第9話 妻、爆誕!!

 というわけで、再び厨房に戻った俺達だったが、勇者が調理には少々時間が必要と言うので待機。

 しばらくは厨房に隣接されている、食事の間みたいな、無駄に長い木の机のある部屋にいたんだけど、今は暇だから辺りを散策中。

 横にスライドしても開かない扉を開けて食事の間を出ると、机と同じく無駄と言って差し支えのないくらい広い廊下に出た。


 まあ、混雑はしないかな。

 でもこんな場所で怖い人にぶつかりでもして、『おい兄ちゃんどこに目ぇつけて歩いてんだ』って言われたとしても、『ごもっともです』と言わざるを得ない。

 でもあなたの言葉は、そっくりそのままあなたに返ってきますけど……。

 なんて反論でもした日には、本当に目がどこについているのやら分からないくらい、顔が膨れ上がるようなことになるんだろうな。


 そんな意味の分からないことを考えつつ、廊下の端にあった、高級そうなソファーに腰掛ける。

 ソファーの真ん前、俺の真正面にある窓から、月明かりが差し込む。

 どうやら、魔王城の周りだけ常に薄暗いなんてことはなかったらしい。

 俺の読みどおりあの時は夕方で、今は夜。

 ひとまずよかった。これでこの城を出て行かなくて済みそうだ。


「ぅ……」

 差し込む月明かりが妙に強い。

 月ってこんなに眩しかったっけ?

 不思議に思って外を見ると、空を見上げると、そこには月が二つも浮かんでいる。

 そりゃ眩しいはずだ。

 と言うかどうして二つもあるんだ……無駄だろう。

 暗いよりはいいのかもしれないけど。

 そう思いながら夜空を眺める俺のすぐ横に、突如、何の前触れもなく影が。


「まっお~さま~、ネネネただ今帰りましたの~!」

 突然現れたその人影は、そう言って勢いよく俺の首に抱き付く、巻き付く。


「ぐえっ」

 その勢いでソファーの角に頭をぶつけた。

 ……マジで痛い。

 今日は痛いことばかりだ。

 一体誰なんだよ、登場の仕方が唐突過ぎる。

 せめてインターホンくらい押してもらわないと。

 ピーンポーン、卓球でーす。

 

「んっ……?」

 痛みを堪えて目を開けると、そこには

「女の子?」

 女の子がいた。綺麗な桜色の髪の毛をした。


「まおーさま、しばらく会えなかったからネネネとっても寂しかったですの」

 そう言ってその子が動くと、肩にギリギリ届くくらいまで伸ばされた、軽くパーマのかかった髪が揺れて、俺の鼻をくすぐる。

 しかもその髪が揺れるたびに、何だか凄くいい匂いが。

 何だこの脳がとろけてしまいそうな香り、それにこの柔らかさ。

 そして妖艶な右目の目元の涙ボクロ……吸い込まれてしまいそうだ。


「まおーさまも、寂しかったですの?」

 いや、そう問われても、心の準備が出来ていないと言うか、言葉に詰まると言うか。

 電話をして、相手がコール一回目で出て『えっはやっ!』ってなってるときに、更に相手の第一声がちょっとキツめに『なに!?』だったときみたいに

「あ……えっと……」

 って言うしかないじゃないか。


「どうされましたのまおーさま」

 いやいやそれはこっちのセリフだ。

 君がどうしたの? 急に何なの?

 嬉し……動けないからこのまましばらく抱き合った態勢でいるけど。

 電話のくだりを続けるならだよ。

 携帯見たら着信があったから折り返したのに、出た相手の第一声が『どうしたの?』だったときくらいにこっちのセリフだよ。


「あの……君、誰?」

 俺は申し訳なさをいっぱい込めてそう言った。

 しつこく電話のくだりを持ち出すなら、電話がかかってきて、出たのはいいけど相手が誰だか分からない、けど向こうはめちゃくちゃ親しく話しかけて来てる。

 そんな相手に『誰ですか?』って聞くときくらい慎重に、傷つけないようにそう言った。

 だって実際魔王とこの女の子は知り合いなんだろうし。

 魔王が死んで桜満おうまになってるなんて、そんなこと全然知らないだろうし。


「冗談でもまおーさまにそんなことを言われるなんて、ネネネ傷つきましたの」

 しかしそんな俺の気遣いも虚しく、彼女は傷付いたらしかった。


「あ、あの……えっと」

 どうすればいいんだ、また一から説明か?

 俺は魔王じゃないんです、異世界から来ましたって。

 信じてもらえるだろうか……と言うか正直もう説明するの面倒くさいんだけど。


「いっそこのまま、ネネネを本当の傷物にしてくださいな」

 いやいや、別にうまいこと言えてないからね?

 さすがにこんな場所で脱ぎ出すのは、止めてもらいたいんだけど。

 と思いつつも、目を覆った手は隙間だらけなわけだけど。

 とにかく俺が魔王であって魔王でないことを伝えないと。

 どうすれば、簡単で短く、かつ信憑性のある説明が出来る……?


 はっ!

 これ以上にないくらい簡単で、これ以下にないくらい短い。

 そんな単で短な、最高の呪文があるじゃないか!

 信憑性は皆無だけど。

 いけるか? 今回もこの呪文を唱えればいけるのか!?


「えっと……ネネネ、だっけ?」

「何ですの、まおーさま。そんなに慌てなくとも、ネネネはあなたのものですのよ」

 いや、そうじゃなくて。


「お、俺……ネバネバ何だ!」

 とにかく叫んだ。目の前の彼女は無言。

 ダメか? 勇者にも通じた呪文だぞ。


「まあまおーさま、ネバネバですの……それはお気の毒に」

 やったー通じた! 通じたぞ!

 ネバネバだ! 俺はネバネバだ!

 ……。

 でもネバネバの意味を知らないから、本当の意味で通じたとは言い難いんだけど。


「ですがそれなら好都合ですの」

 悪戯いたずらな笑みをこぼす彼女。

 好都合?


「ネネネの目を見て、よーく聞いてくださいなまおーさま」

「あ、ああ」

 月明かりの下で抱き合い、そして見つめ合う男女。

 状況だけ見ると、何だかロマンティックな感じになってるけど……。


「私は妖精」

「陽性?」

「いいえまおーさま、ネネネは別に病気ではありませんの。フェアリーのことですのよ」

 ああフェアリーね、OK


「名前はネイドリーム・ネル・ネリッサ」

 ネイ……? 何だって? よく分からなかったな。


「まおーさまの妻ですの」

「つま?」

 つまってこれか?

 『妻』


「そうですの、それですの、その妻ですの」

 妻……。

 前略

 お父様、お母様、お姉様。

 桜満明日太、異世界にて妻ができました。

 草々


「お分かりになられまして?」

「まあ、分かったよ」

 この子が俺を騙そうとしていることは。

 好都合とか言っちゃってるし……。

 どうしてそういうこと言っちゃうかな。

 それさえ言わなきゃ、俺も信じてたかも知れないのに。

 ゲイルと言いこの子、ネネネと言い、魔王の周りにはバカばっかりだな。


「ネネネ、嬉しいですの!」

 言って、彼女は再び俺の首を強く抱きしめる。


「ウゲッ! 話せ! く、くるしい……し、ぬ」

「まおーさまと一緒に死ねるなら、ネネネ本望ですの」

「愛が重いよ!」

 しかもこれで死ぬの俺だけだし!


「そうですのよまおーさま、愛は想いなんですの」

 そんなこと言ってる場合か!

 死ぬって!


「魔王、どこ行ったの? ご飯できたんだけど……って」

 俺を探して食事の間から出て来たラヴの青い目と、視線が重なる。


「おっと……」

 端から見れば、ただイチャコラしているだけにしか見えないこの状況……。


「や、やあ、ラヴ」

「やあじゃないわよ、人がご飯作って探しにまで来てやったっていうのに、こんな場所でイチャイチャイチャイチャと……」

 身をプルプルと震わせながら、腰の剣を抜くラヴ。


「あ、いやこれは……」

 まずいぞ。いやまずいのか?


「まおーさま、誰ですのあの方は」

「へ?」

 ネネネを見上げると、彼女の目には凄まじい殺気が。

 まじですか……。


「ネネネというものがありながら、あんな小汚い田舎娘を連れ込んで!」

「いや、その、あの子はですね……」

 ちょっと待て、何で俺は弁解をしようとしてるんだ。

 何で俺が責められてるんだよ。

 俺何も悪くないじゃん、何もしてないよ?

 悪いのは魔王だ。いや魔王も何もしてないか。

 悪いのはこいつら二人じゃねえか!


「やっぱり変態は、この勇者の名において今すぐに殺してあげるわ!」

「こうなったらまおーさまを殺して、ネネネも死にますの!」


 わぁ~い、やってらんねぇよぉぉぉぉ!

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