第13話 珍道中

 翌朝、目を覚ました俺の目に飛び込んできたのは……。

 桜?

 いやいや。城の中に、部屋の中に、もっと言えば枕の横に、桜の木が生えている分けがない。

 眠気眼を擦ってもう一度よく見てみれば、もちろんそれは桜の木なんかではなく、ネネネの頭だった。

 さて、しかしどうして彼女が俺の隣で寝ているんだ……?

 俺はとりあえずベッドから這い出て、窓の前に立った。

 そして腰にてを当て、朝日を浴び、遠くの方を見つめる。


「あは、あはははは……」

 何か、大切なものを失ったような気がする。

 と言うのは冗談で、衣服に乱れはない。正常だ。

 こんな状況で正常とか言うと誤解を生みそうだけど、まあ、正常だ。

 きっとあれが効果を発揮したのだろう。

 ネネネの顔を見てみると、彼女の口の周りにはミルクで出来た白いヒゲが。

 夢魔に襲われたくなかったら枕元に牛乳を置いておけ、だとか何とか。

 昨晩、身の危険を感じた俺は、地球で手に入れたそんな知識を思い出し、ベッドの横に牛乳を置いておいたのだ。


「……」

 おとなしく、スヤスヤと眠るネネネ。

 黙っていれば可愛いのに。

 いや、黙っていなくても十分可愛いんだけど、顔はいいんだけど。

 性格が、危険だ。


「あ、あぁん、あんっまおーさまっ」

「っ!?」

 ビックリした……寝言か。


「そんな、激しい……」

 一体どんな夢を見ているんだ!? 夢の中の俺とお前は、一体どんなことをしているんだ!?

 大体、夢を見せてくれるはずのお前が夢を見てどうするんだ!

 とか、頭の中でツッコミを入れていると。


「ん、あれ……まおーさま」

 ネネネが目を覚ました。


「夜這いですの?」

「違うからね!? ここは俺の部屋だからね!?」

 そもそももう朝だ。


「では朝這いですの?」

 何だよ朝這いって。


「言ってくだされば、いつでも四つん這いになりますのよ?」

「遠慮するよ!」

 異世界は、朝だからと言ってスズメもニワトリも鳴くことはなかった。

 聞こえるのはそんな可愛らしい生き物の鳴き声なんかではなく、翼竜ドラゴンの咆哮だ。

 お母さんの『起きなさーい!』の怒号でも、太刀打ちできないレベルの。


「まおーさま」

「ん?」

「おはようですの」

 はだけた衣服、少し眠たそうに目をこすり、上目使いでにこっと笑っての一言。


「う……」

 反則だろう。

 ネネネからは、翼竜の咆哮でも太刀打ちできないレベルの、脳がとろけるような芳香が漂っていた。






 そんなこんなで、朝食をとり、昨晩言っていたとおり下の村へと向かう俺達一行。

 城門を出て、日当たりのいいのどかな林道をラヴ・ゲイル・ネネネと共に歩く。

 ちなみに朝食はサンドウィッチだった。

 正確に言えばサンドウィッチみたいなものだった、だけど、わざわざ説明するのも面倒くさいと言うか、非常に無意味なので、サンドウィッチだったということにしておく。

 もちろん作ったのはラヴ。

 彼女には、昨日の風呂騒動のせいで睨まれるわ、無視されるわ……。 

 それでも何だかんだで朝食を作ってくれるなんて。

 なんていい奴なんだ。

 そもそも、もともと敵なのに。

 まあ力の使い方が分かっていない俺なんて、敵と言うよりただの的でしかないのかもしれないけど。

 そんなに優しくされたら『あれ? こいつ、もしかして俺のこと好きなんじゃ?』って、思春期こじらせてしまいそうになるじゃないか、まったく。


「ねえまおーさま」

 と、隣を歩くネネネ。


「何だよ」

「ネネネの部屋にあった、宝箱の中身知りません?」

 宝箱の中身?


「いいや、知らないけど」

 まずネネネの部屋がどこなのかすら知らないし。


「何か大切なものでも入れてたのか?」

「危ないスクール水着が入ってたんですの」

「危ないスクール水着!?」

 何だよそれ、スクール水着が既に危ないんだよ。

 危ないスクール水着じゃなくて、スクール水着が危ない!

 いやいや。スクール水着は危なくないのか?


「仕事着ですのに」

「何の仕事だ! やっぱり危ないわ!」

 スクール水着は仕事に使うものじゃない、体育の授業を受けるときに着るものだ。

 つまり体操服と同じ位置付けなんだよ。教材なんだよ。

 仕事着じゃなくて、先生に泳ぎを師事するときに着る、師事着しごとぎなんだよ。


「わざわざ呪術師に呪いまでかけてもらいましたのに」

 呪術師って……ん? 呪い?

 宝箱、スク水(=装備品?)、呪い……。 


「ラヴ――」

「っ!? ゲホッゲホッ、なっ何よ! 私は何も知らないわよ!?」

 前にいたラヴに声をかけると、彼女は突然慌てふためき始めた。


「……」

 ……あ、ラヴだ。

 え、と言うことはラヴ、着ちゃったの? 危ないスクール水着。

 どうして着ちゃったかな。


 僧侶×3に捨てられて、一人で魔王城に乗り込んでそんなことを。

 つまり敵の本拠地で一度素っ裸に?

 それだけ僧侶たちとの別れが辛かったのか?

 いや待てよ。

 スクール水着を着て、呪いを教会に解いてもらいに行く途中で、僧侶たちと出会ったということも考えられる。

 そしてそれならあの変なパーティー構成も頷ける……。


「何よ急に黙り込んで。ア、アンタまさか変な想像してるんじゃないでしょうね!?」

「そ、そんな分けないだろ」

 昨日散々裸を見られたくせに、今更スク水姿を想像されたくらいで何が恥ずかしいんだ。

 ん、でもスク水の方がエロいか。

 下着姿よりも、更に素っ裸よりも、いかがわしさでは上位にランクインするな。

 そもそも素っ裸より、変に一部だけ隠れてたりするほうがちょっとエロい気がするし。うん。

 しかもスク水を着てるのが、この金髪碧眼の貧乳美女勇者となれば……。


「やっぱり何か変なこと考えてるでしょ!? この変態!」

「あはははは……」

「どこへやってしまったんでしょう? しっかり片付けたはずですのに」

 ふと横を見ると、結構真剣に悩んでる風のネネネ。

 なので俺はとりあえず、ネネネに聞こえない小さな声で、ラヴにそっと声をかけた。


「ラヴ、水着どこやったんだよ」

「なっ!? 私は知らないって……」

 尚もしらをきり続けるラヴ。


「ネネネの所有物だろ? 返してやれよ」

 大体お前いらないだろ……危ないスクール水着なんて……。


「だって……いん……もん」

 彼女は顔を紅潮させ、下を向き、俯き、つぶやく。


「何だって?」

「もう持ってないの」

 “もう”ってことはやっぱり持ってたんだな……。

 まあそのことは追及しないでおこう。


「どうして?」

「神父さんに渡したのよ」

「神父さん?」

 神父さんって教会とかにいる、あの?


「呪いを解いてもらった後に『これは非常に危険なものなので私が大切に保管します』って言うから」

 うん、まあ呪いがかかった装備品は危険だしな。


「ん? いや、ちょっと待て……」

「何よ」

「それって、危険なものだから封印します、みたいにも聞こえるけど、大切に保管って……コレクションにしてるって可能性もあるんじゃないか?」

 いやいやでも相手は神父さんだぞ、神に仕える聖職者だ、そんなことはないか……ないか?


「その日、何か神父さんに変わったところは?」

 よだれたらしてたとか、息が荒かったとか。


「そうね、あの日は凄く優しかったと言うか、いつもは無表情で怖いんだけど、その日だけ妙にニコニコしてたような気がするわ」

「それだよ!」

 それニコニコしてたんじゃなくて、ニヤニヤしてたんだよ!


「聖職者じゃない、性色者だよ!」

 あーしちゃってるよ、危ないスクール水着大切にコレクションしちゃってるよ。

 最悪だ、ほんとこの異世界まともな奴がいないな……。


「まおーさま生殖器がどうしたんですの?」

「そんなことは言っていない!」

 まあとにかく宝箱に入れておくほどだ、ネネネにとっては何か大切なものだった――

「ま、いいです、また買いに行きますの」

 ――あ、いいんだ。

 と言うか買いに行くってどういうこと? 俺はそっちの方が気になるよ。

 売ってるの? この異世界にスクール水着が?


「おい魔王様!! 見えてきたぜ」

「……」

 礼を欠くにもほどがあるだろゲイルよ。

 まあいいや、ツッコムのも面倒くさい。


 無駄話をしている間に、どうやら村に着いたらしい。

 前にはいくつかの、木でできた家が見えてきた。

 ラヴの情報によると人口三十人程度の小さな村だそうだ。


「……」

 村に入ると、青空ですがすがしい朝にもかかわらず、一気に雰囲気が重くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る