第29話 目をください

 俺の小指ほどの大きさしかないティアの腕が示したのは、泉の方向。

 そこにいたのはあのとき逃げなかった人影。

 銀色の髪をした女の子。

 その子は差し込む光の下で、静かに座っていた。

 あ、今寝転んだ。


「ちょうど、エルフのお友達とおしゃべりしてたんです」

「アレがエルフ?」

「はい、呼びますね。エメラダちゃ~ん」

 エメラダと呼ばれる銀髪のエルフは、ティアに呼ばれるとめんどくさそうに起き上がり、ゆっくりとこっちに歩いてくる。

 小柄で華奢な、例えるなら中学生くらいの、中女、いや、少女。

 首ぐらいまで伸ばされた銀色の髪は、全体的にくせっ毛なのか毛先が外側にハネていた。

 寝癖ではないと信じたい。

 そしてその髪の間からひょっこり顔を出す、先の尖った長い耳。


「何、妖精」

 彼女は俺達の前まで来ると、開口一番、平坦な抑揚のない、感情のうかがえない声音でそう言った。

 え? 友達じゃないの? どうして友達を種のカテゴリ名で呼ぶの?


「魔王さんが何かお話があるそうです」

 ティアがそう説明をすると、エルフは俺の顔をじっと見た。

 眠たそうに半分開かれたまぶたから覗くのは、宝石のような瞳。

 まるでこの森を映し出したような緑色の目。


「……何?」

 エメラルドの様な翠色の瞳と、静かで感情のない声が合わさって、まるで俺は今森と会話をしようとしている気分だった。

 いや別に『俺、森とおしゃべりできるんだ!』なんてイタイことを言ってるわけじゃない。

 今森さんと会話をしてるわけでもない。

 そのくらい得体の知れないものと話してる気分だということだ。

 と言うか、目、綺麗過ぎじゃないか? 

 まさか本当に宝石はめ込んでるわけじゃないだろうな。

 俺は思わず彼女の目に手を伸ばしてみたが……眠たそうな顔からは考えられないくらい軽快に、ひょいとかわされた。


「……何?」

「目をください」

 って何言ってんだ俺は!


「目は取れない」

 いや、そんな真面目に返されても困るんですけど……。


「はい、ごめんなさい」

「あなたは誰?」

「お、俺は魔王、でこっちが勇者」

 俺は自分とラヴを交互に指さす。


「そう、あなたがバカの魔王」

「バ、バカ?」

「お父さんが言ってた、魔王はバカ」

 またかよ……お父さん娘にそんなことを教えるなよ。

 どうやらこの森では俺は完全にバカで通っているらしい。

 いや、もしかすると森以外でもそうなのかも。

 いやいやもしかしなくてもそうに違いない。


「話し、何?」

「あ、え~っと……」

 緑色の瞳に見つめられ俺は思わずたじろぐ。

 あったよこんな感じのこと、もといた世界でも。

 確かあのときは、通学中の電車で真っ青な目の外国人に、突然ものすごいスピードの英語で話しかけられたんだったっけ。

 幸い英語は聞き取れたし、ある程度の理解は出来た。

 でも答えられなかった。

 深い彫りの底にはめ込まれた青い目にじっと見つめられて、『a……aaa』と、言葉を失ってしまったのだ。

 あの時と一緒だ、うん。


「アンタ何やってんのよ!」

 そんな、一人で納得している俺を見かねてラヴが声を上げる。


「あ、いや、その~ですね……」

「ホンッッッット役に立たないわね。もういいわ、私が話してあげる」

 彼女は眉をしかめると俺を横へ押しのけ、一歩前に出てエルフと向かい合った。

 するとエルフの視線はラヴに移された。

 ふぅ~。

 ほっとしている場合じゃないが……。


「単刀直入に言わせてもらうわ。村に病気が蔓延したから助けて欲しいの」

 ラヴの言葉を聞くとエルフは少し首をかしげた。

 お、やっと感情表現のようなものが垣間見れたような気がする。

 といっても、相変わらず表情はそのままだけど。


「病気ぐらい村で何とかならない?」

 依然として声にも抑揚がなく、よく聞かないと肯定文なのか疑問文なのかいまいち分かりづらい。

 まあ、話の流れと首を傾げた仕草を見るに、疑問文だろうけど。


「それが、私たちじゃ何の病気かわからなくて」

「……そう」

「薬草の知識も少ないわ。だからあなたたちエルフに助けて欲しいの」

「そう……」

「あ、あのさ、ただとは言わないから。俺の可能な範囲で、お礼もしっかりする」

 そう持ちかけてみたものの、お礼できるほどの何かが俺にあるのかは疑問だ。


「お礼……そう……」

 しばらくジーッと固まって動かなくなるエルフちゃん。

 考え中なんだろうか。


「私でいい?」

 少しすると銀髪エルフちゃんはそう言って、俺とラヴを交互に見た。

 どういう意味の質問かはわからないけど、助けてくれるなら誰でもいい。


「ああ、君で構わない」

「そう」

 そう返事をすると、突然歩き始めるエルフっ娘。


「ど、どこ行くの?」

 俺はその背中に声をかける。

 すると彼女は立ち止まり、俺の方を振り向いた。


「あなた頭は大丈夫?」

 おっと何だ? 今日はやけに女の子に体の心配をされる日だな。

 俺がラヴに頭を叩かれてるのをどこかで見てて『頭の傷は大丈夫?』ってか。

 やさしい子だなぁ。

 と、そんな冗談はおいといてだ……。

 俺の体を案じているわけじゃないというのは分かっている。

 『お前頭悪いな』って意味だろう。

 でもそれにしたって、声の抑揚や感情がいまいちはっきりしていないせいか、真剣に俺の頭の悪さを嘆いて、心配してくれてるようにも聞こえる。


「村に行かないと、病気、わからない」

「そ、そうですよね……」

 エルフちゃんは再び歩き始める。


「ホント、頭大丈夫かしら」

 腕を組みながら横目でラヴ。


「舐めてみる?」

 何てネネネのモノマネ。


「なっどうしてそんなことしなきゃいけないわけ!?」

「舐めれば何か分かるかもしれないだろ?」

「そんなわけないでしょ! 変態!」

「いてっ……」

 おもいっきり背中を殴られた……。

 背中を擦りながら顔を上げると、立ち止まってこっちを向く銀髪ちゃんが目に入る。


「どうして?」

「え?」

「どうして頭、舐めるの?」

 ん? 何を言ってるのかなこの子は。


「い、いや舐めたら何か分かるかなって」

「どうして?」

「さ、さあどうしてだろうね……」

 なんだこの幼い子供のなぜ? なに? 攻撃みたいなものは。


「た、ただの冗談だよ、あはははは」

「そう」

 俺がそう答えると、俺とラヴに背を向け歩き出すエルフちゃん。

 何だったんだ今のは……。

 まあとにかく、俺達はティアにお礼と別れを告げ村に向かって歩き出した。


 ピンクのとあかいの、つまりネネネとルージュはいない。

 今俺の目の前にいるのは金色のと銀色の、つまりラヴとエルフちゃん。

 俺のダークブラウンの髪を合わせると、さながらオリンピックのメダルのようだ。

 でもラヴの金髪と、エルフちゃんの銀髪に輝きがあるのに対し。

 俺の茶髪は輝きがない。

 銅メダルじゃない、チョコレートのようだ。

 かじったら本当に欠けますよ?

 とりあえず俺は目の前で揺れている、ラヴのポニーテイルに手を伸ばした。

 金メダルが欲しかったから。

 でも手を伸ばした瞬間、ラヴからものすごい殺気が放たれたので、思わず手を引っ込めてしまった。

 これが手を伸ばせば届くところにあった金メダルを、大会の雰囲気に呑まれて逃してしまった選手の気持ちなんだろうか。

 なんてバカなことを考えながら、俺はおとなしく森を歩いた。

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