこらへんのことは焦ってもしょうがない、これから少しずつ時間をかけて理解してもらうしかない。


「で、一つ問題が。と言うか緊急事態が」

「じゃあどうして始めに言わなかったんだよ!」

 デモンストレーションじゃなくて本物の『緊急事態です!!』ができたじゃないか。


「まあいいかなって」

「まあいいよ! もういいよ! 過ぎたことはしょうがないから」

「じゃあ緊急事態の報告はまた次回で、では食事にいたしましょう」

「言えよ!」

「も~仕方ないですねぇ……」

「……」

 はぁもう本当に面倒くさい……もうツッコまない。


「村の西の森にある、今は使用されていない教会付近で、村人が魔物に襲われるという事件が発生しております」

 おいおい超緊急じゃないか、襲いませんって言っておいて既に襲ってるよ。

 このライオンおとなしいですのでって言ってる飼育員さんが、目の前で噛み付かれて血を流してるようなもんだ。

 信じられないのも無理ねえ……。


「ゲイルお前しっかり魔物に伝えてくれたのかよ」

「疑っているのですか?」

「疑ってるよ!」

 今までの言動を見聞きしてきて疑わずにいられるか。


「伝えましたとも! しかし誰も彼も魔王様の言うことを聞くわけではないのです!」

「ぐ……」

 まあ考えてみればそうだな、しかもこのバカ魔王ならなおさらのことだ。


「死者は出てるの?」

 少し不安げな目をしたラヴ。

 こういうところ、やはり彼女は勇者なんだなと思わされる。


「いえ、死者は今のところ出ておりませんが、襲われたものは皆生気を吸い尽くされたようにやつれ、貧血のような症状が出ているとのことです」

 生気を吸い尽くす?

 俺は無意識のうちに隣にいるネネネをじっと見た。


「まあまおーさま、ネネネを疑っていらっしゃいますの?」

 俺の視線に気がついたネネネが大げさに泣きまねをする。


「ネネネはまおーさまの命に反するようなことはしませんの、グスン」

 まあそうだよな、そういう面では今のとこのネネネが一番安心だけど。


「そ~れ~に~ネネネが吸うのは、生気じゃなくて精――」

「あーあーわかったわかったから」

「心配なさらずともネネネは今も昔も、まおーさま以外には興味ありませんの」

 そんな心配はしていない。


「蚊ですわよおっきな蚊、襲われた人貧血でしたんでしょ、なら蚊で間違いないですわ」

「蚊?」

「そうですわ、近づけば刺されますわよ、まおーさまがネネネにするみたいにブッスリと」

「誤解しか生まない言い方をするな!」

 ほらラヴの視線が痛いじゃないか、殺気がハンパないじゃないか。


「まあまおーさま、ネネネは五回以上産みますわよ?」

「勝手にしろ!」

 そんなことよりだ。


「おっきな蚊ってなんなんだよ?」

 そんなに大きな蚊がいるのか? 翅の音ブォォォォンってさせてるのか? きっしょっ!


「あぁん、まおーさまおっきい」

 ややこしくなり過ぎるからネネネは少し黙っててくれないかな?


吸血鬼ヴァンパイアよ」

 ラヴもネネネの行動には少しずつ慣れてきたみたいで、前みたいにいちいち剣を抜くなんていう行動には出ずに冷静な口調で俺にそう告げる。


吸血鬼ヴァンパイア……、吸血鬼ってあれか、血を吸うやつか」

「そうですの。チューチューされますのよ、ネネネとまおーさまみたいにチューチュー」

 黙っててはくれないんだね……。


「魔王、あんた行ってちゃちゃっと倒してきなさいよ」

「ちゃ、ちゃっちゃとって簡単に言うけどなラヴ」

「何よ、村人から信頼を得るいいチャンスじゃない」

 いやまあそうだけどさ……またとない絶好のチャンスだけどさ。


「俺吸血鬼に会っちゃいけない病でさ……」

「どんな病気よ!」

 臆病だ。

 だってさ、だってだよ?

 魔王である俺の言うことを聞かないやつだろ?

 絶対腕に自信あるじゃん、強いに決まってるよ。俺まだ死にたくないんだって。


「あんた魔王なんだからしっかりしなさいよ」

 まあそうだよな、魔王のスペックもまだまだ計り知れないところがある。

 でも使いこなせなきゃ意味がないんだよ……。


「ラ、ラヴも一緒に来てくれよ」

 なんだかんだで、いざというときは助けてくれるだろうし、いてくれると大分心強い。


「嫌よ、どうして私が」

「…………」

 俺は無言でラヴをじっと見つめる。


「わ、わかったわよ私も行けばいいんでしょ」

 やっぱり彼女はとてもいい人だった。


「そのやさしさがいつか彼女を破滅に導きそうで怖い」

 なんてどこかでありそうなセリフを吐いてみた。


「魔王様何わけのわからないことをイッてるんですか?」

「言ってるんだよ!」

「まおーさまネネネもイキますの」

 はいはい。

 


 そして食事を終えラヴとネネネを引き連れ、俺は強風に吹かれ吸血鬼が出るという教会を目指す。

「今日は風ひとつない快晴ね」

「ええ、いいピクニック日和ですわ」

「……」

 どうやら俺が吹かれていたのは臆病風だったみたいだ。

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