第15話 不可思議な行動

 3人で食事をしていると、ひさしぶりの臨時休校で、つかの間の休息を堪能したであろう学園の教師や教官が寮に戻り始めていた。

 ものの数分で、帰宅した彼女達の人垣に埋もれてしまった少年とアテネ。

「何、この子アテネの彼氏なの、アナタこんな年下が好みだったんだ」

「えぇ~~そうだったの、それにしてもこの子可愛いわね、ねぇアテネ私に譲らない」

 反論する暇もないまま、もみくちゃにされてしまった。

「あっ、あんた等ーー、いい加減にしなさい、どうしてそんな発想が出てくるのよ、--っていいから私の話を聞きなさいってば」

 人ごみに押され、もみくちゃにされながらも必死に弁解するアテネ、しかし集団となったの彼女達にその言葉は届かない。


「はぁ~~ようやく開放されたわ、みんな噂好きだから仕方ないけど、あっごめんね、これなら学園の寮じゃなく私の自宅のほうがよかったかも」

「いやいや、自宅はまずいでしょうアテネ、いくら学園長からの頼みとはいえ、ほらアレに知られたらまずいんじゃないの」

「……ねぇ、おねえさん達、僕眠い……もう寝る」

「--えっ、ちょっ、--ってこの子、もう寝てる」

 2人の話の途中、一言発言した少年。

 言うが早いか、彼はそのまま床に寝転がり眠ってしまっていた。

「しょうがないわね、治療室だとまたQ先生達がちょっかいだすかもしれないから、私の部屋に運びましょう手伝ってちょうだいミイナ」

「わかったわよ、それとあとで他のみんなに口止め頼んでおくわ、アレにばれるとまずいことになるしね」

「えぇ、ありがとうミイナ」

 アテネは心より感謝していた、何も言わないでも自分のことをわかってくれている彼女の心配りに。

 そして後日、確実に奢らされることも覚悟していた。 

 少年を背負い自室に向かう、彼女のあまり使うことのない部屋は2階にある。

「あっ、そんな小さな子を自室に連れ込む気なの、ってまぁ大体のことは理解してるって、でもそんな子供にアンタがね~~」

「いやいや、あんた等まったく理解してないでしょ、いいからそこを通して頂戴、説明はあとでするからさ」

「はいはいわかってるって、じゃあ説明は2時間後になるわよねーーって、嘘嘘、冗談だってそんな怖い顔しないでよ」

 階段をあがる途中、普通科の若い教師達とすれ違うと冷やかしの声を浴びる。

 そんな彼女達と別れようやく自室へやってきた。

 僅かな距離であったのだが、心労が半端ではなかった。

 彼女の部屋はフローリング部分が約10畳と6畳、畳敷きとの半分の和洋折衷の造りになっていた。

 畳の上には丸いちゃぶ台がおかれ、その上にはそろそろ時期はずれとなるみかんが数個置かれていた。

 部屋を見回すが、あまり物がない、最初から備え付けらているような、壁に埋め込まれた専用設定のタンスのほかには、様々な本がぎっしりと収まったカラーBOXがいくつかあるだけであった。

「じゃあ、ちゃぶ台を端にずらして、そこから客用の布団出して敷いてくれるかしら」

「--って、重っ、ねぇこのものすごく重いちゃぶ台、いい加減捨てなさいよ」

 見かけとは違い、かなりの重量があるらしい木製のちゃぶ台、ミイナは引きずるように台をどけると、ふすまを開け客用の真新しい布団組を敷く。


「ふぅ~~ようやく一息つけるわね、あっごめんねミイナ色々つき合わせて、こんど夕食とお酒でもおごるわ」

「いいのよ、でもめずらしいわね、アンタがいくら学園長の頼みとはいえこんなワケアリの子預かるなんてさ」

 少年を布団に寝かせた2人、フローリングのうえで寝転がると腕を伸ばした。


 直後、静かな部屋に呼び出し音が鳴り響いた。

 どうやらアテネの右腕のバンドから鳴っているようであった。

 彼女の腕に巻いてあるこのバンド、特殊科の生徒達が使用しているのと基本同じだが多少機能が高性能になっている。

「はいアテネです、えっ、今は学園の職員寮にいるけど……そっ、それは本当なの、わかったわすぐいくから絶対動かさないで頂戴」

「どうしたの、何かただごとじゃない様子だったけど」

 普段あまり見ることない焦った様子のアテネ、その彼女を見かねつい声をかけてしまう。

「あっ、そうだアナタもついて来てくれないかしら、患者の人数が多いので私1人では手が回らないかもしれないのよお願い、ほら急いでこんど埋め合わせするからさ」

 言うか早いかミイナの手を掴むと、洋服タンスから白衣を2枚取り出し部屋を出る。

 まず向かった先はいつもの仕事部屋である保健室だった、診察用の持ち出しかばんを手に取ると学園の馬車に乗りこみ寮へ向かう。

 先ほどの電話の相手は寮母からであった、いくら呼んでも、ゆすって起こそうとしてもまったく反応がなく眠り続ける生徒が5人もいると。


 電話をとった時、嫌な予感がしていた。

 話を聞いていると、昨夜学園長が目をかけておいてほしいと頼んできた彼女達であった。


(お願いみんな無事でいて頂戴、やっぱりどこか異常があって、みのがしてたのかしら……)

 馬車の中で寮に到着するまでの間、生徒達の無事を祈り続けるアテネと、まったく訳がわからない状態のミイナであった。


 小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。

 意識はまだ暗い闇の中、次第に目の前に光が差し込み明るくなる。

「あっ、アレッ? ここは私の部屋……じゃない、ここはミイナの部屋。あいかわらず少女趣味満載の部屋ね」

 ようやくはっきりとした頭で周囲を見回すと、白やピンクのレースの服や小物があふれかえっていた。

「……あぁそうだったわね、電話を受けメル達の診察に寮まで行って、夜遅くに帰ってきて疲れきったミイナを部屋に運んでから、そのまま私もダウンしたんだった」

 どうやら疲れきってしまい、自室に戻る前に意識が落ちたようだ。

 しかし寝落ちしたということは、化粧やメイクを落とさなかったということになる……これはかなり恐ろしいことになりそうだが、実は彼女達普段からほとんどメイクをしていない。

 メイクに頼るまでもなく、高レベルの美人の部類に入っているのであった。

 ……と本当のことをいってしまうと、大勢の女性を敵に回す結果になりそうだが。


「--っと、まぁ、あの子達の身体に、別段問題がなくて安心したけど、あれは本当に起きたことなのかしら、それとも私の夢か妄想なのかな……」

 確かにメル達身体にはどこにも異常な所は見受けられなかった、一応自分以外の保険医資格を持つ、同僚のミイナにも確かめてもらったが同じ見解であった。

 メル達はただ極度の緊張感からくる疲れで、死んだように眠っているだけだと。

 これで一つ目の心配事はかたずいたのだが、自分自身の一昨日のあの時の記憶があやふやなのだ。

 もうひとつは、助けた少年の今の姿、いや正確にいえば自分の記憶の中では、あの時の少年の姿は中等部の低学年位の身長だった。

 しかし現状少年は男子としては多少小さいが、学園の高等部の生徒と同学年といってもおかしくはない姿(身長)をしている。

(記憶が……どうにもあやふやなのが気持ち悪いんだけど、あと何か忘れてるような気がする、まぁいずれ思い出すでしょう私はまだ若いんだしね、あっ、そうだあの子の様子見に行かないと)

 ベッドの隣で疲れて眠っているミイナ、彼女を起こさないよう静かに立ち上がるとシーツをかけなおし、彼女の部屋を出る。


「……あれっ、布団に居ない、あの子はどこにいったの、もしかしてトイレーーは、いないみたいね。じゃあお腹が空いて食堂にでも降りて行ったのかしら」

 しかし食堂に少年の姿はなかった。


 同時刻。

 学園の門の前に見るからに豪華な装飾の施された馬車が停止した、すると扉が開き中から全身に不機嫌なオーラを纏った中年男性が降りてきた。

 その男は、超高級ブランドの縦じまスーツに身に包んでいる。

 体型はかなりの痩せ型で目つきがきつく、ばっちりと真ん中で分けられた白髪まじりの黒髪、金縁の細いフレームのメガネをかけていた。

「おはようございます教頭先生、今報告からお帰りですか」 

 門番である彼は閉ざされていた門を開き声をかける。

「--くそっ、今回も失敗ですか、やつらはいつも金のことばかりでまったく使えないし。……どうにかアノ学園長を失脚させることが出来るほどの材料は無いものか……んっ、おぉガード君かおはよう、少し聞きたいのだが一昨日の1年の実戦で何か不祥事か事故はなかったか?」

「……いえ、闇喰いが出現した以外は何事もありません、それに昨日も話したように、私自身わからないことだらけで」

 少し言葉を濁したガードの言葉に、教頭と呼ばれた中年男性はさらに不機嫌になると、彼は返事もせず校舎の方向へ歩き出した。

 職員室のある本校舎を通りすぎ、景色の良い緑豊かな木々に囲まれた中庭に差し掛かった所で奇妙な現象が起きていた。

 学園の中庭には生徒達の安全を守る為、至る場所に簡易結界を張ることに出来るクリスタルが設置されている。

 これはおもに魔物から生徒を守るのではなく、ある一部の素行の悪い特殊科の生徒から普通科の生徒を守る為にあるといえる。

 通常普通科の生徒が特殊科の生徒に太刀打ちすることは出来ない、昔ある普通科の生徒が犠牲になったことから、今のような結界クリスタルが設置されるようになった。

 簡易とはいえこの範囲内にいれば、特殊科1年レベルの攻撃程度は、ほぼ完全に防ぐことが出来る最新鋭の結界である。

 その異常な現象とは、結界内にある椅子や石碑などが、鋭利な刃物か何かに削られたように半分ほど無くなっていた。


「……ちっ、何かないか、ヤツに変わりこの私がこの学園を仕切ることが出来るようなことは」

 --しかし教頭はこの異常な現象に気づきもせず、独り言を言いながら奥の建物の方へ消えていった。

 

 彼が去った数分後。

 さきほど半分になった椅子や石碑は、最初から何もなかったかのように完全にその場所から消えていた。

「……ふん、ゴミばかり居るこんな世界の中でも、さらに底辺に位置するクズのようなやつだな。さてこれでとりあえずの消滅は回避できそうだ」

 さきほどの教頭を物影より見つめていた、この異常な現象を引き起こした張本人らしき人物。

「……まずはしばらく様子見だな。まぁ今回は前回のようなことにならなければいいんだが、……未熟な精神しかもたない人類ではおそらくは無理だろうがな、ふっ……」

 独り言を言うと、その人物は霧のように姿を消した。


「あっ、こんなところにいた、もう黙っていなくなったら駄目でーーって寝てる、あれっ、この子って額に宝石なんてあったかな? あったような気もするけど……まぁいいわ」

 陽もすっかり傾き、そろそろ夕飯の時間となった頃、この学園にいくつか存在する森の入り口付近で、いなくなった少年を発見することが出来た。

 アテネは昼前から数人の友人に協力を頼み少年を探していた、普通なら現状生徒の居ないこの広い学園でも特定の1人を探すことは比較的簡単に出来る。

 それは学園の生徒は全員通信クリスタル(携帯・スマホのほうなもの)を持っており、そのクリスタルが電源さえ入っていれば、その個人情報で特定が可能なのである。

 しかしこの少年は学園の生徒ではない、しかも機械の故障なのか生命とすら認識できないので学園のセキュリティでの索敵が困難となっていた。

「それにしてもこの額の宝石とても神秘的な輝き、まるでこの宝石自体が生きているみたい」

 今現在知られている中、身体に宝石を持って生まれてくる人種は数が少ない、Q先生のような特殊な生命体を除けば現状ではほとんど居ないといっても良い。

 はるか昔、両の腕にとても希少、そして価値のある宝石を持った種族がいたと文献に記されていたが、その珍しい宝石をめぐり、壮絶な争いがおこり滅びたとされている。

 しかし今現在Q先生の本体である宝石は、特に珍しくもなく普通のガラスのようなもので価値がまったくないので、今は誰もほしがらないから救われているといっても良い。

「それにしても何でこの子、土の中に埋まって枯葉をかけて寝てたのかしら、あ~~あ、身体中土だらけじゃない、顔も、せっかくの可愛い顔がーーって、違う、私はそんなこと考えてない」

 この少年を前にするとどうにも調子が狂う、いつもの自分ならこのようなことを考えることはないはずなのに、と彼女は思うのである。

 外見に似合わない全身の傷、しかし今の少年は見ているだけで安心できる寝顔であった。

 外灯が点灯し始める、我に返った彼女は少年を抱き上げると寮の自室へと向かう。

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