第7話 リ

「あ、あのさラヴ」

 前を歩く、長い金色の尻尾を携えた、勇者の背中に声をかける。


「気安く呼ばないで」

「じゃあ、ラヴ・リ・ブレイブリアだっけ?」

「長いわよ」

 何なんだよ。じゃあ。


「リ」

「……」

 何も言わない。無言ということは、それでいいということだろうか。


「リ、は――」

「どうしてそうなるのよ! もうっ、ラヴでいいわよラヴで!」

 あははは~気難しい子だなぁ……。


「それで、何?」

「ああ。ラヴはどこで飯が食えるのか知ってるのかなって」

 ここは魔王の城、彼女からすれば敵の本拠地だ。

 ある程度の情報はあるにせよ、食事をする場所まで知っているのか。


「当たり前でしょ。あなたを倒しに行く前に、城の中は隅々まで調査済みよ」

 ほお、さすが勇者だ。


「じゃあもしかして、壷を勝手に割ったり、タンスたクローゼットを開けて回ったりもしたのか?」

「どうして私がそんな泥棒みたいなことをしなくちゃいけないのよ!」

「じゃあ宝箱も開けてない?」

「あ、開けて……ないわよ」

 開けたんだ。


「宝箱に……もの……」

「え?」

 ラヴは俯きながら何かぶつぶつと言い始めた。


「宝箱にあんなものを入れておくなんて卑怯だわ! おかげで呪いにかかって一度町に戻らされるわ、呪い解くために教会でいっぱいお金取られるわ。どうしてくれるのよ!」

 ああ、宝箱に入っていた呪いのかかった装備を、喜び勇んで装着したんだな。

 でもそれは逆切れにも程があるだろう、お前が勝手に宝を盗んだんだ。

 盗人猛々しいとはこのことだ。


「そうだ、ラヴ」

「何よ」

 俺は唐突に、何の脈絡もなくふと思ったことを口にする。


「お前仲間はどうしたんだよ」

 魔王の城に乗り込んで来たんだ、軍が動くかどうかは俺には分からないけど、一人でってことはないだろう。

 せめて後数人、中・遠距離攻撃役とか補助・回復役なんかがいてもおかしくない。

 そのパーティーの仲間たちはどこへ行ったのだろう。


「帰ったわよ」

 俺のと言うか、魔王の耳は相当に悪いらしい。

 帰ったって聞こえたけど、魔王城に勇者一人を残して仲間が帰るなんてこと、あるわけないじゃないか。

 よりによってそんな聞き間違いをするとは。


「ごめん、もう一回言ってくれる?」

「帰ったって言ってるの!」

「は?」

 聞き間違いじゃない!?

 魔王を倒そうとやってきた勇者の仲間が帰宅?


「四人パーティーだったわ。僧侶A(女)、僧侶B(男)、僧侶C(男)そして私」

 どうしてそうなったのかな?

 そこのところを詳しく聞きたいぐらいだよ。


「いざ魔王を倒しに行こうっていうときに、僧侶B(男)が言ったの。『俺この戦いが終わったら僧侶A(女)と結婚するんだ』、って」

 なぜわざわざ死亡フラグを立てる。


「そしたら僧侶C(男)がいきなり、『じゃあ僕はこの戦いの前に結婚する』、って言い出して」

 じゃあってなんだよ、じゃあって。

 早い者勝ちじゃないんだから。

 もしかしてこの世界では一妻多夫制が認められてたりするのか。


「そして僧侶C(男)は僧侶B(男)の手を握って逃げて行ったわ」

 ちょっと待て、とんだ三角関係だ!


 よくそんなやつらとパーティー組めてたな。

 俺ならそいつらと一緒に、お家でパーティーするのもごめんだ。

 いやまだ僧侶A(女)がいる、こいつがまともなら……。


「僧侶A(女)は、『待って僧侶C(男)~』って叫びながら二人を追いかけて行ったわ」

 こいつが一番最悪だ!

 僧侶B(男)と結婚しようとしておきながら、その実僧侶C(男)のことを好いていたとは。

 僧侶なんて嘘だ、偽僧侶だ! 偽装だ、煩悩だらけじゃないか。


 ラヴは少しうつむいてるように見えた。

 そんなとんでもパーティーでもやっぱり愛着があったのだろうか。


「ま、まぁいいじゃないか、その程度で壊れるパーティーなんてさ」

 そんなただ一緒にいただけの、上辺だけの希薄な人間関係なんて……。


「そうよ、魔王にしては良いこと言うわね。大体、この城の近くの森で遭難してたから、連れて来ただけの人達だし」

 そんな奴ら、何の愛着も持てねえよ。


 大体そんな即席勇者ご一行に倒される魔王ってどうなんだ。

 いや、実際に倒したのは勇者ラヴ一人だったんだろうけど。それにしたって一人で攻略できる魔王城って何?

 もしかして中ボス以下の、最初に出てくる自称魔王だったり……。

 それともやっぱり魔王は変態の総称で、ラヴは変態撲滅運動の勇者だったりするのかも。

 まあ何でもいいか。


「ラヴ」

「何よ」

「呼んだだけだ」

「用がないなら気安く名前を呼ばないで」


「ラヴ」

「な、何よ」

「呼んだだけだ」

「……」


「ラヴ」

「……何よ」

「呼んだだけだ」

「……」


「ラヴ」

「なんなのよ! もう!」

 と、怒りつつも無視せずに聞き返してくれるので、ちょっと可愛かったから、からかってみた。

 しかも一回一回金色のポニーテールを揺らしながら振り返ってくれるなんて、最高だ!


 そんな無駄話をしながら、階段を上ったり上らなかったり、扉を開けたり開けなかったりしているうちに厨房みたいなところにたどり着いた。


 厨房と言っても、オーブンや冷蔵庫と言った、いわゆる電化製品と呼ばれる物があるわけじゃない。

 石で出来た窯があったり、ちょっと不恰好なフライパンや鍋、包丁などの調理道具が壁にたくさん掛けられていたりと。

 そんな、俺のイメージでは、昔の外国と言った雰囲気の厨房だ。

 まぁ、どんな厨房かなんてのはどうでもいいとして、今一番問題なのは……。


「人がいないわね」

 と、いうことだ。

 厨房はあるけど料理長がいない。

 いやまあ料理長が不在でも、料理を作ってくれる人がいればいいんだけど。


 そもそもおかしいと思ってたんだけど。

 俺がこの世界に来てから、ほとんど人に出会っていない。

 出会ったといえば、勇者ラヴと逃げ足担当ゲイルだけ。

 俺の部屋に行くときも、部屋から厨房に来るときも、誰一人として出会っていない。


 仮にもここは城だろう? 使用人やメイドさんはいないわけ?

 いやいや別に俺がメイドさんを欲しいわけじゃない。

 念のために言っておくけど、決してそういうわけじゃない。

 使用人やメイドさんがいないとして、じゃあ誰がこの城の掃除や食事の用意をしていたかだ。

 そう考えると、誰かしら人はいたと考えるのが普通だろう。

 じゃあその人たちは今どこに……?


 ひとまず俺は今この城がどういう状況なのかを知るべく、ゲイルを呼んでみることにした。

 呼んでみることにした、とか思いながら振り返るだけで、そこにいる気がしてならなかったけど。

 振り返ったそこにはしかし、ゲイルの姿はなかった。


「とりあえず、ゲイルを呼んでみる」

「ええ」

 ラヴに了承を得た後、肺いっぱいに息を吸い、大きな声で叫ぶ。


「ゲイルーっ!」

「……」

 しかししばらく待っても彼は来ない。

 まあそういうときもあるだろうと、ともう一度。


「ゲーイールー!」

「……」

 それでも彼はやってこなかった。

 何だよ、信用していた“駆けつけてくれる”って部分まで信用出来なくなったじゃないか。

 大体足が早いってだけで、耳がいいわけじゃないんだ。

 この広そうな城の中、どこにいても俺の声が聞こえるわけじゃないだろう。

 さっき部屋のは部屋に駆けつけたわけじゃなく、盗み聞きをしていただけだし。


「んー、しょうがないな……探さないと」

「じゃあ手分けして探しましょう」

「いや一緒に探そう」

 俺はこの城の造りをまだ全く分かってないし、闇雲に探しても逆に俺が迷子になる。

 それに。


「一つ心当たりの場所があるんだ」

 出会ってまだ数時間程度だけど、あいつの行動は分かり易過ぎる……。


「俺を、玉座の会った部屋に連れて行って欲しい」

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