第8話 メイドですか? マーメイドですか?

 まあこれでもしも俺の勘がハズれていたら、ラヴに申し訳ないなと思いつつ。

 俺と彼女が初めて出会った部屋、玉座の間の扉を少しだけ開き、二人で中を覗く。


「やっぱり」

 どうやら俺の勘は当たりだったようで。

 部屋の中には、赤い絨毯の先にある玉座に腰かけ、偉そうに足を組み、頬杖をついたゲイルの姿が。


「つぶつぶ言ってるけど、あいつ何をしてるの?」

「さあ……」

 俺には君が何を言ってるのかも分からないよ。


「とりあえず、君だけ中に入ってみてくれない?」

「嫌よ、どうして私が――」

「お願い」

「……わ、分かったわよ」

「ありがと」

 ラヴは両開きの扉の前に立ち、俺はわきに、じゃなくて脇に隠れる。


「開けるわよ?」

「OK」

 親指を立ててグーサイン。

 それを見たラヴが、両手で勢いよく扉を押し開けた。

 その瞬間、ゲイルは俺が予想したとおり、こう言い放った。


「フッフッフッフ、よくぞここまでたどり着いたな勇者よ。我が名は魔王ゲイル・サンダークラップ! この世の全てを統べるものなり! ふあーっはっはっはっはっはっは!」

 まるで、大昔からこのときのために練習していたかのように、噛むことなく動作付きでだ。

 本当にバカだ! 救いようのない大バカだ!

 ゲイル・サンダークラップじゃなくて、お前はもうスクラップだ!


「何ですって!?」

 言って、腰の剣を引き抜き、ゲイルに向かって構えるラヴ。

 え……?


「あなたが本当の魔王だったのね!」

 こっちもバカだ!


「お、おいラヴ。騙されるな、魔王は俺だ」

 いや、この場合もうゲイルを魔王に仕立て上げて、あいつを倒してもらった方が俺にとって都合よくないか?

 でもな……あいつを魔王にするのは何だか嫌だ。


「分かってるわよ。騙されてなんかいないわ」

 勇者ラヴは一度小さく咳払いをして、剣を鞘に戻した。


「どうした勇者よ、この魔王を前にして怖気づいたか!」

「おいゲイル」

 俺はこの身をゲイルの視界へとさらけ出す。


「ひぃっ、ま、魔王しゃま、いらっしゃったのでしゅね。ごきげんよう」

 すると、高速で土下座をし始めるゲイル。

 さすが逃げ足担当、こういうときの逃げ方だってちゃんと心得ているようだ。


「なあゲイル、お前今玉座に腰掛けてたよな?」

「そんな、鉄砲もございません」

「そうだ、お前は無鉄砲だよ!」

 と言うか、だから滅相だって。


「あのですね魔王様、私は決して玉座に腰掛けていたわけではございません。魔王様のお尻が冷えぬよう、尻を使って玉座を温めていたのです」

「腰掛けてたのには変わりないよ」

 まあそんなことはどうでもいいんだ。

 もともと俺のものではないし、勝手に座られたところで何も感じない。


「して魔王様、何か御用でしたか?」

「用があってお前を呼んだんだけど、来なかったから探しに来たんだよ」

「失礼致しました。何しろ魔王様の玉座を温めていたものでして」

「優先順位おかしくないか?」

 あくまでそれを突き通すのはいいとして……。


「玉座の保温は、何よりも優先されるべきことでございます。それで、御用とは?」

「ああ、うん。この城の状況を聞こうと思ったんだ。今ここにいる俺達以外の人は、どこに行ったんだ?」


「メイド達ですか?」

「そうそう」

 やっぱりメイドさんいたんだ!

 喜んではない、決して喜んではいない。


「マーメイド達ですか?」

「違う! メイドだ!」

 マーメイドじゃなくて、マイメイドだ。


「それならもういません」

 え……いない?


「どうして?」

「勇者の臭撃しゅうげきを受け――」

「ちょっと何よ臭撃って! わ、私が臭いみたいじゃない!」

 ……もしかして腋!?


「何見てるのよ魔王!」

「いや、何でもないよ……で、襲撃を受けてどうしたんだよ」

 ラヴの名誉のため、念のために言っておくけど、ラヴは別に臭くない。


「襲撃を受け、メイドは、メイドだけでなくこの城に居た者は全て、裏口より真っ先に逃げました」

 逃げたって、じ、じゃあメイドさんいないの?

 まじかよ……いやがっかりしているわけじゃないけど、神に誓ってそんなわけじゃないけど。

 大体、襲撃されたら魔王を放って真っ先に逃げる城の人達って何だよ。

 そんなにこの魔王信用とか信頼とかされてなかったわけ?

 仮にも主だろう……。

 でもそんな中駆けつけてくれたゲイルは、実は凄くいい奴なのかもしれない。

 今まで酷いこと言って悪かったな、謝ろう。


「ゲイルごめ――」

「何を隠そう、途中で気が変わるまでは私も一緒に逃げておりましたので、少々魔王様の下に駆けつけるのが遅くなりました」

 隠せ! 何もかも隠せ!

 少しでもこいつに心を許しかけた五秒前の俺を、本気で殴ってやりたかった。

 いや、殴るのは痛いから手紙を出そう、信じちゃダメだって手紙を出そう。

 まったく。

 どうせ戻ってきたのもろくな理由じゃないに違いない。

 魔王が死んだことを何かしらで感じ取って、その後釜を狙って帰って来たんだろう。

 途中で気が変わったのではなく、途中で気付いた、だ。


「じゃあご飯を作ってくれる人は、誰もいないってこと?」

 そう呆れ顔で呟くラヴ。


「まあそういうことだろうな」

「そういうことです」

「「「グ~」」」

 シンとなった玉座の間で、三人の腹の虫が一斉に鳴った。


「仕方ないわね、じゃあ私が作るわ」

「本当かラヴ!」

「作るのは私の分だけよ。あなた達はあなた達で何とかしなさい」

「俺達のはないのか……」

 そりゃないよ……もうお腹が減り過ぎて死にそうなんだけど。

 俺は目に見えるように、わざと大げさに落胆して見せた。


「……まあでも、どうしてもって言うなら一緒に作ってあげてもいいわよ」

「本当か! 頼むよ、ありがとう!」

「か、勘違いしないでよ、一人分も三人分も大して変わらないから言ってるだけ! それにこれは取引よ。作ってあげる代わりに、食材は提供してちょうだい」

「もちろん」

 城にあるものならいくらでも使ってくれて構わない。

 玉座と同じで、そもそも俺のじゃないし。

 なんだったら城ごとあげてもいいくらいだ。

 

 ただその代わり、料理長下手でしたなんてオチだけはなしにしてくれ。

 と言いたいところだったけど、そんなことは口には出さなかった。

 いや、出せなかった。

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