第14話 ○○村にて

 まあ入ったって言ってもどこからが村かわかったもんじゃないけど。


 せめて看板ぐらい立てておいて欲しいな。

 欲を言えば、看板の横に『ここは○○村です』って言うやつも欲しい。


 『ねえねえ』

 『ここは○○村です』


 『あのさ』

 『ここは○○村です』


 『聞いてる?』

 『ここは○○村です』


 『何か他のことを言えよ!』

 『ここは○○村です』

 『……』


 やっぱいらないや看板見れば何村かわかるし。

 存在意義がわからない、存在に異議を唱えたくなる。

 呪文を唱えられない俺でも、異議くらいは唱えられるんですよ?


「うわぁ……」

 とにかく村の雰囲気は暗かった。

 木の家はボロボロで穴が開いてたりするところもあるし、道はボコボコ。

 人なんてほとんど歩いてないし、たまに見かけてもみんな目が死んでる。

 着てるものもボロボロだったり、ドロドロに汚れてしまっていたり。

 まさにボロボロ・ボコボコ・ドロドロの三拍子が揃っていた。

 まあそんな三拍子俺は聞いたことないけどね。


 しかしこれは想像してたのより大分酷いな……。

 適当なやつが多いこの異世界で、こういうとこだけしっかりしてやがる。

 魔王も酷いことするなぁ。

 そんな村の現状をかみしめながら歩いていると、太もも辺りに何かがあたった。


「ん?」

 下を向くと地面に手をつき倒れる子供が。


「ああご、ごめん。ぶつかっちゃった?」

 慌ててその子を立ち上がらせる。


「大丈夫? ごめんね」

 掴んだ腕は病的なまでに細く、服はドロドロ、そして目は死んでいた。


「ごはん……」 

 その子はコクコクと小さくうなずくと、そうつぶやいた。


「ご飯?」

「ご飯ちょうだい……」

 そんな俺の元に駆けてくる人影が。


「もっ申し訳ございません魔王様。この子は、娘はまだ子供です。どうかどうかご許しを」

 そう言って泣きながら土下座をする女性、どうやらこの子の母親らしい。


「ああ、いいんですよお母さん。ぶつかったのは俺ですから気にしないでください」

「ぁぁぁぁ、ありがとうございます、ありがとうございます……」

 目の前で起きている光景に俺は思わず息を呑んだ。


「お母様?」

「どうしたんだネネネ」

 彼女はなにやら両手を胸の前で組んで、目を輝かしている。


「この方がまおーさまのお母様ですの!?」

「え、ちょっネネネ――」

「お母様、ご挨拶が遅れました、私今度まおーさまの妻になりますネイドリーム・ネル・ネリッサと申しますの。以後よろしくお願いいたしますの」

 確かにお母さんとは言ったけどね、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。

 少しは空気を読んでシリアスにできないの……まあいっか。


「魔王これでわかったでしょ、今の村の状況が。慢性的な食糧不足、重たすぎる税、いつ魔物に襲われるかわからない恐怖」


「ああ……」

 ほんの少しいただけでも分かった。

 この状況をどうにかしないと。

 でもどうしたらいいんだ?

 食糧不足……。


「ゲイル、城に食料はまだあるのか?」

「あああるぜ! しかも城の奴らみんないなくなっちまったからな」

 今日はそのキャラでいくんですね?

 まあいいよ今日くらい、今日がお前の最後だ。


「じゃあラヴ、その食料を村の人たちにあげるってのでどうだ? 次の作物ができるまで持てばいいんだろ?」

「無駄よ、次の作物ができたところで結局税で持っていかれるんだから、何も変わらないわ」

 ん~そうか、言われてみればというより、言われなくてもわかった話だよな……。

 その場しのぎにもほどがあるか。


「じゃあ税なくそう!」

「魔王様そんなことしたら、俺達の食い物がなくなるぜ!」

 黙れよ、お前の食い物はなくなってもいいよ。


「なら税は最小限にするっていうのでどうだラヴ?」

「私としてはあんたたちの食べ物なんてなくなってもいいんだけどね」

 酷いな……でもあなたもその村から巻き上げた食べ物食べたんですよ?


「でも昔からそうやって成り立ってたから、税についてはまあよしとしましょう。でもまだダメ、たとえこれで食糧不足が解決したとしても、魔物に襲われたらたまったもんじゃないわ」

 そうですよね……。

 そもそもそこなんですよ、このクソ魔王が意味のわからないことを言うまではうまくいってたみたいだから、そこを正せばマシになるはずなんだよ。


「よし! じゃあ魔物たちに人間を襲うのをやめさせよう。ゲイル」

「どうした! 魔王様」

「お前魔物たちにそう伝えて回ってくれ」

「え~どうして俺が……」

 こいつ俺が怒らないからって調子乗ってない?

 お前調子乗ってると後でホント痛い目に遭うからね?


「これはお前にしか出来ない任務なんだ」

「任せとけ!!」

 ふっバカで助かった。

 いや、バカじゃなかったらこんなことを言わなくても、言うこと聞いてくれるんだけど……。


「これでどう? ラヴ」

 殺されずに済むでしょうか。


「あなた本当にあの魔王なの……」

 訝しげに俺を見つめるラヴ。

 いや違いますよ? 散々説明しましたよね?

 全く理解してもらえてないじゃないですか。

 てかそもそも覚えてます?


「いったい何を考えてるの?」

「何も考えてないよ」

 どうやったら村がよくなるか、なんて分からないし、内政なんて出来ないし。

 ただ嫌だと、おかしいと思ったからこうしただけで、何も深い考えなんてないよ。


 強いて言うなら今は人のことを考えてる。

 いやかっこつけたいわけじゃなくてだな。

 『人』っていう漢字について考えてたんだよ。


 『人』っていう漢字は、人が支えあってできてるって言われたとき、『でも片方楽してるじゃん』って言うやついるじゃん。

 パソコンだとそうは見えないから、手書きをイメージして欲しいんだけど。


 でも実は、あの楽してるように見える方、左側の奴ね。

 あいつ、影の努力者なんだよ。

 見えないところに入ってすげー頑張ってるんだよ。


 『人』が見えないところに入るだろ?

 『入』るだろ?

 ほらみろ!

 見えないところに入った瞬間、今まで楽してるように見えた奴は、努力し始めるんだ。

 そして今まで頑張ってるように見えてた奴は、急に怠けるんだよ。

 やっぱり上に立つものは、影で努力してるんだな。


「まおーさま、私お母様に結婚のご許しをいただきましたの」

 頬をポッと赤く染めるネネネ。


「……」

 ネネネ、君はいったいどこの誰と婚約を結んだんだい?


「まぁ他にもまだまだ問題はあるけどひとまずはよしとしましょう。それじゃあそろそろ城へ帰りましょ」

「城って、俺の城?」

 厳密には俺のじゃないんだけどね。


「それ以外にどこがあるのよ」

「ラヴも来るの?」

「そうだけど何か?」

 いやいやいやいや、何か? じゃないんだけど。


「だって俺を殺す必要がなくなった以上、ラヴは城に行く必要はないだろ?」

 それともまだ取り残したお宝とかあるのか? これ逃したら二度と取れないのか?

 だったらスク水なんて着てる場合じゃないだろ!


「それでもまだ何かをたくらんでるかもしれないから、監視するのよ」

「か――」

「視姦ですの!?」

「監視よ!」


「ネネネ君の耳はどうなってるんだい……」

「舐めてみます?」

「舐めねえよ!」 

 舐めたら何か分かるのかよ。

 舐めて体の異常を調べることが出来ますってか。

 それ自体が異常だ!


 それにしても監視か……。

 四六時中ラヴの監視下に置かれるわけだ……。


「な、何よ!? 私が居ちゃ不満? それとも何か困ることがあるの?」

 少し声を荒らげるラヴ。


 いや何も不満もなけりゃ、困ることだってないよ。

 むしろ一日中見られてるかと思うと、ゾクゾクするぜ!


 嘘です、忘れて今の。

 お願い。


「まおーさま、もしかして勇者様は帰る場所がないのではないんですの?」

「なっ……そ、そんなわけないでしょ!? いいわよわかったわよ、もう帰るわよ!」

 泣き出しそうになりながらそう言い放ちズンズンと歩いて行くラヴ。


「あーラヴ待って待って、不満なんてないからほら城へ帰ろう」

「嫌よっ!」

 あーあスネちゃったよ、帰る場所がないというのはあながち間違いじゃなかったのか?


「ほら、ラヴのご飯また食べたいし、な?」

「いーやっ!」

 まったく強情だな……そんなに拒否されたら意地でも連れて帰りたくなるぜ!

 俺は歩いて行くラヴをさえぎるように前に立った。


「お願いだ! 俺を監視してくれ! 俺はラヴに監視されたいんだ!」

 身を小刻みに震わせ、カーッと耳を赤く染めるラヴ。


 あれ? 勢いに乗っておかしなことを口走ったような……。

 これじゃまるで俺が変態みたいじゃないか。

 なんだよ監視されたいって……新手のプレイか!

 もっと他のアプローチの仕方があっただろ、俺のバカ!


「……アンタってほんっと変態!」

 フンッと顔を背け再び歩き出すラヴ。


「あぁ、ラヴどこ行くんだよ!」

「城に帰るのよ! このバカ魔王!」

 ん? なんだかんだで成功したのか?

 それはそれでよかったとして、ここちょっとの間で俺の立ち位置が一気に変態になってないか……。


「まおーさま、ネネネも視姦されたいですの」

「黙れ、お前のそれは疾患だ!」

 まあ、もうなんでもいいや。


「俺達も帰ろうか」

「そうですわね」

「そうだな」

 ゲイルお前は帰ってこなくていいんだよ。

 よしいい機会だ、この際だから追い出してしまおう。


「ゲイル実はお前にもう一つお願いがあるんだよ」

「え~またかよ」

「……これもお前にしか出来ないことなんだよ」

「わかったそこまで言うんなら何でもやってやるぜ」

 言ったな? 今なんでもやるって言ったな? よしよし。


「お前には村と俺との情報伝達係として、これからはこの村に住んでもらう」

「そ、そんな、魔王様――」

「これはお前にしか出来ないことなんだぞ?」

「うっ……かしこまりました。で、ですが私はどこに住めばよろしいので?」

「大丈夫だ、それは俺が用意する……えーっと」

 俺は辺りを見渡すと、都合よく歩いていた女性に声をかける。


「おーいそこのお嬢さん」

「は、はいぃ」

 うげっ、後姿はそうでもなかったのに、振り向いた瞬間酷い顔だな……。

 言っちゃあ悪いけどカバみたい……目が死んでるから余計酷いや。

 まあいいか。


「あなた結婚は?」

「いえまだですぅ、何せこの村は若い男が少なくてぇ」

 いや多分君一人に対して、男千人でも結婚は出来ないと思うよ。


「それはよかった。今日はそんな君にプレゼントを用意したんだ」

「プレゼントぉ?」

「ま、魔王様まさか……」

 ゲイルの顔が一気に青ざめる。


「そのまさかだ! 君にこのゲイルを夫としてプレゼントしよう」

「わぁうれしいですわぁ」

 ゲイルは見た目だけで言うとカッコいいからな。

 頭は目も当てられないほどのバカだけど。


 死んでいたカバ……じゃなかった。

 死んでいた女性の目に光が灯る。

 よしこの人をきっかけに村ともうまくやっていけそうだ。

 多少の犠牲は仕方ない。


「そ、そんなぁ、まおウゲッ!」

「ダーリン!」

 カバは逃げ足担当であるゲイルをがっしりと抱きかかえる。


「ク、クルチイ……」

「それじゃあ俺達は帰るから、ゲイル、奥さんと仲良くやれよ」

 まあ顔は奥さんと言うより、オークさんだけど。


「お幸せにですの」

「ありがとぉございますぅ」

「まおぉぉぉぉさまぁぁぁぁ!!」


「はーっはっはっはっはっはっは!」

 俺はこのとき初めて魔王になったことを実感した。


「まおーさま鳴き声が違いますのよ」

 別に鳴き声を出してるつもりはないんですけど……。


「まーおうっおうっおうっおうっ! ですの」

「……」

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