第28話 エルフの住まう森

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 都会の高層ビルのように立ち並ぶ大きな木々、その根のせいで足場は悪く。

 湿った日陰には苔が生え滑りやすく、差し込む光の下には草花が生え踏みづらい。

 そんな森に響き渡るラヴの叫び声。


「こっちこないでよっ虫! 虫!!」

 耳元で聞こえる彼女の大声と、剣が風を切る音。

 ラヴは森に入ってからずっと、虫が飛んでくるたびに騒ぎまくって俺にしがみついている。

 そんな大きな虫じゃない、ちょっとしたハエ程度の大きさの虫だ。

 騒ぐほどのものじゃない、蟲じゃなくて虫なのだ。

 どっちも同じだけど……。

 とにかくここは樹海であって腐海じゃない。


「ラヴ、そろそろ離れてくれない?」

 ただでさえ歩きづらいんだから。


「な、何言ってんのよ! 引っ付いてるのはアンタでしょ!? アンタが離れなさいよ!」

「はいはい」

 俺はラヴを引き剥がし彼女から距離をとる。


「いぎゃぁぁぁぁ!! どうしてこっちに来るのよ!?」

 叫びながら、彼女はまた俺の背中にしがみつき、剣を振り回す。

 いや、マジで危ないんだけど剣。


「アンタ何引っ付いてんのよ!? 離れなさいよ! 変態がうつるじゃない!」

「痛い痛い!」

 ラヴは剣の柄で俺の頭をガシガシと殴る。

 ほんと、何なのこれ……。

 引っ付くなと言いながら、俺を剣で殴る。

 まあ、これだけ見ると普通だ。

 言ってることとやってることに矛盾はない。

 でも引っ付いてるのは俺じゃなくて、ラヴだからね?

 やってることは無茶苦茶だよ!


「支離滅裂だ!」

「あらまおーさま、ネネネのお尻に熱烈ですの?」

 前を歩くネネネが振り返り、お尻を振る。


「誰が尻熱烈なんて言った!」

 まったく、ネネネのお耳はどんなフィルターがかかってるんだ?

 いやむしろフィルターがかかってないのか?

 検索し放題だ!


「それよりも愛ちゃん、勇者がハエ程度に怯えるとはどういうことですの? もしかして、どさくさに紛れてまおーさまに抱きつこうという魂胆なのでは?」

 もしそうだとしたら何も紛れてねえ、ストレートだ、ド直球だ。


「そ、そんなわけないでしょ!? 誰がこんな変態魔王なんか、虫のせいよ虫!」

「今更虫が何ですの、家にはずっと血を吸うおっきな蚊、ババア虫がいるではないですの」

 おいおいまたルージュに喧嘩を売って……これ以上の面倒はよしてくれよ。


「そうじゃぞラヴリン、家にはずっと男のアレから出る一種の排泄物にたかるハエ、おっきな年増虫がおったじゃろう」

「何ですって!?」

 横に歩くルージュを睨みつけるネネネ。


「お? 何じゃ? やるか?」

 そんな視線をさらりとかわし、更に挑発するルージュ。


「やりますの、こうなったら徹底的にやりますの! さあ表へ出なさい!」

「ここはもう表じゃが?」

「く……キィィィィ!!」

 結局こうなるんだよな、ルージュの方が一枚いや、数枚上手。

 怒るのはいつもネネネで、ルージュは挑発して楽しんでるだけ。


「まあよかろう、相手をしてやる。これだけ広いでの、鬼ごっこといこう」

「望むところですわ」

「じゃあおぬしの鬼からじゃ」

 そう言って、ルージュはピョンピョンと軽快に木々の間をすり抜け駆けて行く。


「な、ちょっとお待ちな――」

「はっはっはっは、おーにさーんこーちらーてーのなーるほーうえー」

 そしてお尻ペンペンと挑発。


「キィィィィ! もう許しませんの! 大体鬼はあなたでしょう吸血鬼のくせして!」

 ネネネは恐る恐る足場を確認しながらルージュを追いかける。

 勝ち目ないだろあれ……。


「お~い、あんまり離れるなよ、迷子になっても知らないぞ!」

 言っている間にも彼女たちはみるみるうちに遠ざかり、見えなくなっていく。

 そしてとうとうネネネとルージュは、ピンクのとあかいのは、俺達の前から姿を消した。


「まあいっか」

 あの二人なら大丈夫だろう。


「行こうラヴ」

「え、ええ……うぎゃぁぁぁぁ!!」







 妖精は一度見てしまえば見つけるのは難しくない。

 ルージュが言った言葉がどこまでの範囲を指すのか。

 妖精自体なのか、妖精に関わる場所や物までそうなのかはわからない。

 けど、前に来たときは相当歩いてやっと見つけたと思った泉。

 しかし今回はいとも簡単に見つかった。


「あ、ああ、あれ何よ!」

 少し離れた泉に見えるのは、その周りで休んだり水を飲んだりしている、たくさんの動物。

 小さいリスみたいなのから、大きな鹿みたいなのまでいる。

 そして動物の周りで楽しそうに飛んでいるのが妖精。

 ティアと同じく手乗りサイズの妖精達が、透き通った羽から光の粉を撒き散らし飛び回っている。


「ハエ!?」

「……妖精だよ」

 あんなおっきなハエがブンブン飛び回ってたら俺だって叫びたくなるよ。

 俺はたくさんの妖精の中から一人、見覚えのある青い妖精を見つける。

 輪になった妖精達の真ん中で笑っている妖精、ティアだ。


「ティア!」

 俺が手を振り、彼女の名前を叫んだ瞬間。

 妖精も動物も一瞬こっちを向き、次の瞬間には妖精は姿を消し、動物は森の中へ逃げていった。

 残ったのはティアだけ……いや、ティアとひとつの人影だけ。


「魔王さん、お久しぶりです~」

 ティアは俺の方に高速で飛んでくると、俺の顔に抱きついた。


「久しぶりティア、元気だった?」

「はい、元気いっぱいです」

 ああ、やっぱり小さいっていうのはいいものだなぁ。

 今度ルージュにも顔に抱きついて貰おうか……。

 いや待てよ、さすがにルージュの大きさだと顔に抱きつくというより、俺の顔を抱きかかえる風になってしまうか。

 幼女が俺の顔を抱えながら妖艶な笑みをこぼす、なんだか危ないな。


「へ~え、あっそう」

 訝しげにジトッとした視線で俺を見るラヴ。

 おっと、何だろう。もしかして俺がくだらない妄想をしてることがバレたんだろうか。


「ど、どうしたの? ラヴ」

「私が毒で苦しんでるってときに、虫……じゃなかった、妖精ちゃんと楽しく遊んでたわけね」

「い、いやそれは違う……」

 違わない。

 違うけど、違わない。

 結局エルフに会って薬草を取ってくるという目的を忘れてたわけだし。


「大体どうしてみんなで行くわけ!? しんどいんだから一人くらい近くにいてくれてもいいんじゃない!?」

「ごめん、でもネネネとルージュ二人で行かせるわけにはいかないし……」

 今日みたいなことになること間違いなしだ、帰って来られるかも妖しい。


「ど、どうしてアンタが謝るの!? 誰もアンタにいてくれとは頼んでないわよ!」

 そうですよね、はい。

 マジで何なんですか……。

 もしかしてアレか? アレですか?


「ラヴもしかして嫉妬してるのか?」

「Shit!! そんなわけないでしょ!? アンタ頭大丈夫?」

「え、それはもしかして俺の体を気遣ってくれてるのか?」

 『さっき剣の柄で殴っちゃったけど、頭大丈夫?』って。


「違うわよ! アンタの頭おかしいんじゃないの? どれだけポジティブなのよ、この変体!」

 変態だろう……?

 いや、もしかしたら『あなたの体って変ね』って意味で言ったのかもしれない。

 と、いうことはこの魔王の体に入ってる俺への精神的直接攻撃、さすが勇者やるな……。


「うわぁ~ん、ケンカはよくないです~ぅわぁぁぁぁん」

 俺とラヴの言い合いにとうとう泣き出してしまうティア。


「ご、ごめんよティアもう喧嘩はしないから」

「本当ですか?」

「本当だよ、ほら俺達こんなに仲良しだよ、ね?」

 俺はラヴの首に手を回し方を組む。


「ちょっと何やってんのよ」

「話を合わせて」

 俺は、ラヴの耳元でそうささやく。


「怪しいです」

「ほ、本当よ虫……じゃなかった妖精ちゃん、私たち一緒にお風呂に入るくらい仲良しよ」

「何口走ってんだよ!」

「だって本当のことじゃない、変態。ちょっとは自重すれば?」

「はい」

 ごめんなさい、そのとおりです。


「でもラヴの胸は自重しすぎじゃね?」

「殺すわよ」

「ひいっごめんなさい」

「魔王」

「はい」

「殺すわよ」

「二回もぉぉぁあいぃぃぃぃてぇぇぇぇ!!」

 ラヴはティアに見えないように俺の足をそっと、でもおもいっきり踏んだ。



「そうですか、ならよかったです。もうケンカはしないでくださいね」

 と、泣き止むティア。


「あ、ああ……」

 今のやり取りで本当によかったと、仲がいいと思えるのかい?

 まあいいや。


「で、魔王さん今日はどうしたんですか?」

「今日はね……」

 今日はというよりは、今日もなんだけど。


「エルフに会いたくて来たんだ」

「エルフさんですか」

「そう、エルフさん。どこにいるか案内して貰えないかな」

「わかりました」

 いやちょっと待てよ、この子とんでもない方向音痴じゃないか。

 自分家の庭で迷子になるくらいの問題児じゃないか。

 そんな子に聞いてどうするんだよ、また森の中をさ迷うことになるぞ……。


「あ、いや、やっぱりまずは君の仲間を紹――」

「はい! エルフさんです」

「へ?」

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