第17話 新たな日常2
夕食前のさわがしい学生寮、自室のベッドの上で携帯を操作する少女。
常に気を張っていた様子のさきほどとは違い、リラックスした雰囲気が全身より感じ取られる。
普段着に着替えた彼女、それまで着ていた制服が、無造作に床に脱ぎ捨てたままなのがその証拠であろう。
ほわ~んとした表情で携帯をいじっている彼女、さっきの呼び出し音はメールの着信音であったようだ。
「ふふふ、今日は何の報告かしら」
すばやい指使いで携帯の新着メールを開く。
「えっと何々、明日の休みに市場の噴水前で、午前10時丁度に待ち合わせしようですって、それからその後、すごく大事な話があるから実家に来てくれないか? ってまぁいいわよっと、送信」
すぐさま了解の返信を送る彼女。
携帯をベッドの横の机に放り投げると、腕を伸ばし目を瞑る。
(なんだデートしましょうってことね、明日午前10時噴水前か~~何を着ていこうかしら、白いブラウスに、いえアノ人の好きなワンピースがいいかな)
さきほどのメールの相手、それは彼女、メルに始めて出来た両思いの相手、俗に言う彼氏であった。
夕食が出来るまでーーと、目を閉じしばし身体を休めることに。
「----って、ちょ、ちょっと待って頂戴、さっきのメールに何か、ものすごく大事なことが書いてあったような気が、ど、どこなの私の携帯は」
飛び上がるほどの勢いで身体を起こし、ベッドの上を必死にまさぐり携帯を探すメル。
よほど焦っているのか、彼女のすぐ隣、距離にして数十センチ、ベッドの横にある机の上の携帯に未だ気が付いていない。
ーー10分後。
ようやく落ち着きを取り戻したメル、ベッドの上で正座した格好で携帯のメールの内容を再確認していた。
「噴水前で午前10時丁度に……ふむふむ、ここまでは記憶のとおりね、それからその後……実家に来てくれないか……!!!!」
再度メールを読み終えたメル、石像のように固まり、ピクリとも動かなくなってしまった。
どうやら彼女の頭、考える処理速度が限界を超えてしまい、フリーズ状態におちいってしまったようだ。
夕食の準備が整ったとの放送が流れていたのだが、固まってしまったメルの耳には届いては居ない。
さらに5分ほど時間が流れた。
「ーーーーって、まっ、まって。こっ、これってアノ人の家族に、私を紹介するってことじゃないの……ってことは、義父様・義母様に結婚を前提に、お付き合いしている彼女ですって紹介されるってことよね。ーーそっ、そんなまだ早いわよ、私はまだ学生なんだし子供なんてーー」
完全にパニック状態、考えが先走りしていた。
「--そんな、子供は2人以上、沢山ほしいですって、でも私は神官なの、この身と心は神に捧げているの。それにまだ私達ーーーーあれっ、目の前がゆがんで、ぐるぐる廻っているような、誰かが私の名前を呼んでいる……」
ベッドの上でふらつくメル、完全にオーバーヒート状態におちいってしまったようだ。
メルの頭の上からは、蜃気楼が見えるほどの蒸気と熱気が発生していた。
そして彼女は、ついに倒れてしまうのであった。
「----って、アンタいい加減目を覚ましなさーーーーーーい」
「駄目ぇぇーーーー私達には、私にはまだ早いのよーーーーーーーーーーーーーって、あれっ、ピナにナナ達じゃない、どうして私の部屋にいるのよ、あっもしかして、彼とのデートの約束時間に遅れてはいけないから、わざわざ起こしに来てくれたのね」
寝ぼけた頭で昨夜の記憶を辿る、最新のスーパーコンピューターも顔負け、すさまじ速度で回転する彼女の頭脳、すぐに思い出しこの事態を把握した。
気の合う親友や友人達、にこやかな笑みを浮かべながら近寄り、そっと手を差し伸べる、すぐにメルも手を差し出す。
女の友情ーーと背後に文字が見えるようだ、2人の手がしっかりとつながれる。
すーーと、メルの手を引き寄せる大柄の友人。
「--遅刻するから、とっとと目をさましなさーーーーい」
そのままがっしりと、メルの頭を右肘でホールドするやいな、自身の両足を前方に跳ね上げ尻餅をつく格好になる。
正確に表現すれば、プロレス技で言うDDTが完全に決まっていた(※とても危険なので良い子も、悪い子も絶対に真似をしないようにしよう、彼女達は鍛えているので平気)
「むうう、これでもまだ起きないってのーーこうなったら最後の手段、ピナ、ナナあなたたちも手伝って頂戴、禁断の技スリープラトン攻撃でメルの目を覚ますしかない」
「わかったわ、ナナやりましょう」
「ん、これもメルの為、仕方ないこと」
床に大の字で状態で眠り続けるメル。
その彼女の腕を取り、なんとか起き上がらせようとしている友人、さらにピナ・ナナの2人が加わり、マッ〇ルドッ〇ング+ワン(キン肉〇ン)のアノ技に持ち込もうとしていく。
「…………」
そしてベッドの上で3人+メルが、いままさに飛び立とうとしていた。
「--よし、2人ともいくわよ」
「まかせて、あなたにあわせるわ」
「ん、いける」
「メル、ーーーーこれで、起・き・な・さ・いーーーー」
友人はベッドのスプリングを利用して飛び上がった。
「----って、いい加減にしろーーーーー、あんた等、私を殺す気かーーーーーーーー」
腰のひねりを利用し、空中で3人を振りほどき、華麗に着地するメルであった。
「はぁーーーー、あれは夢かぁーー、せっかくの結婚話だったのに」
「も~~メルってば、でっ、そんなにいい夢だったの?」
「ん、聞きたい」
どうやら、先の2度寝の所からはメルの夢だったようだ。
まぁ、彼女よりにかなり湾曲された、自分に都合の良いことばかりだったので、当然のお約束ということ。
「う~~ん……ってアレ、夢での私の彼氏、どこかで見た顔だったような……思い出せない」
学生がにぎわう寮の食堂、男子2人を加えたいつものメンバーで朝食をとることに。
今日の彼女のメニューを簡単に紹介しておこう、軽く10人前は入るであろう丼に、超山盛りに盛られたご飯、2M巨人の足サイズほどある分厚いステーキ2枚、野菜たっぷりのスープ、にわとりの10倍サイズの目玉焼き、味噌汁、サンドイッチ(1斤サイズ)に、デザートのバケツプリン(さくらんぼ、ホイップクリーム付き)等々となっている。
見ているだけで胸焼けしそうではあるが、これが現実で少し安心できた。
「さて、今日からいよいよ授業再開ね、まぁ実際私達はあの実戦の帰宅後、数日寝込んでたので、あまり休みだったって感じはしないけどね」
「でも、あなたたちってば、目を覚まさないから本当に心配したのよ」
「そうだな、心配をかけた、すまなかったな」
制服に着替えた面々、話をしながらゆっくりとした足取りで商店街を進んでいく。
今日は意外にもメルもいるようだが、まだかなり余裕のある時間である。
メルが話したように、今日が実戦後、初の登校となっていた。
朝のHR前の騒がしい時間、これだけを見ていると、あの悪夢のような実戦後の出来事、闇喰いとの遭遇及び戦いが、まるで夢であったかのようだ。
しかしよく見ると、しゃべる口調も空元気のようであり、クラスメイトの顔色はあまりよくはなかった。
「--っ、もう、みんなよく聞いて、私達はあの戦いを生き延びたのよ、それにあの闇喰い達は教官達が殲滅させたんだから大丈夫」
「だっ、だけど俺達、闇喰いを前にして何も出来なかったんだ」
「そうよ、結局、どうせ私達の力なんて、……あんな化け物にかなうわけないのよ」
「そうだな、この国の冒険者なんていっても、ただの特権階級になるための、そして楽して高給取りになるだけの資格のようなものだし」
嫌な雰囲気が、空気が教室内を包み込む。
ほんのいままで、ついさきほどまで騒がしかった教室が一変し、静寂が彼女達の教室を完全に支配してしまう。
空気が重い、まるで固まりかけのゼリーの中で、水泳をしているようであった。
どれほどの時間、この教室を静寂が支配していたのだろう。
誰一人返す言葉、反論する言葉が思いつかない。
常に皆をひっぱりいつも元気いっぱいなメル、そんな彼女を言葉で言い表すとすると、自由奔放・ムードメーカー・リーダー資質などと沢山表現できるだろう。
さらにクラスの顔・暴飲暴食・遅刻魔・夢想家・乙女脳・暴走神官(見)・馬の耳に念仏……とまぁ、後半は多少違うような気がするがスルーしておこう。
そんなメルさえ、何一つ返す言葉が思い浮かばない。
その永遠ともいえる時間を、いとも簡単に打ち砕いたものが現れた。
--それは、HR開始の合図、ただのチャイムであった。
「それで、そろそろHRを始めたいのだがいいか、ーーよし、ではいそぎ全員席に着け」
いつもと変わらない無骨・無愛想なウル教官、軽く教室内を見回し欠席者がいないか確認する。
「欠席者は……なし、ほう~~今年の1年生はなかなか骨があるみたいだな、毎年この時期、初の実戦後、各クラス数人は休学や専攻科の変更を学園に申し出しているんだが」
「えっ、そうなんですか教官」
「メルか、あぁそうだ、それに今年、ーーいや今回は長く出現していなかった、中型クラスの闇喰いが現れ、皆怪我やそれに精神的にかなり参ってしまっていると思っていたんだが。下手をすればこのクラスの半分は、まず出てこないと覚悟していたのだが予想が外れたな、ーーだがメル、お前だけは出てくると思っていたぞ、お前には、そこまで繊細な心は持ち合わせていないだろう」
「……えっ、え~~~~と、私ってば、ほめられたのかな?」
しばらくの沈黙、そして大爆笑が教室内を包み込んだ。先ほどまでの重苦しい空気はもうそこにはなかった。
「もーーーー教官ってばひどい、ひどすぎる、これはパワハラよね、いや人権侵害よ!!」
ひどくお冠のメル、しかし彼女には教官の考え、意図はわかっていた。
「さて、ではお前達に新しい仲間となる転入生ーーいや、とある国からの留学生を紹介する、ーー入って来い」
その言葉にクラス全員の視線が、教室前方の扉に集中する。
扉が開閉し、廊下側の窓から差し込む太陽の光が、その人物を背後から照らす。
逆光で顔はわからないが、かなりの長身、そして長い髪の人物のようだ。
ゆっくりとした足取りで教室に入ってきた、その人物にクラスの視線は釘付けになった。
「「「「なっ、なっーー」」」」
皆一様に言葉に詰まってしまった。
「「「「------って、何でぇぇーーーーーーーーーーーー」」」」
視線を一点に集めた人物、それは美しい長身の女性であった。
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