第11話 魔王アスタ

「ラヴ――よ」

 ラヴは席に座ると、そっぽを向きながら何かをボソボソと言う。


「何だって?」

「自己紹介するんでしょ!? 私はラヴ・リ・ブレイブリア、勇者よ!」

 ああ、自己紹介。その話覚えてたのか。


「ラヴリー? 可愛い名前ですのね」

「なっ、ラヴ・リよ! ラヴ・リ! 繋げないで!」

 ラヴは顔を紅潮させ、ネネネを睨みつけた。

 この子は名前を言うたびに、この一連の流れをやっているんだろうか……。


「私はネイドリーム・ネル・ネリッサ。妖精ですの」

 ネネネはラヴの視線など気にすることなく、自分の紹介を始める。

 もしかしたら、悪気があって可愛いとか言ったわけじゃないのかも。

 それにしてもネイドリーム・ネル・ネリッサ。

 名前長すぎるだろう。

 そして妖精か。


「なあネネネ、君は何の妖精なんだ?」

 一括りに妖精と言っても色々種類があるだろう。

 森の妖精とか、歯の妖精とか、お菓子の妖精とか。

 まあ彼女の場合、お菓子の妖精と言うより、おかしな妖精のような気がしないでもないけど。


「ネネネは、まおーさまにエッチなサービスをする妖精ですの」

 な、何だって!?

 やっぱりおかしな妖精じゃないか!

 何なんだよ、エッチなサービスをする妖精って。

 とんでもなくさいこ……ゴホン、とんでもない妖精じゃないか。


「アンタそれ妖精じゃないじゃない」

 と、ラヴ。


「何をおっしゃいますの、ネネネは妖精ですのよ。まおーさまの要請があれば、いつでもどこでもエッチなサービスを行う妖精ですの」

「それのどこが妖精なのよ。どう考えても、それは妖精じゃなくて夢魔サキュバスでしょ。妖精じゃなくて、悪魔ね」

 夢魔サキュバス? 悪魔?


「え、ネネネ。君、妖精じゃないの?」

「いいえ妖精ですのよ? 容性ようせい

 漢字変わってるよ! 容性って何だ!


「性に寛容。で、容性ですの」

「妖精に謝れ!」

 というか気付かなかったけど、よく見ればお尻の辺りから、悪魔然とした、黒くて矢印みたいな尻尾が生えてるじゃないか……。

 悪魔だ……嘘をついたのは『妻』の部分だけじゃなかったのか……。

 まあこの子が妖精だろうが悪魔だろうが、俺にとってはどっちでもいいんだけど。

 よし、仕方がないから、とりあえず今度どこかでサービスを要請してみよう。

 なんて冗談はさて置き。

 これで、ラヴ・ネネネ・ゲイルの自己紹介が終わった。

 あれ? ゲイルの自己紹介は終わってなかったっけ? どうだっただろう、忘れてしまった。

 ううん、まあ彼についてはもう直ぐ城から出て行ってもらう予定だから、別にいいんだけど。

 念のために俺が自己紹介をしておこう。


 ゲイル・サンダークラップ。いや、スクラップか。

 そして四天王。いやいや、今となっては一天王か。つまりは天皇だ。

 イッてる脳かもしれないけど。

 とにかく、名前はスクラップ。天皇、逃げ足担当。

 国事行為は全て逃げ出します。

 そんな国はメチャクチャだ。つまり、国事故多い、みたいな。

 最悪な国の象徴だ。

 とまあ、ざっとこんなもんだろう。

 ゲイルの自己紹介が終わったところで、全員の視線が俺に集まる。


「何でしょう?」

「何でしょうじゃないわよ。次、アンタの番でしょ?」

 ああ、そう言うことか。

 この自己紹介の会には、当然俺も含まれるわけだ。

 それでは、と俺も立ち上がってはみるも、そこから俺は何も出来ずにいた。

 自己紹介をするにしたって、どっちの自己紹介をすればいいんだ?

 桜満明日太オレとしてなのか、それとも魔王オレとしてなのか。

 桜満明日太の自己紹介をしたところで、名前の時点で『は?』ってなるだろうし。

 かと言って魔王の自己紹介をしようにも、『は?』ってなるのは俺なわけで。


「どうしたのよ、早くしなさいよ」

 俺を急かすラヴ。


「いやさ、したいのはやまやまなんだけど……えーっとさ、俺の名前って何だっけ?」

「はあ!? アンタ自分の名前も分からないの?」

 いやいや、君には俺が違う世界から来たって、魔王じゃないって話したはずなんだけど。

 全然理解してくれていないじゃないか。やっぱり決めてはネバネバだったのか?

 仕方がない、今回もそれで乗り切るか。


「ほら、俺、ネバネバじゃん?」

「アンタそれ本気で言ってたの?」

 本気ですよ、ラヴさん。


「そう言えばそうでしたのね」

 そうですよ、ネネネさん。


「そう言えば魔王様、ネバネバしていらっしゃいますね」

「黙れゲイル」

 それは違う、断じて違う。それだけは違うと断言できる。


「だからさ、俺の名前教えてくれよ」

「「「……?」」」

 しかし三人は一様に、頭の上にハテナマークを浮かべた。

 え? どうして全員分からないと言ったような顔をしてるわけ?

 まあラヴは仕方がないだろう、あくま彼女は敵なわけだ。

 でもネネネとゲイルは魔王の知り合いだろ?


「なあ、ネネネ」

「まおーさまは、まおーさまですの」

 え?


「おい、ゲイル」

「魔王様は魔王様でございます」

 マジかよ。


「ラ、ラヴ……」

「私が知るわけないでしょ?」

「じゃあ名前、分からないのか? それとも、ないのか?」

 魔王の名前は、魔王なのか?

 魔王って称号とか地位の名称だろ。

 そしたら魔王になる前ってなんだったんだよ……。

 でも、『清少納言』の『少納言』も職の名前であって人の名前じゃない。

 にも関わらず人の名前っぽく扱われてる。

 いやそれでも『清』ってのが入ってるからなあ。

 だったら俺の名前『   』か?


 そんなの、幼稚園とかで自分の持ち物に名前を書きましょうって言われたとき、どうすればいいんだよ。

 楽でいいけどさ。先生に叱られたとき、書いてますって言い張るのか? 真っ白なのに?

 でもそう考えたら、名前が書いていない物は全て俺の物になるってわけで。

 そうなってくると、魔王っぽいな。

 スーパーとか行って、『あ、これ名前書いてないんで俺のです』って。

 人の家勝手に入って、『あ、これ名前書いてないんで俺のです』って。

 横暴だ! 横暴と言うか、実際に持って帰ったら泥棒だ!


「名前がないわけでは、ないんですの」

「本当か? ネネネ」

 ならもっと早くに言ってくれよ、無駄な心配をしたじゃないか。


「ですけど……」

「ですけど、何だよ」

「えー、ベリでもない……サタでもない、ディア……うーん。思い出せないと言うか、覚えていないんですの」

 おほほのほ、と苦笑いをする彼女。

 大好きな魔王の名前を覚えていないだって?


「ゲイ――」

「覚えていません」

 このクソ野郎が! 被せ気味に即答しやがって、考える気すらないのか!

 お前の刑は決定だ、今のが決定打だ!

 この城から絶対に追い出してやる……。

 と言うかこの魔王ほんと何なんだよ。

 家臣皆逃げるわ、名前も覚えてもらえてないわ。

 そんなにダメなやつだったのか。


「ですが魔王様」

「何だよゲイル」

「倉庫に、先代魔王様が、あなた様の名前をおしるしになさった紙があります」

「なら取って来てくれよ!」

「そんな強肩を行使されれば仕方がありませんね」

「確かに言葉のキャッチボールで言えば、結構強めに遠くまで投げたかも知れないけど、俺が行使したのは強権だ!」

「狂犬?」

「それはもう狂言だ」

 面白おかしく言おうとしなくていいから、早く取ってきてくれ。

 そしてゲイルは、素早さ担当の名に恥じないスピードで倉庫へ向かい、一分と経たずに戻ってきた。

 その手に握られていたのは、グルグル巻きの、分厚くてシワシワで茶色くなった紙。


「ゴホン。では悦に入りながら、私ゲイルが、魔王様の名前を読み上げさせていただきます」

「悦に入りながら読み上げるな」

 何に満足したって言うんだ。

 それを言うなら僭越せんえつながら、だ。


「ではでは、ベリアラル・オグ・サタマキナ・ベル・キングリウス・メア・ダクサイド・ロス・ディアボロルド、はぁはぁはぁ、んあはぁ~ああん、うっふ~ん」

「気持ち悪い声出すな! しかもご満悦(まんえつ)な顔だからさらに気持ち悪いわ!」

 嬉しそうな顔ではぁはぁ言いやがって。


「失礼しました、抑えきれなくて……」

「俺は嗚咽おえつが抑えきれないよ!」

「ではもう一度、ベリアラル・オグ・サタマキナ・ベル・キングリウス・メア・ダクサイド・ロス・ディアボロルド、はぁはぁはぁ……」

「……」

 どうやら名前が長すぎて、最後まで言えないらしい。


「失礼しましたもう一度、ベリ――」

「長いわよ! 途中から言えばいいじゃない!」

 とうとう怒り出すラヴ。

 全くそのとおりだ、なぜいちいち最初から言い直す。


「それでよろしいでしょうか、魔王様」

「ああ、いいよ、適当に言ってくれれば」

 名前は息継ぎなしで言い切らなければならない、みたいなルールでもあるのか?


「ではテキトーに、ベリリベリリリリべべリベリベリ――」

「そういう意味で適当って言ったわけじゃないんだよ!」

「失念いたしました」

 何をだ、礼をか。


「では、ベリアラル・オグ・サタマキナ・ベル・キングリウス・メア・ダクサイド・ロス・ディアボロルドの、続きをお送りします」

 もう突っ込まない、早く先を進めてくれ。


「ルシフ・ケイオス・ヴァイデ・ウル・デスパレード四世様でございます」

 つまり、ベリアラル・オグ・サタマキナ・ベル・キングリウス・メア・ダクサイド・ロス・ディアボロルド・ルシフ・ケイオス・ヴァイデ・ウル・デスパレード四世ってことか……。

 長いよ! じゅげむか!

 そりゃ誰も覚えられないわけだ。

 でも俺はじゅげむ覚えてるけど。


 じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの、すいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ、くうねるところに、すむところ、やぶらこうじの、ぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイの、ポンポコピーの、ポンポコナーの、ちょうきゅうめいの、ちょうすけ。

 ほら。

 いやそうじゃなくてだな、俺がじゅげむを覚えてたところでどうにもならないんだ。

 何て呼ばれればいい?

 ベリアラルか? デスパレード四世か?

 どうせなら、ルパ~~○三世みたいに、デスパ~~レード四世がいいな。

 そもそも四世って?


「俺って魔王の四代目か何かなのか?」

「いえ魔王様は六代目です」

 じゃあ何なんだよこの四世っていうのは。

 もういいよ、この名前が本当かどうかも怪しくなってきた。

 よしもうこうなったら……。


「俺の名前は魔王アスタだ! アスタでも何でも、好きなように呼んでくれ」

「了解、魔王ね」

「わかりましたわ、まおーさま」

「承知致しました魔王様」

 何だよ、結局さっきのままじゃないか!

 この名前のくだり全然いらなかったじゃないか!


「もういいかしら、私疲れたからもう寝るわ」

 そう言って立ち上がるラヴ。


「ん、ああそうしてくれ」

 魔王と最終決戦して、その後で食事まで作らされて、疲れているだろう。

 俺もいきなり色んなことがあって疲れた。今日のところはさっさと寝るとしよう。


「そうだラヴ、この城に風呂ってあったか?」

 寝る前に、風呂ぐらいは入りたい。


「あったわ、今から行こうと思ってたところよ」

 敵の城で堂々と食事して風呂に入って寝ようとしてるのか……恐るべし勇者。


「なら俺も一緒に――」

「なっ、どうしてアンタなんかと一緒に入らないといけないわけ? バッカじゃないの!?」

 顔をまっ赤にして部屋を飛び出すラヴ。

 いや俺は場所が分からないから、一緒に連れて行って欲しかっただけなんだけど……。

 一緒に入ろうなんて大それたこと、これっぽっちも考えていない。


「まおーさま、ネネネが一緒に入ってあげますの」

「い、いや遠慮するよ……」

 凄く魅力的な話だけど。

 何か、人として大切なものを失うような気がする。

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