第10話 土石流魔王様

 あれからしばらく、ラヴとネネネの二人から命を狙われた俺だったが、何とか魔王パワーで切り抜け。

 何だかんだと言い訳と説明とネバネバを繰り返し、とりあえず騒動には一旦終止符が打たれた。

 俺の人生に終止符が打たれなくて、本当によかった。

 そして皆で食事の間へ行き、席について食事を始めたわけだけど……。


「はいまおーさま、あーん」

「あーん」

「美味しい?」

「ん、ああ、美味しいよネネネ」

「まあ、ネネネ嬉しいですの」

 美味しいんだけどね、これ君が作ったんじゃないよね……?

 長い机の一番端、俺から遠く離れた正面に座った、この料理を作った張本人であるところの勇者ラヴは、殺気を放ちながら、行儀よく食事を貪っていた。

 料理が下手でした、なんてオチだけはやめてくれ。

 そう願った俺だったが、ラヴの作ったご飯は、そんなことを思ってしまったことを土下座してでも謝りたいくらいに美味しいものだった。


「ラ、ラヴ、美味しいよ。ありがとう」

「当たり前でしょ、私は勇者よ。これくらい出来て当然だわ」

 どうやら勇者様は、泥棒から家事に至るまで何でもできるみたイダッイタイイタイ――


「ちょ、やめてネネネ痛いから」

 そんなところをフォークでつつかないで。

 中に入ってるのはソーセージとかじゃないから。


「まぁまおーさま、たいんですの?」

「違うよ!」

 ご飯中に、下らない下ネタを言わないで欲しい。


「あら、飲み物がないですの。そこのメイドさん、飲み物をくださる? 私にはミルクを」

「私はメイドじゃないわ。欲しかったら自分で取りに行きなさい」

 火花を飛ばし睨みあうラヴとネネネ。


「まぁまぁ二人とも落ち着いて」

 とにかくこの一触即発状態を早く何とかしないと。

 とりあえず、打ち解けるにはまずお互いがお互いのことを知る必要があるな。

 俺もまだ皆のこと全然知らないし。


「な、なあ、自己紹介でもしないか?」

「嫌よ、どうして食後に殺す奴らに自己紹介なんてしないといけないわけ?」

「あは、あはははは……」

 そんな、食後の運動にちょっと、みたいな言い方をされても。


「あのさぁ、どうしてそんなに俺を殺したがるんだよ」

 お互いを知る以前に、そこらへんを解決しないことには話が進まなそうだ。

 勇者が魔王を倒すのは当たり前だ、なんて言われたらもうどうしようもないけど。


「はぁ、何言ってるの? アンタが人間と人間の土地を襲うからでしょ?」

 うん。まあやってることは最低だけど、この魔王もしっかり仕事はしていたらしい。

 どうしたものか……。

 自分が人を襲っておいて、自分は襲うな、なんて言ったところで通用はしないだろう。

 実際俺は何もしていないんだけど。


「そもそも、何で人間を襲うようになったんだ?」

「そんなの私が知るわけないじゃない、アンタのせいでしょ!?」

「俺のせい?」

「だってそうじゃない、アンタが魔王になるまでは、アンタのお父さんが魔王だった時代は、人間と魔族はそれなりに上手くやれてたんだから」

 へ?


「あれは確か――」

「うおっビックリした」

 ゲイルか。

 あまりにも静かだったから、存在を忘れていた。


「魔王様が魔王の位に就かれた次の日でした……」

 ゲイルは何やら遠い目をしながら語り始める。


「早くに両親を亡くされ、まだ幼いというのに自動的に魔王の座に就かされた魔王様はこう仰いました。『行け、行け、俺達人間食う。人間の力もらう、人間やっつける力欲しい、だから食う』と」

 バカだっ! この魔王バカすぎる! 部下が部下なら魔王も魔王だ!

 周りの人達バカばかりだと思ってたけど、もしかしたら魔王こいつが一番馬鹿なんじゃ?


「それから魔者達は人間の世界を襲うようになったのです。ああ涙ぐましい」

 涙ぐましくなんかないよ、俺は泣きたいよ。


「きゃ~土石流まおーさま、かっこいいですの!」

 何だよ土石流どせきりゅうって! 流石さすがって言いたかったのか?

 でもね、声に出してるんだからおかしいの分かるでしょう!?


「アンタ下の村がどういう状況になってるのか知ってるの?」

 と勇者ラヴ。

 下の村。下に村があるのか。


「いや、知らな――イテッイタイ」

 ネネネ、君はどうして下半身をつつくんだ。


「まおーさま、しもに村があるんですの? ネネネにも見せて欲しいですの」

「ないよ! しもじゃなくてしただよ!」

 仮にそこに村があったとしたら、その村がどんな状況下くらい把握してるよ。

 まあでも今は魔王の体だから何とも言えないけど。


「まおーさまったらそんなに大声出して、|村々(ムラムラ)ですのね。ネネネがお手伝いしてあげますわ」

「何の手伝いだ、やめろっ! 俺はムラムラなんてしてない」

 そんなやり取りをしていると……。

 

 ドンッ!


 別に見開きで、名言を吐いたわけじゃない。

 ラヴが両手の平で机を強打して立ち上がった音だ。


「さぁ、ご飯も食べ終わったことだし、そろそろアンタを殺すわ、魔王」

「ひいっ」

 どうやら判決は決まったらしい。

 死刑……。


「あ、あの、勇者様、ちょっと待って――」

「嫌よ」

「あのさ、俺のしものムラムラの処分を……じゃなくて、俺の処分はしたの村の状況を見に行ってからでも遅くないんじゃない?」

「どういうことよ」

 よし、食いついた。

 いや俺が喰らいついたのか?


「だから、明日村を見に行って、なおせるところは状況の改善に努めるから……それでもまだ酷いようだったら刑を執行したらどうかなと」

「あなたが死ねばその村は助かるんだから同じことよ」

 それを言われたらおしまいなんだよな。

 でも魔王を殺すというのは、道徳的にどうなんだ?

 仮にも命を一つ摘んでしまうわけで……。


「ほらラヴだって命を奪わずに済めば、その方がいいだろ?」

「いいえ、別に」

 まさか魔王に人権は適用されませんとか?

 じゃあ魔人王になるよ。


「そ、それに明日もラヴのご飯食べたいな……なんて」

「あらまおーさま、さっきまずいって言ってこっそり吐いてましたのに。まだお食べになるんですの?」

「そんなことしてねえよ! 食べたいよ、すっげえおいしかったよ!」

「すっゲェェェェ、オウェェェェですの?」

「……っ!?」

 もう無理やりだ……。


 何でこうも大切なときにとんでもないことを言うのかな、ゲイルといいネネネといい。

 しかもお前の命もかかってるんだぞ!?

 大体わからないからって嘘言いやがって。


「ま、まあそういうことなら処分は明日でも構わないわ」

 どうやら法務大臣にハンコを押されなくて済んだみたいだ……。

 剣を鞘に納め、席に着くラヴ。 

 ふう、なんとか首の皮一枚で助かったという感じか。

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