第14話 空白の真実は
この学園の校内には緑が多くみうけられる、表門の正面にいくつもある校舎の中庭には池や小さな噴水などがあり、さながら緑豊かな公園といった感じがする。
まぁ当然のように遊具は設置されてはいないが、隅のほうには何に使うかわからない木の杭がいくつも地面から伸びていた。
そして小さな石碑のようなものも見受けられる。
この学園建設時からのモットーは1、生徒の自主性、2、強気を挫き弱きを助けよ、3、向上心となっているようだ。
しかしそれも昔のこと、一応は変わっていないのだが、学園内には生徒の間、さらに一部の教師・教官にもある暗黙のルールが出来あがっていた。
これは長い歴史の暗部と言うべきもの。この話はいずれ機会があれば語ることに。
本来なら2時限目が始まっている時間帯、しかし本日は誰一人としてこの学園に生徒は居ない。
このように暖かい陽だまりの中、そこらの芝生の上で昼寝でもしたらさぞ気持ちようであろう、そんな中校舎間を繋ぐ長い渡り廊下を歩く2人。
恐ろしく静まり返った学園内、2人の、特に義足の少年の足音が渡り廊下と建物に反響し響いている。
この少年、記憶がないので正確にはわからないが、おそらく学園の1年と同じ位の年頃であろうと予想される。
手足を失い、体中に傷跡があることを除けば、パッと見、普通どこにでもいる年頃の男子と言えるだろう。
「……モグモグ」
不思議な少年であった、彼は自分の身体の状態が正確に把握していないのであろうか。
普通ならこのくらいの年齢で、突如不慮の事故などで自身の手足を失った場合、パニックを起こしてしまう。
しかし少年は平然としていた、現在壁破壊(自己申告の為真意は不明)で壊れて動かない左手を見ても、動じた様子はまったくな見られなかった。
この状況下、恐ろしいほどの落ち着きを見せる少年、ただ鈍感なだけかなのも知れないのだが。
アテネは黙ってそんな少年を見つめている、視線を感じてか、少年も上目ずかいで彼女を見ていた。
少年はさきほどまで料理を食べていたにもかかわらず、両手でかかえるほどの大皿にサンドイッチや肉を乗せ、いまだに食べ続けていた。
無言で歩き続け、目的地が確認できる距離までやってきていた。
「--ちょっ、ちょっとこれは一体、何があったのよ」
どうやらがここが目的地と思われる、その治療室に戻ってきたアテネと少年。
扉を開けた瞬間、アテネは我が目を疑った、そこには破壊された機械類やベッド、そして手足を引きちぎられ、バラバラ死体ーーいや床に散らばる数人のQ先生の体。
治療用のベッドが並んでいた奥の壁は、先ほどの食堂の倉庫の壁と同じように大きな風穴が開いていた。
破壊された壁の穴から、太陽の光が室内へ降り注いでいた。
「--オヤ? あテネ先生と治療をほっぽリダシて逃げ出した、不確定要素満載の少年でハないデスか、イや~~まイりまシタ、まサカ注射しよウト近寄ったダケで、こコまで破壊サレるなンて」
「はイ、私タチでナケれバ、死んデましタよ」
「そんな、まさかこの子がこれをやったというの」
バラバラになったにもかかわらず、陽気に答えるQ先生達であった。
散らかった室内をかたずけ、すぐに壁の穴を塞ぎ、新しい体に交換したQ先生の1人。
同時に数人のQ先生が、少年の壊れた左手の部品の交換作業をすませていた。
すべての作業を終わらせると、隣のモニター室に1人のQ先生を残し、他は用事でいなくなっていた。
2人は長椅子に腰掛け、Q先生と対面していた。
マッドサイエンティストらしく、コーヒーをお約束の三角フラスコに入れ2人に手渡すと、自分も新しいフラスコに黒い謎の液体を入れ一気に煽った。
機械の、仮初の身体で飲む必要があるのかは不明であるが、アテネは特に気にした様子はない。
「それでQ先生、本・当・は・何をしようとしたんですか、注射というのは嘘ですよね」
コーヒーを飲み、少し落ち着いた様子のアテネはジト目で話しかけた。
「……ナ、何ノことデス、ワ、私ハ、彼を治療しよウと、……すルタめニ近寄ったダケで」
彼女の質問に不自然な動きで目線を上に逸らす、手に持ったフラスコをカタカタと揺らし、どう見ても明らかに動揺した様子のQ先生。
沈黙が室内を覆いつくす、五分ほど経過したが一行に口を開かないQ先生、どうやら答えるつもりはないようだ。
「ねぇ君、何されようとしたのか教えてくれる」
Q先生に質問するのをあきらめ、少年に尋ねることに。
しばらくの沈黙が続いた、ときおり何かを思い出すように考え込む少年。
そしてようやく少年は口を開いた。
「……目を開けたら、その人達が、何か大きなもので僕の体を壊そうとしてた、そしたら目の前が真っ白になって、気づいたらさっきの食べ物が沢山あった所の前にいた」
「へぇ~~そうなんだ、こ・の・人・達・が・君の体を壊そうとしてたのね、ううんいいのよ、君が謝ることなんてないから」
申し訳なさそうに俯く少年、彼女は頭に手をやりやさしく撫でてあげた。
「そ・れ・で・何をしようとしてたのですかあなた達は、ことによっては核であるアレを、再起不能になるまで叩き潰しますよ」
のちのQ先生は語った、微笑んでいる彼女の背後に鬼の姿が見えたのだと。
死を覚悟した彼、いや、実際に体を失ったくらいで彼等の種族が死ぬことはないのだが。
その時の彼女の笑みは、とても恐ろしかったと語った。
「ーーサ、さテ、でハ本題に入りまシょうか、実ハ注射だケをシよウとしタワけでハありません」
種の生存本能に従い、正直に話し始めるQ先生。
少年の失った手足の変わりに取り付けた、仮の義手・義足の状態とメンテナンスの為、部屋にやってきた1人のQ先生の彼。
彼は眠り続ける少年を見た瞬間、ある違和感を覚えたのだった。何かおかしい、何かが昨夜と違うと。
しかし何が違うのかすらわからない、考えるのを1時やめ、そのまま神経の接続状態を確認することにした、だが彼は義手のネジを外そうとした時、気づいたのだった。
ありえないことであった、常識では考えられない目の前の光景。
「そうナノです、そノ少年ハ、昨夜より成長しテるノデす」
「--ハァ、何を言っているのですかQ先……い、いや、ちょっと待って……アレッ?」
興奮した様子で答えるQ先生。
その言葉に昨夜の少年の姿を思い浮かべる、その時何かが引っかかった。
意識を深く沈みこませ、正確な記憶を辿るアテネなのだが、肝心な所の記憶に何か靄のようなものがかかって思い出せない。
「--ちょ、ちょっとまって、アレ、私こんなに物忘れひどかったかしら、何で昨夜のことなのに思い出せないの」
「それハ、あなタガ年なーーーー」
何かを言いかけたQ先生、突如その姿が消えた。いや彼は壁にめり込んでいたのだ。
彼の言葉をさえぎり、壁と同化させたのはやはり彼女であった。
「誰・が・年よりなんですか、私はほんの数年前までここの学生だったんですよ。先生達の中で一番若いのに……まったく、あの人と間違えないでよ……ブツブツ」
「……大丈夫?」
感情の起伏がほとんどない無表情な少年、そのように見えるが、ほんとうに心配した様子でQ先生を見つめていた。
「ハイ、問題ないデス、ワタシたちにとってこの身体ハ、単なル入れ物ニスギまセン。ですガあテネ先生、ここマデしなくテモ」
少年は椅子から立ち上がり、右手でQ先生の手を取り壁から引き剥がす手助けをしていた。
(--う~~ん、やっぱり昨夜、いや昨日からのこの子の姿がはっきりと思い出せない、やっぱりQ先生の勘違いなのかしら。あ~~もう、室内のモニター用カメラのデータも、この子? が暴れた時に完全に破壊されてるし、バックアップも何故か壊れてる)
現在この部屋にはアテネと少年の2人だけである、Q先生は彼女によって破壊された身体の交換に出て行った。
室内に緊張感が漂っていた、静まり返った部屋に若い男女が2人きり。
アテネは男性が苦手と言うわけではない、いままで沢山の学生と接してきて、これまで感じたことのない不思議な感覚が芽生えていた。
単純に恋愛という感情、などではないというのは自分自身でもわかっていた。
「……〇〇□△……〇……これで……」
苦悩し困惑している彼女、そして彼女の隣でおとなしく座っている少年。
その時どこからか第3者の声が聞こえたような気がした。
数分後、部屋に戻ってきたQ先生と再び話し始めた。
「それで、この子の正確な寸法の、義手や義足は出来たのですか」
「いエそれガでスネ、モにターでータが間違ってイタのデしょウか、ありエナいコトですガ……」
彼女におびえながら説明するQ先生の1人、明らかにサイズの違う、出来上がったばかりの小さな義手・義足を見せる。
「ハァ……入力ミスですか、まぁいいです、出来るだけ急いでくださいね、このままじゃこの子不自由でしょうから」
滞りなく話が進んでいく、しかし先ほどの少年の身体の急な成長について、2人が話すことはなかった。
「じゃあ、明日には新しいの出来上がるから、今日はこのままで我慢してね」
「……うん、わかった」
「それで明日か明後日に、おーーいえ、学園長と教官が戻ってきたら今後のことを話合いましょうね、心配しなくても大丈夫よ、けっして悪いようにはしないからね」
外に出るとかなりの時間が経過していた、カラスのような鳥が森の方へ鳴きながら向かっていくのが見える、空を見ると陽は傾き夕暮れの闇が差し迫っていた。
少年を手をつなぎ、ゆっくりとした足取りで職員寮の自室へ向かう。
「……アテネ、お腹すいた」
「えっ、もうお腹空いたの、そういえば君、男子にしてはかなり燃費が悪いわね、う~~ん、まぁそんな大怪我してるんだししょうがないわね、沢山食べて早く直しましょうね」
この街全体のレトロな雰囲気とは対照的な学園の建物、その多くは近代的な造りとなっている、まるでこの学園だけ別世界のようにも見える。
ここ女子寮(教職員専用)の廊下は、まるでホテルのような豪華さであった、床にはふかふかな赤い絨毯が敷き詰められ、片方の壁は全面ガラス張り(除き防止付きガラス)天井にはシャンデリア……は、なかったが、豪華三ツ星ホテルと引けをとらないほどの建物であった。
そして女子寮とは対照的に、学園の森付近の男子寮(独身職員専用)は、古いアパートのような建物となっている。
だがしかし、古いのは見た目だけで全室10畳のフローリング(畳部屋も有り)で風呂トイレ付き、ネット(ノート型標準装備)使い放題・敷金・礼金・共栄費なし・水道光熱費学園負担・月額0・学園での食費30%引きと夢のような好待遇となっているので今の所不満は出ていない(ただし週1日の夜勤有り)
2人は女子寮(職員専用)の廊下をゆっくりと進んでいた。
このホテルのような女子寮の内部、その全容はセキュリティーの関係上、はっきりと掲示されてはいない。
当然のように男子禁制(学園長か寮長の許可をもらった者なら入寮可能だが、学園の男子生徒は絶対禁制となっている)
実際、この少年の許可をもらったのかは不明であるが、アテネは堂々とした足取りで廊下を進む。
自室へ向かう途中、曲がり角で朝送り出した同僚のミイナとぶつかりそうになった。
「あらっ、アテネじゃない今日は何をしてたのーーって、アンタ何こんなあどけない可愛い子、この男子禁制の女子寮に連れ込んでるのよ」
アテネの隣の少年に、すぐさま気づいたミイナ。
「えっ、……あっ、そういえばここ男子禁制だった、……いや、でも確か学園長が、自分が戻るまで面倒見てくれっていってたし問題ないはず」
どうやら本当に忘れていたようだ、しかしすぐに学園長の言葉を思い出し、彼女に答えるアテネ。
「へ~~学園長がね~~、でもなんでこんな子をーーって何よこの子、何で義手や義足なんてつけてんのよ、クローニングで新しい手足培養しなかったの」
少年の顔にばかり目がいき、今の今まで手足の異常にまったく気づいていなかったミイナであった。
「ふ~~ん、クローニングの機械の調子が悪くて出来なかったんだ。--で、それで、この子は一体何者なのかな、学園長の頼みで、しかもあんたを名指しで、職員女子寮に預けるってことは、アノ人には内緒ってことよね」
「えぇ、まぁそうなるのかな、アノ人は学園長を失脚させることしか頭にないから」
歩きながらミイナに簡単な説明をする。
1階の奥にある食堂にやってきた3人、食堂といっても、このホテルのような建物の女子寮に見合うほどの広さであった。
入り口付近には、まるでホテルのロビーのような、オープンスペースが設けられており、いくつものソファーと大理石のテーブルが並べられている。
その奥には、大人数でも1度に利用可能な椅子と、テーブルが並べられている。
利用方法はオープンスペースと、きちんと並んだテーブルの途中にある厨房の受付で注文し、隣で受け取る方式となっている。
ちなみに週初めの朝と週末の晩御飯のみ、男子・女子寮ともバイキング方式(時間制限なしのとり放題・食べ放題……しかし朝食は、休み以外の者が時間制限を気にしないでいれば、遅刻するという罠もある)となっている。
入り口の絨毯マットに立つ3人、するとそっと自動扉が開いた。
仲良く手をつないだ雰囲気のアテネ達、男子にしてはかなり低い少年の身長と、女子にしてはかなり高い部類に入る2人、その様子は宇宙人がF〇I風の男に左右から挟まれているような、アノ写真に似ていた、……と、のちの関係者は語った。
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