第15話 ネネネの手手手
「まおーさま、ネネネ疲れたですの」
「さっき休憩したばかりだろ」
あれから一ヵ月後、村や周りのあれやこれがようやく落ち着いてきたので、俺とネネネは自分たちの食料を確保すべく畑を耕し始めていた。
「手手手痛いですの」
「自分の名前みたいに言うな」
確かにちょっと似てるけど。
「大体ネネネは俺にサービスをする妖精なんだろ? じゃあ文句言わずに手伝ってくれよ」
自分が食べる分でもあるんだから。
「ネネネはエッチなサービスをする妖精ですの」
「エッチな、つまり性的なサービスだろ?」
「そうですの」
「政的なサービスだろ?」
城の主たる俺が自給自足で村の人々の負担を緩和する。
立派な政治的活動じゃないか……きっと。
「ブ~ですの!」
「まあそう言うなって」
幸い土地だけは広い城の敷地、畑の場所の確保は容易い。
作物の種だって倉庫にはたくさんあった。
でもなぁ、素人が畑作ったところで野菜とかができると思えないんだよな……。
長年やってきてるプロの農家さんだって、その年のちょっとした気候の変化でできる量が変わってくるくらいだ。
地球の漫画で手に入れた付け焼刃の知識で、山の落ち葉とか拾って来てはみたものの。
肥料ってそれだけでいいのか?
小学生のときやった夏休みの自由研究のアサガオにだって、ちゃんとした肥料入れた覚えがあるのだけど。
大体どれくらい掘ればいいんだ。
そしてどのくらいの間隔で植えればいいんだ。
と言うか耕してすぐ植えていいのか?
「あーっわっかんねー、こんなんで出来るのか?」
「きっとネネネとまおーさまの子供が出来るほうが早いですわ」
「お前との間に子供をつくる気はないよ!?」
「……っ!?」
え? なにその裏切られたような顔。
「酷いですわまおーさま。子供たちだけで球団二つに監督、コーチその他もろもろと、観客をまかなえるくらいの数は欲しいっておっしゃったじゃないですの」
「……」
嘘が酷過ぎてどうにも言えねえな、むしろ生んで欲しいよその量。
一人で少子化を食い止めてくれ。
てか、どれくらいのペースで生んでんのそれ。
一番最後の子が生まれたとき、一番初めの子はいったいいくつなんだ!
「それに今ネネネのお腹には待望の第一子がいるというのに、この重労働……」
「嘘つくな! 誰も待ち望んでねえ!」
いや本当だよ? ネネネには一切手を出してないからね?
妻にひどいことをするDV夫とかじゃないから。
「望んでないのに子供をつくってしまうハイト区間」
「どこの区間だ!」
「B地区」
なんだよマラソンでもしてる気分になってきた。
B地区ハイト区間 区間賞受賞。
「受精」
「黙れ!」
「まぁまぁまおーさま、そうキャッキャせずに」
「いやキャッキャはしてないんだよ、カッカはしてるかもしれないけど」
区間賞を受賞したわけじゃないんだから。
「愛ちゃんに聞いてみてはどうです?」
「愛ちゃん?」
はてはて異世界で俺に愛ちゃんなんていう知り合いはいたっけ?
確か中学の同級生にならそんなやつがいた気がするな。
ああ、あいつ魔物みたいな顔してたから、もしかしたら魔物としてこっちの世界に来てるのか?
「田舎勇者のことですの」
「ラヴ? あいつがどうして愛ちゃんなんだよ」
「ラブリーだからですの」
ああそういうことか。
あだ名をつけるほど仲良くなってくれたのはいいけど、それ聞いてラヴ怒らないのだろうか。
「愛ちゃんなら田舎者だから、農業はお手のもののはずですわ」
「ふん……」
まあラヴが田舎者かどうかは置いといて、彼女なら何か知ってるかもしれない。なんたって勇者様なんだし。腹が減っては戦は出来ないと言う。
「ラヴどこにいるか知ってる?」
「朝から厨二病にこもってましたけど」
「どこだよそこ」
厨二病“が”こもってるんならまだしも。
「十二楽坊?」
「いつからラヴは古楽器演奏女性音楽グループに入った」
「あっ厨房ですわ」
最初からそうじゃないかとは思ってたけどね、うん。
「じゃあラヴにちょっと話聞いてくるから、その間休憩でもしといてくれ」
「ネネネも行きますの」
「お願いだからここにいてくれ、お前が来ると話がややこしくなるから!」
俺に抱きつくネネネを無理やり引き剥がす。
「ネネネはまおーさまがいないと、やや恋しくなりますの」
「なんだよやや恋しくなるって!」
まじで話が進まないよ……。
その後俺は何とかネネネの愛を割き、一人でラヴのいる厨房へ。
城の構造はもう大体覚えたのでもう一人でも大丈夫だ。
厨房の扉を開けると、見えたのはラヴの後姿。
「ラヴちょっと聞きたいことがあるんだけど」
彼女の背中にそう投げかけてみたが、ピクリとも動かない。
聞こえてないのか?
「ラヴ」
ん? 何かに集中してるのか?
仕方ないので彼女に近づく。
「なあラ――」
「きゃあっ!」
「ひいっ」
近づいて肩を叩こうとした瞬間、ラブが繰り出したナイフの一撃が、俺の頬をかすめる。
「ま、魔王何してるのよ」
「いや、何って……」
話しかけようとしただけなんですけど。
「あ、血が出てるわ」
「血?」
「ちょっと待ってて、救急車取ってくるから」
そう言って厨房を飛び出していくラヴ。
救急車?
そんな『ちょっと表に車回してくるわ』みたいなノリで救急車取りに行かれても。
大体この世界に救急車あるの?
取ってきてね本当に。
「イテ、イテテテテ」
ラヴが取ってきたのはもちろん救急車ではなく、よく分からない箱。
その箱の中の茶色いビンに入った、これまたよく分からない液体を布につけて、俺の頬にグリグリ当てるラヴ。
まあ『やくそう』とか飲まされるよりはいいのかもしれないけど、回復魔法とかないんだろうか。
「悪かったわよ、ごめんなさい」
ぶーぶーと不満げな顔をしながら処置をしてくれる。
布についた魔王の血は、緑でも青でもなく、人間と一緒で赤かった。
「でもあなたも悪いのよ? 急に近づいたりするから」
「いや何回も呼んだんだけどね。まあ今度から気をつけるよ」
殺されたくはない。
「そんなに集中して何してたんだよ」
「……料理、毎日食べるものだから少しでもおいしくしようと思って練習してたの。はい、おしまい」
恥ずかしさを紛らわすように、急いで救急箱を片付けるラヴ。
「アンタこそどうしてこんなところに来たのよ」
「ラヴなら農業のこととか何か知ってるかなと思って聞きに来たんだよ」
「それは私が田舎者だって言いたいの?」
「いや違うって、勇者様なら何か知ってるんじゃないかと思っただけだよ」
俺がそう言うとなにやら思案顔になるラヴ。
「確かに昔からいろいろなことを教わってきたわ」
お! 読みがあたったか?
「でもさすがに農業については教わらなかったわ」
「そっか……」
「悪かったわね力になれなくて」
「ん、いや、ありがとう……」
んー仕方ない、こうなったら村の人に聞こう。
正直結局村人に頼るのは少し気が引けるが。俺が近づいたらやっぱり怖いだろうし。
ラヴに頼んでもらうにしても、認識としては既に魔王の仲間みたいなものだろうし。
まあまだ倉庫に食料はあるんだ、しばらくはそれで持つだろうから、焦らずにいこう。
そう考え、仕方なく畑に戻ろうとしたそのときだった。
「まっ魔王様!!」
大きな音を立てて扉が開かれる。
そして緊急事態といわんばかりの形相で厨房へ入ってくる男。
新キャラじゃない。
村の人。
村の男。
ゲイル・サンダークラップだ。
「どうしたそんなに慌てて、何かあったのか!?」
「いえ、普通に報告に参りました。普通ですよ、ふ・つ・う」
本当にいちいちムカつくやつだな、村人にしてよかったよ。
「じゃあどうしてそんなに慌ててるんだよ」
「少しやってみたかったもので、少しやってみたかったもので」
大切なことだったんですね……。
「よしじゃあひとまず集まろうか、俺はネネネを呼んでくるよ」
「あ、じゃあ少し早いけどお昼ご飯食べながらにしましょうよ」
「勇者よそれは私のもあるのか!?」
「うん、試作品でいっぱい作っちゃったからあるわよ」
ラヴの示す先には机いっぱいに所狭しと並べられた、料理が。
あの……食料大切にしようねラヴ。
「ありがたい、恩にきります勇者様!」
そう言って深々と頭を下げるゲイル。
こいつ俺より、ラヴの方に敬意を払ってるように見えるんだけど。
あくまでも魔王配下の四天王でしょ君?
もしかして勇者に俺を倒させて、その後自分が魔王になったときのために、仲良くしとこうってか?
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