第12話 運命の日・・・
昼食時のピークを迎え、混雑する店内、店の外に肉の焼ける匂いと香ばしいタレの香りが流れ出している。
その香りにつられ、さらに人が集まりだす。
この周囲の店でも、先日のおすそ分け(分配)の大量の肉を消費していた。
「さてみんな、これくらいにしておきましょうか」
目の前の机に箸を置き、真新しい濡れタオルで口元及び顔を拭くメル。
見た目はかっぱつそうな美少女のメル、店のタオルで顔を拭くなど、行動がどうにも中年のおっさんくさい気がするが……彼女とこちら? の為、気にしないでおこう。
「あぁ、私はもう腹いっぱいだ」
「うむ、私もだ」
新鮮なお肉を食べ放題の昼食、少し行儀が悪いが巨人族のクリスと、巨大な毛玉であるモー君達男子2人が座敷に横たわりながら返事をする。
「では、これからどこにいくんだメル、確か行きたい所があるといってたが」
「ーーはぁ? クリス、アンタ何を言ってるのよ、私は前菜はこのくらいにしておきましょうといっただけよ」
「うん、これから、ここからがメインディッシュ、女の戦いの開始」
「そうよ、それにまだその後のデザートも食べないとね」
メルの言葉に女子2人が援護攻撃(口撃)を放つ。
彼女達が前菜と言い放ったもの、それは直径50cmほどの白い大皿に、まさに言葉の通り山と詰まれた肉であった(箸休めのあの極ウマタレがかかった野菜は別に有り)
しかも空になった大皿が肉の変わりに、軽く山積みとなっていたのだが、それは彼女達の名誉のため伏せておくことにしよう。
その後、メインのお肉(15cmの厚さ×25cmほどのステーキ)を1人あたり5枚完食し、この店人気のデザートである、2Lのバケツサイズのアイスを飲み込むように腹に収めた彼女達。
あきれた様子のクリス達であったが、慣れているのかその視線を軽くスルーしつつ会計に走る。
この女子達の細い身体のどこに、あれほどの量が入るのか、あきらかに食べた量が彼女達の体積と体重を軽く凌駕しているのだが。
確かに痩せの大食いとは言うのだが、それも限度がある、この世界の人々の身体の構造はどうなっているのであろう、それはまさに人体の神秘としか言いようがなかった。
割引クーポンで会計を済ませた彼女達、おやつまでの腹ごなしにと、散歩がてら学園前までやってきていた。
「--って、なんで学園に入っちゃ駄目なのよ、だから私は特殊科の生徒なんだって、ほら学生証」
「誰だろうが駄目だ、誰も通すなと学園長の指示を受けている、ほら帰るんだ」
「ちぇ、折角あの子の見舞いにいこうと思ってたのにーーーーッ!!」
普段なら生徒の安全の為学園の門を守っている、アイアンゴーレムであるガードしかいないその門は固く閉ざされていた。
そこにはおそらく非常勤らしく、彼女達が見たこともない数人の武装した教官が立っていた。
学園の生徒であるにもかかわらず誰一人として通さない方針のようだ。
その中に、いつもにこやかな教官を見つけ声をかけたのだが、あっさりと追い返されてしまう。
メルは10分ほど粘ったのだが、彼ら教官が折れることはなかった、仕方なく文句を言いながら彼女達が踵を返した。
----その時、学園内から爆発音と凄まじい地響きが。
ーー数日前。
あの実戦の後、メル達が帰宅した次の日の早朝のこと。
治療室の最奥、ベッドに寝かされた正体不明の彼。
様々なモニター用コードや点滴の管が彼の体より伸びている。
その室内には、入れ代わり立ち代わり、忙しそうに動き回るQ先生と回復したアテネ。
「学園長、コレで処置ハ完了シマシた、刺青、ヤき……イエ例のアレの処置も終ワりまシタ、しカシそノ人造肌に傷が浮かビ上がっテくるノデすが……」
「……そうですか、それはありませんね、みなさんご苦労様でした、それで彼の意識はまだ回復しないのですか」
モニター前で、自慢のトレードマークの白い顎鬚を指で触りながら、何か別のことを考えているような表情の学園長。
不意に奥の扉が開いた。
「あっ、学園長、仮の機械式手足はとりあえずは問題ないようです、それと他のQ先生達が、わかっている身体データを基に最高の一品を製作するとのことです、ですが今現在は材料待ちといっておりました」
「わかりました、まずは彼の目が覚めるのを待つしかないでしょう、問題は気が付いた時に失った体を見てパニックを起こさないよう注意してください。私は今から軍の上層部とあの大臣達に、口頭での報告と報告書を提出に行かなければなりません」
「ーー!!大臣達というと、教頭も一緒に連れて行くのですか」
そのアテネの言葉に何も答えず、苦虫をつぶしたような表情になる学園長。
しかし口頭での報告をするのなら普通、報告書は必要ないと思うのだが、やはりどこの世界でもお役所というのは無意味なことが好きなようだ。
学園長が去った後、残されたアテネは眠り続ける彼の元へ。
ベッドの周りには、先ほどまで動き回っていたQ先生達は誰もいない、彼から伸びるセンサーコードと点滴の管、そして心電図を測る機械だけである。
静かな室内、時折聞こえる機械の音と心地よいリズムの心電図の音、彼の左目には真新しい眼帯がかけられていた。
白い半そでのシャツを着せられた彼、胸元から除く無数の傷跡は生々しいものであった。
「一体あなたは何者なの、この大怪我であの傷で、いやあの時の大量出血では助かるはずはなかった。それにこの人体構造は……」
彼女の呟きに答えは帰ってこなかった。
ベッドの横にパイプ椅子を置き、ゆっくりと腰掛けるアテネ。
そして、時間だけが過ぎていく、一定のリズムを刻む機械音に彼女の意識は深い眠りに落ちていく。
ほんの半日前の新しい記憶、しかしそれは彼女にとって決して思い出したくない出来事であった。
今となっては本当に起きた出来事なのか、それとも白昼夢だったのかもわからない。
もし夢であっても、あのような無残な光景はもう2度と見たくなかった。
背中に痛みを受け、目を覚ました彼女。
どうやら誰かに背負われ、その背中から落ちたようだ。
「あたた、一体何ごとなの、……確か回復魔法の連続使用で意識を。ここはーーーー!!」
ゆっくりと頭を上げ、どうにか意識を失う前のことを思い出したアテネ。
しかし今現在、彼女の目の前の光景はとても信じられないものであった。
血の海となった地面、そこに横たわり口から血を吐き、わずかに呼吸することがやっとのクリス。
いつも血色の良かった顔色は完全に血の気が引いていた。
クリスのすぐ隣には、折れた剣や槍が無数に落ちている、そしていつも彼と一緒にいるモー君が、その白い毛を真っ赤に染め潰れていた。
「あっ、あなたたち、しっかりしなさい、すぐに回復魔法をーーくっ、回数・魔力とも限界制限を超えてる」
意識はなんとか回復したものの、魔力はまったく回復していない。それに彼女の回復魔法は回数制限をすでに越えていたのであった。
マナ薬があったとして魔力を回復させたとしても、今のアテネには意味のないもの、無用の長物である。
さらに彼女に追い討ちをかける光景があった。
赤い線のようなものが地面に残されているのが見えた。
それは数十メートル先まで引きずられた血のあとであった、そこまでの地面には大量の白や赤の羽が落ちている。
嫌な予感がした。
急ぎクリスとモー君の2人に、最早気休め程度にもならないのはわかっているが、手持ちの薬草で治療をすませる。
すぐに立ち上がり、地面の血の跡を辿っていく。
わずかな希望は絶望に変わった、美しかった白い翼は赤く染まり、片方は無残にも根元より無くなっている。
彼女は地面に横たわったままピクリとも動かない。
ピナの伸ばした手の先に、もう1人の手が伸びていた。
小柄な少女、長い耳が特徴の彼女であることはすぐにわかった。
「ピナ、ナナ、しっかりなさいーーーーッ、何でこんなことに、くっ、何で私は……ごめんね2人とも」
2人の目をゆっくりと閉じ押させる。
ーーその時、森の奥、わき道を入った先のほうからかすかに音が聞こえた。
聞き覚えのある声、彼女は生きている、何かと戦っている。
アテネは白衣を脱ぎ捨て、音のする方向へ走り出していた。
「メルーー今行くから逃げ回っていなさい、私がそこに行くまーーーー!!」
「----!!、ぐっ、あっ、アテネせん……せい、にげ……て」
わき道に入った直後、何かが飛んできた。
反射的に受け止めたアテネ、それはメルであった。
全身傷だらけ、彼女がいつも杖だと言い張っているハンマーは、黒く腐食し手で握っている部分しか残ってはいなかった。
「メル、大丈夫なーーーーッ、……ゆ、ゆるさない、何が誰がこの子達をここまでーーーー絶対ゆるさない」
アテネの腕の中、メルの腹部には致命傷となっているひどい傷跡が残されていた。
彼女達の傷跡は不自然なほど、全身くまなく広範囲にまでつけられている、普通ここまでの力の差がある戦いでは絶対こうはならない。
あきらかに相手を、ただただいたぶる行為だとわかった。
怒りで我を忘れそうであった、この子達をここまで、もてあそぶ様にいたぶって殺した相手を許せなかった。
自分の手の中で次第に冷たくなっていく昔から良く知っている生徒、いつも元気いっぱいの笑顔が思い出される。
そして間に合わなかった、守れなかった自分自身を許せなかった。
相手は何対いるのか、今の状態の自分で勝てるのだろうか、あの子達全員を同時に相手にして、あそこまでいたぶるようなことが出来る未知の強敵に。
現状無力残量は自然回復した数%程度、回復魔法は使用不可能。
さらにあの現役時代の力と技は封印されている。
それでも許せない、自分の体がどうなろうとも必ず仇をとる。
「----を代償に、--を一部解除、----ッ、体が……悲鳴をあげてる、でもまだ」
高速で術式詠唱を開始する、全身から力があふれ出していくのがわかる。
すぐに武器を取り出し、皆の仇がいる方向へ駆け出す。
ほんの数メートル先にそれは居た、かなりのサイズの熊型の闇喰い。
対峙した瞬間、アテネは不思議な気持ちになった。
恐ろしいほどのプレッシャーを発してはいるが、どこか懐かしいような妙な感じだったのだ。
それも一瞬のことであった、その闇喰いは腹にある巨大な口で1人の生徒を喰っていたのである。
血まみれの右腕のみ口の外に出ていた、怒りで頭がどうにかなりそうであった。
「アッ……アンタがあの子達を、絶対許さないわよ。それとその子は返してもらうーーーー喰らいなさいーーーー」
向き合った瞬間、本能で感じた、この相手はまずい、決して攻撃の手を緩めてはならない、一気に押しきれ破壊し尽くせと。
懐深くまで飛び込み、両手に装備した盾付きのメタルナックル(特殊合金製)で左右からの高速連激、そこから右膝で浮かせ、左蹴りのコンボで相手を上空に蹴り上げる。
「まだまだぁぁぁーー、あの子達の痛みはこんなものじゃなかった」
さらに全身のバネを生かし、一瞬で相手の上空に移動すると、最度連激の体制に入った。
「----ぁ、----我ァ、めっ……」
「ーー!!、えっ何よ、何なのよコイツは……くっ、させるもんですかぁーーー」
目の前の敵、闇喰いがしゃべったような気がした、しかし今の彼女にそのようなことを考えてる暇はなかった。
あれからどれくらい時間が経過しただろうか、数分? 数時間? ただ必死であった。
喰われていた生徒はなんとか救出したものの、無理をしすぎたおかげで左腕の感覚はもうない。
時間が経過するごとに目の前のコイツは強くなっていく、いや別の何かに進化しているようであった。
「ジンルーーい、……〇〇ハ、滅びよ……我が」
確かにこの闇喰いは喋っていた、最初は気のせいかと思ったがそうではなかった、始めはカタコトであったが、今ではちゃんと聞き取れるほどに進歩している。
「五月蝿い、喋るな黙っていろ、クソッーーこの化け物め……こうなればーーーーをすべて解除」
「……死ね、滅せヨ、すべーーーー!!」
力すべてを右手に集中させようとした瞬間。
目の前の闇食いの上半分が消えた、いや正確には頭部ごと消し飛ばされていた。
「----ッ、何が起きたの」
「----ハ、死ぬ、滅びルノカ……!!」
次の瞬間、腹の口から真っ黒い手が飛び出していた。
それは背後からの攻撃、何者かがこの強敵を難なく仕留めたのであった。
「--お、そこ……の女よ、お前はーーーー」
「あっ、あなたは…………誰な……」
急激な負荷が肉体と精神の両方にかかったせいで、彼女の意識は次第に薄れていく。
「--ッ、あなたは誰、何者なのぉぉーーーーーーー」
突如、意識が現実に引き戻された。
全身から嫌な汗が噴出していた、白衣がべとべとで気持ち悪い。
「あっ、あの時の記憶なの……いや夢なの、わからないどこまでが現実だったのか。まだこの子は目を覚まさないか、……ふぅ、まずはシャワーでもあびて着替えてこようかな」
椅子から起き上がろうとした時、自分が男としては小さな少年の右手をしっかりと握っていることに気が付いた。
その手の暖かさから、彼女は不思議な懐かしさを感じていた。
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