第12話 肌色成分多目!?

「魔王様、ここでございます」

 食後。

 結局風呂場へは、ゲイルに案内してもらった。


「ん、ありがと」

 しかし何だ……凄く突っ込みたい。

 いや、『突っ込みたい』とか漢字で表記すると、物凄く変な感じに見て取れるから言い直すけど。

 ツッコミたい。

 どうして異世界のしかも魔王城の風呂場の入り口に、『男』『女』って書いた暖簾のれんがぶら下がっているんだ。

 さながら銭湯だ。

 まあ別にいいけど。

 ムラムラしているわけじゃない俺は、ツッコミたい衝動を押さえ込み、暖簾をくぐる。

 そしてその先の脱衣所で服を脱ぎ、更にその先の風呂場へ。


「うっは~」

 湯気で真っ白になった浴室に広がるのは、二十五メートルプールと見間違う程に広い湯船。

 そこにたっぷりと注がれたお湯。


「って何だこれ!」

 そのお湯は、真っ白、いや、それ以上に濁っている。


「風呂といえば肌色成分と言うことで、肌色成分多目のお湯でございます」

 そう聞くと肌色成分って、何だか怖い……。


「何が入ってるんだ?」

「具でございます」

「具?」

 具って、おでんとかお鍋とかのか?

 俺緒一緒に煮詰まれと?

 俺は昆布でも、カツオでもないぞ。良い出汁だしなんて出ない。


「絵を描くときに使う、具です」

 絵の具かよ。ややこしい言い方をしやがって。


「って、じゃない! どうしてお風呂に絵の具なんか入れるんだ!」

 異世界独特の文化か!? 異世界ではこれが当たり前なのか!?


「冗談でございます魔王様。この湯は始めから乳白色なのです」

「……」

 こいつ……バカにしやがって。

 まあいい、この城から追放するまでの辛抱だ。


「ちなみに『乳白色』に変な意味は含んでおりませんので」

「分かってるよ!」

 と言うか、始めからこうなんだとしても濁りすぎだろう。

 大丈夫か?

 そう思いつつも、俺は体を流し、そして湯船に入る。

 その頃にはゲイルはいなくなっていた。

 これで静かにゆっくり出来る。


「はぁ~」

 散々文句を言ったが、湯加減は最高で、骨身に染み渡るようだ。

 骨身に染み渡りはしたが、当然、骨身から出汁は染み出ていない。

 疲れていることも相まって、最高に気持ちがいい……。


「本当に疲れた……今日は色々あり過ぎたからなぁ」

「大変でしたんですのね」

「ああ、異世界に来た途端命を狙われるわ、位を狙われるわ、貞操を狙われるわで」

 ん?


「それはさぞお疲れでしょう」

「うん。でも意味はよく分からないけど、『俺はネバネバだ』って言えば、とりあえずは何とかなったから助かったよ」

「まおーさまの、どこがネバネバですの?」

 あれ?


「どこって……頭、かな?」

「どこの頭ですの?」

「頭は頭だ! 一つしかない! ってそうじゃなくて、どうしてネネネがここにいるんだ!」

 ここは男湯だぞ。


「どうしてって、まおーさまのいるところにネネネがいるのは当たり前ではないですの。さあまおーさま、ネネネがご奉仕いたしますのよ」

「遠慮するよ!」

 言って逃げる俺の背中に飛び付いてくる彼女。


「ひいっ」

 当たってる、当たってるよ、背中に何だか柔らか過ぎるものが。


「ねえまおーさま、なぜこのお湯はこんなに白いんだと思います?」

 ネネネが耳元でささやく。

 すると俺の鼻にふわ~っと、脳がとろけるような甘い香りが。

 何だこの香りは……初めて出会ったときにも感じたが……。


「なぜって、最初からなんじゃ?」

「いいえ。ヒントは“ネネネ”それと、“せ・い”……」

 ヒントはネネネ、そして、せ・い?

 夢魔と、せい?

 え? もしかして? まさかそんな大量に……?


「答えは生乳。ネネネ、大好きな生乳をお風呂にたくさん入れておいたんですの」

 あ、そう、生乳、生乳ね。


「まさかまおーさま、何か変なことを考えたんではなくって?」

「か、考えてないよ! とにかく放してくれ!」

 ネネネの拘束を振り払い、お湯を足でジャブジャブ掻き分け、その場から駆け出す。


「待ってくださいですの、まおーさまー!」

「追いかけてくるな!」

 後ろを振り返ると、まさかまさかの……。


「どうして布を巻いていない!」

 ネネネと言う名の日本列島にそびえ立つ、二つの乳房……間違えた、二つの霊峰、霊峰富士が、大地震を起こしている。


「お湯に布をつけるのは、マナー違反ですもの」

「そんなところだけ律儀にマナーを守るな!」

 男湯に入ってきている時点で既にマナー違反だ。

 いやいや、マナー違反どころの話じゃなく、犯罪だ。

 でも思うんだけど、男湯に女性が入ってきたところで、多分犯罪にならないんじゃないだろうか。

 法律がどうであれ、警察沙汰にならないだろう。

 おかしくないだろうか?

 男が女湯に入ったら、即逮捕なのに。

 トイレだってそうだ。

 男子便所に女性が入っても、問題にならないだろう。

 だろうというか、これに関しては実際よくある。

 おばちゃんとか、女子便が混んでたら、普通に男子便に入ってくる……。

 だからって男子便が混んでるときに、おじちゃんが女子便に入ったら、普通に捕まるよ!


 そんなことを言っている場合じゃない……。

 皆気付いてないと思うけど、なぜか俺は今、お湯の上を走っている。

 ネネネから逃げているうちに、取れた角を追いかけたときのように、体が急発進。

 どうやらまた、何やらよく分からないうちに、魔法を行使しているらしい。

 俺はまるでモーターボートのように、水飛沫みずしぶきを上げながら水面を走り抜けていく、それもアクセル全開で。


「うわぁあぁぁぁああぁぁ、止まれぇぇぇぇ!」

 いや、アクセルは全壊なのかもしれない。

 どうせならモーターボートではなく、豪華客船がよかった。

 いや贅沢は言わず、せめて本当にモーターボートくらいの外装があれば……俺は今生身だ。

 そして目前には女湯と男湯を隔てる木の壁が迫っていた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 もちろん、アクセルはあってもブレーキのない俺に止まることが出来るはずもなく、そのまま勢いよく壁に激突。

 木の板一枚でできていた壁なんて易々と突き抜ける。

 隣は女湯で、しかもタイミング悪くそこにはラヴが。


「痛てててて……や、やあラヴ」

「このっ、やあ、じゃないわよ!」

 怒りに身を震わせ、持っていた剣を鞘から抜く彼女。

 どうして風呂にまで剣を持って来てるんだよ! 廃刀令出てるだろ!?

 切り捨てごめんはごめんだぁぁぁぁぁ!


「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ!」

「待ちなさい変態!」

「まお~さま~!」

 ネネネの胸を富士山にたとえたので、一応ラヴの胸も山でたとえようかと思ったけど、ちょっと無理そうだ。

 あれは近所の竹林でもない……いや、竹林に変な意味は含んでないよ?

 あれは、海底火山の活動で出来た、小さな島だ。

 でも島は少しずつ大きくなってるからな、心配するなラヴよ。

 恥ずかしがりながらも隠さないあたり、彼女は本当に勇者だった。

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