第13話 不審人物

 戻ってきたQ先生に彼を任せ、治療室を静かに出て行くアテネ。

 彼女が向かった先は、保健室や治療室がある本校舎とは別の建物、徒歩5分ほどの場所にある、教官専用のロッカールーム、そこにはお風呂場やシャワー室が完備されている。

 この建物は本校舎の裏手側に位置し、学園の警備員や泊り込みする教官達の寮に隣接している。

 アテネは普段この寮に住んではないないが、有能で忙しい彼女はよく学園に泊り込み仕事をこなしている。その為、学園長の行為で仮眠などに使用する1室を借りているのであった。

「はぁ~~やっぱり朝風呂は気持ちいいわね、さぁ嫌な夢のことなんて忘れて気合の入れなおしね」

 長い黒髪を丁寧に洗い、汗を流す姿は女性から見ても嫉妬するほどの美貌とプロポーションであった。

 学園のマドンナ(教官・教師部門)の称号を8年連続獲得したのは伊達ではない。

 男女を問わず人気を誇っている彼女、今とさほど変わらない姿でこの学園に通っていた、当然のようにその頃からもかなりモテていた。

 しかし未だ彼女の隣に男の姿はない。


 汗を流し浴室を出るアテネ、全身が入るほどの巨大な鏡の前でスタイルの確認を済ませると、濡れた髪をふかふかのタオルでふきあげていく。

 その時、知った者の姿が映し出された。

「おはようミイナ先生、あっ、いや今日は一応休みだから先生はなしね。ミイナってば朝から気合はいってるじゃない、そっか~~、もしかしてあの彼とデートなのかな」

「ええ、そうなのよ、折角の臨時休校なんだから楽しまないとね。……まったく、いつもいつも私たちの周りにいて、よってくるのはあの嫌な連中達かガキばかり……」

「まっ、まぁ落ち着いてよ、ほらいつも洋服選ぶので時間かかるんだから急ぎなさいな」

「そっ、そうよね、じゃあ彼の好きな色の服にしようかな~~、じゃあねアテネ、あんたもそろそろいい男見つけなさいな」

 ミイナと呼ばれた若い女性、細いフレームの眼鏡をかけ、肩までのショートヘアー、いつもぽや~として天然で、たれ目と巨乳が特徴。

 この学園で、トップクラス(教師部門)の人気を誇るアテネと同じ保険医である。

 彼女はアテネを別れ、さっさと自室へ戻っていった。

 その姿を物思いげに見つめるアテネ。

「--はぁ~~、そんな男がいれば苦労なんてしないわよ、まぁ本気でこの私と付き合おうなんて、そんなむぼ……いや馬鹿な男なんていないだろうけどさ……ハァ」

 嫌なことを忘れる為にはまず食事、人はおいしいものを食べると幸せな気分になると言われている。

 そのことを実行に移すアテネ、長い髪を乾かし私服に着替えると学園の食堂へ向かうことにした。


 本校舎の中央に位置する第1食堂。

 この学園にはいくつもの食堂がある、第1食堂では一度に300人の生徒が食事をすることが出来るが、この学園の生徒数はメル達が在籍している特殊科1年だけでも軽く千人を超えている。

 なので特殊科の建物だけでも3つの食堂が存在している(パンを販売する売店も同じ数だけある)

 この第1食堂は特殊科の生徒も利用するが、おもに普通科の生徒が利用することが多い。

 理由としては普通科の校舎に近いということ、もうひとつは特殊科の食堂までいかなくてもそこと同じメニューがあること。

 普通科と特殊科の生徒の違いは身体能力だけではない、摂取と消費カロリーも大きく違う。

 簡単に言えば、身体能力が高い=その分の消費カロリーも大きいということ。

 なので特殊科の食堂のメニューは量が多く、カロリーが高い肉料理が多い、しかも安いということがない。

 しかしそんな高待遇の特殊科の食堂に、普通科の生徒はあまり近寄らない、その理由はまたの機会にでも語ることに。


 食堂の入り口までやってきた彼女、曇りガラスの扉を開けようとした時、中から人のざわめき声が聞こえた。

「あれっ、今日は休校だから数人の料理人しかいないはずなんだけど、ずいぶん騒がしいわね」

 普通なら静かなはずの休み(臨時休校)の日の学園食堂、それでもあまり気にすることなく中へ入るアテネ。

「さぁ、今日は何があるかーーーー」

「あっ、アテネ先生、丁度良かった不審者が、変な子供が食料備蓄倉庫を漁っているんだ」

 扉を開け中に入った直後、数人の料理人に取り囲まれる。

「そうなんです、今日は朝から教官達の姿が見えないし、仕方ないから警備兵に連絡しようかと思っていたところなんですよ」

 彼女を見つけた若い料理人達はすがるように懇願してくる。

「なによもう、その相手は子供なんでしょ、どっかから迷い込んだだけなんだからそんな物騒なことしないでも大丈夫よ」

「い、いえ……あっ、アテネさん、それがーー」

 料理人が事情を説明し終える前に、彼女は厨房を抜け大きな倉庫の扉を開けた。



「さぁ私と一緒にここをでーーーー!!、えっ、何よ……」

 普段は電灯をつけていても薄暗い倉庫、しかし今日はそうではなかった。

 正面から倉庫内に、けっしてありえない太陽の光が差し込んでいたのだ。

 一瞬思考が停止した、約50メートル四方の食料倉庫、大量の食材が保管されている棚がいくつも並んでいる。

 その中央付近には、こちらに背を向けうずくまる姿勢をした小さな子供の姿。

 小さな少年は真っ白な服を身に纏っていた。

 太陽光の逆光でその顔や髪の色などはわからない。

 この倉庫の中は食料や備蓄などに、極力直射日光があたらない様にしている為、窓はついてはいない。

 そして出入り口は、彼女達がいるここの扉のみであった。

「ねぇ、あなたたち私の目がおかしいのかな、なんかありえない光景なんだけどさ」

「……いや、私たちも信じられないのですが現実かと」

 目の前の現状を理解しようとしても、頭が、思考が追いついてこない。

「はい、気をつけてください、おそらくあれはあの子供の仕業かと、正直夢であってほしいんですけど」

 アテネは料理人に目の前の現状を確認した。

 しかしやはり現実であった。

「壁が破壊されているっていうの、しかもあんな子供が容疑者って、いや違う、あの壁は普通では壊せない、おそらく他の侵入者がいるはず、あなた達は下がっていなさい」

「はっ、ハイ、お願いします」

 厚さ1M以上の鋼鉄とコンクリートの壁に2M弱の人なら、軽く通り抜けることが出来るほどの穴が開いてあった、いや正確には何者かによって破壊されていた。

 外側からの進入とわかるように、倉庫の内側に崩れた瓦礫などが散乱している、そしていくつかの何かの跡が残されていた。

 足跡らしきものを見るとが妙な形をしていた、靴の跡というより何か硬いものか箱か何かを引きずったような感じであった。

 嫌な予感がした、彼女自身あまり信じたくなかったのかもしれない。

「ねぇ、君、何でここにいるのか教えてくれるかしら」

 料理人達を下がらせゆっくりと近寄る、しかし子供はこちらに気が付く様子もない。

 真っ白な服の少年、あいかわらず背をむけたままであった。

「さぁこんな所にいつまでもいないで、私とここを出ましょうーー!!」

「……だ、誰? 僕、おなかすいたからここに来た」

「私はアテネ、ここは学園の食堂備蓄倉庫の中、もしかしてアレは君がやったのかな」

 ここでようやく気がついた、それは白い服ではなくベッドのシーツを服代わりにしたこの少年。

 不振な子供とは、あのひどい大怪我を負い、治療室で意識の戻らないまま眠り続けているはずの正体不明の少年であった。

 しかし彼を見た瞬間、彼女は何か違和感を感じた。何かおかしい気がするのだが、それが何なのか良くわからない。

 彼女が考えをめぐらせている中、不意に彼が答えた。

「……うん、おなか空いて、もう我慢できなくて、そしたらここから食べ物の匂いがしたから壊した」

「--だっ、だから、壊したって……あっ、怒ってる訳じゃないの、そんなにおなか空いてるのなら、素材のまま食べないでちゃんと料理してもらってから食べましょうね、さぁこっちにいらっしゃい」

「……わかった、おねえさんと行く」

 彼は以外にも素直に言うことを聞いた、食べかけの冷凍生肉をそっと棚に戻すと、彼女に左手を差し出した。

 しかし彼の左手についているはずの義手は、拳から先が潰れ指が2本しか残っていなかった。

「--!!、こっ、これで……いえ、さぁいきましょう」

 彼を抱き起こし食堂へ向かう。


 いつもならにぎやかな食堂、今日は誰もいない20人がけのテーブルにつき料理を待つことに。

 アテネは彼の隣に腰掛けると、彼の髪についている壁の破片を払う。

 腰まで伸びた長い銀色の髪、細くしなやかでまるで女性の髪のようであった。

 髪を指で掻き分け、彼女の手が彼の額をやさしくなでる。

 彼女の細い指に、何か硬い感触があった。

「えっ、何これ、何で額に宝石が埋まっているの、いや昨夜見たときは何もなかったはず……」

「……おねえさん?」

 アテネは心が揺れた、彼のその「おねえさん」の一言で、一瞬にして未だかつて感じたことのない奇妙な衝動に囚われてしまった。

 目の前の彼が無性に愛おしく感じる、心臓の鼓動がはげしく波打つ。

 確かにこの彼、髪は伸び放題のボサボサで、ぱっと見顔は無表情で少し幼い感じではあるが、はっきり言って整っており誰がどう見ても美少年の部類に入っている。

 アテネは年下に趣味はない、むしろ年上が好みである。

 その彼女を一瞬、いやたった一言で篭絡したこの彼、これが確信犯なら末恐ろしい。

「えっ、ううん何でもないのよ、さぁ食事の用意が出来たから一緒に食べましょう」

「……うん、食べる」

 会心の一撃、いや笑顔の彼。その時彼女は思った、先ほどと昨夜感じた不思議な感覚は気のせいだろうと。


 アテネは彼から食事を取りながら話を聞いていた。

「--ふぅ、そうなのそれは困ったわね、名前も思い出せないかな」

「……何も思い出せない、名前……は、しる……Kーーケ、わからない。頭がもやもやする」

 何故あの場所にいて、闇喰いに襲われていたのか、そして今までどこで何をしていたのか、どうやってこの国にやってきたのか。

 しかし彼は記憶喪失らしく、結局何一つ有益な情報を聞くことは出来なかった。


「ねぇ君、その壊れた左手以外、違和感ある体の箇所は他にあるかな、あったら教えてくれる」

「……特にないけど、何か不安定で小さい……あとこの目の邪魔だから取っていい?」

 ようやく食事も終わり、一息着いた所でお茶を手渡し、不具合箇所がないか確認していくアテネ。

「えぇいいわよ、あっ、ピントが合わなかったらすぐ教えてね、君の体のことは私がすべて見るようになったから……」

 実は昨夜遅く、実はあれから彼の体のことでQ先生達と、かなりもめていたのだが結局アテネが見ることに決まった。


 不思議な雰囲気を持った男子、いや少年だった。

 怪我の治療中に判明したことがいくつかある、運び込まれた時ひどい怪我であった為、彼には高位の保険医達が回復魔法を使ったのだがが効かなかった、いや正確にはほとんど効果がなかったのである。

 実際回復魔法が効かないといった話は聞いたことがない、どのような怪我であっても、その箇所を失っていなければ傷口だけは塞がるはずなのだ。

 さらに彼の体をスキャンしても内部がまったく写らなかった、人種を調べるため血液や体組織を調べても、該当なしどころか血液や細胞とすら認識しないありさま。

 それに体中に刻まれた無数の傷跡、特に背中側の傷は深くひどい傷が多かった。 右肩後ろの何か刺青のようなものを消した跡(これは学園長の支持というのは聞いたが詳しいことは教えられなかった)

 右手以外失うほどの大怪我と出血で生きている生命力、彼には輸血はしていない、というより血液型すらわからないので出来なかった。


「さて、それじゃあ部屋に戻ろうか」

「……どこいくの? 僕帰る……」

「まだ駄目よ、その仮でつけてる機械の手足の調整も終わってないし、なにより怪我人なんだから治るまでこの学園にいなさい、それに記憶も戻ってないのにどこにいくつもりなの」

 少年が椅子から立ち上がろうとした所を、アテネが肩に手をやり引き止める。

「--!!」

 彼女より小さなこの体(およそ160センチ弱)義足なので本当の長さではないであろうが。

 ものすごい力であった、肩に置いた手が体ごと引きずられそうになった。

 思い出した、あの壁を破壊したのはこの少年であることを。

「……ん? わかった。おねえさんについていく」

 肩に置かれた手に気が付いたらしくアテネに従う。

「じゃあ、一緒に行きましょうね」

 2人で保健室のある本校舎へ歩いていく。  

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