第16話 新たな日常

 暗黒の闇が支配する世界、しかしその時間も終焉へ向かおうとしていた。……まぁ単に、夜が明ける時間になったとも言えるのだが。

 窓から暖かい日差しが、日のあたらない薄暗い室内へ、ゆっくりと確実に進入を試みているようだ。

 見るとベッドの上には、見事進入に成功した光が降り注いでいた。

「……う、う~~ん、んぁ、ふぁ~~まだこんな時間か。……あ、暖かい光、神様からの贈り物ね……おやすみなさいーーzzz」

 まだまだ余裕のある時間帯、人類にとって2度寝という至高・至福ともいえるひと時。

 暖かい春の日差しを浴び、再び眠りについたこの彼女の行動を、一体誰が攻めるというのか、いや人として、決して攻めることなどは出来ないのである。

 現在の時刻は朝の5時25分、学生が起きるには少し早い時間帯ということになるだろう。

 可愛らしいピンク基調のパジャマを身にまとい眠る少女、いや、しばらく出番のなかった、もはやモブキャラ、サブキャラ扱いの神官(見習い)のメル。

 まだ皆眠っている朝早い時間、寮内は恐ろしいほどの静けさであった。

 しかしあと1時間もすれば、騒がしいほどの話し声が寮内を埋め尽くすのであろう。


 6時を少し過ぎた頃、全人類にとって、至福の2度寝を味わった彼女、ゆっくりと目を覚ます。

 意識を完全に覚醒させるため顔を洗うと、洗面所の横に置いてある棚から真新しいタオルを掴み取る。

 さっぱりとした顔で部屋に戻る、几帳面な性格な彼女は脱ぎ捨てたパジャマを丁寧にたたむと、アイロンのかかった制服に腕を通す。

 先日からショートになった髪を、ブラシで軽くとかし部屋を出る。

 廊下に出ると、彼女と同じようにきっちりと身なりを整えた生徒や、寝ぼけた様子の幾人かの姿が見受けられた。

「あっ、みんなおはよ~~今日も元気にいきましょうね」

「メルおはよう、珍しく早いわね」

「ん、おは~~、食事用意しておいた」

 食堂には見知った仲間の姿、あいさつを済ませ食事に取り掛かる。

「--さて、ご馳走様でした」

「おやおや、メルは今日も少食だな、そんなんで足りるのか」

「ん、私の10分の1しか食べてない」

 具合でも悪いのか、メルは軽くよそったご飯1膳、豆腐とわかめのお味噌汁を軽く1杯、朝漬けのきゅうり1本、小さなめざしの焼き魚1匹しか食べていなかった。 


 手を合わせ食器をきちんと返却場に戻しにいくメル。

 歯磨きを済ませると、やはり今時の思春期まっさかりの女子らしく、変な所がないか鏡で全身の身なり確認する。

 カバンを背負い寮を出る、するとそこには、いつものメンバー達が待っていた。

「あ~~今日も基礎訓練か~~、それに来月には中間テストがあるんだっけ、いいわよねメルは成績優秀でさ~~」

「何をいってるのよ、毎日の授業をちゃんと聞いていたら、誰にでも私くらいの点数は取れるでしょう」

「ーーくっ、何よ、毎回100点ばかりのアンタに、私達のような凡人の苦労がわかるっていうの」

 友人の言葉に正論で返すメル、その言葉にぐうの音も出せない友人達であった。


 いつもどうりに遅刻もなく学園に到着した面々。

 HRが終了すると、すばやく授業前の準備と予習をすませるメル。

 教師が優秀な彼女にとっては、比較的簡単な授業を進めていく。

 

(はぁ~~暖かい日差し、こんな簡単な授業なんて聞いていたら眠くなりそう)

 退屈になったのか、彼女は耳だけは教師の話を聞きつつ、意識は窓の外、はるか遠くを見つめている。

 教師の言葉など聞いていないようであったが、彼女の手はキーボードを正確に打ち続けていた。

 あまりにも見事なブラインドタッチで、彼女が余所見をしているなど誰もきずいてはいない。

 ほとんどの生徒は黒板と教師の言葉を、あまり慣れていないのか、自身の目の前のキーボード相手に苦戦を強いられているようだ。

 しばらく外のすぎゆく雲を数えていた、どれくらいの時間が過ぎたのであろうか。

 彼女はけだるそうに視線を黒板横の時計に移すと、そろそろこの退屈な授業は終了となる時間になっていた。

 メルは先ほどまでの授業内容を記録した、自分の机のPCから、優等生らしく帰宅(寮)後、復習するためのバックアップ作業に取り掛かっていた。

「あっメル、ねぇお願い。私にもアンタのデータをコピーさせてくれないかしら、どうにもキーボードは性にあわなくてさ~~」

「私にもお願い、あんなの間に合わないって」

 彼女の完璧な授業の記録を求め、クラスメイト達が集まってくる。

 このようなことは、いつもと同じ風景、見慣れた日常となっていた。


 何事もなく午前の授業は終了した。

 そして、サンドイッチ1枚とジュースだけの昼食もすませる。

 メルは友人達とともに、午後の授業の基礎訓練の為の着替えに行くことに。

「あっ、メルったらそんな隅っこでこそこそしないで、こっちで堂々と着替えなさいな」

「--ちょっ、ちょっと待ってよ、引っ張らないで頂戴、私、まだ心の準備が……」

 更衣室の隅で隠れるように着替えていたメル、クラスメイトが腕をひっぱり部屋の中央にまで引きずり出す。

 本来、引っ込み思案で恥ずかしがり屋の彼女、目立つことは苦手としている。

 下着姿で恥ずかしいのか、その無……いや、平均より少し、わずかに発育の悪いであろう胸を、必死に両腕で隠そうとしていた。

「あ~~うらやましいなメルってば、私もソ・レ・くらい育っていたなら男子の注目を浴びれたのに」

「そうよね、その年不相応の大きな胸、私は正直嫉妬してるわよ」

「くっ、胸なんて……胸など、ただの飾りよ、偉い人ーーいえ男達にはそれがわからないのよ」

 両腕を左右からとられると、彼女の胸がクラスメイト達の前にさらけ出される。

 すると、なんとそこには、まさに圧巻としか言いようの無いほど育ちに育った大きな胸がそこにはあった。

 女子達の視線を浴び、恥ずかしさでうずくまる、とてもシャイなメルであった。


 着替えを済ませた彼女達は校庭に移動、少し待つと実技担当の教官がやってきた。

 皆のお待ちかね、いや、正直誰も待ってはいないだろうが、午後の授業である訓練が開始される。

 今日の基礎訓練の内容は、柔軟体操ののち100mダッシュ10本、1周800mのグラウンドを10周、腕立て伏せ100回を3セット、スクワット50回を3セット終了ののち、ドーム内に場所を移動して仮想空間での戦闘訓練となっている。


 柔軟がを終わらせ、基礎訓練を開始して数分後。

 100mダッシュ10本がようやく終わろうとしていた、軽い足取りでなんなくゴールするピナ、そしてかなり遅れて、転がり込むようにゴールラインを超えたメルは、そのまま地面に倒れこんでしまう。 

「はぁ~~、はぁ~~、まったくも~~この基礎訓練だけは、いつになっても慣れないわね、ほらメル、しっかりしなさいって、あなただけ遅れてるわよ」

 すでに次の800mを10周の半分ほど走っていたピナ、彼女はまだスタートすらしていないメルに激励の声をかける。

「ごめんなさいピナ、私のことは置いていっていいわ、神官であるこの身は冒険者としてはとても貧弱なもの、こんな過酷な訓練では足手まといにしかならない、でも必ずやり遂げるから先に行って頂戴」

「--わかった、でもあきらめては駄目、あなたの癒しは皆の身体だけではなく心も癒すのを忘れないで、私達はあなたのこと信じて待ってるから」

 身体能力がひ弱な神官である彼女、遠ざかる親友の後姿を見送るのであった。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、バランスを崩し転倒してしまった。

 美しい顔が土まみれになるのも気にせず立ち上がる、そしてぐっと歯を食いしばり健気にも皆の後を追う。


「--よし、では本日の訓練はここまでとする、皆着替えて教室に戻れ」

 皆が立ち上がり更衣室へ向かう中、教官の声に反応する気力もないほど疲れきって、その場にへたり込む1人の生徒の姿があった。

「ん、メル早く着替えないと帰りのHRに間に合わない、ほら立って」

「……あっ、ナナ。ごめんなさいもう少しだけ待ってくれる、足の筋がいまにもつりそうなの、やっぱり私には冒険者の資格なんて取得できそうにないわ」

 学園の女子でもっとも小さな身体のナナ、そんな彼女でさえ軽々こなす訓練に、まったくついていけないひ弱なメル。

 膝を抱え、うなだれたまま答える彼女。

 彼女の足元、地面に涙の雫が跡を残していた。


「メル、あなたの癒し、ーーいえ、その笑顔はみんなを元気にする、でももう無理と言うならやめてもいい、無理に冒険者にならなくても、優秀なアナタならどんなものにでもなれるって」

「そうだな、お前がいなくなると寂しいが、無理をしてこんなきつい訓練を続ける必要はない」

 その様子を見かねた、クラスメイトーーいや、親友のピナとクリスが慰めの言葉をかける。

「くっ、ごめんなさいみんな、大丈夫よ。もう弱音は吐かない、私はみんなと冒険者になり街の、いいえ、この国に住む人々を守る」

 元気に立ち上がり叫ぶように宣言するメル、その目には固い決意の表れ、炎が見て取れた。


 シャワーを浴び着替えを済ませた彼女達、HRも滞りなく終了し帰宅時間となっていた。

 道草などせずまっすぐ岐路につくと、皆と別れ自室で宿題と、今日の授業の復習をはじめるメル。

 食事の時間になると、硬くなった身体をほぐす為、椅子を倒し腕を伸ばす。

 その時、静かな室内に携帯の呼び出し音が鳴り響いた。

 着信画面を確認すると、おもわず顔が赤くなり、ほころんでしまった。

 

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